世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
7話
―――鬼一くんの嫌いな物、ですか?
―――そうです
―――うーん、同じチームですけどあの子ってあまり好き嫌いを表に出すことをないんですよね。だから正直わからないと言えば分からないんですけど……。でも。
―――でも?
―――嫌いって言っていいかは微妙ですけど、ある行為で本気でブチ切れたのは見たことがあります。
―――あの鬼一選手がですか?
―――そうですそうです。どこだっけな。確か海外ツアーを回っているときだったと思うんですけど、鬼一くんが試合で勝ってブーイングをくらったことがあるんですよ。
―――なるほど。
―――あの時確か最後の自国選手を倒してその国の優勝の目を無くしたんですよ。だから鬼一くんにブーイングが飛んだんですけども。でも、そのあとに全力を尽くした自国選手にまでブーイングや度の超えた罵倒を浴びせたんですよギャラリーが。
―――自国選手に対してですか?
―――そうです。それを見て鬼一くんがブチギレてステージの椅子を蹴り倒したことがあったんです。あとで聞いてみたら安全圏にいる連中が知ったような顔で自国選手をブーイングしてることにムカついたらしいんですけど。終わっちゃったことに文句つけるんじゃなくて、全力を尽くして自国に貢献した選手なんだから讃えてやれよ、それが出来るのはギャラリーだけなんだから。って。
―――鬼一選手は自分に対するブーイングとか罵倒は気にしないんですね。
―――まぁ、あいつも散々浴びせられてますからね。でも身体張った人間を安全な部分から馬鹿にするのは耐え難いみたいです。一々対戦相手の事情を気にしてたらやっていられないんですけど、鬼一くんはそういうことを嫌っているみたいですね。
―――世界最年少プロゲーマーの素顔に迫る Vol.2 アークキャッツ てきど インタビュー一部抜粋
戦いの終わりを告げるブザーが鳴り響き、右拳を振り上げていた鬼一は静かに自身の拳を下ろす。
この時、鬼一は限界の極みであった。
酷使し続けた身体は震えが止まらず全身から玉のような汗が鬼一を濡らしており、呼吸は荒れきって肩で何度も深呼吸する。間隔を空けたとは言え付け焼刃で負担の大きい瞬時加速を3回も使ったのだ、全身に断続的に熱を持った痛みが走る。酸素が足りていないのか脳内はうまく思考が出来ず、視界は霞がかっていた。聴覚はキーン、と耳鳴りがひどい。
まさしく疲労困憊、それだけ自分を出し切ってもぎ取った薄氷の勝利であった。
鬼一はぼやけた視界でシールドエネルギーを確認する。その残量僅か、43。弾数性の武装は全て玉切れでパージして、唯一の近接武装の夜叉は何度もガードに使ったからか刀身が欠けており見るに耐えないほどだった。最後は素手による攻撃だったが、そのせいでISの爪も原型を留めていなかった。後半のブルーティアーズの嵐を突っ切ったせいか装甲もボロボロだった。ひどいところで装甲が溶解して中身が見えている。
―――散々対策練って練習して、これが限界か。危なかったな……。
呼吸が少しずつ落ち着くに従って、思考に余裕が生まれる。
そこで鬼一は気づいた。
試合前に考えていた思考や試合の内容を忘れていることに。
今までにも何度かこういったことがあった。
後で振り返ってみると前後の記憶が曖昧になっている、もしくは覚えていないことが鬼一にはよくあった。自分にとって大切な、もしくは大きな戦いになればなるほどそういった傾向が鬼一にはある。
そんな自分に苦笑し、しょうがない、あとでこの試合の映像を見て思い出しながら反省しよう。と考えてそこで始めて気づいた。
俯いていた視線を上げて周りを見渡す。
不気味なほどに静寂しきっている観客席。
観客席にいる大部分の女生徒達は目の前の光景が信じられなかった。大部分の女生徒たちやセシリアにとってこれは戦いなどではなく、愚かな男の公開処刑、ショーのようなものだと思っていたからだ。だが、蓋を開けてみればどうだ。処刑の執行者が地面に伏し、処刑されるはずの豚がなぜか立っている。
その光景に理解できなかった。認めなくなかった。
はたして鬼一の行った行動の凄さを理解している人間はどれほどいたのか、更識 楯無、ピット内にいる教師2人と説明を受けた生徒2人以外にこのアリーナ内にあと何人いるのか。
少しずつ、少しずつセシリアが敗北し鬼一が勝利したことが理解できるにつれて、観客席の女生徒達の視線が変わる。
そしてその視線を受けて、鬼一は困惑を隠しきれなかった。
なぜ、自分とセシリアにそこまで怒りや憎しみの籠った視線が飛んでくるのか。
戦いが終わったらギャラリーは対戦者の2人を讃えるのが礼ではないのか、と。
最悪、自分がこんな視線を向けられるならまだ理解出来る。先ほど散々皮肉を言い、煽ったのだ。そのことで視線を向けられるなら分かる。
だけど、なぜ敗北したとはいえセシリアにまでこんな視線を向けるのだ?
