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年月を経て

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第六章

「毎日勉強して猛訓練に殴られてな」
「殴られてたんだ」
「何かあるとな」
「うちの親父より酷いみたいだね」
「御前の親父よりずっと凄かったぞ」
 笑って彼に言うのだった、曾孫に。
「服の手入れとかベッドの直し方が悪いとな」
「それだけでなんだ」
「たるんでると言われてな」
「殴られていたんだ」
「頬をな、歯を食いしばれって言われてな」
 そのうえでというのだ。
「殴られていた」
「いい生活じゃなさそうだな」
「ははは、よかったぞ」
 だがだった、豊田は笑って恭介に言った。
「悪い思い出なんか一つもない」
「訓練は厳しくて毎日殴られていても」
「ああ、いい思い出ばかりだ」
 江田島にあるそれはというのだ。
「だから今行くのが楽しみだ」
「大体今から何十年前の話だよ」
「そうだな、もう六十年だな」
 年月を頭の中で数えてだ、豊田は恭介に答えた。
「わしがいた時からな」
「六十年か、そんなに経ってたら」
 それこそとだ、恭介はその年月を聞いて曽祖父に言った。
「もうかなり変わってるね」
「いや、教官だった頃も変わっていなくてな」
「今もっていうんだ」
「全然変わっていないだろうな」
「六十年経ったら変わるだろ」
 恭介は曽祖父が笑って言ったその言葉にだ、幾ら何でもといった顔で口も尖らせてそのうえでこう返した。
「どんな場所でも」
「いや、あそこは違うぞ」
「江田島はか」
「ああ、変わらない」
「六十年前とか」
「あそこはな、これが昔の江田島だ」
 ここで懐から白黒の古い写真を出した、兵学校の赤煉瓦のその校舎の写真だ。
「今も一緒だ」
「そうかな」
「行けばわかる、じゃあいいな」
「うん、まずは広島まで行って」 
 ここまでは新幹線だ。
「それでそこから」
「呉までJRで行ってな」
「そこから船でだよね」
「江田島に行くんだ」
 兵学校、今の海上自衛隊幹部候補生学校のあるそこにというのだ。
「そうしてな」
「長旅だね」
「昔はもっとかかったぞ」
 新幹線のない頃はというのだ。
「新幹線は凄いな」
「六十年前って新幹線ないし」
「その頃のことだからっていうんだな」
「絶対に変わってるよ」 
 その江田島はとだ、恭介は曽祖父に言った。
「何で変わってないんだよ」
「行けばわかる、あそこにな」
「そうかな」
「そうだ、じゃあいいな」
「うん、それじゃあね」
 京介は曽祖父の言葉を信じていなかったがそれでも頷きはした。そして。
 広島から呉、江田島と移動してだった。
 江田島の港から島に出るとだ、豊田は開口一番こう言った。 
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