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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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19話

 
前書き
ここからはハーメルン時代投稿していない内容、完璧に新しい話です。今まで楽しみになさっていた方々、大変お待たせ致しました。 

 
 鬼一が意識を失っていたのは時間にして、わずか数秒であった。何が起きたのか本人も正確に把握しているわけではなく、身体が地面に横たわっているということだけは理解した。
 故に、倒れていた身体を起こそうとする。全身が震え、四肢が鉄のようにおもかったため立ち上がることは叶わなかった。膝立ちに近い体勢になった鬼一は冷静に状況を確認。

 自分が鈴と戦っていたのはなんとなく思い出せる。そのことに気づいた鬼一は鬼神のシールドエネルギーの残量を確認。そのシールドエネルギーがゼロと表示されていたため、鬼一は自分が負けたことを理解した。

 鬼神はまだ展開された状態だが、エネルギーが尽きているため所謂生命維持を目的とした最低限の機能しか機動していない。このままでは鬼神を飛ばしてピットに戻ることも叶わない。
 パススロットの中から予備のエネルギーパックを取り出して鬼神に接続。身体が震えているからか動きは遅かったが、どこか淡々としたものであった。

 エネルギーを回復している間、鬼一はその敗北を受け入れるように顔を伏せる。負けを受け入れるために、心の中を整理するには多少の時間を要した。負けを受け入れるのに時間がかかるのは、鬼一は勝負師としてまだ未熟であったのだ。

 粛々と、淡々と、鬼一は地面を見つめながら心と身体を落ち着かせる。身体が疲弊しきっている以上、心が身体に引っ張られてしまう可能性があった。要は唯でさえ傷ついている心に追い討ちをかけるような可能性があるのだ。

 それは後々自分の不調にも繋がる可能性があるため、鬼一は速い段階でこの敗北を整理をし終える必要があったのだ。
 そして、試合内容を思い出せないということは自分がそれだけ力を出し切ったという他にならない。つまり、鈴に対して自分の全力が届かったということ。自分の全力が相手を越えられなかった怒りを鬼一はよく知っている。

 悔しくなかったわけではなかった。

 悲しくなかったわけでもない。

 だが、まだ終わりじゃないのだ。ならば、この場でその痛みを表にする必要はどこにもない。しなければならないことは決まっている。

 立ち上がって、もう一度歩くだけのこと。

 ―――……負けたか。

 粛々と、淡々と、鬼一はもう一度心の中で呟く。

 アリーナに表示されている鈴のシールドエネルギー残量を確認。その残量は100を切っていた。鈴も決して余裕のある勝利ではなかったのは間違いなかった。
 現に鈴も全身で呼吸を繰り返しており肩が上下している。それは体力的な部分もあったが、それ以上に精神的な疲労が半端なものではなかったからだ。

 ―――危なかった……。向こうが限界じゃなかったら、こっちが潰されていた……!

 完全に最後は鈴が後手に回されていたのは間違いない。
 結果を見れば鈴が勝利していた。ルールが相手のシールドエネルギーをゼロにすることである以上、鬼神がゼロになった段階で勝敗は決まっている。

 だが鈴に勝利したという感覚は微塵も存在していない。

 両者共に攻めを得意とする操縦者であり、決して守り勝とうと言う考えは持っていない。
 鬼一は理屈と過去の経験から攻めて勝つが最善手だと考えており、鈴は自身の感性と気性から攻めて勝つのが相応しいと考えている。画一的な正解が存在しない以上、どちらが優れているとか優っているというわけでもない。強いて言うなら勝負に勝った方が正解だと言えばいいだろうか。

 だが鈴は最後の最後で受身になり、守備的な戦いになってしまった。鬼一が恐れていた『攻撃と守備の比率』を変えられてしまったのだ。そして、鬼一はその守備を超えることが出来なかったのである。

 しかし、鈴からみればそんなことは些細な問題であった。

 自分が至高としていたスタイルを曲げられてしまい、いや、曲げてしまい、しかも最後は相手のエネルギー切れという結末だったのだ。こんな残滓のような勝利など鈴は胸を張ることは出来なかった。

 鬼一の剥き出しの気迫に後退させられた。そのことが鈴を後悔させていた。自分とて生半可な気持ちで戦いに臨んだわけではない。だが、鬼一は鈴以上の気迫を見せた。勝利に喰らいつく執念をだ。

 ―――……これだけ熱い気持ちをぶつけられたのに、それに応えて上げれなかった……。

 ガリ、と奥歯を噛み締める音が口内で反響した。

 ―――確かに、私たちは勝たなければならない立場にある。そう。確かにそうだけど―――。

 結果を求められる立場なのは鈴も鬼一も変わらない。この試合は記録にも残らないような模擬戦であるし、結果を問われるような試合でもない。だが、だからこそ、それ以上に、自分の根底を問われるような試合であった。

 それを理解しているのは鈴とセシリアだけではあったが。

 一夏は鈴と鬼一が何かを伝えようとしていたのは読み取れたが、それ以上のことは理解できなかった。
 そして、鬼一はある意味で誰よりも結果に執着する以上、それに拘ることはない。必要であるならば自分のスタンスを曲げることに躊躇いがないのだ。

 ―――……自分を曲げて勝っても私は―――!

