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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#4
  DETERMINATION ~決意~

【1】
 
 不意に、背後で轟音。
「!!」
「!?」
 シャナに両断された筈の首玉が、二つに分かれて砲弾のように
向かい合う二人を狙って飛んできた。
 振り向き様にスタープラチナとシャナの強烈な前蹴りが撃ち出される。
 正反対の方向からの強烈な打突を受けた首玉は、
その反動であらぬ方向へと弾き飛ばされた。
 そして近距離に位置するレストランと携帯ショップとを砕いて中にメリ込む。
「……」
 シャナは承太郎を一瞥すると、蹴りの反動で路面に刺さった軸足を抜き
濛々と土煙を上げるレストランに向けて歩き出す。
 承太郎は内ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
「わざわざ確認する間でもねぇんじゃねーか?」
「おまえは黙ってて」
 シャナは背を向けたまますげなく言う、その刹那、背後から「人影」が飛んでくる。
 その人影は承太郎の背を狙って手を伸ばす。
 シャナが振り向き様、刀を一閃した。
 承太郎の首筋すれすれを横薙ぎの斬撃が通り過ぎる。
 これら四半秒もない時の流れの中で、誰かの悲鳴が上がっていた。
「っぐぎ! くあぁぁッッ!!」
 背後で何かが、路面に落ちた。
 承太郎の足下、女性のものらしい、切り落とされた腕が転がっていた。
 その腕はさっきの巨大な人形同様、薄白い火花となって立ち消える。 
 更に上部で、金髪の女性が目を見開いたまま空中で停止していた。
 華奢な躰の脇腹に、スタンド、スタープラチナの裏拳が深々とメリ込んでいる。
 妙に無機質な顔を苦痛に歪め、女性は路面に落下した。
「フン、逃げるにしても “せめて一太刀浴びせていく” ってワケか?」
 承太郎は銜え煙草のまま、 
「こんな簡単に釣れちゃうと、返って拍子抜けしちゃうわ。」
 シャナは笑みを含ませて傲然と言い放つ。
「なかなか悪くねぇ 「読み」 だったぜ? “シャナ” 」
 自分で言ったことだが、初めて面と向かって呼ばれた名前にシャナは、 
「うるさいうるさいうるさい! 図体デカイから 「囮」 に利用しただけよ!」
と、頬を紅潮させそっぽを向いた。
 先刻シャナは、自分の意志を最大限瞳に込めて承太郎を見た。
 承太郎はその「意図」を一瞥しただけで理解した。
 瞬き一回に満たない、刹那の交差。
 戦闘の「天才」同士のみによって初めて可能な、高度なアイコンタクトだった。
「 “炎髪と灼眼” ……アラストールの “フレイムヘイズ” か……!
そ……それに……! そっちの人間は……ッ!
ま、まさか……まさ……か……ッ! 『天目一個ッ!?』
馬鹿なッ! 確か「討滅」されたはずッッ!!」
「もうしゃべンな。話が噛み合わねえ」
 承太郎が片腕の美女に吐き捨てる。
「お、お前達……! 私の『ご主人様』が黙っていないわよ……!」
 陳腐な脅し文句に、二人は鼻で笑って返す。
「なるほどな。あのフザけた玩具(オモチャ)の山はその 『ご主人様』 とやらのモンか?