この時、鬼一は気づいてしまった。
目の前にいる連中は勝者であるはずの女を汚した男と、そして男なんかに負けたセシリアと責めていたのだ。
なんで男なんかに、女であるお前が、代表候補生であるあんたが、負けているんだ、と。
起き上がったセシリアがその視線に気づく。その意味も。その怒りも憎しみも。
顔を青くし泣きそうな顔になったセシリアが鬼一の視界に入る。
困惑が怒りに変わる。
ふざけるな。
確かにセシリアは戦いの場でしてはならないことをしてしまった。だが、それでも舐めていたとは言え身を張ってその場に立ったのだ。だからこそ鬼一は怒りを持った。それなのに、なにもしていない。安全な場所から眺めているだけの連中が、 なんでそんな顔をしているんだ?
戦いのギャラリーなら勝っても負けても、対戦者を讃えて終えるのが礼なのではないか?
戦ってすらいない奴が、知ったような顔をしてそんな目をセシリアに向けていることに納得出来なかった。疲れきっていた身体に熱が入る。視界が怒りで点滅する。
戦いの場を、『勝負』をどれだけ汚せばお前たちは気が済むんだ―――っ!
鬼一は怒りを隠そうともせずに落ちていた破損寸前の夜叉を拾い、それを―――。
―――観客席向けて全力で投げつけた。
がぁん! とバリアに夜叉が猛スピードでぶつかり、衝撃音がアリーナ内に響いて観客席が衝撃で揺れる。
怯えるような、怒るような、憎いような、様々な視線がセシリアから鬼一の身に全て集まる。
その視線を無視するように鬼一はセシリアの手を握りスラスターを展開。そのまま引きずるようにピット内に戻った。
――――――――――――
……疲れたな。
僕はIS学園の更衣室で地面に座り込み、壁に背を預けながらぼんやりとそんなことを考えていた。あの後、ピット内にまでオルコットさんを連れて行って織斑先生に任せて僕はさっさと姿を消した。こんな感情を露わにした自分をあまり見られたくなかったからだ。
冷水シャワーで身も心も冷やして熱を取って落ち着き、そのまま次の試合が始まるまで休んでいた。
第2試合 織斑 一夏 VS セシリア・オルコット
僕の試合が終わってから休憩含めて2時間後に再開される予定らしい。本当は30分後に始めるつもりだったらしいが、僕がオルコットさんのブルーティアーズの装備を破壊したり、装甲のダメージが予想よりも大きかったせいで多めに時間を取ることにしたらしい。
僕のIS、鬼神は今教員スタッフの皆様に修理してもらっていた。本来なら僕がやらなければいけないのだが、悲しいことに僕が出来るのはエネルギーの弾薬の補給程度なので山田先生に頼んでこのような措置をとってもらっていた。
……専用機持ちは自分で整備補給が出来て当然、か。
はぁ、とため息をつく。
また勉強しないといけないことが凄い増えたな。いっそのこと、整備を専門にしている人に助けてもらおうかな?
