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忘れ形見の孫娘たち

作者:おかぴ1129
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1.爺様、逝去

 
前書き
登場人物紹介
名前:斎藤和之
職業:パソコンいじる系 

 
「斎藤! 今実家からじいさん亡くなったって電話があったぞ!!」

 僕が書いたコードのレビューを会議室で行っている時、ドバンとドアが開いて課長が血相変えてこんなことを僕に向かって怒鳴ってきた。

「は? なんです課長?」
「いやだから! お前のじいさんが!! 亡くなったって!!」
「はぁ……?」

 人間不思議なもので、突拍子もない事柄を突然言われると思考が停止する。課長の口から放たれた『爺様逝去』の言葉の意味を僕の脳が正しく理解するまで、若干のタイムラグが必要だった。

「……あ、あのー……今レビューの最中なんで……」
「レビューなんてしてる場合か!! 帰れ今すぐ!!」
「いやでもレビュー……」
「レビューなんかいつでも出来るだろうがバカタレ!! じいさんにキチンとお別れ言ってこい!!」
「お別れ……爺様……うぉあ?! 爺様が?!! 馬鹿なッ?!!」

 ここでやっと僕の脳は『爺様が亡くなった』という言葉の意味を正しく理解した。そしてその途端に妙な不安感に襲われて身体が震えだした。

「あわわわわわ課長どうしましょう爺様が死ぬだなんてあばばばばばば」
「うろたえてる暇があったらさっさと帰るんだよッ!! ほらいけッ!!!」

 あまりにショックで頭の回転が完全にストップした僕を、課長は強引に会議室から引っ張りだして会社から追い出した。別れ際に『電車賃の足しにしろ!!』と福沢諭吉を一人くれた。その諭吉は、一時間後に野口英世へと変貌していた。

 爺様は今年で90になるというのに、殺しても死なないほどに元気が有り余っている人だった。大人気なくてエネルギッシュで色黒。好奇心旺盛で面白そうなことには何でも手を出す。酒豪でチェーンスモーカー。好物は肉全般と貝類。年寄りのくせに行動が素早くて自信過剰。『俺があと50歳若ければ、ジョブズは俺にひれ伏していた』という意味不明な口癖を持つ、自慢でも何でもない爺様だった。

――おい和之。お前にできて爺様に出来んのは悔しいからパソコン始めたぞ。

 僕が就職してプログラマーになった頃に突然電話で僕にそう宣言した爺様は、その後メキメキとパソコンスキルを身に着けていったそうな。最近では一日中パソコンでブラウザゲームを楽しんでいたらしい。時々父ちゃんが電話でそうぼやいていた。

『なんか“和之とラインしたいからスマホにしたい。アイフォンはなんかスカしてるからアンドロイドがいい”って言ってたけど』
『iPhoneでもAndroidでもどっちでもいいじゃん……なんなのさその無駄なこだわりは……つーかそれはiPhone使ってる僕への挑戦状か?』
『ラインって何だよ。父ちゃんもスマホだけど爺様が何を言ってるのかさっぱり分からん……』
『さすがにスマホ使ってる父ちゃんはLINEは知っててくれよ……』

 つい先日も父からそう相談されたばかりで、爺様の死はまだまだ遠いと思ってた。きっと僕が30歳になっても40歳になっても、今のままのはちきれんばかりのエネルギーを体中にみなぎらせて生き続けるものだとばかり思っていたのだが……やはり爺様も寄る年波には勝てなかったらしい。家に一度戻って荷物を準備してあと、新幹線で実家に戻る。

 実家は僕が今住んでいる場所から2時間ほど新幹線で移動し、1時間ほどローカル線に乗ったところにある、かなりのド田舎だ。街そのものはそこそこ発展してるんだけど、家がある場所が田んぼと畑しかなく、隣の家まで歩いて10分ほどかかる。うちの近所の川は今ぐらいの季節になるとホタルを見ることが出来るほどのど田舎。街は観光スポットとして売り出したいらしいが、いまいち効果がないのが実情だ。

「ただいま!! 爺様、和之だよ! 和之帰ってきたよ!!!」

 実家について開口一番、ぼくは爺様を呼んだ。

――帰ってきたか和之!! 今回こそ嫁を連れてきたんだろうなぁ?!!
  はやくひ孫の顔を見せろ!!

