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ソードアート・オンライン 幻想の果て

作者:真朝
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四話 それぞれの生き方

革細工職人の少女が去り際に残した言いつけを守りシュウ、アルバの二人はリコと共にフェルゼンの夜道を歩いていた。少女のホームでもあるプレイヤーショップは街の上方、中央部に位置している、この街の最たる特徴として挙げられるのはこの特異な構造だろう。

街の外周から中央にかけて徐々に高くなっていく街並み、外側から見ると建築物が階段のように段々と連なっているようだ。

各層の街同士を繋ぐ転移門が存在する中央の広場から四方に伸びる階段状の朱街路を登り、数多くのプレイヤーショップや未売約のホームが軒を連ねる通りに出ると、不意に顔を待ちの外側へ向けたリコがほぅっと息をつく。

「どうした?」

「うん、綺麗だなって思って」

「ああ、確かに……この街の上からの眺めは格別だな」

リコに倣ってシュウとアルバも道の外側に設けられた子供の背丈ぐらいの高さがある石の塀に手をかけ、夜の街並みを見下ろす。

家々から漏れる明かりには石造りの家屋特有の温かみがあり、夜の帳が落ちる中で煌々と灯るそれらを一望できるこの眺めはプレイヤー達の胸を落ち着けさせる不思議な異国情緒を漂わせていた。

初めてこの夜景を見た人間の多くがそうするようにリコはぼうっと街並みを見下ろし、やがてぽつりと呟きを漏らす。

「ごめんね」

「……え?」

前触れなく発された謝りの言葉にアルバはきょとんとしながらリコを見る。SAOの感情表現がもう少しオーバーなら頭上に疑問符でも浮いたかもしれない。アルバほど露骨ではないがシュウにしても反応は同様で、僅かに(みは)った目をいつしか俯いていた少女に向けている。

謝罪の意味が理解できず言葉を失う二人に少女は訥々と、独白するように語り始めた。

「シュウ君やアルバ君達、攻略組の人達……それにもっと沢山の人が毎日命懸けで戦ってるのに、私は安全な街の中にいて……この世界での生活を楽しんじゃってる」

HPを全て失ってしまえば本当に死んでしまうこの世界で、モンスターと戦う剣士達と比べ彼女たち職人クラスの人間は圧倒的にリスクが小さい。そのことに引け目を感じいるのか、声を弱々しく震わせながらリコは言葉を紡ぐ。

「初めはただ怖かった……いきなり帰れないなんて、ゲームなのに死んじゃうなんて言われて」

時折声を詰まらせながら少女は告白を続けた。家の都合により幼い頃遠く離れ離れになってしまった親友のこと、その親友と擬似的ながらも再会できるSAOの世界に胸を弾ませてログインしたこと、そんな中で茅場晶彦によるあの宣告を受けたこと。

「でも、マリちゃんが居てくれたから、モンスターと戦うことはやっぱり怖いけど、だんだんこの世界に……慣れてきちゃって」

それは彼女に限らず多くのプレイヤー達に見られる傾向だった。六十九もの階層が踏破された今ではゲーム開始当初に比べ安全に、かつある程度のゆとりのある生活を営む方法がいくつも確立されつつある。

大半の人間を怯えさせていた死の恐怖。それが遠ざかると彼らは次第にこの世界での生活に馴染みはじめ、現実世界への帰還のため前線で戦っていた勢力の中でもその熱意を失ってしまう者が少なからずいるという。

実際全てのプレイヤーに攻略のため戦うことが義務付けられているわけではない、SAOの世界に閉じ込められた一万人のプレイヤーの中には未だスタート地点である第一層のはじまりの街で外部からの救出をひたすら待ち続けている者すらいるのだ。

考えずにいれば楽だったろうがしかし、彼女は安全圏に居続けこの世界での生活に楽しみすら見出してしまったことに罪悪感を感じずにはいられなかったらしい。アルバがかける言葉を見つけ出せず口を開きかけては閉じ、困った様子で頭をかいていると。

「別に気にすることはないだろ、それくらい」

こともなげにシュウが言い放つ。その台詞が予期せぬものだったらしくリコは目を見開いてシュウの顔を見た。アルバにとっても意表を突かれた発言だったらしく彼もまたシュウに目を移す。二人に視線を集中させられシュウは軽く眉をひそめて居心地悪そうにしながらも言葉を続けた。

「リコが俺達をこの世界に閉じ込めたってわけじゃないんだ、何の責任も無いのに申し訳ないとか思う必要がないだろう。それに――俺や、攻略組の連中だって、多分楽しんでるぞ」

「楽しんで……え?」

「口に出して言うようなやつはそういないだろうけどな、きっと最前線で戦ってるような連中も心のどこかで楽しんでるんだよ、このソードアート・オンラインって世界を。そうでもないのに義務感だとか皆を助けたいだとかなんて気持ちだけで毎日命懸けで身を削るような生活をしていたら、いつか擦り切れる」

だから、とシュウは自分を見上げるリコを真っ直ぐに見返しながら迷い無く言い切る。

「いいんだよ、楽しんだって。ゲームの中だろうと俺達はまだ生きてるんだ、なら楽しみでもないとやってられないだろ」

その言葉をどう受け止めたのか、シュウを見上げたまま呆然と身じろぎ一つしないリコの背中をアルバが掌で軽く叩く。余程気が抜けていたのかびくりと軽く跳ね、目をしばたかせながら首だけ振り向いたリコにアルバがにっかりと笑いかけ、言った。