そこまで考えて眼鏡を外しタオルを顔に乗せる。
第2試合を終えたらそこで今日は終了。第3試合、僕と一夏さんの試合は明日の午前に行われる。移動も正直面倒だったのでモニターのある更衣室でそのまま休んでいたのだ。このまま第2試合を見たら一夏さん対策を考えるつもりだ。
微温いドリンクに口をつける、がちょうど切らしてしまった。だが、今はあまり外に出たくない。というか動きたくない。 疲れきっているのもあるし、休憩中だからそこらへん歩き回ってる女生徒たちとも顔を合わせたくない。
ピタ、っと冷たいものが頬に当てられる。
タオルを外してみればそこには―――。
「お疲れ様、よく勝てたわね。おねーさん驚いちゃった」
何時も通りくだけた雰囲気のたっちゃん先輩がそこにいた。頬に押し付けられたのはペットボトルのスポーツドリンクだった。お礼の言葉を伝えてありがたく頂戴する。
ひょい、っと身軽な動きで僕の隣に座る。暖房効いてると言ってもちょっと冷たいですよ床は。
「オルコットさんが最初から全力だったら負けてましたよあんなの」
「褒めてるんだから素直に受け取りなさい」
えい、扇子で頬を突かれる。ちょっと痛い。
IFに価値はないと思っているが、最初から全力だったら負けていたのは本音である。
「でも、いくつか質問があるんだけどいいかな?」
「構いませんよ」
「キミは『ブルーティアーズ』の稼働時間と残りの2基の正体を知っていたの? 公表されているデータには載っていないけども」
手元に置いてあったタブレットを起動させて、先ほどの試合を再生する。内容を思い出しながら、僕は考える。
今回の戦いの要所、それは自立兵器、ビット『ブルーティアーズ』の稼働時間と残り2基の正体。今回の僕の立てた作戦の内容はこうだ。
1.遠距離でビットを使わせる。
2.ビットの稼働時間限界まで様々な手段で耐え凌ぐ。
3.限界時間間近になったら一気に近づく。
4.切り札を吐かせて、最後に猛攻で一気に削る。
ざっくりとしているがこれが全容だ。
まず1番目は今回オルコットさんは勝手に使ってくれたが、元々はオルコットさんの無意識の癖なのだが、中距離にまで踏み込んでビットを使わせるつもりだった。近距離で自身の周りに展開されて迎撃メインで使われたら、回避技術が未熟の僕にとっては敗北覚悟で突っ込むことになっていた。
2番目、稼働時間限界まで耐えるというのは、まずアリーナの地面まで降下して下からの攻撃を無くす、そしてアリーナの壁に背中を預けて後ろから攻撃されないようにする。で、防御弾頭や夜叉で防御し回避に徹する。
3番目についてはエネルギーの残量を確認される前に近づいて意識を遠ざける必要があった。オルコットさんはエネルギー残量の確認を普段から怠っているのが分かっていたし、更に男で格下の僕が相手ならよりその可能性が増す。だが念のため確認されないように最後は自分からしかける必要があった。
最後の4番目、切り札、つまり実弾使用の『ブルーティアーズ』を使用させて最後に瞬時加速で距離を0にしてラッシュで決める。
だが、これはいくつかの前提で成り立っておりその中でも重要なのが、ビットの稼働時間と残り2基の正体だ。
だけど僕は、
「いえ、ぶっちゃけ知りませんよ」
「は?」
ポカン、と擬音が似合うような唖然とした顔に崩れるたっちゃん先輩。ちょっと可愛い。
「かなり調べたんですけど、どっちも正確なことは分かりませんでしたよ」
そう、馬鹿みたいな話だが僕はこの2つについて正確な情報を得られなかったのだ。当然の話だ。自立兵器の稼働時間もビットの残り2基も驚異に成りうるが、裏を返せばアキレス腱になる。
稼働時間が長いというのは継戦能力の高さや長時間に渡って弾幕形成を行えるという大きなメリットなのだが、1度切らしてしまえばチャージに時間がかかるということになりその後はかなりの不利を背負うことになる。
ビット2基が使われないということから奥の手、何らかの形で使われる切り札だということがわかるがそれを突破されれば無防備になる、と言っているのも同然なのだ。故に公表されない。まあ、今回僕が使わせたから今後対策されやすくなるだろうが。
