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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第15夜 宣告

 
 作戦は簡単だった。

 まず、沼で機動力を封じればどんな呪獣であろうとも雑魚に等しい。しかし通常の俊敏な呪獣はフットワークも軽いためにそんなあからさまなトラップには引っかからない。これに引っかかる可能性があるのは、まさに鎧の呪獣のように動きが直線的で突然止まる事の出来ない相手だけだ。

 沼を作るには石畳の足場は不利。よって場所は必然的に道路から逸れた脇の荒れ地になる。

 また、確実に相手を沼に誘導し、かつ自分たちのリスクを減らすには鎧の呪獣の位置を知るのが最も有効だ。その方法を考えた時、トレックは光源杖や拳銃では確実性に欠けると判断し、安定して長期間光つづけて相手にも括り付けやすい灯縄という選択肢を選んだ。
 実行するのは直に鎧の呪獣の攻撃を受け止め、尚且つ受け流したギルティーネが適任だった。

 そして、そのための時間を稼いでいるうちにステディは他のメンバーに隠れて地面に細工し、沼になりやすい脆い地面を作成。更にトレックがそこに泥水を触媒として呪法を重ねがけし、数mの深度がある簡易的な沼を作成。万が一外見で悟られないために表面だけに薄く普通の地面のカムフラージュまで施した。

 最後は簡単だ。派手な音と光を発生させる拳銃全を用いて総攻撃して気を引きつつ、全員で呪獣と沼の対角線上に移動。ダメ押しと言わんばかりに突っ込んで来た呪獣が確実に沼に落ちるようにステディの術で足場を変形させれば、鎧の呪獣は転倒して沼に落ちるしかない。

 その後詰の策を実行したステディは、横目で敵を焼き払うトレックの顔を見る。
 無表情に見えて実際には額に微かな緊張の汗が見て取れた。

(確かに単純だが、細かい部分を見ればあの呪獣を倒すために柔軟な思考で立てられた作戦だ。何より属性と他人の装備を最大限に活かしている。しかし………)

 ステディは、上位種の呪獣と遭遇した際にトレックが狼狽していたのを確かに見た。
 その表情が恐怖に染まり、この場から逃げ出すであろう腐抜けた考えに染まり掛けているのも見た。
 その時、ステディはトレックという男を「最終的には自分の命を惜しがる戦士の風上にも置けない存在」だと確信し、これまでにない不快感を覚えた。何故こんな男がドレッドの気を引いたのかと、改めて思った。

 しかし、彼はドレッドと方針を話し合ううちにその臆病者としての部分を見る見るうちに自分の中に仕舞い込み、最終的には一度逃げようとした相手に再び戦う為の策まで繰り出し、見事に役割を全うしている。

(何故、自分の中で決定した思いを容易に変更できる?何故戦う覚悟を改めて決めるなどという心境の変化が起きた?どうして戦士としての適性を欠くのに、貴様は戦えたというのだ?)

 ステディには目の前の男がまるで理解できない。
 ステディの周囲にいる人間は、こうだという行動を一度取った後にそれを曲げたり、以前とまるで違う行動をとる存在はいなかった。知識的な学習によって大きく行動を転換させる存在ならいたが、「戦うか戦わないか」などという根底的な部分が瞬時に変化する存在など見たことがない。

 ………『欠落』を持たない、普通の人間ども以外には。

(トレック・レトリック……貴様も『欠落』しているのではないのか?それとも貴様は違うのか?私にはギルティーネという罪人より、貴様の方が余程理解できない……!)