 自分の不甲斐なさに苛立ちを隠しきれない鈴。

 何が踏み台になると言うのだ。こんな不甲斐ない自分を見せてどうするというのか。鬼一は鈴に応えたというのに。自分は鬼一にも、一夏にも誇れる姿を見せれなかった。
 エネルギーと体力が回復した鬼一がゆっくりと立ち上がる。疲労が回復しきっていないということもあって、その立ち上がる姿は痛々しいものだった。

「……鈴さん、聞こえてますか?」

 普段の声よりもやや小さい鬼一の声。それだけでもかなりの疲れが見て取れた。出来ることならすぐにでも休みたいのだろう。

「なんとなく、鈴さんが考えていることは分かります。何度もそういう顔をした人間を見たことがありますよ。昔、僕もそういう顔をしたことがありましたし」

 本来、話すことすらも辛いはずの鬼一は疲労を感じさせないような声色で喋り始める。その声色に反して顔色は決して優れたものではなく、感情の感じさせない表情であるためか、より顔色の悪さが強調されていた。

「……多分、どこかで自分を曲げて攻勢に出れなかったことを後悔しているんじゃないでしょうか? 鈴さんも僕も本質的には攻めて勝つ操縦者です。だけど、この結果が全てです」

 自分を曲げるのは確かに怖い。鬼一だってそれは否定しない。だけど、曲げると日和るのはまた違うのだ。自分を曲げて勝ったということなら自分の何かが最善策を選んだに過ぎない。それなら結果だけを見ればいいと鬼一は伝える。過程と結果の両方を取れないなら結果だけを取るのは悪いことではないと。

「僕はあなたに守りに入られたくないために心を砕いていましたが、最後の最後で詰めを誤った。ただ、それだけの試合ですよこれは」

 結局の所はそれに尽きる。鬼一の攻撃力が最終的な鈴の守備力を上回れなかっただけの試合。鬼一は最後で鈴に対する詰めを誤り自滅した。

「鈴さん、あなたはある意味で負けたと思っているみたいですが、一夏さんに教えないといけないのはこういうことかもしれませんよ?」

 そこで初めて鬼一は笑った。だが、その笑顔は疲れているものだった。

「守る、というのは本人が思っている以上に辛いことばかりです。手段を選んでいる場合じゃない方が非常に多い。時には自分の矜持と誇りを投げ打ってでも、泥水を被り舐めるような行為に耐えなければなりません」

 自分の指を失ってでも1つの世界にしがみつき、たった1つのことで生きる世界を無理やり変えられた少年は淡々と語る。

「一夏さんは僕たちとは比べ物にもならないほど険しい道を歩こうとしています。一夏さんは果たして、その覚悟があるのでしょうか? 自分の全てを賭けてでも届かないかもしれないその恐怖に。数多の天才たちが全てを差し出しても届かなかったその領域に足を踏み入れる覚悟を。そして、数多くの選択をすることを。その上で諦めることや戦い続けなきゃいけない」

「……」

 その鬼一に鈴はなんて答えるべきか分からなかった。

「……なんか、また何か考え事ですか? でしたら伝えることは伝えておきますね。

 鈴さん、織斑先生には伝えておきますのでクラス対抗戦以降の一夏さんの指導をお願いします」

「……はっ?」

 鬼一の予想外の言葉に思わず間の抜けた声を出してしまう鈴。虚を突かれたように間抜けな声を出してしまった。正直、一瞬鬼一の放った言葉が本気で理解出来なかったと言ってもいい。

「無論、必要であれば出来る範囲での協力を惜しむつもりはありません。ですがこの試合とこれとは別の試合で僕自身の弱さが発覚したので、一夏さんに協力している余裕が無くなったというのが本音です」

 楯無の試合と違って、文字通り全ての力を吐き出している以上は鬼一はその内容を覚えていることはない。だが、既にある程度は予想していたのだ。もし、最終的に自分が負けるとしたらその部分だということを。

 身体能力という弱点をだ。

「身勝手というのも理解しています。だけど、これ以上チンタラしていたらたどり着くことが出来なくなりそうなんで、自分を1回ぶっ壊す作業に入りたいと思います」

 今のトレーニングに不満があるというわけではない。だが、鬼一はトレーニングしている時からずっと、漠然とした不安が付き纏っていた。

 国家代表、代表候補生と言ったトップクラスの連中を本当に追い越せるのかという不安。今のトレーニングで果たして大丈夫なのか? という恐怖。自分が鍛えていても周りも鍛えている以上は追いつくこともそうだが、仮に追いつくとしてもそれに対してどれだけの時間がかかるのか?

 漠然と、漠然としていたがこれから数ヶ月で周りの連中に最低でも追いつくだけのことをしなければ、もう2度と追いつけないかもしれないという焦燥感に鬼一は駆られていた。

 無論、一夏に対して協力の姿勢を解くつもりはない。約束も義理もある以上、丸々ほっぽり投げるというのは気が引けた。時間の配分を変えるのは間違いなかったが。

「鈴さん、踏み台になる覚悟があるのでしょう? だったらあなたが教えてあげた方がいいでしょう。僕は表面的なことしか教えることしかできません。まだ自分で歩くことも出来ない一夏さんを立たせて歩かせるのは、多分、僕じゃ出来ないです」

 ここで鬼一は不思議なことを感じた。

 一夏との戦いの時は試合とその前の記憶が無くなっていたが、今回は覚えていたからだ。だが鬼一はその違和感をひとまず置くことにした。

「鬼一、ちょっと……!」

「鬼一さん……! 大丈夫ですか!?」

 鈴が鬼一に声をかけようとしたが、その前にセシリアが割り込んでくる。その声は焦りに満ちたものだった。だが、意識がハッキリしている鬼一を見て全身の力を抜いた。

「……セシリアさん? ……また、心配させてしまったみたいですね」

 鬼一は苦笑してゆっくりと立ち上がる。が、まだ身体に力が入らないのか前のめりに倒れそうになった。

 その前にブルーティアーズを身に纏ったセシリアが鬼一の身体を支える。

「満足に動かすことが出来ないのでしたら、そのままにしていてください。すぐにピットにまで飛びますので」

 セシリアは鬼一の腰に手を回して支えたまま静かに浮き上がる。そこで鬼一は一度、静止させた。まだ鈴に話すことがあるようだ。

「鈴さん、多分、僕と一夏さんは最終的にお互いにとっての障害になると思います。僕らは決定的に道が違っています。そして、少なくとも僕はそれを曲げるつもりはありません」

