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とある科学の裏側世界(リバースワールド)

作者:偏食者X
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  ep.017 決戦8

的場は階段を上る。
刻一刻と終わりが近付く中で、的場は自分自身が分からなくなって来ていた。

『俺の本当の力。 俺の中に本当の俺がいる.....ならば今の俺は誰なんだ? 俺は"的場聖持という概念"なのか。』

もし本当の力を使う自分が存在するのなら、今ここに存在している"的場聖持"とは何なのだろう。
そう思うと、今にも自分が壊れそうで怖くなる。
恐怖を無理矢理にでも払うには階段を上るしかない。

「的場......。」

気付けば的場は階段を上り切っていた。
目の前には1人の少年が待っていた。
その少年の目に慈悲の光はない。

「アナタが次の俺の相手ですか。」

「あぁ、俺は神薙悠持(かんなぎ ゆうじ)。 だが今のお前は戦う資格を持っていない。」

神薙は的場の質問に答えず、何やら意味深なことを言ってくる。

「どういう意味ですか?」

「お前からは邪念を感じる。 そんな奴とやりあっも意味がない。 せめて心くらいは清めろ。」

神薙は手を出さずに待っている。
的場は大きく深呼吸した。
ここ数日の非日常の体験から的場は自身のスイッチのONとOFFをスムーズに切り替えられるようになっていた。

すると、神薙がクラウチングスタートの体制を取る。
戦闘準備は万全のようだ。

「お前からは同種の臭いがする。 どちらが強いかが分かる楽しみ。 そして何よりこれからお前と戦うワクワク...楽しませろよ、的場。」

神薙は走り出した。
しかしそれはこれまでの相手とは明らかに速度が違う。
能力も何もないというのに、集中して見ていなければ、捉えられなくなる。
速度を残したまま地を蹴り、的場の頭くらいまで飛ぶ。
右の蹴りが迫って来る。
的場はその速度からして避けられないと踏んで防御。
左腕で神薙の右の蹴りを防ぐ。

「ぐっ!」

神薙の攻撃は速いだけではなかった。
的場の左腕の骨は一撃でヒビが入る。

「まだだ!」

神薙はそこから右脚に力を込め、一旦はガードし切った的場を蹴り飛ばす。
的場はフロアの端まで飛ばされる。

「チッ....あの速度で、受け止めれば負傷なんて....洒落になってないな。」

あの蹴りが頭に当たれば、首が折れて即死だ。
なのに速度はこれまでのメンバーと比にならない。
強過ぎる。

次は的場のターンだ。
瓦礫から飛び出し、どんどん加速しながら神薙に迫る。
しかし、神薙は驚きどころか微塵の動揺も見せない。
それはポーカーフェイスなのかはたまた純粋な余裕なのか的場には検討もつかない。

「まだ鈍速だな。 目で捉えられるぞ。」

神薙は開いた手を上にあげ、振り下ろす。
すると、空中に大量の水が生まれる。
的場はそれを確認すると水すら飛び越え、神薙の元にやって来る。

『いいバネだ。 6メートルは優に飛び越えているな。』

的場は拳を溜め、跳躍の勢いと体重を乗せた鈍く重い一撃を神薙に放つ。
神薙もそれをガードする。
だが、その顔にはまだ余裕が感じられる。

『良いパンチだ。 だが、まだ軽いな。』

神薙は的場の攻撃を弾き返す。
そして空中で無防備な的場を吹っ飛ばすために体をねじり、空中での右回し蹴りをする。
的場にとって神薙との戦闘は体感速度的に見て自分の4倍以上の速度とパワーの相手とぶつかってるようだった。

『チェンジオブペースってやつなのか。』

神薙の攻撃が速く感じるのは、このチェンジオブペースによる極端な動きの緩急に翻弄されているからだ。
第三者から見れば確かにスピーディーな戦闘ではあるが、神薙の攻撃速度と的場の反射神経はあまり差を感じられない。

その頃ー
的場に敗れたstudentのメンバーは控え室のようなモニタールームで二人の戦闘を見ていた。

「神薙の奴やけにエンジン掛かってんな。」

桐崎が呆れたように言葉を漏らす。

「しゃーねーじゃん。 神薙ッチが1番戦いたくてウズウズしてたんだからさ。」

影縫もフォローしているが呆れたような感情のほうが多く混ざっている。

「神薙君、あんなにめちゃくちゃしてるけど大丈夫かな的場くんは。」

「箱部さんは心配し過ぎなんだよ。 彼のことならきっと勝つに決まってるさ。」

心配そうにモニターを見つめる箱部に池野がフォローの声を掛ける。
全員が的場の勝利を確信しているが、神薙との戦いに関しては全員が不安を感じていた。
それは、神薙が体術面で考えればstudent内で誰も寄せ付けないほどの実力を持つからだ。

実際、騎城と七草は2対1で神薙に負けている。
しかも神薙は能力を1度しか使わなかった。

その頃ー
的場と神薙の戦闘は相変わらず神薙の優勢だった。
両者ともに未だ能力を使っていない。

ここで的場が能力を使う。
神薙の顔面に磁場を発生させ、そこに拳を叩き込んで一撃で終わらせるつもりのようだ。
的場は神薙の攻撃を紙一重で避け、神薙との距離がゼロになる。
神薙は腕の間合いよりも内側に入られて防御が取れなくなっている。
的場は拳を放つ。
誰もがこれで終わると思った......がそれは大きな間違いだった。