だがもう二度と遊べないようにたたっ壊してやるぜ……」
 そう言って承太郎は、逆水平に構えた先鋭な指先で彼女を差す。
「ご主人様の 「顔面」 の方をな……」
「でも、今はとりあえず、“おまえの” 断末魔を先に聞かせて」
 そう言ってシャナは、片手で大刀を大きく振りかぶった。
「ぎゃああぁッッ!!」 
 美女の甲高い、引き絞るような絶叫が紅い空間に響き渡った。
 微塵の躊躇もない、左の肩口から腹にかけての袈裟斬り。
 斬り裂かれて仰け反って倒れる女。
 その舞い散る火花の中から、小さな「人形」が飛び出した。
「クッ!」
 悔しそうに歯噛みするその人形は、茶色い毛糸の髪、黒いボタンの目、
赤い糸で縫われた口という簡素なモノ。
 靴も指もない肌色フェルトの脚が路面を擦って、低く後ろに飛び去る。
 コレを追おうとしたシャナと承太郎は、しかし、
胸元のアラストールから呼び声を受ける。
「後ろだ!」
 背後で埋もれていた半分になった首玉が再び二人を狙って、
瓦礫の奥から砲弾のように飛び出してきた。
「オッッッッッラァァァァァ―――――――――――ッッ!!」
「ッッッはあぁぁぁぁぁ―――――――――――――ッッ!!」
 一閃。
 神速のスタンド右ストレートと、戦慄の大太刀の直突きとが共に
半球状の首玉を貫く。
 拳と剣とに串刺しにされた二つの首玉は、
しばらく生き物のように蠢いていたがやがて動かなくなり
大量の白い火の粉となって爆ぜ、消えた。
 だがこの間に人形も何処かへと消え去っていた。
 不意な静けさが、人々の小さな残り火と破壊の傷跡を残す街路に訪れる。
 それをシャナの声が破った。
「あの “燐子” の言い方からすると、案外大きいのが後ろにいそうね」
 それに答えるアラストール。
「うむ。 久々に『王』を討滅できるやも知れぬ」
「うん。それにしても、」
「……」
 空条 承太郎は黙って二人のやりとりを聞いていた。
 訊きたい事は山ほどあったが状況から判断して今、
その疑問を口にしても自分が満足するような解答は得られないだろう。
 二人 (?) の会話が一段落した後、アラストール辺りに問い(ただ)すのが
合理的なやり方だと思った。
「……おい? おまえ?」
 上げた視界の前に、シャナがいた。
“本当に目の前にいる”
 その身体は宙に浮いていた。
 灼熱の光を灯す瞳と髪が急に迫り承太郎の瞳に焼き付く。
「アン? 何か用か?」
 今更、特に驚く事でもないので承太郎は普通に返す。
「気が進まないけど……」
 シャナは小さく呟く。
「アラストールが “視えるように” してやれって……」
 頬も触れあうような、その近さ。
 シャナの視界の隅に、両耳を飾るピアスの煌めきが映る。
 鼻にかかる、熱い火の香りと、仄かで柔らかな匂い。
 その小さな口唇がすぼめられ、承太郎に細く息を吹きかける。
 いきなり承太郎の全身が激しく燃え上がった。
「……ッッ!!」
 思わず声を上げそうになるが、熱さを全く感じないので
その必要がない事に気付く。
 火は、消えていた。
 大事な制服には焼け焦げ一つ付いてない。
 しかし、その事を確かめた後に眺めた風景に、
(……なん、だ?)
 ぽつん、と点る小さな光が紅い空間、元の街の中そこかしこに点在していた。
 まるで蛍の光のような、しかし今にも消え去りそうな弱々しい色彩の光。 
(……人間? イヤ、喰われた生命(いのち)の……「残り火」……か?)
 直感以上の確信。
 それを目の前の少女に訊く。
「オイ、一体ェ何しやがった? あっちこっちに妙な「光」が見えるぜ」
 が、シャナはもう遠くの方に行っていた。
「さっきの見た? あの “燐子” ちゃっかり手下が集めた分、持ってっちゃった」
 それにアラストールが、嘆息混じりに答える。
「うむ、抜け目のない奴だ……が、「アノ者」 が(ともがら)
引けを取らぬ事が解っただけでもよしとすべきだろう。
「討滅」 自体はいつでもできる」
「……どうだか、ね。」
 シャナは呟いて右の人指し指を天に向けて突き立てた。
 周囲で光が弾け、承太郎は思わず身構える。
 路面にまばらに散っていた、まるで人々の名残のようだった小さな灯りが、
ふ、と幻が湧くように、人の形を取り戻していた。
(無事だったのかッ!?)
