お好み焼き
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1部分:第一章
第一章
お好み焼き
今二年四組では非常に厄介な問題が起こっていた。簡単に言えば内戦が起こっていたのだ。しかもそれは非常に深刻なものであった。
「あんた味音痴や」
「その台詞そっくりそのままあんたに返したるけえ」
クラスの中で大阪弁と広島弁で喧嘩が行われている。かなり柄が悪く聞こえる。
見ればクラスの中央で二人の女の子が言い争っている。一人は黒いやけに長いポニーテールでアーモンド型の釣り目が特徴である。唇が結構小さく尖った感じだ。スカートはかなり短くしていてそれが見事な脚を露わにさせている。
対するのは黒髪のツインテールの女の子だ。幼く可愛らしい顔立ちだがどういうわけか制服のスカートを目の前にいるポニーテールに対抗するように短くしている。こちらもかなり見事な脚だ。
「うちはな。通やで」
「うちもじゃ」
大阪弁はこの二人からのものだった。それぞれ口を尖らせて言い合っている。ポニーテールが大阪弁でツインテールが広島弁だった。
「うちの家は代々お好み焼き屋なんや」
「それはうちもじゃけえな」
「だから言うんや」
「こっちもじゃ」
顔をすり合わさんばかりに近寄せ合う。そのうえでさらに言い合うのである。
「お好み焼きいうたら大阪や」
「広島じゃ」
何かと思えばお好み焼きの話である。とにかくどちらも引かない。
そのまま言い合い今にも取っ組み合いになりかねない有様だ。皆そんな二人を見て呆れ果て止めようとするがそれが二人の剣幕のオーラにより中々できないでいた。
「お好み焼きのあの厚さには誰も勝てんで」
「広島のな。あのキャベツの使い方じゃ」
こう言い合いやはり互いに引かない。
「それがわからん奴はアホや」
「あかんたれじゃけえな」
「言うたな」
「そっちこそ」
ここで雰囲気がさらに険悪なものになるまさに一触即発であった。
「ほな。一回ケリつけるか?」
「望むところじゃけえ」
本当に取っ組み合いになりそうなので今度こそ皆が止めようとする。しかしそれよりも前にそれを止める人がやって来たのであった。
「こら、御前等」
「あっ、ゴリラブタ」
「そういや次の授業ゴリラブタの物理だったっけ」
「誰がゴリラブタだ」
やたらと大きく太っていてしかもいかつい顔で尚且つ五分刈りという到底学校の先生には思えないのが教室にいた。その大きさは上も横も普通の生徒の倍はあった。
その先生が二人の間に来る。そしてそれぞれの名を呼ぶのだった。
「赤坂桜」
「ゴリラブタかいな」
ポニーテールが応える。
「青柳菜月」
「余計な仲裁は無用じゃけえ」
今度はツインテールだった。
「まずは言っておく」
ゴリラブタと呼ばれたその先生は闘争心をそのままにさせている二人に対して告げる。
「もう授業がはじまるぞ」
「何や、もうそんな時間かいな」
「相変わらず時間ちゅうのは進むのが早いのう」
そう言われても動じるところのない二人であった。反省している様子は当然ない。
「ほな。ちゃっちゃと席に着こうかいな」
「その前に言っておく」
「何や?」
「何じゃ?」
桜も菜月も先生の言葉に顔を向ける。そのタイミングは同時だった。
「御前等、今日の昼休み職員室に来い」
「ああ、お好み焼き御馳走して欲しいんやな」
「そうじゃったら遠慮したらいけんで」
「御前等、わかってるのか!?」
二人があまりにも反省している様子がないので呆れる先生だった。
「全く。職員室といったらな」
「何かあるんかいな」
「うち知らんで」
「説教に決まっているだろうが。全く御前等ときたら」
その赤ら顔をさらに赤くさせての言葉だった。
「いつもいつも。何でこう仲が悪いんだ」
「こいつがお好み焼きは広島が正統言うからや」
「大阪のやつじゃなきゃいけんて言うけえの」
「そんなん絶対許せんや」
「あんなんいっこもあくか」
とにかくそれぞれ引くことを知らない二人であった。
「何が広島やねん。変な焼き方覚えてからに」
「あれの何処がお好み焼きなんじゃ」
また言い合うのだった。
「お好み焼きはな。とにかく大阪のやつこそがほんまもんで」
「広島はお好み焼きの発祥じゃけえ。こっちが正しいじゃ」6
「ああ、もういい加減にしろ」
遂に先生も完全に切れてしまった。
「もう職員室に来なくてもいいぞ」
「そうでっか」
「それやったら行かんけえ」
「久々に切れた」
見れば本当に顔を真っ赤にさせている。どう見てもその仇名のゴリラブタである。名付けた人間はよく見ていると言うべきであろうか。
「こうなったら御前等で決着をつけろ」
「ケリつける?」
「腕っぷしけえ」
菜月はこれまたやけに物騒なことを言い出してきた。
「それやったら毎日正統なお好み焼きで鍛え上げて栄養もつけてるうちの思う壺じゃ」
「何言うとるんや、アホか」
桜も負けていない。というよりは嫌になるばで互角であった。
「うちは赤ん坊の頃からへらを持ってたんや」
こう言うのである。
「それで来る日も来る日もお好み焼きを焼いとるんや」
「うちもじゃ」
「うちはちゃうで。何時間も焼いてな」
本当に見事なまでのお好み焼き馬鹿である。しかもこれが桜だけではなく菜月までそうだというのだから実に始末の悪い話であった。
「それで何でも入れられて栄養たっぷりのお好み焼き食べてな。最強になったんや」
「最強はうちじゃ」
話が完全に堂々巡りの水掛け論になってきていた。
「うちの広島こそが最強なんじゃけえ。嘘つくなや」
「大阪は無敵や」
桜は今度は無敵だと言い出した。
「無敵の大阪。味合わせたるで」
「やるか?」
「やらいでか?」
「だからだ。お好み焼きで勝負をつけろ」
いい加減うんざりとした調子での先生の怒りの言葉だった。
「わかったな。お好み焼きでだ」
「あっ、それでっか」
「それで勝負つけりゃええんじゃな」
「そうだ。当たり前だろうが」
怒りを十二分に含んだ言葉であった。
「お好み焼きでいつも喧嘩しているんならそれで決着をつけろ」
「そうだよな」
「ああ、全くだ」
それまで二人のあまりもの破天荒さの前に見ていることしかできないでいたクラスの皆は先生のその言葉に完全に同意して頷くのだった。
「お好み焼きで言い合ってるんだからやっぱりな」
「それだよな。決着を着けるんならな」
「そうだよな」
「わかったな」
先生はあらためて二人に対して問うた。
「それでな。いいな」
「うちが絶対に勝つしな」
「うちが負けるけえ」
二人はこう言われても相変わらずの調子だったがそれでもだった。
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