 という爺様の怒号を期待したのだが……そのセリフを聞くことはもう、叶うことはなかった。

「和之……」
「父ちゃん! 爺様は?」
「和室にいるから。挨拶してこい」
「……ウソだろ? なあ母ちゃん?」
「ウソじゃないよ。……ほら。早く挨拶して来なさい」
「……!!」

 父ちゃんと母ちゃんにそう言われ、半信半疑で家の奥にある和室に入る。爺様は……布団に寝かされていた。

「爺様……起きてくれよ爺様……ちくしょ……じいさ」

 僕は泣きながら爺様の顔にかかった白い布をめくって顔を見た。穏やかでちょっと微笑んでいるようにも見える、安らいだ表情をしていた。その顔は、すでに先に旅立っている婆様に会うのを楽しみにしているかのような、そんな笑顔だった。

「そんな顔されちゃ何も言えなくなるじゃん……爺様、お疲れ様でした」

 人が亡くなった時……お通夜から告別式、そして火葬までの時間はとても短い。後に残された人をわざと忙しくすることで、悲しみに押し潰されることなく心に踏ん切りをつけさせる意味もあるのだと聞いたことがある。

 爺様のお通夜から告別式、火葬までの一連の流れも例外なく忙しかった。僕と父ちゃんと母ちゃんは爺様の事後処理に追われ忙しく動きまわり……爺様の死を悲しむ暇もなく火葬までをやり終えていった。

「そういえばさ。爺様のパソコンどうする?」

 火葬も終わり納骨まで済ませ、爺様をキチンと弔った疲れで実家でぐったりとしている時、父ちゃんが唐突にそんなことをつぶやいた。

「どうするって?」
「いや、爺様がパソコンのゲームにはまってたのは知ってるだろ?」
「うん」
「それで爺様は毎日ゲームやってたんだけど、そのパソコンをどうするかーと思ってな」

 まぁ確かにパソコンって高額な上、中にどんなデータが残ってるか分からない。人のパソコンの中身はプライバシーの塊だ。爺様的には決して中を見られたくないはずだが……そうも言ってはいられない。

「んー……んじゃ中を見てみようか? 父ちゃんはパソコンわかんないだろうし」
「そうか。んじゃお前に処分を頼む。なんなら持って帰っていいぞ」

 というわけで、とりあえず中に何が入っているのか僕が確認することになった。最初は母ちゃんも『私も見たい!!』と騒いていたが、さすがにかあちゃんに中身を見せるのは孫の僕も気が引ける。分かってくれ母ちゃん。男はいくつになっても男なんだ。

 爺様のパソコンはちょっと大きめのノートパソコンだった。あの、ノートなんだけど据え置きで使われるくらいの大きさのやつだ。僕は爺様のノートパソコンをテーブルの上に置き、冷えた麦茶を傍らに置いて扇風機をつけつつ、ノートパソコンに向かってパシンと手を合わせた。

「じゃあ爺様……すんませんが、失礼しますッ! 恥ずかしいファイルは極力見ないようにするからッ!! なむさんッ!!!」

 電源ボタンを押すとすぐにディスプレイが点灯した。シャットダウンじゃなくて休止状態にしていたようだ。無線ランにつながったところを見ると、どうやらこの家ではwi-fiが実装されているらしい。昭和の香りがただようこの部屋の一体どこにルーターが仕掛けられてるんだろう? 電波の強さはそこそこある。

「そういや爺様、去年にWEPとWPAの違いがどうちゃらって僕に聞いてきてたっけ……」

 そんな懐かしいことを思い出しながらパソコンの中を見ていこうとエクスプローラーを開いた。ネットワークドライブが2つほど割り当てられているあたり、どうやら爺様は自宅サーバーを建てているようだ。なにやってんだ爺様……。

 パソコンのデスクトップを注意深く観察する。『和之へ.txt』なるファイルを見つけた。

「……お。なんかソレッポイものはっけーん」

 ダブルクリックして中を見てみる。

――余計なものは見るな。あと、みんなのことを頼んだぞ

 みんなって誰のことだ? ……つーかさ。こういうテキストファイルを残すってことは、自分が死んだら僕が中を覗くって分かってたってことだよね。なんかムカつく。

 ブラウザはクロミウムを使っているようだ。クロームではなくクロミウムを使っているところが、無駄なこだわりを僕に向かってアピールしているように感じて非常に腹立たしい。

「クロームでいいじゃん」

 無駄にイラッとしながら、フとデスクトップのアイコンに目がいく。

「ん……艦これ?」

 確かに爺様は好奇心旺盛な人ではあったけど……まさか艦これに手を出しているとは思わなかった……まぁ確かに戦中派の高齢者の中にはプレイしている方もいるようだから決して珍しいことではないだろうけど……でもわざわざショートカットをデスクトップに作っておくほどのめり込んでいるとは……ひょっとしてずっとプレイしていたゲームってこれか?