 ―――もし僕が曲げるとしたら、今までの道が間違っていなくとも『これからの道が間違っている』と思ったときだろうな。

「……まだ僕の中での予想ですが、僕が一夏さんをへし折るか、それとも僕が一夏さんに潰されるかもしれませんね。本人にその意志はなくとも、多分状況がそれを許してくれないような気がします。ISの現在の在り方を考えれば充分に有り得そうだから」

 鬼一のその言葉に鈴は困惑したように顔を歪め、同時にその話を聞いていたセシリアは少し怒ったように口を挟んだ。

「……鬼一さん、なんのお話でしょうか? それよりも早く身体を休めるようにしたほうが……。鈴さん、申し訳ありませんが御手をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 セシリアのその声に鈴は慌ててセシリアの反対側から鬼一を支える。本来なら鬼神を解除してからの方が楽なのだが、今の鬼一の状態を考えるなら鬼神を展開したままの方が楽なのだ。

 ISの機能によって鬼一の回復速度が底上げされている、負担を軽減している状態である以上、意識を失うほどまでに限界に到達している鬼一に鬼神を解除させれば再び倒れるということは容易に予想できた。

「……申し訳ありませんが、お願いします」

―――――――――

 ピットに到着し、壁に背中を預けた鬼一はそのままずり落ちた。鈴の姿はない。荷物を反対方向のピッどに置いていたので、そちらのピットに向かったのだ。

「……流石に強かったです。鈴さんは」

 顔が青い鬼一は鬼神を纏ったまま呟く。鬼神の展開を解除していないのは鬼一の体力回復を少しでも速めるためにだ。体調を整えるための機能がISに搭載されている以上はそれを利用しない手はない。

「……当然です。中国の『代表候補生』なんですから」

 鬼一とは対照的にセシリアは既にブルーティアーズを既に解除している。専用のISスーツを纏ったセシリアは鬼一を心配そうに見ながら声をかけた。
 その声に鬼一は、セシリアの自分の言葉に気分を害したのだと判断。視線を一瞬だけセシリアに向けてすぐに視線を外した。

「別にセシリアさんを馬鹿にしているわけじゃありませんよ?」

「お、怒っているわけではございませんわ」

 鬼一がセシリアから視線を外したのはセシリアがISスーツを着ていたというのが大きな理由だ。今まで女性を意識しないで生きてきた鬼一は、楯無を始めとした女性たちの原因で意識し始めるようになった。それからは女性のスタイルがモロに現れるISスーツからは目を逸らすようにしている。

「やれやれ、たっちゃん先輩に負かされて鈴さんにも負かされたか。こんな短期間に2度も負けるとは流石にへこみます」

 小さくため息を零しながら鬼一は天井を仰いだ。その口調はとてもへこんでいるようにとても感じられない。

「……いつ、更識生徒会長と手合わせしたのですか?」

「この前のお休みの時ですよ。アレです、本音さんとセシリアさんと話したあの後です」

 セシリアの質問に鬼一はやはり視線を合わせないまま答えた。

「現役の国家代表が強いというのは分かっていましたが、強すぎてどれだけの差があるのかさえも分かりませんでした。でも、収穫はありました」

「その試合の映像は残していらっしゃるんですか?」

「ありますよ? でもセシリアさんが見たところで勉強になりそうなことは……」

「是非、見せてください!」

「あ、はい」

 セシリアの突然の大声に鬼一は身体を一瞬だけ震わせ、反射的に了承の意を述べてしまった。鬼一はセシリアの為にならないと思っているが、それを決めるのは当人なので鬼一には断る理由はない。
 しかし、鬼一の予想とはまた違う目的でセシリアはその映像を見ようとしていることは鬼一は知らない。

「……しかしセシリアさんとの模擬戦や、たっちゃん先輩や鈴さんとの模擬戦で分かったことがあります。今の僕にはとにかく身体能力が圧倒的に足りていない」

「そうですわね……。ですがフィジカルは一定の時間をかけるしかないかと」

「分かっています。ですが今のトレーニングじゃ明らかに足りていないです。割と短期間でこの問題にケリをつけないと多分、皆さんを追い越すこともできなくなりそうです」

 身体が資本、とよく言うがそれはISも例外ではなかった。身体能力の一点で言えば鬼一を上回る操縦者は代表候補生じゃなくても、山ほどいる。IS学園に入学する生徒はほぼ全員は相応のトレーニングしてから入学するのだ。
 鬼一ももちろん入学する前はトレーニングしていたが、それでも実質1ヶ月程度では追いつくことは叶わない。

「セシリアさん達だって日々進歩しているなら僕はそれよりも早く進歩しなければなりません。ハッキリ言って僕は今かなり焦っています。代表候補生や国家代表との差に」

 鬼一の目に映っているのはあくまでも代表候補生や国家代表の上の人間たち。自分の成長を感じてはいるが今のままじゃ全然足りていないことを痛感させられた。

「……お気持ちは分かりますが、ISもe-Sportsと同じように簡単なものではありません。鬼一さんだってこの数年死に物狂いで挑み続けたからこそトップに立つことができたのでしょう?」