一同は騒然とした。
的場の拳は神薙の頬に当たるのではなく、まるで凹凸のあるツルツルの物をなぞるかのように、神薙の頬を滑っていく。

「なんで!」

動揺する的場は冷静になって神薙の後ろを見ると、神薙は力を込め、強烈なパンチを決める体制になっていた。
的場の拳が完全に通過すると、神薙の拳が迫り、その一撃は完全に的場の顔面に入る。

「うぐっ。」

「まだまだつめが甘いな。」

的場は再び吹き飛ばされる。
その全身は所々にアザができていて、この戦闘の激しさを物語っている。
的場は冷静に分析する。

『さっきの感触は摩擦がなかったのか? だが摩擦を操る能力ならさっきの水が説明できない......。』

的場にヒントを与えるように神薙は指パッチンをする。
すると、マジシャンのマジックのように指先に火が付き、神薙が指をくしゃっと包むと火が消えた。

「教えてやろうか、俺の能力を。」

「教えてそれでも俺に勝てるんですか?」

的場は敢えて煽る。
神薙の質問にYesで答えてもNoと答えてもこれからのペースを持って行かれる気がしたからだ。

「当然だ。 体術だけでもお前は俺に届いていない。」

否定できない。
神薙の言葉は「ド」が付くほど正論だ。
そして、反論できない的場を見かねて神薙は教えた。

「俺の能力は"横流能力(スライドパワー)"。 倍率を操作する能力だ。」

「倍率を!?」

それはあまりにも予想外な解答だった。
的場が考えていたのは空間を操作する能力。
"範囲を決めてその中にある物を好きにできる能力"。
そうすれば空中に大量の水が発生したことも、自分のパンチがまるで当たらなかったことも説明できた。

しかし倍率と教えられてから考えると、確かにその方が納得のいく点が多かった。
水に関しては空気中に微妙に漂う水分の倍率を上げ、パンチの時は自身に掛かる足裏以外の摩擦の倍率を下げたということになる。

しかし、対処法は浮かばない。
相手はこちらに干渉している訳でもなく、また普通に殴り合ってもこちらに有利はない。
まさに"万事休す"の一言だ。

『もう....この力に頼るしかない。』

的場は既に直感で辿り着いていた。
それは、自身にある本当の力。
池野、桐崎を退けたあの能力のことだ。

的場は目を閉じ、自身の内面の方に入り込んでいく。
神薙は的場に一撃を叩き込むために走ってくる。
その走りの勢いを殺さないように前方に飛び、拳に力を込める。

「終わりだ的場!」

神薙の一撃が的場に決まろうとしたその瞬間、的場は目を見開いた。
神薙のパンチをくるりと横に避け、後ろ回し蹴りで神薙を蹴り飛ばす。

『今のはチェンジオブペースって感じじゃねぇ。 本当の意味で加速した。』

「不思議だ。 濃密な力が内側から溢れてくるような、そんな感覚がする。」

神薙がこの事態から迅速な撃破を優先し、的場にとどめを刺しにやって来る。
神薙は的場に急接近すると、足を横に振る。
的場はそれを大きく飛んで避けた。
それを確認すると、神薙は振った足を返す。

『技に特に名前は無いが敢えて付けるなら燕返し(つばめがえし)ってところか。』

燕返しと言えば、佐々木小次郎の代名詞のような技だが、あれは正式には虎狩り(とらがり)と呼ばれており、燕返しという技自体は実質存在しない。

神薙は振った足を切り返した。
的場はジャンプした後の落下に入っている。
神薙は狙いは此処だった。
空中で無防備な的場は防御を取れない。

今の神薙の攻撃は一撃必殺の名に相応しいもので、当たれば能力で体に掛かるダメージの倍率を跳ね上げられてしまい、一撃で瀕死になりかねない。
的場に足が当たる。
誰もがそう確信した次の瞬間、的場は足で空中を掴んだようにそこから更にジャンプした。
神薙の切り返しが見事に的場の下を通過していく。

『今のは....2段ジャンプしたのか!?』

つまり、今の的場は物理常識に従っていない。
それは人間をやめたことに等しい。
的場はそのまま神薙の頭上に着くと、力強く足を振りおろし、頭部に踵落としをお見舞いする。

踵落としを直撃した神薙はふらつきながら的場を見る。
額からは血が流れ出し、神薙の片目を閉ざす。
踵落としの時に、的場は無意識に足に掛かる重力と重さを上げていた。
神薙には踵落としというより、鈍器で頭を殴られたような鈍く重い一撃を食らった。

『はぁ.....はぁ....ちっ..こっからが面白いんだろーが。 なのになんで.....俺の体は動かない。』

今の神薙は意識が時々消えかける。
何も考えられない。

『なんでなんだよ.....クソッ! やっと見つけたんだよ...野口以外に勝負できる奴を.....なのに...ふざけんな!』

神薙はすぐにでも倒れそうな体を動かし、トボトボとした足取りで的場の元に向かって来る。
そして、拳を構えた。
能力を最大限に使い、拳に掛かる力の倍率を限界まで引き上げる。

「受けてみろ......的場ぁぁぁぁぁぁああああ!!」

神薙は最後の力を振り絞って的場を殴りにかかる。
的場は拳を構え、静かに待っている。

「ウォォォォォォォォォォオオオ!!」

神薙が拳を放つ。
だが、拳にかけた能力は消滅した。
2人のパンチは互いの頬に当たった。

「へへ.........。」

神薙は少し笑うと、倒れた。
その姿はまさに歴戦の猛者たる誇りが見えた。 
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