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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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48.金狼

 
前書き
私が二次創作を書きはじめた理由は、好みの二次創作が見つからなくなってきて暇を持て余したからです。
本当に書きたくて書きはじめたのって、いつだっけ……。 

 
 
 オーネスト・ライアー。
 『狂闘士(ベルゼルガ)』の二つ名を持つこの街でも指折りの冒険者。
 この街の『悪人』の象徴であり、彼を形容する言葉は二つ名以外にも多くある。罪を罪とも感じない暴虐の貴公子、人も神も等しく敬わない背信者、決して支配されることを良しとしない(まつろ)わぬ剣士……そして、「化物より化物らしい人間」。

 アイズにとって彼は『怖い人』だ。

 アイズは今でも時折思い出す出来事がある。
 数年前、まだダンジョンを無謀にも単独で突き進もうとしていた頃――オーネストが、ダンジョン攻略中のロキ・ファミリアの元に運び込まれてきた。彼を知るものの間では有名な、単独での黒竜討伐の失敗時の話だ。確かアイズがそれを見たのは二度目の頃になる。

 最初にソレを見たとき、アイズは直感的に「死体が運び込まれてきた」と思った。
 腕は骨と言う骨が砕けてまるでパスタのようにぐねぐねとうねり、下腹部から太ももにかけて奔った巨大な裂傷からはジョウロのように血が漏れ出る。眼球には穴が開き、全身のありとあらゆる部分の皮膚が爛れ、或いは裂け、頭の一部が抉り取られて頭蓋が見えていた。

 ――訂正しよう。「死体よりひどかった」。
 生きた人間があそこまで壊れるのだという事実がひどく受け入れ難く、その場で嗚咽を漏らしそうにもなった。そこまで死に近づきながら、中ほどから折れた剣を握る手が緩まらないままぶらぶらと波打つ光景は、戦いという行為が何か自分の想像もつかないほど怖ろしいものなのではないかという不安を掻きたてた。
 少年は人道目的でファミリアのテントに運び込まれ、ポーションを浴び、それでも塞ぎ切れない傷をありったけの止血剤や包帯で強引に塞ぎ、そこまで手を尽くしても意識が戻る気配がなかった。むしろ治療を施す前まで生きていたという事実の方が異常であり、「死体」と「死に体」の言葉の意味をうっかり現実が取り違えてしまったかのようだった。

 現実に運命を間違えられた少年の身体は、死にたいのに死ねないかのように心臓の鼓動だけを継続させてゆく。死なせてやった方がいいのではないか――そんな声も上がった。

 ――でも、彼は生きている。

 ――いいや、死んでないだけだ。

 そんな問答が繰り返される。眼球が潰れ、腕が変形し、巨大な傷の痕を全身に抱え、恐らく内臓も著しい損傷を受けているだろう。仮に助かったとしても、もう冒険者として戦う事は不可能に思えた。それどころか他人の助けなしに生きていくことさえ困難に思える。発見時は足も一本切断され、応急処置のポーションで奇跡的に繋がっただけらしい。一度切断されたのなら神経に異常が出る。今まで通りには動かないだろう。
 ロキ・ファミリアとしての計画ではもっと奥まで進む予定だったのだ。しかし、重篤患者を抱えこんだ事で遠征そのものがストップしていた。オーネスト――重傷過ぎて誰も彼がオーネストであることを知らなかったが――の存在のせいで数日もダンジョンで無駄な時間を過ごし、苛立ちも募っていたのだろう。早く死ねばいいのに、という囁きもよく聞こえるようになった。

 そんな中、ティオナ・リュヒテは何故か黙々と少年の面倒を見続けた。
 彼女は別に誰かに頼まれたわけではない。気が付いたら、彼女が少年の額に濡れたタオルを置いて、ポーションの混じった水を飲ませていた。病人を触るのは初めてなのか、度々リヴェリア達にどうすればいいか質問して教わりながらも、彼女は彼に拘っていた。
 どうしてか問うと、ティオナは彼を見ながら囁いた。