「確かに僕は分かりませんでした。だけど推測は立てられますよ。
稼働時間に関しては過去の映像からでおおよその予想は立てられますし、ビットの残り2基に関してはオルコットさんの特性とISの特徴を考えればこちらも大体予想が立ちます」
頷くだけで、続きを促してくれるので話しを続ける。
「稼働時間に関しては約25分、これはブルーティアーズを全力で使用した場合の予想です。確実に分かっていたのは30分は持たないということで、過去の映像では23~27分で回収しているケースが非常に多く25分はその平均値です。だから25分前後で仕掛けるというのは最初から決めていました。結果論ですけど今回は大体26分とちょっとなので僕の読み通りでした」
一口ドリンクを飲む。
「問題はビットの正体。これは過去の映像では1回も使われていなかったので完全に僕の推測です。まず僕が考えたのはISブルーティアーズの特徴でした。あのISは完全遠距離型でなおかつ武装の大半はエネルギーを用いたレーザー武装です。でもレーザー武装は僕が防御弾頭を使ったみたいに比較的対策の取りやすいものです。対策を取りやすいということはペースに変化をつけられない」
そう、ISブルーティアーズはライフルもビットも全てエネルギーを用いたレーザーなのだ。多分試験機という形だからかレーザーの発射速度やラグは全て均一だった。だから僕も防御弾頭を使うタイミングに関してはそこまで複雑に考えていなかったし、対応が楽だった。。
しかもオルコットさんはビットを使いながらライフルで攻撃することもできないし、しかも僕は今回壁を背に戦っていたからビットの特徴である360度攻撃も潰された。となると必然的に攻撃するポイントもタイミングも単調にならざるを得ない。
「ペースが単調だと僕みたいに距離を詰められることだってあり得る。多分開発者もこの弱点を理解していたんでしょうね。だから残りの2基は迎撃に回す可能性が高い。そしてレーザー対策が取られているならレーザー武装を積むことなど考えられない、必然的に意表をつく意味でも実弾になる」
現在のIS事情は実弾も多く使われているが、試験的な意味でもレーザーを用いる第3世代機も少なくない。ISブルーティアーズはレーザーが基本になっているので初見の対戦相手なら必ずレーザーだけで構成されていると錯覚するだろう。僕みたいに防御弾頭やポジション取りで対策する人もいれば、シールドのような防御兵装や装甲をレーザーに強いタイプにすることだって考えられる。故にレーザーだけで構成するなど間抜けなことをする開発者もいまい。圧倒的な性能を持っているならいざ知らず。
「望ましいのは一撃で決着を着けられる火力のある武装。最低でも距離をとって仕切り直し。だけど、ブルーティアーズの火力は決して高くない。そしてエネルギーの消耗率や操縦者の集中力を考えると仕切り直しにしてもジリ貧になりかねない。ならば、高火力でなおかつ直撃の可能性が高いミサイルを選ぶのがベスト」
ISブルーティアーズの武装は全て弾速や発射ラグの短さはかなりのものだが、その代わりに威力が足りない。ライフルでも実弾ライフルより僅かながらに落ちる。 結論としては火力は手数で補うタイプ、もしくは防御の弱い部分を的確について削るタイプ。だけど多少矛盾するようだが自立兵器である以上、かなりの集中力を持続させなければいけないからできるだけ短期で終わらせたいし、しかもエネルギー補給もしなければならないからISのシールドエネルギーを回す以上、これもまた短期で終わらせたい。なおさら僕の仮説、エネルギーを使わずなおかつ火力の高いミサイルを使う可能性が大きくなる。
「ミサイルなら瞬時加速で後退しながらレール砲で迎撃、誘導ミサイルだと勝手に追いかけてくるんで狙いが多少甘くても撃ちまくればどれか当たります。で、切り札を潰したらあとは近接武装としては貧弱なインターセプターのみ、再度瞬時加速で距離を潰してほぼ勝ち確」
