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リラの咲く頃バルセロナへ

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第二章

 急にだ。仕事、本業が忙しくなったのだ。
 連日連夜徹夜で帰る頃には真夜中だった。僕達は同棲しているがその部屋の中でだ。二人共へとへとになってこう言い合った。
「アルバイトする気力あるかしら」
「ないよ」
「私もよ」
 疲れ切った顔でだ。彼女は僕に返してきた。
「もうね。へとへとよ」
「ううん、どうしたものかな」
「暫くはアルバイトとか内職どころじゃないわね」
「今のお仕事頑張るしかないね」
「ええ。それしかないわ」
 彼女は疲労に諦めを加えていた。
「それでもお金は貯まるしね」
「地道にやっていくしかないみたいね」
「ええ、それじゃあね」
 こうしてだった。僕達はその本業だけで手が一杯でそれを頑張った。そうした。
 その多忙な状況がようやく収まってきてだ。これであるバイトに精を出せると思ったら今度はだった。彼女が困っていてもとても嬉しそうな顔で僕に言ってきた。
「できたわ」
「えっ、できたって」
「だから子供ができたの」
 気恥ずかしそうにだ。僕に言ってきた。
「私達の子供がね」
「ここでなんだ」
「そうよ。できたのよ」
 困っていても気恥ずかしくても。とても嬉しそうに僕に言ってくる。
「どうしようかしら」
「どうしようって。子供ができたら仕方ないじゃない」
「そうよね。それじゃあ」
「結婚しよう」 
 選択肢はそれしかなかった。それ以外には考えられなかった。
「元々そうするつもりだったしね」
「そうね。けれどね」
「旅行はね」
「暫くは行けないわね」
「何年もだね」
 結婚して出産があって子供が生まれては。それではだった。
 それで何年も行けなくなる。僕はその未来がすぐに見えた。
 それは彼女も同じでだ。今度は残念な顔で言ってきた。
「じゃあ。暫くはね」
「そうだね。落ち着くまではね」
「諦めましょう」 
 こう言ってだ。僕達は結婚した。それから暫くして子供が生まれた。男の子だった。これがまた手のかかる子で子育てに二人でてんてこまいになっていると。
 気付いたら子供がまた一人できた。今度は女の子だった。女の子は男の子以上に大変だった。それで二人目も育てているとだ。
 何時の間にか引っ越していた。アパートから少し贅沢なマンションに移っていた。そこはペットを飼ってもいいマンションだったので子供達が犬を飼いたいと言い出して。 
 あまりにも言うので夫婦で話し合って犬を飼った。柴犬をだ。
 犬は賢く可愛いけれど世話が必要だ。僕達は今度は犬の面倒も見た。
 そんなこんなで忙しい人生を送っていると上の子供が大学に入って下の子供も高校に入った。犬も健在だった。けれどだった。
 妻、そうなった彼女がだ。僕にふとこう言ってきた。
「あのね」
「ああ、どうしたんだよ」
 すっかり恰幅がよくなった僕は少し皺のできた顔の妻にだ。こう返した。
「何かあったのかい?」
「うん。ずっと忘れてたけれど」
 それでもだという感じでだ。妻は僕に言ってきた。
「あのね。旅行のことだけれど」
「旅行?」
「そう、旅行のこと覚えてるかしら」
「もう家族旅行は何年も行ってないじゃないか」
 妻に言われて思い浮かべた旅行はこれだった。夏休みに子供達を連れて海や山に行く。毎年やっていたけれど上の子の高校受験の年から自然になくなった。
 上の子は受験で頭が一杯で下の子はそれなら自分で行くと言って女友達と何人かのグループで旅行に行くようになった。それで僕達は旅行に行かなくなった。 
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