「この子、お母さんを呼んでた」

 それは恐らくティオナだけに聞こえた、彼のうわごとなのだろう。時折死にかけの身体を微かに震わせ、彼は言葉にならないうわごとを呟くことがある。その一つが、ティオナを突き動かした。

「あたしね、昔はお姉ちゃんと一緒にカーリー・ファミリアってところで………ううん、やっぱなんでもない。……なんでも、ないよ」

 それっきり、ティオナは口を閉ざした。それ以上は聞いてはいけない気がして、アイズも口を閉ざして彼の看病を手伝った。
 姉のティオネも時折顔を出し、ティオナに仮眠をとるよう伝えたり、食事を持ってきてくれていた。ただ、それは少年の事ではなく、少年にかかりきりで時折舟をこぐ妹を慮っての行為だったんだろうと思う。

 ――後に知ったことだが、カーリー・ファミリアとはオラリオの外に存在するファミリアで、主神カーリーは闘争と殺戮を好む余り闘技場に沢山の剣奴隷を抱え込んでいるらしい。そこから導き出される勝手な憶測の数々を、アイズは心の底に押し込んだ。いずれティオナ達が真実を自らの口で語るまで、この記憶は必要がないものだ。

 オーネストが運び込まれて5日――彼の容体は奇跡的にも安定し始めていた。未だ激しい発熱に襲われているが、少なくとも慎重に地上に戻れば助かるかもしれないという展望は見えていた。ティオネは心底ホッとし、周囲は不満を持ちながらも撤収の準備を進める。

 そんな折、アイズは見たのだ。

 数日前は骨が粉砕骨折して形が安定しなかったほどの彼の手が、完全な骨格を取り戻してゆっくり持ち上がるのを。

 それは、遠く離れている誰かを呼び戻そうとするかのように弱弱しい手だった。
 或いは、手で掴む事の出来ない儚いなにかをそっと受け止めようとするかのようでもあった。

 二人は、呆然と伸ばされた手を見つめ、アイズより一瞬早くはっとしたティオナがそれを包み込むように掴んだ。

「キミ、意識があるの!?私の顔が見える!?」

 彼の眼は、うっすらと開かれていた。
 とろりとした瞳はこの世とは違うどこかを見つめているかのようだったが、不意にその目がはっきりと自分の手を握るティオナを見た。あれほどの重傷を負っておいて、4日で意識が戻るなど――いや、それ以前に手の施しようがなかった腕が完全に骨格を取り戻していることもまた、衝撃だった。

 だが――事はその直後に起こった。

 オ―ネストは呆然と、自分の手を握って覗き込むティオナを見て――まるであらゆる負の感情が爆発したような歪んだ声色で、こう言ったのだ。

「また俺は、逝けないのか――なんでいつもいつもこの世界はぁぁぁぁあああああーーーーーッ!!!」

 包帯塗れで寝そべった体勢のまま、濁流のような激情に駆られたオーネストの手が真横に振られ、ティオナの身体が紙切れのように吹き飛んでテントを突き破った。避けたり声をあげる暇もなかった。
 もう、その姿は彼が人であることを忘れさせた。
 鬼という言葉すらも生ぬるい殺意の塊が、怨嗟のような咆哮を上げる。

「ぐぅぅ……ぁあああ………!!がぁ゛ぁ゛ぁぁああああああーーーーーーッ!!!」

 頭を搔き毟りながら立ち上がる、まるで理性を感じない暴走した獣。纏わりついた虫を掃うように頭から強引に引き剥がされた包帯の中から、潰れていた筈の血走った眼球が現れる。塞がりきってない傷口のうち大きなものからは再び血が噴き出て、彼の身体を紅く染めていく。
 体はボロボロなのに、戦闘に必要な部分だけは完全に治りきっていた。アイズはそのまま彼がテントを突き破って獣のように疾走するのを見るしかなかった。