 普通であることが、普通ではない。
 この男は異常だ。
 そう、感じた。



 = =



 振り返ってみれば、碌に目立つ特徴もない男になっていた。

 いや、別に飛び抜けて没個性という訳ではないと思う。努力家とか、周囲の仲を取り持つのが上手いとか、公園で紙芝居を見るのが日課だったとか、肉があんまり好きではないとか、そんな人とのちょっとした違いはある。当たり前に存在する自分と他人の差異は、探せばもっとたくさんあるだろう。

 しかし、もっと広義の――例えば出身地である『朱月の都』という地域的な括りや、近所、クラスなどの複数の人間が共通の価値観を持つことで構成された集団の中にあって、それを構成する部品の一つとして見れば、所謂「はみ出し者」とか「変わり者」に含まれるほど異端的な扱いを受けたことはない。

 節度ある協調性を持って普通に過ごしていたら、普通の存在になっていた。
 珍しくもないことだ。自分でも、呪法師などという道を目指す前まではそれを意識することもなかった。
 そして今、自分はその大きな括りの枠をはみ出した存在となっているのかもしれない、と思う。

 『普通』の人と『欠落』持ちの人の間にはもっと根本的な――心の根っこの部分でしっかり符合する同族意識のようなものがずれている。同じ姿、同じ文化、違う個性、条件はほとんど同じなのに、彼等の真っ新な心にぽつんと空いた小さな穴が、その隔たりをより大きなものとする。

 その根底にある意識が、いつもトレックという人間の在り方を阻害する。

 自分は、普通の人間として育ってきたのだ。羊のなかで、羊として生きてきた。
 しかし、自分には呪力があった。『欠落』の証たる呪力――羊ではなく狼たる力。仮に自らの身体が狼であったとして、それまで自分が羊だと思って生きてきた狼は、果たして狼の群れで上手くやって行けるか?

(その答えが、俺の今か……ホント、呪法師の道をもっと早く諦めてたほうが良かったか……?)

 とは言うものの、『朱月の都』で安定した収入を得るのは簡単な事ではない。大陸の文化的中心である『朱月の都』には表立った産業がないため、食い扶持争いは他の都より激しい。簡単な話が、職業による賃金の落差がかなり激しい。
 レグバ元老院やアデセコワ商会傘下の企業などが高い社会的地位や収入を得る半面で、日雇いの職ではその日を食いつなぐのが精いっぱい何てことも珍しくない。特にここ100年ほどは完全失業者の貧民化が進み、皮肉にも大陸外の宗教家たちが彼等の命を炊き出しで繋いでいるケースもある。

 『大陸の結束は失われつつある』。一般人の間では上手くいかない世の中に対する言い訳のように、そして元老院や教会では対呪獣体制の崩壊を招きかねない現実的な問題として横たわる。

 これまでは呪獣を大陸の民共通の敵として一丸となっていたが、その同族意識は皮肉にも「普通」と「欠落」の二種に分裂したことで希薄になり、そこから更に大陸外の思想が広がり細分化。今では呪法教会の資金的な締め付けもかなり煩くなっている。

 「普通」の人間の見ようによっては、呪法教会という組織は、安全圏である結界の外にいる接触の必要もない敵を態々倒すために民の金や資源を消費し続けていることになる。つまり、「戦う必要のない相手と戦うために大量の金を喰っている」組織と解釈することが出来る。
 しかもその構成人員は全員が『欠落』を持った普通ではない精神構造を持つ人間で構成されているとなれば、一般人の認識との壁はさらに大きく、分厚くなって両者を隔ててしまう。この大陸に、呪法教会など存在しなくともいいと本気で考えている人間が現実に存在するのだ。

 トレック達呪法師はそんなことは微塵も考えない。
 呪獣と言う存在は2000年以上が経過した今でも依然として人類の天敵だ。正体も掴めないし、進化の兆しすらうかがえる。実際にその姿を視認して襲われれば、口が裂けてもそんなに愚かしい事は言えまい。世界を蝕む圧倒的なまで存在感(リアル)が、呪獣を無視することを許さない。
 対して一般人は呪獣を直接見ることがまずない。呪法師たちが当たり前に感じる事の出来る存在感(リアル)を認識することが出来ない。だから呪法教会が必要ない等と愚かしい思想を持つ余裕がある。

 嘗ては人々の夢の結晶であった五行結界が、今では呪法教会の足枷になる。
 その現実を知ってしまった今、トレックはもう「普通」の人間たちの元に戻れないような気がしていた。