「無論、それもよく理解してます」

 トップを取るということがどれだけ難しいかというのは鬼一が誰よりも知っている。競技人口が多い分e-Sportsの方がある意味もっと厳しいか。

「だけど僕は自分のいた世界を馬鹿にされ続けている現状に微塵も納得しているわけじゃないんですよ」

 周りの女生徒からの視線を浴びている鬼一は、その視線がどういう視線がどういうものかよく理解している。そして、それが決して良いものではないことも。

「これからIS学園で催される試合、そして将来出場しようとしている公式戦で結果を出し続ける必要があります」

「……鬼一さん、まさか」

「ええ、将来的には世界大会『モンドクロッソ』に出場したいと考えてます。少しでも早くにです」

 モンドクロッソ、それが鬼一の最終的な目標。ISの世界、万人にとって1番分かりやすい証明が出来る名誉。賞金などはどうでも良く、鬼一があくまでも欲しいのはその名誉と各方面への繋がり。

「僕はきっとどうあがいても特化型のISや操縦者の方には最終的には負けるでしょう。ですが総合優勝は狙えるチャンスがあります」

 現段階の鬼一や鬼神、そして鬼一が描いている最終形は特化型には届かないという結論だった。無論、鬼一は対策を考えるだろうが打倒は極めて困難だというのを鬼一は痛感している。

 だが、将来の総合力では負けないという自信は鬼一の中にある。

「まぁ、そもそも出場できるかどうかも微妙ですけどね。なんせ男性操縦者が出場したことがないんですから」

 男性操縦者が現在2人、しかも極めて最近の話なのだ。鬼一が真耶に話を聞いたときはルール改定の話が上がっているらしいが、まだどうなるかは分からない。

「……本気、ですわね鬼一さん」

「ええ、本気です。僕は自分がいた世界を、自分の情熱を否定するような輩を放置するつもりは毛頭ありません。それならグウの音も出ないような結果で黙らせるつもりですよ」

 そこだけは譲るわけにはいかない。そして大多数の人間は結果だけを叩きつければ無条件で黙りこくるということも鬼一はよく理解している。

「モンドクロッソに関してはあくまでも道の1つであり目標ですね。場合によっては別の方向から考える必要もありますけど。なんせ出場できるかどうかもわかりませんし」

 鬼一は一番手っ取り早いのがモンドクロッソだと思っているが、不可能だと思ったらその時はその時でまた考えるだけのこと。

「……ですが、自分を傷つけるような真似はやめてくださいまし。鬼一さん、お身体の調子があまり良くないですよね?」

 その言葉に鬼一は思わず顔を顰めた。鬼一自身は隠しているつもりだったのだが、意味はなかったようだ。

 深い溜息を零す鬼一。どうやらこれ以上は隠すつもりもないようだ。

「……気づいてたんですか?」

「……いつからです?」

「……そうですね。最初は小さな違和感のようなものだったので無視していましたが、鈴さんとの戦い
よりも前から明確になりましたね」

 鬼一も明確な時期は分からない。だが、ISに乗り始めてからというのは間違いないなかった。意識と身体が一致していないような違和感。

「原因そのものは正直分かりません。IS学園に常在しているお医者さんにも検査してもらいましたが、異常はなかったです。強いて言うなら過労の気があるとのことでしたが」

「でしたら、先ずはしっかりとお休みになられるべきです。クラス代表決定戦からまだ時間がそこまで立っているわけではない以上、小さな疲労が残っていることも考えられます」

 IS学園には一定の医療環境が整えられており、精密検査だって受けることが可能だ。その精密検査で鬼一の身体に問題はなかった。

「ただでさえ慣れない環境なのでご自身でも気づかない内に様々な疲労が蓄積されていることは充分考えられます。今はしっかりお休みになられるのがよろしいかと……」

「……そうですね。今は身体を休めることにします。休めている間にもやれることはあるのでそっちに集中することにしますよ」

 セシリアのその言葉に鬼一は肩をすくめる。ここまで言われてしまえば鬼一も休まざるを得ない。少なくとも数日は休むだろう。

 鬼一は冗談を交えながら立ち上がる。

「流石にこれ以上セシリアさんを怒らせたら今度は平手打ちで済みそうにもないですしね」

「……鬼一さん!」

「よし、ようやく動けるようになった。さて、とセシリアさん。時間も時間ですし、ご飯でも食べに行きましょうか?」

―――――――――

 鬼一とセシリアとは反対方向のピットでは一夏と鈴が話していた。鈴はISスーツの出で立ちにタオルを肩にかけており、一夏は鈴と違いIS学園の制服のまま鈴にドリンクを手渡していた。その表情は優れていない。

「―――なぁ、鈴」

「何よ、一夏」

「……俺はどうすればいいんだろうな?」

 一夏のその言葉に鈴はドリンクを一口飲んでから言葉を放つ。鈴にそのつもりはなかったが、突き放すような言い方になってしまう。まだ自分の不甲斐なさを拭いきれていないようだった。

「どうしようもないわよ。あんたはあんたで歯を食いしばって戦うしかない。口にしたんでしょ? 『千冬さんを守ること』を」

「……だけど、その、今のやり方は間違っていると思うんだ。やっぱり、誰かが犠牲になるなんてことは」

 そこで鈴はふと鬼一の言葉を思い出した。過程も結果の両方を取ることが出来ないなら結果だけで満足すべきだと。
 それは鈴も否定できない。いや、否定できるものではなかった。鬼一の言葉は自分よりも勝負の世界に身を置いていたからこその言葉。それを容易くできるほど、鈴はまだ強くなかった。