 僕は艦これをプレイしたことはない。ちょうどヒラコーショックが起きて注目を浴びるようになってしばらく経った頃に興味が湧いてアカウントを取ったのだが、その時はサーバーが抽選式ですぐにプレイし始めることが出来ず、そのまま結局プレイすることはなかった。

 タッチパッドの上で指を滑らせ、艦これのショートカットにマウスカーソルを重ねた時だった。

「和之ー。ちょっと来てー」

 和室の方から母ちゃんの声が聞こえてきた。僕はパソコンをそのままにし、呼ばれた和室に移動する。

 和室では母ちゃんが爺様の遺影を持って立ち尽くしていた。視線は仏壇の横に飾られている優しい笑顔の今は亡き婆様の遺影に向けられていた。

「母ちゃんどうしたー?」
「爺様の遺影を婆様の隣に飾りたいんだけど……母ちゃんじゃちょっと背が届かないから。飾ってくれる?」

 爺様の遺影など別に飾らなくてもいい気もするけど、かあちゃんにそう頼まれてしまった以上仕方ない。僕は母ちゃんから爺様の遺影と押しピンを受取り、婆様の右隣に爺様の遺影をぶら下げた。

「うーん……」
「どうしたの?」

 僕は改めて爺様と婆様の遺影を見る。優しい微笑みで女性の柔らかさをこれでもかとアピールしてるかわいらしい婆様と比較して、爺様のこのエネルギッシュなまばゆい笑顔はどうだ。なんだこの写真からも感じられる無駄にすさまじいプレッシャーは……なんでこの爺様は年寄りなのに顔がテカテカしてるんだ……写真だけ見たらオレオレ詐欺の元締めと言われても納得する。写真から風を感じる。『今は向かい風です』と言われても納得出来るプレッシャーだ。

「いや、こうやって遺影を見ると爺様はエネルギッシュだったんだなぁと」
「爺様はね……圧力の高い人だったね……」

 分かる。なんかこう……遺影からも圧迫感を感じるんだよね。なんだろう……この、写真が迫ってくる感じ。

「ところでパソコンの中身はどうだった?」
「んー……まだしっかり見たわけじゃないけど、遺書とかそういうのは特に無いかなぁ……」

 まだしっかりと中を確認したわけではないけれど、ついそう言ってしまう。うちは別に金持ちってわけではないし、なによりあの爺様が自分のパソコンの中に遺書を隠すなんてことをするはずもないだろうし……なんとなく確信めいたものがあった。

「んじゃあ母ちゃん、そのパソコンほしいなぁ。クックパッド使ってみたい」
「んじゃ中身全部消して再セットアップしちゃおうか」
「再セットアップって?」
「一旦パソコンの中を綺麗にしちゃって、買ってきたときの状態にすること」
「んじゃお願い」
「あいよん」

 まぁ初七日の間は仕事も休みにしたし、ろうそくの番をしながら暇つぶしがてら再セットアップするのも悪くないだろう。

 そんなわけで初七日の間に爺様のパソコンの中身を精査し、一通りバックアップは取っておいて自宅サーバーに保存した後、爺様のパソコンを再セットアップした。汚れ以外は買ってきたままの状態に戻った爺様のパソコンは、今後母ちゃんのパソコンとしての新しい人生を歩むことになるだろう。これからは艦これじゃなくてクックパッドのレシピをディスプレイに表示する日々が始まるのかと思うと胸が熱い。

 そして初七日も過ぎ……職場に復帰して……日々の忙しさで少しずつ爺様逝去の悲しみが薄らいできた頃の、ある日の夜のことだった。僕のスマホに父ちゃんからの着信が入った。

「もしもし? 父ちゃんどうした?」
「おう。ちょっとお前に聞きたいことがあってな」

 電話の向こうの父ちゃんはかなり真剣な声をしていた。

「何かあった?」
「ああ。お前さ。爺様から女子高生の知り合いがいるとか、そういうことって聞いたことあるか?」

 爺様に? 女子高生の? なんだその財産目当ての匂いがぷんぷんする組み合わせは……

「いや? 聞いたこと無いけど?」
「だよなぁ……」
「どうかした?」
「いや一昨日ぐらいからな。うちに女子高生ぽい感じのスズヤって子が来るんだよ」
「ほーん……」
「んで、お前なら何か知ってるかと思ってな。それともお前の知り合いか?」