「……意識を取り戻したばかりで錯乱しているのかな?」

 彼の声とは対照的に落ち着き払った少年の声。ティオナが吹き飛ばされたことを真っ先に察知した『勇者(ブレイバー)』、フィン・ディムナが槍を構えて彼の行先に待っていた。

「黒竜はどこだ……殺す……そこを………どけぇぇぇッ!!」
「どかない、よっ!」

 獣のように荒々しく、しかしすべてが相手を殺す為の殺意を込めて振るわれる拳。しかし、フィンにそんな無骨な攻撃は届かない。全てが躱され、或いは槍で弾かれて捉える事が出来ない。
 弾丸のように放たれたオーネストの拳をいなしながら、フィンが問いかける。

「落ち着くんだ、君。そんなに慌ててどこに向かう?君の身体はまだ戦いに耐えられるほど回復していないし、武器もないんだよ?」
「退かないのなら、死ねぇッ!!!」
「やれやれ……聞き分けのない子だ、折角助かったばかりだというのに、キツめのお灸が必要かい?」
「――そうか、お前が邪魔したのかぁぁぁーーーッ!!!」

 暴走する感情を更に爆発させたオーネストの怒声が、まるで物理的な衝撃波のように周囲を揺るがせる。アイズは無意識に後ずさったが、フィンはその目つきを鋭く変貌させながらも引かない。
 自分たちが態々助けた怪我人なのだ。死ににいくために助けた訳ではないし、助けたからには絶対に治ってもらう。錯乱して黒竜に向かおうとする彼の大仰な「自殺」を止められないのでは、威厳に関わる。

「5日ぶりの運動の途中すまないが、もう一度眠っていたまえ!!」

 オーネストが再び走り込むと同時に、フィンは彼の顔面に向かって槍を放った。常人なら決して見切れない神速の突き――しかし、勿論殺すためのものではない。顔面に当たる直前でフィンは手先を微かに手繰り、軌道を逸らして槍の腹でオーネストの首筋に一撃を叩きこもうとした。

 ほぼ前触れのないモーションからの急加速、彼の超人的な戦闘能力が生み出す必殺級の一撃。しかも、正面からの攻撃に見せかけて視線を集めつつも突然視界から消えるような挙動で相手を混乱させる下準備までしている。一撃で昏倒させる為の、少なくともアイズからすれば完璧な動きだった。

 彼の首筋を叩こうとした槍の腹が、オーネストに鷲掴みにされるまでは。

「僕の動きに、反応した――!?」
「がぁぁぁぁぁああああーーーッ!!!」

 それは戦士としての本能が不幸にもそうさせたのか、槍を決して離さぬよう握り込んでいたフィンは、槍ごと瞬時に虚空に投げ飛ばされた。いくらフィンの身体能力が高くとも、小人族の彼は絶対的に重さがない。その弱点を突いた動きだった。どれだけの力が込められていたのか、フィンは通常では考えられない程遠くまで吹き飛んだ。

 だが、そのモーションが生み出した隙はを突くように黒髪の冒険者が拳を掲げてオーネストの前に立つ。その形相は正に『怒蛇(ヨルムンガンド)』の名に相応しく、オーネストに負けず劣らず怒り狂っていた。

「人の妹と団長に……何してくれてんだクソガキぃぃぃぃぃッ!!!」

 片思いの相手と妹に手を出されて怒髪天を突いたティオネ・リュヒテが、風を斬って拳をフルスイングした。後にレベル6に到達するアマゾネスの拳は、魔物すら殴り殺す。その拳が何の手加減も直線で、無防備なオーネストの顔面に突き刺さった。

 ドグチャァッ!!と、人間の身体が立てるとは思えない生々しい衝突音が響き、ティオネのストレートパンチがオーネストを貫く。頭が消し飛んだのではないかと錯覚するほどに、重い一撃だった。