 今の一夏に必要なのは一般論でも現実でもない、と鈴は考えている。目の前の唐変木に分からせるには素直に、心から自分の言葉をぶつけるしかないと考えたからだ。

「……誰かが犠牲になることは決して間違いじゃないわ」

「鈴っ!」

 鈴の言葉に一夏は激昴した表情で鈴に言葉を叩きつけた。その言葉に鈴は対して動揺した風もなく、平然と言葉を返す。

「勘違いしないで。確かに何も関係のない第三者が犠牲になるなら私だって間違いだと思うわ。それはきっと鬼一もセシリアも一緒よ。同時にそんな状況を何が何でも避けようとするわ。だって犠牲になるのは覚悟を決めて舞台に立った連中でいいし、それ以外の人間を舞台に巻き込むのはもはや理不尽な暴力以外のなにものでもないわ」

 結局の所、一夏と鈴たちの違いはそこに集約されていた。

 一夏はどんな犠牲も許すことは出来ず。

 鈴たちは犠牲は舞台に立った人間だけで完結させるべきで、それ以外の人間を巻き込むことを許さない。

「……っ」

「……私たちは何かを得ようとするために、何かを守るために戦い続けることを自分たちの選択で選んだわ。始まりはもしかしたら偶然だったり、些細なことだったり、もしかしたら人に強制されたものかもしれない」

 鈴だって代表候補生の座に座る為に戦うことを決めた。幼馴染に会うという目的のためにだ。少なからず家庭の事情も存在していたが、それでも最後に選択したのはいつも自分だった。

「でもね、その中で数少ない選択肢の中から戦うことを、傷つけることも傷つけられることも決めたのは自分の意志よ」

 そして、いつも自分の目の前に立っていたのは自分の意志で選択した連中だけだ。お互い譲れないものがあったからこその必然。そこで傷つけられても恨みはないし、傷つけても恨まれるということはない。

「……鈴、俺はそれが―――」

「いい一夏? 何か勘違いしているようだからハッキリ言っておくわ」

 真剣な面持ちで鈴は一夏に向き合う。

「戦いというのは互いがそれぞれ譲れないものがあり、自分だけの問題じゃなく時には沢山の人の思いを託され、その上で傷つけることや傷つけられることを承知した上でその場所に立っているのよ。それを否定することは侮辱にしかならないわ。人から哀れみを受けるために戦っているわけじゃないんだから」

 戦いを否定することは出来ないし、許されない。自分の意志で戦っているというのにそれを否定する人間は傲慢でないだろうか。

「その戦いに置いて正しいとか間違っているを論じるのは正直言って馬鹿としか言い様がないわ。所詮安全圏から口を言ってもそいつらを止めることなんて出来ないんだから」

 セーフティーゾーンから言っても舞台に立っている連中を止めることはできない。本来言うこともできない。見ることしか出来ないのだ。何もしていないのに自分の思うように物事が進むはずがない。

「もし、それでも止めたいというなら後はもう力で食い止めるしかないわよ。自分が傷つけられる覚悟を持ってね」

「……っ」

 舞台に立ってすらいない人間が他の人間の意志を否定することを傲慢だが、舞台に立って否定することは決して傲慢ではない。後は戦いに勝つだけだ。

「―――何よ、なんやかんや私も口に出来るじゃない……」

 鬼一には口が得意じゃないと言ったが、思ったよりも喋れている自分に鈴は困惑を隠せなかった。鈴は気持ちを切り替えて一夏に話を続ける。

「戦うことは決して間違いじゃない。じゃあ、何が間違いなのか? 鬼一やセシリアはもう少し違うんだろうけど、私から言えるのは『その犠牲を無駄にしてはいけない』ことよ。その犠牲を無駄にしてしまう、忘れてしまうことが最大の罪と言ってもいいわ」

 目標にたどり着く為に多数の勝利が必要となるが、その過程で大なり小なりの思いを託されることになる。その思いを忘れることことが駄目なんだと鈴は話す。

「私たちは自分が選んだ道の中で罪を背負い罰を受けるのに、その道は犠牲の上に成り立っていることを忘れたら人ですらないわ」

 一夏の顔を見て鈴は苦笑。微塵も納得できていない一夏に鈴は否定しようとしない。

「……納得できない、っていう顔ね。今は別にそれでもいいわよ。ただね、一夏」

 鈴は残りのドリンクを飲み干し、先人としてのアドバイスを伝える。

「……結局のところ、本当に自分が何を守りたいかを良く考えなさい。そうすれば何をすればいいのか自然と分かるようになるわよ。だけど、全てを叶えようとするのは欲張りよ。そうしようとして潰れたり、自滅していった連中は歴史上数え切れないほどいるわ」

 そこまで話して鈴の真剣な表情は姿を消す。IS操縦者としての鳳 鈴音の言葉はここまでだ。残りは織斑 一夏に恋する女の子としての言葉。

「最後に、アンタ、守るためなら自分が傷ついても構わないと考えてるから言わせてもらうんだけどさ」

 いつものように明るい表情で、足を止めて俯いている一夏の正面から後ろにゆっくりと回り込む。

「アンタが傷つけば悲しんだり泣いたりする人間だっているんだから、誰かを助けてもアンタが傷ついて欲しくないと思うわよ」

「……っえ?」

 その言葉に弾かれたように顔を上げた一夏は慌てて鈴に振り向く。鈴は既に背中を向けていた。どんな表情をしているか一夏には分からなかった。

「私も、その1人よ。千冬さんもそうでしょう?」

 ―――……千冬姉は、どう思っているんだろう……。

 鈴の背中を見つめたまま一夏はそんなことを考えた。自分の姉に聞いたら、一体どんな答えが返ってくるか気になった。
 自分の姉は「言葉を尽くせ」と言った。それがどういうことなのかはまだよく分からない。だけど、鈴と話していて思ったのは自分の価値観が『狭い』と感じさせてくれた。間違っているかは分からない。だけど、そう思った。