 僕に女子高生の知り合いなんているわけないだろう。第一僕は実家を離れてるし、そっちの高校生と知り合う機会なんてあるわけがない。

「つーか父ちゃんの知り合いなんじゃないの?」
「知らぬわたわけがッ!」
「援助は犯罪だよ?」
「違うと言っているッ!! 大体俺の好みは黒髪で清楚でしっとりと落ち着いた大人の……」
「まぁそれは置いておいて……母ちゃんは?」
「あいつも知らないって言ってるな」
「ほーん……」

 僕は当然女子高生の知り合いなんていないし、父ちゃんも知らなくて母ちゃんも知らないとなれば……当然、犯人は爺様ってことになるわなぁ……まさかあの歳で女子高生の知り合いを作るとは……

「ともあれ一度帰ってこれないか? 『来なくていい』って言ってるのに毎日来るんだよ。『提督に会わせてくれ』とかなんとか言ってさ。得体がしれないから昨日は追い払っちゃったんだけど」
「それは別にいいけど……仏壇に手を合わせるぐらいやらせてあげてもいいじゃん。つーか僕が帰っても何も力になれないよ?」
「いや俺も母ちゃんもその子のしつこさにホトホト困っててな……とにかくもう一度こっちに帰ってきてくれよ。親にその力を貸してくれよー……」

 そこまで言われたら一度帰るしか無いだろう。翌日課長に事情を説明して、溜まった有給を消化するという名目で一ヶ月ほど休みをもらった。今年は比較的暇で助かった……。

 最寄り駅に到着し家に向かう途中、再度うちに電話をかけてみる。どうやら件の女子高生は今日も来ているみたいだ。

 家の前まで来た。……確かにいる。うちの玄関の前に、水色なんてとんでもない髪の色をした、みるからに人生をなめてるとしか思えない感じの女子高生が。

「ぇえ〜!! いいじゃん別にスズヤ毎日来てるんだから一回ぐらい提督に会わせてくれてもさー!!」

 自分の家のはずなのに、女子高生が一人いるだけで途端に異空間に感じてしまい、それ以上近づくのをためらってしまう……だがそうも言ってられない。意を決し一歩一歩玄関に近づいていく僕に、その女子高生が気付いた。

「あ、ちーっす!!」

 そう言って左手で軽い敬礼をしつつ、やや前かがみになって満面の笑顔を僕に向ける女子高生。うーん……ザ・女子高生……。

「えーと……うちに何か用?」
「え! きみ、この家の人?」
「そうだよ」
「じゃあさじゃあさ! 提督に会わせてよ!」

 提督? 提督ってなんだ?

「えーと……テイトク?」
「そ! 今まで毎日鎮守府に来てたのに急に来なくなっちゃってもう一ヶ月経つからさ。提督の様子を見に来たんだよね〜。でも会わせてくれなくてさー」
「んーと……その、きみが会いたい人の名前は分かる?」
「えーとね……ちょっと待ってねー……メモったの見るから……」

 そう言いながら、自身の肩からぶら下げてるバッグを開いて中を弄ってるこの女子高生。しばらくバッグの中をごそごそと探った後、一枚のメモを取り出してそれを胸を張りながら読み上げたその女子高生は、鼻の穴がちょっとだけふんすと広がっていた。

「えーと……斎藤……ねーねーこれ何て読むんだっけ?」

 と思ったら自分のメモが読めなかったのか、僕の隣に来てそのメモを見せてきた。馴れ馴れしいのかパーソナルスペースが狭いのか理由はよく分からないが、僕との距離がえらく近い……

「……?!!」
「ねーねー。なんて読むの? スズヤ漢字苦手でよくわかんないんですけど」
「斎藤……彦左衛門……」
「あーそうそうひこざえもん! ひこざえもん提督に会わせてよ!!」

 季節は初夏。日差しが次第に強まって、冷えた麦茶とスイカとそうめんを美味しく感じ始める季節。扇風機の前で『あ゛~~~~』と声を出して宇宙人の真似をしたくなり、そろそろセミという危険生物の影に怯え始めなければならない悲喜こもごもな季節。

「……ぼくの爺様だ」
「え! そうなの?! じゃあキミが提督のお孫さんなんだ!!」
「そうだけど……キミは?」
「鈴谷だよ!! おじいちゃんにはいつもお世話になっておりますー」

 そんな季節の今日、僕と鈴谷は出会った。
 
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