英雄伝説~運命が改変された少年の行く道~(閃Ⅱ篇)
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第一部~灰色の戦記~ 第9話
12月1日―――――
ユミルに残された爪痕は、思いのほか小さい被害で済んでいた。猟兵の部隊が少人数だったこともあり、幸い犠牲者も出ておらず……郷の住民たちは、翌朝からさっそく片づけを始めていた。
だがリィンの父、シュバルツァー男爵は女神であるアイドスの”奇蹟の力”を持って危険な状況は脱したものの、意識不明の状態で未だ目を覚まさず……しばらくは経過を見守る必要があるとのことだった。そんな中、リィン達ははぐれた仲間達の合流、そして攫われた二人の奪還の為に旅に出る事にした。
~シュバルツァー男爵邸~
「もう、出発するのですね?」
「―――はい。郷が襲撃され、父さんが倒れてしまった今……代わりに郷を守るのが、領主の息子としてのあるべき姿かもしれません。だけど、俺には……他に成すべきことができてしまいました。」
「いいえ、いいえ!兄様は悪くありません!本来なら兄様に代わり、長女の私が残って郷を守るべきですが、今回の件を知ったメンフィル帝国も色々と動きがあるでしょうから、当然それに付随して忙しくなるリフィア殿下の補佐やお世話をしなければなりませんし……」
決意の表情で自分達を見つめるリィンの言葉を聞いたユミル襲撃の報を聞き、昨日の深夜に慌てた様子でユミルに帰省して来たエリゼはリィンが悪くないかのように必死に首を横に振って否定した後辛そうな表情でリィンを見つめているとルシア夫人がリィンを抱きしめた。
「子供達の決心を止める理由はありません。あなたとエリゼ達がそれぞれ軍への入隊や侍女の修行、そして女学院行きを決めた時と同じ……子の巣立ちを見守るのが母親の役目です。」
「母さん……」
「母様………」
ルシア夫人の言葉を聞いたリィンとエリゼはそれぞれ静かな表情でルシア夫人を見つめた。
「ふふ……あの人と郷の留守は任されました。皇女殿下とエリスのこともどうかよろしく頼みましたよ。」
「はい……!」
「トヴァルさん、それとセリーヌさんとセレーネさんに、ベルフェゴールさん達も。リィンのことをよろしくお願いします。」
「兄様とエリス達の事……よろしくお願いします……!」
「はい!お兄様のパートナードラゴンとして、必ず無事エリスお姉様達と一緒にこの郷に戻ってきますわ……!」
(当然、私達も全力で力を貸すから安心しておきなさい♪)
(勿論、私も出来る限り協力するわ。)
(それに”敵”に対する”躾け”もしなければなりませんしね。ふふふ…………)
(リ、リザイラ様……一体何をするつもりなのですか……?)
「ええ、お任せを。その”依頼”……ギルドの名にかけてキッチリ引き受けさせてもらいますよ。」
「ま、アタシもせいぜい付き合わせてもらうわ。いいかげんエマとも合流する必要があるし。」
ルシア夫人とエリゼの頼みにリィンの協力者たちはそれぞれ力強く頷いた。
「ああ、ありがとう。しばらくの間よろしく頼む。それじゃあみんな、そろそろ行こうか。」
「っと、ちょっと待ってくれ。エリゼお嬢さんに一つだけ聞きたい事があるんだ。」
「へ……」
「トヴァルさん?」
「私に……ですか?」
出発を遅らせたトヴァルの言葉を聞いたリィンは呆け、セレーネは首を傾げ、エリゼは目を丸くした。
「ああ、”常にメンフィル帝国の皇族の傍にいる”エリゼお嬢さんにしかわからない事だ。」
「!それは…………」
「…………メンフィル帝国領であるユミル襲撃の報を受けた”メンフィル帝国の動き”ですか。」
「まあ、自国領が襲撃された上に領主夫婦に危害を加えられた事やあの娘―――エリスが誘拐された事に絶対黙っていないでしょうね。」
「……………………」
トヴァルの説明を聞いたリィンは血相を変え、セレーネは静かな表情で呟き、セリーヌは淡々と呟き、ルシア夫人は複雑そうな表情で黙り込んでいた。
「…………ユミル襲撃の報を受けた際、リフィアはシルヴァン陛下達と共に食事を取っておられました。シルヴァン陛下とカミーリ皇妃はそれぞれ厳しい表情で黙ってエクリア様の報告を黙って聞いておられ…………報告を聞き終えたリフィアは、声を荒げて相当怒っていました。」
「あのリフィア殿下が…………」
「ちょっと想像できませんわよね……?」