(結局話は戻り、羊の群れから離れたから狼に受け入れられるとは限らない訳だ。この板挟みにもすっかり慣れてしまった自分が悲しいな)

 先ほどからドレッドのチームの側から突き刺すような鋭い視線を感じる。その視線の主は、先ほど上位種の呪獣討伐を手伝ってくれたばかりのステディだ。

 トレック達はまだ前線に出ない身である準法師という立場でありなから、実戦では法師を容易く殺める上位種を討伐した。これは誇るべき大きな成果であり、その為の作戦を立てたトレックは褒められても罰は当たらない程度には結果に貢献している。
 それでもなおステディから嫌悪感や猜疑心の籠った視線がぶつけられるということは、「また」なのだな、と思う。

 『普通』の人間のようで気味が悪い――。

 何度も言われてきた言葉だ。トレックの知る普通の人間と言うのは、ふと大切な事を想い出して行動や言動が小さく変わることがある。誰かの言葉に栄養を受けて、それまで当然にしてきた行動を見直すこともある。また、最初は受け入れがたかったものも後に考え直して受け入れるよう努力したりもする。おかしいことではない、普通のことだ。
 しかし『欠落』持ちには、このトレックとしては普通に起こりうると思っていることが、通常の出来事には映らない。トレックや普通の人間にはそれは理解できない感覚なのだが、彼等だけはその行動を「気味が悪い」と考える。

 その理由を彼等も、普通の人も、言葉に表して説明するのは難しい。考え方の個人差もあるので、言語に表すと統一した意見に纏まらない。それでも、『欠落』持ちは誰しも共通してこの当たり前の変化を気味悪がり、避けたり拒絶意志を示す。

 根拠を探るのは止めた。分かりっこないからだ。
 だから、トレックはいつも一度だけ相手と会話して『確認』をする。

「俺のことが、気味が悪くてしょうがない。そんな顔をしてるよ、ステディさん」
「そんな顔、ではなく事実だ」
(……ここまでキッパリ言い切られるといっそ清々しいな。ま、『欠落』持ちの人はお世辞とか言わずにキッパリ言い切るパターンが多いし慣れてるけど)
 
 最低でもこの任務が終わるまでは、盟約の通りに動いてもらわなければ困る。今更個人的な私情で連携を乱すとは思えないが、やはりはっきりさせておくべきだろう。

「先に行っておくけど、これはお願いとかそういうのじゃなくて、確認作業だ」
「確認だと?今更何を確認する?それとも盟約の内容も忘れる程貴様のおつむは――」
「少し黙れ」

 ステディが、驚いた表情で言葉を止める。
 この確認を取る時は、弱気は絶対に駄目だ。必ず自信満々で、多少なりとも威圧的にしなければ相手に軽んじられる。下手に出らず、あくまで自分と相手が対等であることを前提にしつつ、しかしはっきりと言わなければならない。

「気味が悪いなんてのは気分の問題だ。今までにもその気分とやらで俺を嫌う奴は山ほどいた。中には俺と行動しなければいけないことを理由に実技を断った奴もいるくらいだ。別の試験では俺のパートナーとして登録されておきながら、俺が受かると気分が悪くなって効率が悪いからと俺だけ蹴落とそうとした奴もいる。だから俺はキミみたいに所構わず無遠慮な視線を送る人には必ず同じことを言う」

 本当に、酷い目に遭う時はとことんひどい目に遭う。だからその予防線のために色々と研究したトレックが最終的に編み出した対『欠落』持ち用の脅し文句がこれだ。

「俺のことが嫌だろうとなんだろうと、この試験が終了するまでは何が何でも俺との連携を維持しろ。しないのならお前の背中を後ろから撃って俺だけ進ませてもらう。――いいか、これは「はい」とか「いいえ」とかそんな応答を求めているんじゃあなくて、『確認』だ」

 それだけ告げて、俺は嘘つきの浅はかな隠し事を誤魔化すようにそのまま前を向いた。
  
 

 
後書き
このへんギルティーネさんの出番が少なくてちょっと心苦しい。

そして短めになった第二次更新終了。続きは溜まったら投稿します。 
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