「かっ……あ………?」

 なのに、呆けた様な声を挙げて倒れ伏していたのはティオネの方だった。

 気付けば自分が地面に叩きつけられていた、と彼女は思っただろうが、アイズには見えていた。
 彼女の拳の命中と全く同時に、オーネストの拳がティオネの顔面を容赦なく叩き潰し、ティオネが地面に叩きつけられてバウンドしていた。彼女が呻いたのは、バウンドして地面に叩きつけられてからだ。

 クロスカウンター。その言葉が、現実にやや遅れてアイズの脳裏に浮かびあがる。
 敵が攻撃する瞬間の体勢移動や加速を利用して逆に攻撃を叩きこむカウンターだが、互いに互いの拳が邪魔しないまま命中すると、両方がカウンターを喰らった形になる。つまり、ティオネが攻撃した瞬間、オーネストはその速度に完全に合わせて諸刃の剣を叩きこんだのだ

「はぁ……はぁ……目覚ましに丁度よかったぜ、お前の拳は……」
「え、ぐぅぅッ!?」

 うつぶせのまま痙攣するティオネの背中を踏み潰しながら――魔物をも屠る拳をまともに浴びて鼻と口から血を垂れ流すオーネストは、それでも前に進もうとしていた。ティオネを踏んだのは単に自分の足の運び先を変えなかった結果であって、踏まれて嗚咽を漏らすティオネをオーネストは振り向きもしなかった。

 ほんの数秒の出来事だ。その光景を目の前で見た団員の殆どが、何が起きたのか理解しかねたまま停止している。その中を、もう自分が投げ飛ばした相手も殴った相手も忘れたように進むオーネストの体からは、未だに血がぼたぼたと零れ落ちてる。

 なのに、オーネストはそれを全く意に介さない。自分の命の源が零れ落ちているのに、彼は躊躇いなく戦い、躊躇いなく進む。自分の望みに、強制的に体を附随させている。

 死人が死にきれないまま動いているような悪寒が体を震わせた。
 彼は自分の邪魔者を全て叩き伏せるつもりだ。戦って、戦って、邪魔する相手全てを屠って、それでもなお前へ。まだ前へ。そして全身が今度こそ本当に砕け散って動かなくなった時に、彼は――自分の言う事を聞かない自分の身体も、まとめて殺す気なのではないか。

 人間が持つ発想とは思えない狂気の少年に、しかし立ちはだかる人間は存在した。

「やれやれ……嫁入り前の娘っ子を傷物にした上に踏みつけるとは、お主いったいどんな教育を受けて来たんじゃ?流石の儂も、少々見過ごせんぞ」
「どきな、老害。若人の道の邪魔になってるぞ」
「ほほう、獣のように唸っていたと思えば……何とも憎たらしい小僧じゃ」

 まるで駄々をこねる餓鬼を冷ややかに見つめるように、ガレス・ランドロックは蓄えた髭を指でつまんだ。

 ファミリア最古参のパワーファイターからは、決して目の前の敵を通さないという城壁のように固い決意と闘志が湧き出ている。『重傑(エルガルム)』の二つ名を持つ彼が、しかも鎧を装備した状態で立ちはだかっているこの状況に――オーネストは何のためらいもなくティオネの血で汚れた拳を振るった。

 ズガンッ!!と凄まじい音がするが、ガレスはその場から一歩も動いていない。彼の鎧に包まれた腹に命中したオーネストの拳から、血液が噴き出た。オーネストはその光景を、先ほどの狂いようが嘘のように静かに見つめていた。

「お主、脚が完全に治りきっておるまい?でなければ足を使ってもっと早く動き、儂を翻弄したじゃろう。ティオネもそうじゃ。動きを見切っていても足が付いてこなかったからクロスカウンターになった。違うか?」
「………………」
「大人しく捕まらんか、悪餓鬼め。お主は死に体で歩くのがやっと。しかしこちらにはそのうち戻ってくるであろうフィンも含めて戦力多数。お主が持っていた剣は折れておるし、何よりお主の拳では儂を止められん。大人しく地上まで引きずられて、傷を直してもまだ行きたいのなら勝手に――」