 一瞬、希望を抱いた承太郎はしかし、棒立ちの彼らの胸の中心に、
先程の今にも消えそうな弱々しい灯りが点っているのに気付いて愕然とする。
 その灯りは、最初に怪物に人々が襲われた際、燃え上がった
炎と同じもののように思える。
(だが……さっきは「光」が身体全体を包んでいた。
しかし、今は “喰われた分” 減っちまったみてーだぜ……)
 突然、承太郎の体を怖気が走り抜けた。
 理由は解らないが、その「光」に得体の知れない邪悪な意志を感じ取った。
 その存在。その概念に。
「 『トーチ』 はこれでよし、と。 「直す」のに何個か使うね」
「うむ……それにしても、相も変わらず派手に喰らいおるわ」
 言う間に、幾人かが、再び一点に凝縮された。
 瀕死の蛍のようになったその灯は宙を流れて、シャナの突き上げた指先に宿った。
 瞬間、灯は一斉に弾け、無数の火の粉となった。
 それらの火の粉は、この陽炎の壁に囲まれた空間の中に舞い散ってゆく。
 怪物や自分によって壊された所に触れると、火の粉はそこから持てる
暖かさを染み透らせるように微光を宿らせ、周囲へと広げる。
「!」
 承太郎が眺める先で、微光を宿した全ての箇所が、ゆっくりと、無音で、
テープの逆回しのように、壊れる前の姿へと戻っていく。
 砕けた敷石が罅を霞ませ、割れたショウ・ウインドウが張り直され、
落ちたアーケードが持ち上がり、折れた街灯が伸びる。黒い焼け跡や、
薄く澱んでいた煙さえ、消えてゆく。
「修復」の終わった場所からは微光が失せ、光景はどんどん元通りになる。 
この空間に囲われた人々が、胸に灯を点した事以外は。
 シャナの指先で火の粉となって散った人間が、欠けている事以外は。
 やがて、「修復」が全て終わる。
 それは、時間にしてほんの十秒ほど。
 そしてシャナが、おもむろに告げる。
「終わり、と」
 光と衝撃が湧き起こった。




【2】

「!」
 承太郎は反射的に手で視界を遮る。
 次の瞬間、彼は雑踏の喧噪に包まれていた。 
 視界を覆っていた手をどければ、そこには、
血のように赤い夕焼けに染まる繁華街と、ざわめく人の流れがあった。
 周囲を覆っていた陽炎の壁も、足下に描かれていた火線の紋章も、全て掻き消えている。
 異変が起こる前の状態に、完全に戻ったのか。
(……違う)
 承太郎は、その違いをはっきりと感じていた。
 自分と一緒にあの妙な場所に囚われた人々は、まだ弱く薄い灯を、胸の内に点していた。 
 シャナの指先で火の粉となった人間も、いない。
 なのに、“誰もそのことを言わない”
 まるで当たり前のことのように、皆、気にしない。
(……いや、“気が付いてねーんだ”
オレの 『スタンド』 が、他の人間には視えねーのと同じように……)
 やがて、灯を胸の内に点す人々は、雑踏の中に、どこか弱々しい足取りで散っていった。
「オイ? ちょい待ちな」
 承太郎は胸に薄い光を宿した、スーツ姿の若い男の肩を掴んだ。
「……ッッ!!」
 男は、ゾッとするほど精気のない顔をしていた。
 目の前にいるのに、その存在感は虚ろそのもの。
 意志も、感情も、気配すらも感じられない。
 男は承太郎と一度も視線を合わせずに背を向けて雑踏に消えていく。
 それが去るのを黙って見ていた承太郎は自分の前に
シャナが立っていることに、ようやく気付いた。
 髪と瞳は元の艶のある黒色に戻っている。
 そうやってシャナを見下ろしていた承太郎は、やがて自分こそが
周りの注目を集めている事に気づいた。
 視線がいつの間にか鋭くなっていたので、
所謂 『ガンをつけている』 状態になっていたのだ。