「……まさかとは思うが、メンフィル帝国は貴族連合―――いや、”エレボニア帝国との開戦”に向けてもう動き出しているのか?」
エリゼの話を聞いたリィンは信じられない表情をし、セレーネは戸惑い、トヴァルは厳しい表情で尋ねた。
「……リウイ陛下の話ではまずグランセルのエレボニア帝国大使館に今回の件を厳重に抗議し、ユミル襲撃の慰謝料並びに賠償金、エリスの返還やエリス達を誘拐した下手人の身柄の引き渡しを要求すると仰っていました。もしその要求に貴族連合―――いえ、”エレボニア帝国”が応えれば”最悪の事態”には陥らないとは思うのですが……」
「その要求に応えなかった時は”最悪の事態”―――開戦って事か…………」
「―――恐らくは。少なくともメンフィル帝国が一番求めている誘拐されたメンフィルの民―――エリスの返還を実行しない限り、例えエレボニア帝国が他の要求に応えても無駄でしょうね。」
厳しい表情をしているトヴァルの推測にエリゼは静かに頷き
「……エリゼ、戦争だけは何とか避けるようにリフィア殿下に進言してもらえませんか?確かに今回の襲撃の件でエレボニア帝国……いえ、貴族連合に対して色々思う所はありますが、だからと言って多くの人々が犠牲になる戦争だけは反対です。」
ルシア夫人は不安そうな表情で問いかけた後静かな表情になり
「母さん…………」
ルシア夫人の答えを聞いたリィンは驚きの表情でルシア夫人を見つめた。
「……一応、進言はしておきますがあまり期待はしないで下さい。今回の件……かの”ハーメル”の件と類似している部分がある上、今回の件を企てたのはエレボニア帝国の大貴族―――”四大名門”の一角ですし………」
「”ハーメル”?」
「一体何の事でしょう?」
(”ハーメル”……”結社”の第三柱、”白面”が企てたあの件ね。)
「!!!おい、エリゼお嬢さん!まさかあんた……”ハーメル”の件を知っているのか!?」
ルシア夫人に複雑そうな表情で答えた後厳しい表情になったエリゼの話にリィンとセレーネは首を傾げ、セリーヌは目を細め、トヴァルは血相を変えてエリゼを見つめた。
「――――リフィアの秘書も兼ねる事になった際に皇族―――それも次期皇帝になる事が約束されているリフィアの秘書を務めるのならば国家が秘匿している重要な情報も知っておくべきだという事で、その際に知りました。」
「そうか………」
「トヴァルさん?」
「その”ハーメル”とは何なのですか?」
エリゼの答えを聞いて重々しい様子を纏っているトヴァルに不思議そうな表情をしたリィンとセレーネは尋ね
「詳しい事は言えないが、その”ハーメル”ってのは12年前の”百日戦役”が勃発した原因でな。エリゼお嬢さんの言う通り、今回のユミル襲撃の件はその”ハーメル”の件と重なっている部分があるんだよ。しかもその12年前の際にも”結社”の”蛇の使徒”が関わっていたんだ。」
「なっ!?」
「ま、まさかその件にもクロチルダさんが………!?」
トヴァルの説明を聞くと二人はそれぞれ血相を変えた。
「―――いえ、”あの件”にはヴィータは関わっていないし、その頃のヴィータはまだアタシ達と一緒にアタシ達―――”魔女の眷属”の隠れ里にいた頃よ。あの件に関わったのは他の”蛇の使徒”よ。」
「セリーヌ?」
「オイオイ……その件も知っているとか、どんだけの情報通だよ。」
セリーヌの言葉を聞いたリィンは不思議そうな表情をし、トヴァルは疲れた表情でセリーヌを見つめた。
「―――とにかく、メンフィル帝国がエレボニア帝国との開戦を決定するまではまだ猶予はあると思いますので、私もリフィアに戦争だけは止めるように進言し、無理ならせめてエレボニア帝国がメンフィル帝国との戦争を回避する為の”条件”を出してくれるように進言しておきます。ですので兄様達は今は目の前の目的に集中してください。」
「……わかった。――――それでは母さん、エリゼ、行ってきます!」
「……どうか気を付けて。みなさんに空の女神のご加護がありますように。」
「行ってらっしゃいませ、兄様。」
(フフ……”空の女神”ではないけど、”慈悲の大女神”である私の加護はあるから安心して……)
その後シュバルツァー男爵邸を後にしたリィン達はユミルを出る前にヴァリマールの様子を確かめる為に渓谷道のヴァリマールが待機している場所に向かった。
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