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青砥縞花紅彩画

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2部分:新清水の場その二


新清水の場その二

千寿「もし」
一同「ハッ」(それに応える)
千寿「もう着いたのでしょうか。初瀬の寺に」
典蔵「はい、ここが初瀬寺であります。さあ、どうぞおいで下さい」
千寿「わかりました」
(そして中から出て来る)
 その出で立ちは桜色の衣装。いかにも姫といったもの。眉目秀麗であるが物憂げな顔をしている。その手には漆塗りの豪奢な箱がある。
千寿「長い旅路でした。今までの共御苦労です」
一同「いえ、そのような」
典蔵「ところで姫様」(早速声をかける)
千寿「はい」
典蔵「この寺の名物は御存知でしょうか」
千寿「噂では桜の名所だとか」
主膳「はい、是非その桜を御覧頂きたいのですが」
千寿「(躊躇いつつ)しかし今のわたくしには」
典蔵「どう為されましたか」
千寿「小太郎様の菩提を弔う身。桜なぞ見ていいものでしょうか」
典蔵「(あえて笑いつつ)これは面妖なことを仰る」
千寿「面妖とは(少し怒る)」
典蔵「はい、小太郎様とはまだ盃もいたしてはおりませぬ。それに拙者はある話を聞いております」
千寿「それは」
典蔵「小太郎様のことですが」
千寿「あの方がどうしたのですか?」
典蔵「まだ生きておられるかも知れないのです」
主膳「(あっと驚き)何と」
千寿「本当ですか、それは」
典蔵「はい、ですからまだ髪を落とされるには早いかと存じます」
千寿「それが本当だとすると」
典蔵「それに姫様はまだこれからです。人の世は楽しまなければなりませんぞ」
千寿「そうですね、まだ諦めるには早いですね」(自分に言い聞かせる様に言う)
主膳「では今はその御心を安らかにされるべきかと存じます。桜なぞを見て」
千寿「そうするべきでしょうか」
一同「はい」(それを促す様にあえて大声で答える)
典蔵「(それをまとめて)是非そうなさるべきです」
主膳「皆もそれを望んでおります」
千寿「(それを受けて)それでしたら参りましょう。ただこれは」(ここで手に持つ箱に目をやる)
千寿「千手の観世音に捧げなければならないでしょう。その為にこちらへ参ったのですから」
一同「はい」
千寿「では参りましょう。そしてそれから花を楽しみましょう」
典蔵「そう為されるのが宜しいかと」
千寿「ではそうさせて頂きます」
 そして共の者と共にその場を後にする。後には典蔵と主膳が残る。
典蔵「とりあえずはこれでよし。姫様の御心も少しは落ち着かれるだろう」
主膳「しかし先程のお話はまことですか」
典蔵「何がじゃ」
主膳「小太郎様が生きておられるという話です」
典蔵「あくまで噂じゃがな」
主膳「それがまことだとすると厄介なことになりますぞ」
典蔵「どうしてそう思うのだ」
主膳「今我等は三浦殿の御後見を受けてようやく持ち堪えております。その御子息である良村様との御縁談を進めていかなければならないというのに」
典蔵「それはそうだがな」
主膳「ましてや信田家のあれは讒言だという話もあります。それもまことだとすると」
典蔵「話は複雑になってくるのう。姫様は操の固い方であるし」
主膳「どうしたらよいでしょう。三浦様は今や日の出の勢い」
典蔵「あの方と御一緒だと何の気懸りもない」
主膳「はい、その三浦様の奥方となれば姫様も安泰です」
典蔵「ただ小太郎様だけが気になると」
主膳「左様です。小太郎様が無事だと姫様のこれからにも何かと暗いものがかかるかも知れませぬ。ただでさえ信田の家の者達が何かと動いているというのに」
典蔵「らしいな。それも聞いておる」
主膳「今のうちに手を打っておきますか」
典蔵「そうしておくか」
主膳「ではここで話すと何かと聞かれる怖れがあります。場所を変えまするか」
典蔵「うむ。そうするか」(それに賛同する)
主膳「それでは」(典蔵を右手に案内する)
典蔵「うむ」
 そして二人は消える。暫くして粗末な身なりの前髪立ちの少年がやって来る。何処か中性的な女の様な感じのする美しい少年である。彼が赤星十三郎である。
赤星「もう春だというのにこの我が身の侘しさはどういうことか」
(嘆きながら言う)
赤星「花が舞い小鳥が唄う時にわしは流浪の身。主信田様も腹を切られ御家は断絶した。昨日の錦は今日のつづれ、世の習いとはいえ哀しいことだ」
(辺りを見回す)
赤星「三日見ぬ間に桜か。美しいが」
(溜息をつく)
 ここでまた誰かがやって来た。深い編み笠を被った浪人である。
 
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