 周囲の人間には長身の男が因縁をつけているように見えたのだろう。 
 通り過ぎる足並みが早々に去っていく。
「フン……」
 承太郎は小さく鼻を鳴らすと学帽の鍔で目元を隠し、シャナと共に歩き出した。
 黄金色に輝きながら黄昏の終焉を迎えつつある繁華街で、
派手な学ランに身を包んだ長身の美丈夫と、
黒いコートを着た小柄な美少女の組み合わせは、
その身長差も相俟()って恐ろしく目立った。 
 相乗効果によりその存在感が歯車的砂嵐の小宇宙と化した為、
二人が歩むにつれて人込みが旧約聖書の十戒のように割れていく。
 周囲から無分別に寄せられる好奇の視線や言葉。
 中には映画か何かの撮影と間違えてTVカメラを探し出す輩までいた。
 それらを一切気にも止めず、承太郎とシャナはざわめく人の波を切り裂いていく。
「……早ぇトコ 「説明」 してくれンのを期待してるんだがな」
 承太郎の呟きにシャナはいきなり冷淡に告げた。
「アレはもう「人間」じゃない、ただの(モノ)よ」
「……なんだと?」
 再び視線が尖る承太郎にシャナは更に冷淡に告げる。
「本物の “人間だった存在” は、『紅世(ぐぜ)(ともがら)』に存在を喰われて、とっくに消えてる。
アレはその存在の消滅が世界に及ぼす衝撃を和らげるため置かれた
“代替物” 『トーチ』 なの」
 端的な言葉を、承太郎はその怜悧な判断力ですぐさまに分析し、そして理解する。
 シャナもそれを見抜いた上で話していた。 
「トーチ? 代替物……だと? つまりアレはさっきのスタンドみてぇな
人形に喰われた人間の成れの果て “残り滓” ってコト、か?」
 追い討ちかけるようにシャナが続ける。
「そうよ。理解が早くて助かるわ。周りにぞろぞろ歩いてるのも見えるでしょ?
そいつらもみーんな、喰われた残り滓。この近くに、さっきみたいに、
『存在の力』 を集めて喰ってる “紅世の徒” の一人がいるのよ。その犠牲者ってわけ。
別に珍しくもない、世界中で普通に起きてることよ」
 承太郎は今度は黙ってシャナの言葉を聞いていた。
 途中一度、周りの『トーチ』を見渡すと、視線を落として俯く。
「……」
 何も言わず、表情は伺えないが怒りに震えているのが解った。
「そんな大事が起こってんのに誰も気がつかねーのは、
さっき周りにあった赤い “壁” みてーなヤツの所為か?
確かそこのジジイが “フーゼツ” とか言ってやがったな?」
 そう言って承太郎は、その細い整った顎でアラストールを差す。
「ッ!? ……おまえ……意外と鋭いわね?」
「……我の事は 『アラストール』 で良い」
 シャナが驚きと、アラストールが珍しくムッとした声を上げたのはほぼ同時だった。
「正確には、あの壁の中の空間。あそこは世界の流れ、「因果」から
一時的に切り離されるから、周りに何が起こったかを知られることはない。
それに “存在それ自体” を喰うから、喰われた人間は “いなかったこと” になる
後には痕跡すら残らないわ」
「誰にも見えねえし、解らねえ、か。その点じゃ 『幽波紋(スタンド)』 と殆ど変わらねえな」
 いきなりシャナが立ち止まった。
 目の前にタイヤキの売店がある。
 シャナは店員に言って、ホットプレートの上にある分を全部買った。
 袋に詰めてもらうのを待ちながら、世間話でもするように、軽く言う。
「でも、ただ食い散らかしていると、
急に存在の空白を開けられた世界に 「歪み」 が出る。
だから、 “全部は喰わずに” トーチを残して、空白が閉じる衝撃を和らげるのよ」
 シャナはタイヤキで一杯になった袋を受け取る。
「……さっきテメーがやってたアレか?