 瞬間、オーネストが再びガレスの腹を殴った。

 しかし、先ほどとまるで動きが違う。腰を低く、手を放つと同時に大地を貫くように足を地面に叩きつけ、全身の運動エネルギーを全て乗せたような拳を全身でねじ込んでいた。先ほどの握りしめた拳ではなく、手の形は掌底。今度は金属音ではなく、ドウンッ!!と大気を揺るがす音がした。

 だが、それと全く同時にガレスの腕がオーネストの肩を掴む。全くの手加減なしにギリギリと握られた肩の周辺の傷が開き、血が噴き出る。オーネストはその激痛をまるで意に介さないように更に拳を叩きこもうとして――直後、後頭部に杖が叩きつけられた。

「ぐっ、あ……――」

 ガレスは――先ほどのクロスカウンターのように態とオーネストに体を殴らせ、その隙をついてオーネストを動けないように拘束していた。その隙を、このファミリアのもう一人のレベル6――『九魔姫(ナインヘル)』のリヴェリアが突き、弱点を正確に殴り飛ばされたオーネストは意識を失――わず、脚を地面に叩きつけて堪えた。

「………ッ!!」
「この……お前の為なのだ!とっとと眠らないか!!」

 もう一撃、リヴェリアの杖が寸分狂わずオーネストの首筋に叩きつけられ、今度こそ膝から崩れ落ちる。その手の指が、がりり、と地面を引っ掻いた。

「くそ……が………俺は、誰も………」

 倒れ伏して尚、周囲に凄まじいプレッシャーを振りまいて地面を這いずるオーネストの狂気に、今度はリヴェリアも気圧されて引きそうになる。――それが最後の抵抗だった。オーネストの纏うプレッシャーが消え、そこには気を失った血塗れの少年が残った。

「まったく、大暴れしてくれたものだ……まさかあの体でここまで被害を受けるとは、誤算だった。一人でこんな階層にいたことといい、何なんだこの子供は……とにかく、もう一度医療テントへ運んでくれ、ガレス――ガレス?」
「………すまん、儂も不覚を取っての。怪我人……追加じゃ」

 オーネストの意識が完全に途切れたのを見届けた後、ガレスはその場に膝をつき、激しく咳込んだ。鎧はオーネストの血が付着した以外無傷そのものであるにも拘らず、何故――アイズは目の前の光景が信じられなかった。

「ガホッ、ゴフッ……ゴホッ………ゴブッ!!」
「な………ガレス!お前、血が……!?」
「ハァ………あの小僧、力任せに見せかけてなんと器用な………先ほどの一撃、『鎧通し』と呼ばれる東の武術じゃ……ゴホッ!……鎧を貫通して、直接衝撃だけ叩き込んできおった……!!」

 その日は、ロキ・ファミリアにとって忘れられない日になった。
 フィンは無事だったものの、当時レベル5だったティオネとレベル6のガレスが重傷。オーネストを「疫病神だ」と言って捨て置こうと主張するファミリア達もいたが、フィンが「子供を見捨ててのこのこ地上に帰ったら、それこそ笑いものだ」と全員黙らせた。

 子供――本当に子供なのだろうかと、アイズは思わざるを得なかった。

 確かに倒れ伏して小さな寝息を立てる当時のオーネストは、まだ顔に幼さを残していた。しかし、あの時にロキ・ファミリアの高ランク冒険者相手に一歩も引かず、それどころか二人も戦闘不能に追い込んだ彼は、自分さえも食い殺す化物にしか思えなかった。

 今でこそオーネストはロキ・ファミリアとも行動を共にすることがある。
 それでも、アイズはまだ戦うオーネストが怖かった。レフィーヤがアズの恐怖を克服した時に羨ましいと感じたほどに、アイズはまだ彼の事で心の整理がついていない。