ミサイル『ブルーティアーズ』はかなり高性能なミサイルだ。弾速、誘導、威力、どこを切り取っても文句のつけ所のない代物だ。今回僕はそれを逆手に取った。高性能であるが故にしっかりと食いついてくるので狙いが甘くても『面』で制圧すれば必ず落とせる。弾速は速いが、それも鬼神の機動力の高さと瞬時加速などを組み合わせればどうにかなる。威力の高さだが直撃でなければなんとか耐えられると思った。
結果としてはかなりギリギリまでエネルギーを削られてしまったが、まあ、誤差のようなものだ。
残りは近接武装のインターセプターだが、オルコットさんの特性を考えれば念のため対応は考えていたが警戒は正直していなかった。
「それが今回の僕の作戦です」
全て話し終えた僕はふぅ、と短くため息をつく。疲れた頭と身体でこれだけ長く喋るのは少々疲れる。
――――――――――――
この時、鬼一から話しを聞いた楯無は驚きを隠しきれなかった。
これだけの対策を考え、決定的なデータが無くてもそれ以外の部分から考察し結論を見出す力とその精度の高さ、そしてそれらを実行に移す迷いのなさと集中力の深さをだ。
確かに操縦技術、そしてIS操縦者に絶対必要な『センス』、操縦技術に関しては現段階では1年生の中では多少高い程度でセンス、つまり才能なのだがそれは目の前の少年からは正直感じられなかった。
センスを感じられる人は雰囲気や佇まいだけでもなんとなく感じられるのだ。特に楯無のように16歳で国家代表という1つのトップに上り詰めた人間としては、それを感じ取る力は強い。
正直、勝てるわけがないと思っていた。センスもない技術も碌にない人間がいくら舐めているとはいえ代表候補生に届くわけがないと。
だが、蓋を開けてみればどうだ?
最後に立っていたのは少年で、地面に伏していたのは代表候補生である少女。
センスについてどう考えているかは知らないが、技術に関しては少年の口から直接、自分は未熟だと言っていたし楯無もそう思う。
この少年は部屋に練習から戻ってきたら、真っ先にPCを付けノートを取り出し映像を見ながら何かノートに書いていた。多分10冊以上は書いていたはずだ。内容については絶対に見せてくれなかったが今なら分かる。
あれは全て、この戦いの為に準備していたのだと。
相手を徹底的に分析し、自分を客観的に解析することで何が必要で何が不必要なのか。膨大な思考、そして数少ない練習で複雑なトライアンドエラーがそこにはあったのだろう。
鬼一は口にしていないが多分今話していた対策も、それ以外に別の対策が用意されていることは容易に予想が出来る。
そして自分の結論を、自分に必要な行動を躊躇いなく信じ実行する姿勢。
迷いなんか微塵も感じさせず、恐怖を感じないのか問いたくなるほどの思い切りの良さ。
ISに乗っている人間は若い人が圧倒的に多い、そして搭乗時間は少ない。なぜならISの数は固定であるのに対して操縦者は年々増えているからであり、しかも、専用機持ちは自分のISだから気にならないがそれ以外の人間からすれば残ったISを短い時間で回すしかない。何が言いたいのか、結論としては圧倒的に経験値が足りない人間が多いのだ。経験が足りない故に自身の行動を疑ってしまう。
トライアンドエラーを繰り返すことができないため、何が正解で何が不正解なのか分からないので常に思考に迷いが生じてしまう。思考に迷いが生じるということは集中力も欠けることになる。
なので、本人は集中している状態だと思ってもイマイチ集中できていないことが多い、専用機、自分だけISを獲得することで大量の操縦時間を得ることで本格的にトライアンドエラーを繰り返し長い時間をかけて迷いを無くし、正解不正解を頭と身体で理解するのだ。そうして技術と質の高い集中力を身につけるのだ。
だけど鬼一は質の高い集中力、いや、集中力に関してはここまで質の高い人間を楯無は1人しか知らない。
世界最強 ブリュンヒルデ 織斑 千冬
現役時代の彼女とは様々な面で差があるが、だがこと集中力に関してはその領域に鬼一は確実に足を踏み入れている。
なぜ、自分よりも年下の男の子がこれだけ迷わずに戦えるのか? なぜここまでの集中力を発揮できるのか?