残された人間の「光」を使って、壊れた場所を修復してたな」 
「当たり前じゃない。薪がなければ火は燃えないでしょ。
元になる存在(チカラ)が無いと、物は直せない、人も治せない」
「…………そうだ、な……」
 少し考えた後、承太郎は学帽の鍔で目元を覆いながら静かに呟いた。
「……それだけ? おまえなら「直すのに人間を使うなんてフザけるな」
とか言うと思ったけど?」
 それに対する反論はもう出来ていたので、
シャナは肩透かしを喰ったような気分になる。 
 以前、ジョセフに喰われた「人」を「物」扱いするのは、
あまり好ましくないと静かに諭された事があるので、当然この男も
「トーチ」による「修復」には反発するだろうと想っていた。
「ソレしか “手” がねーんだろ? 
まさか街も人間もブッ壊れたまま放っとくわけにもいかねーしな。
なら何も言いようがねぇ。
一番悪ィのはあのバケモン共で、テメーが殺したわけじゃあねーからな」
 死んだ人間は、もうどんな「能力」を使おうと戻らねぇ、
そう小さく呟いて承太郎は再び押し黙った。
「フン、知った風な事を」
 なんだか擁護されたみたいで面白くないシャナは、わざと突き放すような言い方をした。
「あ、ちょうどいいわ。見なさい、おまえ」
 シャナが空いた方の手で指差した。
「今、正面から歩いてくるトーチ、もうおまえには視えるでしょ?」
 人込みに頼りない足取りで混じる、印象の薄い中年の男。
 背広姿のその胸の内に、小さな灯がある。
 それが、ふと、消えた。
 燃え落ちた。
 男もいつしか、消えていた。
 それがなんでもないことでもあるかのように。
 周りを歩く人々は誰も、そのことに気付かない。
 いや、気にしない。
 承太郎も、言われなければ注意を払わなかったかもしれない。
 それほどに、男の “存在感は薄かった”
「今のが、燃え尽きるって事か? 
もうさっきの男の事を覚えてるヤツは、
オレ達以外、誰もいない?」
「そ」
 シャナは簡単に答えて、また歩き出した。袋からタイヤキを取り出す。
 やらないわよ、と横に鋭い視線で訴えるが、
承太郎は何か別の思索に耽っていて自分の視線には気づいていないらしい。
 結果的に無視された形になったシャナは、なによ、とムクれて
タイヤキの上半身に噛みついた。
 承太郎は、スタープラチナで周囲の雑踏を見渡した。
 シャナの言うトーチになった人々を探す。
……血のように紅い夕焼けに染まる街並みの中、
弱々しい灯を内に宿すその 『人の代替物』 は街中に嫌になるほど目についた。
「!」
 その視界の端で、また一人、灯が燃え尽きた。
 赤いランドセルを背負った小さな子供が、消えた。
 傍らには、母親らしき中年の女性がいた。 
 しっかりと繋がれた二つの手。
 その母親の目の前で、鞄も、服も、靴も、余韻すら残さずその子は消えた。
 まるで、宙をたゆたうシャボンのように。 
 しかし、母親はその事に気づかない。 
 人込みは、変わらずに流れている。
「……ッ!」
 承太郎の口中が、ギリッと軋んだ音を立てた。



 母親を喰われた子供は、母の帰りをずっと待つのだろう……
 子供を喰われた母親は、息子の帰りをずっと待つのだろう……
 バケモノに殺された娘や兄弟達の帰りを、家族達はこれからもずっと待つのだろう……
“自分が待っているという事にすら気がつかないまま”
 これからも。
 ずっと……

 

「―――ッッ!!」
 爪が皮膚を突き破るほど、強く拳を握りしめた承太郎の心中を
敏感に察知したアラストールが、
タイヤキを頬張り始めたシャナの代わりに言った。
「……そう(いきどお)るな。我ら “紅世の徒” の中にも、
この世の存在を無闇に喰らうことで世界のバランスが崩れ、