「沢山迷いなさい。絶対に思考を止めないようにね。止めたらそこで成長はなくなるわよ。少なくとも迷ってるうちはまだやれることはあるわ」

 ―――私だって迷ってるくせになーに偉そうに言ってるんだか。

 鈴は内心で苦笑いを零す。

「私と鬼一の試合を見て、何か感じることはあった? もしくは鬼一の戦いを見てきた中で何か感じることはあった? ことIS戦でアイツは初心者とは思えないほど熱を持っているわよ」

「……」

 熱、それを聞いて一夏は鬼一を思い出す。自分と同じISの初心者なのに、なんでこんなに違うのか。

 自分を倒したセシリアを倒し、鈴をあと1歩のところまで追い詰めてみせた。勝敗を分けたのは外から見てた一夏にはほとんど分からない。だけど、鈴をあそこまで追い詰めれるビジョンは見えなかった。
 そんなに勝つことが大切なのだろうか? どうして勝つことにあそこまで自分を差し出すことが出来るのか、それが一夏には分からなかった。
 全力で戦うのは分かる。そして、全力でやってこそ意味が生まれる。その上で勝敗が出るのは当然のこと。
 負けるのは嫌だけど、でも、全力でやったなら負けてもしょうがないと一夏は考えている。だけど、鬼一はそれを良しとしていないことを一夏は知った。鬼一は何が何でも負けないという強い意志を感じさせる。

 そして、鈴はその意志についていき勝利した。鈴が誇っていたスタイルを曲げてでもだ。

 鬼一と一夏の違いはただ一点。

 『負けてはならない勝負や戦いを知っているか否か』である。それに尽きる。

 鬼一は既にそれを体験しており、一夏はまだ体験していない。

「別に言葉にする必要はないわよ。胸の中にしまっておきなさい。それで、どうする?」

 今まで背中を見せていた鈴は一夏に振り返る。その表情は一夏に問いかけている。一夏はこれからどんな道を歩くのか? と。

「何が、だ?」

 一夏は鈴の問いかけに本当に分からなかったのかもしれない。だが、鈴ははぐらかされたようにも感じた。故に、方向性を変える。

「アンタがこれからISの練習をするって言うなら手伝うわよ。まだアリーナの使用時間はあるんだから教えれることがあるなら教えるわよ……甲龍は流石に出せないけど」

 シールドエネルギーの補給やら壊れた龍砲の修理などが残っている以上は甲龍を出すことは出来ない。

「鈴の動きを見せてもらったんだ。俺だってある程度は見せないとフェアじゃない。今の俺の動きを見てくれ」

「別に今のアンタの動きを見たところで私が有利にも不利にもならないわよ。セシリアや鬼一の試合を見るとアンタぐだぐだ過ぎるもん」

 ぐだぐだ、というよりも一貫性がないというのが正解か。技術から来る拙さであれば鈴は容認していただろう。
 だが、勝利というゴールに対しての道がしっかり通っていないのだ。場当たり的な対応でしか一夏は動けていない。そのことを鈴は指摘した。

「ぐ……」

 一夏としてもそれは理解しているためか反論はしなかった。いや、出来なかった。

「あー、それとこのクラス対抗戦が終わったら私があんたのコーチを務めるから」

「え!? ちょ、ちょっと待てよ鈴! どういうことだよそれ!」

 鈴からの予想外の宣告に一夏は声を荒げた。明らかに焦っている。

「何? 鬼一から頼まれたのよ。クラス対抗戦が終わったらあんたのコーチを担当を頼まれたから。あいつも頼まれたら強力は出来る範囲でやるって」

「……俺の覚えが悪いからか?」

 鬼一から頼まれた。そう聞かされ一夏はショックを受けたように項垂れる。しかし、鈴はそれを否定。

「違うわよ馬鹿。あいつ、今かなり焦ってるのよ」

「鬼一が?」

 考えなかった答えを言われ、一夏は眉を顰める。

「……自分の力の温さを痛感しているわねあいつ。一度、自分の根本から作り直す気みたい。全部バラバラにして、強くなるために色んなところから再構築するようね。何をするつもりかまでは分からないけど」

 鈴にも同じ経験がある。勝負なり戦いの中で唐突に気付かされることを。
 今のままでは自分はダメだ、このままじゃ勝てない、このままじゃ届かない。故に焦りが生まれて、自分の根本から見直すことになる。

「多分、人に構っている余裕もないんでしょうね。約束に関して中途半端なのは気になるけど」

「……鬼一が」

 一夏から見た鬼一は強くなるということに真摯に見える。噂では早朝からトレーニングをして、アリーナでのISの訓練が終わったあとも夜にトレーニングをしていると言う。

 それでも全然足りていないと言うなら、一体自分は何だろうか? 人から言われた範囲でしかトレーニングをしていない。

「ま、あんたは鬼一のことを気にしている暇があったら自分のことを気にしなさい。実力もそうだけど、結局あんたはどうしたいの? 欲張ると全部失敗するわよ」

「俺は……」

 考え始めた一夏に鈴は警告する。

「あと、『零落白夜』を使うのはやめなさい」

「……え?」

「何よ、その意外そうな顔は? あんたは千冬さんと同じものを使えることを喜んでいる部分もあるんだろうけど、冷静に考えて1歩間違えたら人を殺す代物なのは変わらないわ。むしろ、千冬さんの技量だったからあれは成立していた部分が多いんじゃないかした」