そう考えて、楯無は気づく。
目の前にいる男の子は常識で語れる存在ではないことに。
総プレイヤー2億人を超えるゲームの世界で僅か14歳で世界王者に上り詰めた鬼であることに。
楯無は知らないが、鬼一が生業としていた格闘ゲームでは0.1秒を争う世界で自身の考えをまとめ、決断し、即、行動に移さなければならない。迷ってなんていられない。即断即決が基本であり、迷ったらあっという間に敗北になる世界で鬼一は王者にまで上り詰めたのだ。故に考える速度も決断する速度も行動する速度も、ISの学園の中でも教員や代表候補生含めて極めて速く、こと『戦いの舞台』においてはそこに僅かな迷いなんて混ざる余地、いや混ざる時間なんてないのだ。
そして、舞台では迷わないが鬼一は普段の練習などでは誰よりも迷いを抱えている。何が正しくて何が正しくないのか、鬼一は手探りで限られた時間の中で自分で考え、間違え、その都度勢いではなく冷静に分析をして修正が出来る。そしてたくさんの失敗から正解を導き出す。誰よりも迷い、思考を続け、修正を繰り返し、その都度変化し続けてきた鬼一だからこそ、導き出した答えを疑わずに身を差し出すことができるのだ。
故に、鬼一は勝敗やそれ以外に、重いモノ、例え命がかかった勝負でも『迷うことはない』
練習時に誰よりも迷っているからこそ、戦いの場で迷えば負けると誰よりも理解しているからこそ迷わない。
本来、僅か14歳の少年ならその日の体調や調子に振り回されたり、もしくは外部からの様々な誘惑に取り込まれて集中が出来なかったり、阻害されてしまうものだ。にも関わらず鬼一は極めて高いレベルで集中が出来ている。しかも継続させている。
鬼一にとって集中とは自分の世界に没頭、もしくは入り込むことだ。
究極的に言ってしまえば、人の目線や評価、そして自分を惑わす外部的要因などを排除して、自分自身に向き合えるかどうかだ。
プロゲーマーになる前から、そして今に至るまで自分自身と向き合い、無意識ではあったが誰よりも『勝負に勝ちたい、負けたくない』という純粋な思いが鬼一を自分の世界に没頭させた。
時として1つの世界の頂点に立たせる大きな原動力になるほど、鬼一の集中力は自身にとって最強の武器になっていた。
―――今はまだまだ弱いけど、鍛えたらどれだけ強くなるのか想像できないわね……。
自身の生まれ持った才能など関係ない、良質な努力とどれだけ自分に向き合えるか、どこまで自分を変化させることが出来るか。
才能に頼らない、自分の戦い方やスタイルに囚われず、短いスパンで土俵の変わるゲームの世界で自分を変化、成長させ続ける鬼一だったからこそ、最終的な強さを全く楯無は想像も出来なかった。
――――――――――――
「2つ目の質問なんだけど、あの無力化武装を最初の1回だけ使ったのはどうしてなの?」
「ん、あんまり深い理由はないんですけど、アレを見て迷いを抱いて欲しかったんですよね。『射撃を無効化された。また無力化される?』って。そうすれば土壇場で攻撃の手が緩む可能性が出てくるので最後の詰めのリスクが減るかな、って思ったんですけど、オルコットさんの様子だとマグレで切り捨てられたみたいですね。結局ほぼ無意味でした」