それが我らの世界 『紅世』 にも悪影響を及ぼすかもしれぬと
危惧する者は少なからずいる」
 承太郎はシャナの胸元で揺れるペンダント、アラストールを睨んだ。 
「我、ら? アラストール……テメーもそのグゼとかいう……
さっきのバケモン共の仲間なのか?」
 胸中で渦巻く云い様の無い憤激を、
承太郎は半ば八つ当たりに近い感情でアラストールにブツける。
 その瞳に宿る光が、もしお前もさっきの人形達と同じように、
他の人間の生命(いのち)を「侮辱」し、虫ケラのように嬲り殺すのならば、
オレも一切の容赦はしない。叩き潰すッ! と激しく訴えていた。
「……」
 アラストールはその強暴にギラつく眼光を黙って受け止め、おもむろに口を開いた。
「……貴様が出会ったのは “燐子” という、我ら 『徒』 の下僕に過ぎぬ存在だが、
まあ、人間の視点で言えばそのような異形のモノだ。
ともあれ、その災いが起こらぬように、
存在の乱獲者を狩り出して滅す「使命」を持つのが、
我ら “フレイムヘイズ” というわけだ。」
 声を発するアラストールの上で、タイヤキを頬張ったフレイムヘイズの少女が
年相応に目元を緩ませている。
「……やれやれ、それはまた、随分と頼り甲斐がありそうだな?」
 そのフレイムヘイズの少女を剣呑な瞳で見据えながら
皮肉めいた口調で承太郎は言った。
 こんな年端もいかない少女が、どうしてそんな異様とも言える
戦闘組織に属しているのか?
 気にはなったが承太郎は訊かなかった。
 無闇に他人を詮索するのは趣味じゃない。
 承太郎はシャナとアラストールの話した内容をもう一度反芻して理解した後、
核心に入る。
 己の、核心に。
「最後の、「質問」 だ」
 そう言って承太郎は、顔前で厳かに指を立てる。
「テメーらが追ってるその “紅世の徒(グゼノトモガラ)” とかいうヤツらと、
アノ男、 『DIO』 との関係は一体なんだ?」
 DIO。
 その名前に、周囲の空気が一気に重くなる。
 まるで固定化した空気が、己が存在を押し潰そうとでもしているように。
「……」
「……」
「……」
 三者三様の、重苦しい沈黙の中、アラストールが静かに口を開いた。 
「……我らにも、アノ男の概要はよく解らぬ。
元は桁外れの運命の「器」をその裡に蔵していた
「人間」 で在ったらしい、という事以外はな。
ただ、最近になって “紅世の徒” の多くが、
()の者の「下僕(ボク)」となった事が判明した。
この世界の、強烈な歪曲(ゆがみ)によって……」
「……」
 シャナは、その時の感覚を思い起こしていた。
 脳裏に最初に浮かんだ言葉は、魔王。
 しかし、そんな陳腐な表現ではとても足りない。
 世界の存在の要石に、楔が穿たれたかような途轍もないプレッシャー。
 その存在の力は、かつて己が討滅した “紅世の徒” など比べモノにもならない。
 ソレが、DIO。
「彼の者は、その強大な力を以て “紅世の王” にすら勝利し支配する。
その存在はまさに 『王の中の王』
かつて己が潜血より数多の魍魎を生み出したという事から、
幽血(ゆうけつ)統世王(とうせいおう)】 と我らは呼んでいる」
 アラストールの言葉にシャナが補足した。 
「それでフレイムヘイズとして王を討滅するなら、
ジョセフと一緒に行動した方が良いってアラストールと相談して決めたの。
どうやらおまえの 「血統」 は、アノ男と関わりが深いようだしね」
「それじゃあ、さっきのも……DIOのヤローの差し金か?」 
「うむ。そうみるのが妥当であろう。
我らの入国とほぼ同時に、この界隈で “封絶” が起こったからな。
偶然にしては出来過ぎだ。
配下に強いた “徒” から、我らが仇敵、