 ISという機械の歴史もそうが、競技としてのISの歴史は非常に短い。歴史が短いということはルールなどがまだ洗練されていないということも表す。鈴からすれば零落白夜は禁止ものの代物だった。少なくとも競技、スポーツで使われていいものではない。

「……ある意味では運が良かったかもしれないわ。下手したら鬼一だってアレで死んでいた可能性もあったんだから」

 一夏と鬼一の戦いを思い出しながら鈴は静かに呟く。どこか安心している響きもあった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 白式は……!」

「千冬さんがぶっ飛んでるから分かりにくくなっているけど、『零落白夜』は間違いなく競技用のISが使っていい代物ではないわね。ハッキリいって、最悪人を殺す『兵器』よ。よくアンタが使うのが許可下りたわね」

「……!」

 鈴の言葉に一夏は言葉を無くす。本人にその意識がなかったのは間違いないようだった。

「いっそのこと白式に乗らないという選択肢もあるんじゃないかしら? 馬鹿にしているわけじゃないけど、あんたと千冬さんは違うんだから殺人の可能性のある武装を使いこなせる保証もないわけでしょ」

 千冬の卓越した技術があったからこそ零落白夜は成り立っている。そう鈴は一夏に教える。同時に今の一夏の技術では危険だと暗に言っていた。

「……なんとも言えないけど、今私から言えるのは『零落白夜』はあんたの嫌う『犠牲』を出す可能性が非常に高いわよ」

 本人にその気はなくても、事が起こってからでは遅いのだ。鈴はそれを未然を防ごうともしていた。

「理由としては十分なんだから、通常の火気管制から外れるから操作はややこしいことになるけど雪片弐型は格納して他のブレードを使えば?」

「あ、ああ。少し、考えさせてくれ」

「あらそ。少なくともクラス対抗戦までには決めなさい。出来ることなら私だって使って欲しくないわね。それで? 結局、今日は練習するの?」

「……いや、今日はいい」

「……それじゃ、辛気臭い話はここまで! じゃあ、一夏? 私は着替えてくるから一緒にご飯でも食べに行かない?」

 それを断る理由は一夏になかった。

―――――――――

 鈴と一夏がアリーナで激闘を繰り広げている頃、楯無は生徒会室で1人パソコンを操作していた。
 千冬と話してから様々な疑問が浮上した。その疑問を解き明かすために楯無は今、鬼一が駆る鬼神の開発元である月乃宮研究所のセキュリティを突破してデータの海を彷徨っていた。

 ―――月乃宮 源三が開発した一部の鬼神のデータが見つからない……? 削除したってこと?

 IS1機を開発するためには膨大なデータが要求される。故に小さなデータ1つとっても開発には欠かせないというケースが多く、管理は厳重を極める。重要なデータになればなるほどそのセキュリティは厚みを増す。

 ―――基本データや稼働データ、武装データ、管理や運用に影響が出ない最低限のデータは残っているけど、データが『削除』された形跡がある以上、そこには必ず何かがあった……。

 研究所全体で管理しているデータを漁っている途中で楯無はいくつかのデータに穴があることに気づいた。さらに調べていくと削除されていることが発覚。

 どういうことかは分からないが他者から見られるのを避けたかった、という線が楯無の中では濃厚だった。同時に、それだけではないということを楯無は気づいた。

 ―――源三氏は一体何を隠そうとしたの? 鬼神のこともそうだけど、鬼一くんの両親の事故に関するデータも削除や改竄が施されている。

 鬼神だけならまだ理解できた。鬼神は専用機、そのデータを奪おうとする裏組織だっているだろう。バックアップはどこか人目につかない所にとるから、研究所のサーバから削除した。賢いとは言い難いが理解は出来る。

 だが人が無くなったその時の、当時の情報を改竄する理由は存在しない。

 ―――……死亡原因は高所から打ち付けられたことが原因らしいけど……。果たして本当にそうなのかしら? だったら監視カメラやセキュリティデータを改竄する必要はないはず……。仮に外部からの犯行だとしても、それこそ改竄する理由が無くなる。

 例えば鬼一の両親が自殺ならばそのままでも問題はない。鬼一が見たがるとも思えないし他者も見ようとはしないだろう。両親のいざこざから、とかなら尚更鬼一には伏せようとするだろう。鬼一の中では仲の良い両親なのだから。

 ―――少なくともそこには源三氏にとって何らかの不都合があったから、っていうのが普通なんだけど……。

 月乃宮 源三が鬼一の両親を殺害、というのも考えたがしっくり来ない。源三と鬼一の両親は家族のような仲だったのだ。かといってIS研究者として2人の優秀さに嫉妬した、というのも違う。鬼一の両親は研究者として優秀だったが、源三はそれを上回る研究者なのだ。彼が発表したISに関わる論文の数、質共に一線を画している。

 ―――事故現場には鬼一くんもいたらしいけど、調書では「気を失って何も覚えていない」ということで処理されている。両親の死体を見たそのショックで気絶して何も覚えていない、って考えればそこまで不自然じゃないと言えば不自然じゃないんだけど……。

 源三は現場から遠い、自身の研究室にいた。少なくとも直接的に殺害することは不可能。仮に直接的に殺害したとして、目撃者になる鬼一をそのままにしておくとも考えられない。楯無はそう考える。

 こびりつくような違和感を拭えない。一体、この違和感がどこから来ているのか楯無は気づかない。

 ―――その後すぐに鬼一くんはプロゲーマーになって世界を転戦。そして源三氏は鬼神の開発に着手した。でも……。

 鬼一がプロゲーマーの契約を結んですぐの事故。スケジュールなどはすでに決まっていたからそこに問題はない。

 ―――でも『開発に着手したタイミングがあまりにも早すぎる』。まだ世界では第3世代ISの開発の話がようやく出てきた所。時期的には第2世代ISの稼働データの収集や解析が進められており、第3世代ISにどう活かすかという段階……。