「そうそ、不謹慎だなんだって言うようなやつが居たって無視しちまっていいさ、辛気臭い面してても攻略が進むわけじゃないんだし。俺もこのゲームわりと楽しんでるぜ?」

「お前は言わなくても分かる。生き生きし過ぎなぐらいだ、少し自重しろ」

「えー、今いいって言ったばっかりじゃねえかよ大体お前だって……」

呆れ顔で言うシュウにアルバがむくれながら言い返し、二人で軽口を応酬し始めた。その間気の抜けた表情でぽかんとしていたリコだったがやがて、うるんでいた瞳の端に涙を滲ませながらもくすくすと、心からの笑みを顔に浮かべていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「さってと、明日はどうすっかな~」

「トール次第だな。狩りに出るにしてもあいつがいないと効率が違う、朝になってからでも決めればいいさ」

リコをホームまで送った帰り、シュウとアルバは街路脇にある休憩所のようなスペースで塀にもたれかかりながらくつろいでいた。ここが非現実の世界であることを忘れさせるほどリアルな夜風の感覚に二人が身を晒しながら明日の予定を話している最中、不意にアルバが話題を変える。

「そういやさっきのは少し意外だったな」

「意外?……何がだ」

「リコちゃんに話しただろ、SAOをお前が楽しんでるって」

その言葉にシュウは「ああ」と、感情の薄い表情で相槌をうつ。

「トールとはタイプ違うけどお前もたいがい真面目型だろ?楽しむとかそういうのはうわついてるとか言う方かと思ってたぜ」

「真面目か、あまりそういう自覚はないんだが」

「違いないと思うぜ?でなきゃ、あんな真剣な答え方しねえよ。適当に当たり障り無いこと言って逃げるなり慰めるなりするさ」

どこか楽しげにしながらそう言い切ったアルバを不服そうに見返しながらも言い返す言葉を見つけることが出来なかったのか、シュウは諦めたように溜め息を吐き片手で頭を抱える。

「気にしてもいなかったからなあんなこと、いきなり謝られたところで返す言葉が無い。だから思ったことを言っただけだ」

視線を合わせずそう口にしたシュウをアルバはにやにやとした笑みを顔に貼り付けて眺めていた。普段はもっぱらいじられる側であるはずの少年のそんな表情が気に食わなかったらしく、シュウは対照的な仏頂面になる。

「でも実際、楽しいんだよなこの世界」

先刻も見下ろした異国風の夜景を改めて眺めながら感慨深そうに呟くアルバ。

「ああ、それには同意するよ」

少年が呟いたように、バーチャル・リアリティがもたらしたソードアート・オンラインという名のこの世界は日本という平和な国で当たり前の現実を生きる人々にとって抗いがたい魅力を持っていた。誰もが幼い頃頭の中で思い描いたようなファンタジーの世界、デスゲームと化した今だからこそ忌まわしきものとして皆が呪っているがそうでなければ、もしかするならば命懸けのゲームであったとしてもこの世界で生きたいと願う人間もいるかもしれない。

「ハハッ、あのコミュニティに参加してるやつは攻略熱心なやつばっかりだからさ、しかもシュウっていつも冷めた感じだし、あんな台詞聞けるなんて思わなかったぜ」

「攻略をないがしろにするつもりはないが、俺が参加してるのはあの店の雰囲気が気に入った程度の理由だからな、あとはビリヤード台でもあれば最高なんだが」

リアルで父が経営するショットバーの風景を脳裏に思い浮かべながらシュウが語ると、アルバは瞬時目を丸くした後、噴き出すように声を漏らして笑いはじめた。その姿を理解できないという風にじと目で見るシュウ。

「……なんで笑う」

「っくっくっく――いや、お前みたいなやつがそんな理由で動いてるなんて思わなくてさ。いや、いいんじゃねえのビリヤード、今度マリにでも頼んでみたらどうよ」

「いいかもしれないな、それ。木工スキルがそこまで融通きいてくれればいいんだが、茅場晶彦の遊び心に期待するか」

「くく……、でもなんでビリヤードなんだ?」

後日馴染みの少女に多大な苦悩を与えることになる構想を組み立て始めた少年に、ようやく笑いがおさまってきたアルバが質問を投げる。

「ああ、リアルで俺の親父がビリヤードやらダーツやらが趣味でな、……認めたくないが格好よく見えて小さい頃から真似するうちに俺も趣味になってたんだよ」

「ん?つーとお前がよくマリからもらってたあれってもしかして」

「ああ、こいつのことか」

あまり一般的ではないだろうその遍歴を聞き、何かに気づいたような声を上げたアルバに対し、シュウは右手を振り下ろしアイテムウィンドウを開くと先刻酒場でマリから渡された丸い板のようなものをオブジェクト化させた。よく見ればその板には放射状に白黒の模様が描かれている。

「木製盾の応用で作ったダーツボードもどきだ。耐久値設定のせいで使い込むとすぐ壊れるから定期的に作ってもらってる。投剣スキルの練習にもなるしな」

「へー、そんなことやってたのか。確かにあの投げ方だとソードスキル発動しちまうもんな……あれ?」

感心したように腕を組み何度も頷いていたアルバの動きが止まる。

「お前のスタイルで投剣って、死にスキルじゃねえか?」

「……ああ、後から気づいた。だけど五百まで上がったスキルを捨てるのがもったいないんだよ、言わせるな恥ずかしい」

平坦な声での返答とは裏腹にシュウは顔を気まずそうにそらし、彼にしては本気で恥ずかしそうにしていた。そんな滅多に見れない醜態に声を上げて大笑いするアルバの声がしばらくの間夜の街並みに響き続けた。 
 

 
後書き
日常パートが苦手過ぎて辛い……どうしたら地の文が上手く書けるものか。
早いところ戦闘シーンまで書き進めたいものです。

だらだらが続きますが読んでくださっている方、評価を入れて下さった方、ありがとうございます! 
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