ジョースターと盟を結んだ事は伝え聞いていようしな」
「悪党は悪党同士、連みやがる、か」
 廃れた下水道に棲むドブネズミも反吐をブチまけるような暗鬱とした気分が、
承太郎の裡に広がっていく。
「残された 「時間」 は、限りなく少ない。
彼の者はこうしている間にも下僕を増やし、
人間を喰らい、その力を増大させている。
現世(うつしょ)の真の帝王となるためにな。
そしてその覇業の手始めとして、承太郎よ。
まずは貴様が狙われるはずだ」
 脳裏に、写真の男が思い浮かぶ。
 その視線。
 この世のどんな暗黒よりもドス黒い、邪悪な眼光。
 その男の欲望の為に、関係のない人々が大勢死んだ。
 何の脈絡もなく。唐突に。理不尽に。虫ケラのように。
 何も、何もわからないまま。
 その存在すら消し飛んだ。 
「……野郎……ッ! DIO……!!」
 怒りで、承太郎の眼輪が細かに震え出す。
 まるで空間まで(つんざ)くようなその強烈な気配に、
前方を歩いていたシャナが振り返った。 
「おま、え……?」
(舐め腐りやがって……! 上等だ……ッ! わざわざ待つ間でもねー!
囲ってやがるその『(ともがら)』諸共ッ!
この空条 承太郎が直々に出向いてテメーをたたむッッ!!)
 倒すべき宿命。
 消し去るべき因縁。
 承太郎のライトグリーンの瞳に、決意の炎が燃え上がった。
 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。

←To Be Continued……

 
 

 
後書き


はいどうもこんにちは。
毎回何度想い返しても胸○が悪くなるのですが
なんでしたっけ? ここは原作じゃ「教室」の辺りですかね。
なんであんなシーンを作るのか? 
本当にソレで面白いと想ってるのか?
ワタシは甚だ疑問を禁じ得ません。
そもそも「人の生命(いのち)を蔑ろにする」キャラクターは
百害あって一利なしで何のメリットも魅力もありません。
当然「共感」も「憧憬」も浮かんできませんから(「敵」ならまだしも)
「不快感」しか残らないのは当たり前なんです。
大体なんで人の生命まで「萌えシーン」の材料にする必要があるのか?
それで特殊な感情を抱く人って一体どんな鬼○生なんだ?
その上で「殺すんじゃない生かすんだ」とか言われても
ただのギャグにしか聞こえません(しかもスベってるし)
まぁ描いてる人の精神がその程度(低○)なら
ソレがそのまま反映されるのが「作品」というものですし、
まぁあんなモンを主人公にしてる時点で推して知るべしといった所でしょう。

なのでストーリー作品としては承太郎の反応こそがまさに「正解」なのです。
普通の事を普通にやってそれで作品がつまらなくなってれば世話はありません。
誰かが崖で落ちそうになってたら、
力があろうがなかろうが手を伸ばして助けようとするでしょう?
(人を呼びに行くという人もいるでしょうが)
眼の前で車に跳ねられた人が血まみれで助けを求めてきたら
頼まれなくても「救急車ー!」でしょう?
ソレが「人間」としての当然の反応で
「僕に一体何が出来るのか? この選択の意味は?」
とか考える余地も必要も全くないのです。
大体「哲学」なんてそもそも「暇人」がやるもので
一介の中学生が四の五の考えてもロクな事になりません
(「暇」という点では共通してますが。
それと普通はなんらかの「部活」に入りますよね?)
まぁ「人間」を知らない者が勝手に知った気になって
勝手に失望して勝手に見下すとロクなモンが出来上がらないというコトです。
ソレでは。ノシ 
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