 アイズは、オーネストをどう思うか、今の皆に個人的に聞いて回った。

 顔を殴られたティオネは、もうオーネストの事を恨んでいないと言っていた。

「いやぁ、だって気絶して目を覚ましたら団長が看病してくれてて……まぁ顔が腫れてたから見られたくはなかったけど、団長手ずから看病よ?もう幸せが上回っちゃって『ラッキー!』って………あ、あら?アイズ?ちょ、まだ話の途中……」

 ベートには………そういえばオーネストと友達だし、聞かなくっていいか。

「よ、ようアイズ!今ヒマか?ちょっと町にでも一緒に………え?何故Uターンする!?俺に用があったんじゃねえのぉっ!?」

 レフィーヤは怖かったころのオーネストをあんまり知らないし……後は団長、リヴェリア、ガレスの3人。丁度3人が食堂にいたので、聞いてみた。

「オーネストか。傲慢かもしれないが、私にはあいつが哀れに思える。あそこまで傷つきながらも、決して戦いを手放そうとしない。まだ20にもならない子供が、まるで生きていることを後悔してるように見えるんだ………。オーネストには、親が必要だ。あいつを受け止めてくれる親が……」
「………親に捨てられた子に似とると思ったの。あの爆発的な感情の激しさと、周囲を無視してでも一人で生きようとする姿……不幸な子供じゃ。親に愛を貰えない、しかし時たまこの世に出来てしまう子じゃ……じゃから、誰かが体を張ってオーネストの『大人』になってやらんといかんのだろうな………口惜しいのう、儂では役者不足じゃったわい」
「オーネストは何が何でも大人の意志には添おうとしない。大人に支配されるのが嫌なんだ。本質的には子供の発想だけど、その考えをオーネストは貫き通せてしまう。だから彼は不幸なんだ。弱音を吐いて誰かに甘えることを、自分自身が絶対に許さないから………哀しいな、彼は死ぬまで戦い続ける覚悟を決めているんだ」

 大人だからなのか、それとも私が子供だからなのか、大人たちは口を揃えてオーネストに同情的だった。しかし、オーネストは同情されるのも嫌いだし、アイズにとっての大人となる人間が周囲に殆どいなかった。

 ふと、何故オーネストには親がいないのだろうと思った。

 アイズも親はいない。最初からいなかった訳ではなく、両親との思い出もあるが、もういないのだ。自暴自棄になったようにダンジョンに突入して出鱈目に暴れたこともある。大人たちを信頼してはいるが、今でも無茶をしてしまう事がある。

 前に聞いた話では、オーネストがオーネストと名乗り始めたのは10歳の頃。もしかしたら、それ以前には彼には親のような存在がいたのかもしれない。そしてそれがいなくなって、暴れているのかもしれない。

(私とオーネストは、似てる………?)

 髪の色と目の色は殆ど一緒だ。顔立ちも少し似ていると言われたことがある。もしアイズの想像と同じなら、もしかしたら境遇も似ているのかもしれない。なのに、オーネストとアイズはどうしてここまで離れてしまっているのだろう。

 同時に、自分もどこかで何かを掛け違えたらオーネストになっていたのではないかと思うと、アイズは怖くなるのだ。

 自分の心のどこかにも、金色の化け物が潜んでいるのかもしれない――と。
 



「アイズ!アイズ、大変だよ!!」
「え、何が……?」

 数日前の出来事を反芻していたアイズは、ティオナの突然の言葉に思考を中断させた。
 ロキ・ファミリアは現在ダンジョン50階層に到達した所だ。今日は一休みして、明日から下に本格的に足を踏み入れる予定なので、現在は休憩中だった。

 しかし、その静寂を破ったティオナの口から出たのは、奇しくもアイズが考えていた男の話だった。

「オーネストが!!オーネストが……アズたちと一緒に黒竜と戦いに行ったって!!」
「……………ッ!?」

 時代のうねりは、多くの存在を巻き添えにして、たった一つの方角へと突き進む。
  
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