まさか、あそこまで綺麗に割り切られるとは流石に思わなかった。一発芸と分かっていてもどこかでブレーキがかかると考えたが、一瞬、この女無力化が怖くないのか……!? って思ってしまった。まぁ、完全にアレは一発こっきりのネタだったのだが。いくら何でも鬼手を完璧に使いこなすことは今の僕では出来ない。
「オルコットさんと僕の位置、そしてライフルの弾速を計算に入れて完璧なタイミングで無力化したのに、歯牙にもかけられなくて素直に驚きましたよ」
そこで時計を見る。そろそろ第2試合が始まる時間帯だ。
すっ、と立ち上がるたっちゃん先輩を見て僕も立ち上がる。
「一夏くんとセシリアちゃんの試合がそろそろ始まるわね」
「はい」
2人揃ってモニターの前まで歩こうとしたのだが、手を滑らしてドリンクを地面に落としてしまった。
コロコロと僕と先輩の前を転がるドリンク。
僕より僅かに前で歩いていたたっちゃん先輩がドリンクを拾って、僕に振り向いてドリンクを差し出す。
それを受け取るために1歩踏み出して手を右手を差し出す僕。
「あ、ありがと……っ!?」
「きゃっ」
が、左足をベンチにひっかけてしまった僕はそのまま前方にたっちゃん先輩に倒れこんでしまった。
「……」
「……」
まずい、非常にまずい。胃が痛い。
僕の両腕はたっちゃん先輩の顔の横にあり、両足の間にたっちゃん先輩の身体がある。
……その、なんだ、一般的にはこれは僕が先輩を『押し倒した』というのではないだろうか……?
たっちゃん先輩は胸の前で拾ったドリンクを両腕で抱えていて、顔がちょっと赤い。
わー、たっちゃん先輩の肌白くて凄いキレー。こうやって近い距離で見ると目の色赤いルビーみたいで宝石っぽいなぁ。うわ、凄い惹きつけられる。石鹸のいい匂いもする。
「鬼一くん、おねーさんのことずっと見てるけど惚れちゃった?」
その言葉で現実に引き戻される。
からかうような声で僕を現実に引き戻したのは猫目になったたっちゃん先輩。
違う、さっさとどけなきゃ。
って、身体が動かない!?
僕はたっちゃん先輩の目に止められたように動けなかった。それくらい惹かれていたんだと思う。艶っぽく輝くに光に吸い込まれそうだった。
ドリンクから手を離し、たっちゃん先輩の右手が僕の左頬に触れる。
ひんやりと気持ちよく、滑らかな曲線をしている指先が僕の左頬を静かに撫で、呼吸が僕の鼻先に触れる。
「……せっかく鬼一くんが頑張ったんだもの。おねーさんに甘えてきてもいいのよ?」
カタカタと両手の指先が震える。頭が熱を持ち始め、息が荒くなってくる。
まずい、そうじゃない、たっちゃん先輩が今までと違って凄い可愛く見える。
だから違うんだって! そうじゃない! 落ち着け僕!
「……っ!」
あれ? 口から言葉が出てくれない!?
金魚みたいに口をパクパクさせるだけで何も発してくれない。
金縛りみたいに身体が固まって動けない。頭の芯からじんわりと熱が溢れ始めてきて視界がクラクラし始める。両手に連動してきたのか両足も震え始めてくる。たっちゃん先輩の指先が頬から僕の唇をなぞる。
「あら? 鬼一くん、緊張しちゃって動けないのかしら?」
色気のある笑みを浮かべながらたっちゃん先輩がドリンクを手放した左腕と、唇をなぞっていた右手と一緒に僕の首に回す。
そこでたっちゃん先輩の首筋に一滴の赤い液体が濡らした。鼻が熱い。
「……って鬼一くん大丈夫?」
僕の記憶はそこで途切れた。
ページ上へ戻る