 明らかに周りよりも速い段階で鬼神の開発が始まった。

 ―――無論、月乃宮研究所も例外なく第2世代IS鬼のデータ収集や解析が進められていた。にも関わらず源三氏は鬼神の開発を秘密裏に進めていた。しかも、個人で。

 鬼神のベースの鬼は打鉄は日本の正式採用を逃しており、実際に配備されたのはごく少数。故にデータも打鉄に比べてデータは不足している。にも関わらず月乃宮 源三は開発した。

 ―――鬼一くんの両親が天才と言われていたけど、源三氏も間違いなく天才の類。それも篠ノ之博士の背中を捉えるレベルで。

 生まれる時代が違えば間違いなく月乃宮 源三は間違いなく天才と呼ばれる人間。篠ノ之 束という存在がいたからこそ、いち研究所の長になってしまった。

 ―――でも何? この激しく胸を掻き毟るような違和感は……?

 再びキーを叩きデータを漁る。

 ―――研究所で管理しているファイルからじゃたかが知れるわね……。だったら源三氏の個人ファイルから探すしかなさそうね。

 研究所全体で管理しているということ、言い換えればそこに所属している人間ならば誰でも見れるということでもある。そんな場所にランクの高いデータを隠すような奴はいない。

 しかし楯無の予想に反して、月乃宮 源三の個人ファイルは拍子抜けするほどあっさりと侵入できるものであった。もっと厳重なものを予想していただけに、大したデータがないのでは? と不安を抱かせるほどであった。

 いくつかのファイルが存在しており、その中の1つを楯無は開く。

 ―――……っ!?

 楯無は現役の国家代表であると同時に、裏工作を実行する裏組織に対するカウンター組織『更識家』の当主でもある。裏表問わず、ISに関する情報は日々彼女の手元に集められる。その彼女が知らないほどの情報がそこにはあった。

 ―――……System-Infinite Stratos-Drive……。これは……何?

 見たことも聞いたこともない名称を目にした楯無は困惑を隠しきれなかった。概要や具体的な情報などは一切なかったが、IS研究所の所長の個人ファイルに残されている以上、無視していいものではない。

 ―――……何度か鬼一くんの試合を見ているしモニターに表示されている情報も確認したけど、こんなシステムは確かなかったはず……。

 鬼一には伏せていたが、楯無は鬼神の戦闘データを解析している。それは鬼一にしか見えないものも含めてだ。鬼一の視点から見たモニターの情報にはこのようなシステム名は存在しなかった。

 ―――OSや基本システムには絡んでいない……。ということは従来とはまったく違うシステムということ? でもリミッターを解除した状態でもこんな表示はない……。それなら一定の条件下じゃないと使えないことかしら?

 ISの形態移行や単一使用能力が頭に思い浮かんだが、それらとは決定的に何かが違うような気がした。

 ―――OSやシステム系統が様々なベクトルに進化していく中でこんなシステム名は聞いたことがないわ。しかも、一定の条件下でしか使えないシステムなんて。

 情報が決定的に欠けている以上は楯無も結論を下すことは出来ない。

 ―――他に、他に何か情報はないかしら?

 月乃宮 源三の個人ファイルの数は多くない以上、調べること自体はそこまで時間のかかるものではない。

 キーを軽やかに叩いていた楯無だったが、突如ピタリと両手が止まる。

 ―――……なんって数と質のファイアフォール……。流石に外部からはこれ以上は難しそうね。

 なんとか侵入を試みようとしたが解除は結局出来ず、諦めるしかなかった。楯無から見ても明らかに異常なセキュリティの厚さだ。迂闊に絡めばどうなるかはまったく想像も出来ない。下手したら食い殺されるのは自分かもしれない。

 ―――……情報が断片過ぎて、結局謎ばかりが残るわね……。研究所には長期出張、と伝えているけど実質的には行方不明状態……。かと言って鬼一くんにこういうことを聞くっていうのも……。

 そもそも鬼一自身が知らない可能性もある。鬼一の状態を思い出して楯無は本人から直接聞き出すことは諦めた。

「やれやれ、面白いことは大歓迎だけど問題はノーセンキューよ」

 ぼやいて楯無はクラックの証拠を削除していき、自身の証拠を抹消し終えたらパソコンの電源を落とした。

 ―――……それに一夏くんについてもどうしようかしら。零落白夜をこのまま使わせているというのも……。

 ギシリ、と音を立てて椅子に深く腰がける。

 ―――ISの危険性についてはまだ全然考えられていない現状、そういった芽は早めに摘むなり管理なりしないと、ね。

 首を回して筋肉をほぐしながら思考を続ける。

 ―――とはいえ、織斑先生とその弟を同じように取り扱う人が多いこと多いこと。たかが姉弟なだけでしょ。全部同じなわけじゃないんだからリスクは避けるのが賢明……。

 驚くことに千冬と一夏を同じように扱う人間がIS学園に多い。教員だけならず生徒もだ。姉弟だからと言って弟も完璧に零落白夜という武器を使いこなせる可能性はない。

 ―――ま、そっちについては一夏くんに対して警告しておかないとね。あとは鬼一くんのこと……。

 謎が多すぎる。それなら1個ずつ解き明かすしか道はない。

 ―――とりあえずは、そのうち鬼一くんを知っている人に話を聞いておかないとね。
 
 

 
後書き
修正点あったら随時修正していきます。
感想と評価お待ちしております。特に感想。
ではまたどこかで。 
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