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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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第五話


時夜side
《住宅街》
PM:8時13分


不意に、空を見上げる。真夏の夜空。
漆黒の帳が世界を覆い尽くし、家を出た時間帯よりも、本格的に夜が更けて来ている。

空を見上げても、大気の汚染と煌びやかなネオンのせい故に。
本来其処に在るべき小さき生命の星々、月の光が地上へと届かない。

宙に、手を翳す様にして伸ばす。
幼少の頃、出雲で見た満天の星空の様に其処にそれらは生きていない。

それを何処か悲しくも感じる。
生前住んでいた辺境都市では、天の川が良く見えて、夏の星座が綺麗だった。

熱気の失せた、冷ややかな夜風が身体を通して吹き抜けていく。
先程までは何ともなかったのに、唐突に、不安と恐怖心を擽られる。

吹き抜ける風音が、まるで亡者の呻き声の様に聞こえる。
あの狂気の介在する瞳が何処からか覗き見ているのではないかと錯覚する。

故に、対極に位置する安らぎをくれる星々を見て、気持ちを落ち着かせたかった。


『…時夜、大丈夫ですか?』


此方の身を案じて、ポケットに押し込められたイリスがそう口にする。
それに軽く返答を返して、深く、深く溜息を吐く。

思い出すのは先刻の事。相対した、得体の知れない相手の事だ。
それに伴い、前世の記憶が強く、痛い程に想起される。どうして、何故?

……穏やかで当たり前の日常が、いつまでもいつまでも永遠に続くと思っていたのに。

頭を振って、思考を閉ざす、無理やりに思考を捻じ曲げる。
…今は、別に考える事があるのだ。


「……クライス・フールドス」


そう相手の名を口にする。
巷で非公式ながら、今も、この都内で襲撃を繰り返している不法入国者の退魔師。

帰ってみたら、素性を調べてみるべきだろう。
那月からは、不法入国者の連続襲撃犯としか聞いていない。

きっと、それだけではない筈だ。
けれど、本当は俺の様な小市民が本来は首を突っ込むべきではないだろう。

子供は黙って、大人に守られていればいい。それは普通の子供の場合だ。
今の俺は大人すら、超常の異能者すらも超える力を保持している、超越者。

不安材料は取り払っておかなければならないのだ。
…大切な皆が、安心して暮らして行く為に。

帰り道の文が見せた不安げな顔が、震えていた手が、思い出される。
あんな顔は、させたくはない。…今度こそは、大切なモノを守る。

そう心の中で、密かに、そして確かに誓った。







1








家を出てから、約一時間程は経過するだろうか?
携帯電話を家に置いてきてしまった為に、時刻を確認する術はない。

結局の所、目的のアイスは買えなかった。
アイスは買えない、厄介事には遭遇する、今日は色々ついてない。

……確か、今日の朝の占いでは一位だった筈だ。

けれど、文句は言えない。
その選択を選んだのは紛れもない、自分自身なのだ。

あの選択は、自身の身を危険に晒す事であった事は重々承知している。
お母さん達に知られれば、きっと大いに怒られる事だろう。軽率だと。

けれど、あそこで誰かが時間稼ぎをしていなければ、被害は都心部に向いたかも知れない。
…俺の大切な人達が巻き込まれたかも知れない。

そう考えただけで。
俺にとっては天秤に掛けるまでもなく、どちらが大切か等、既に解り切っていた事だった。


「……大分、遅くなったな」


結局、家から一番近い所のコンビニで皆が食べる、当たり障りのないアイスを購入した。
腕に触れるアイスの袋。それが身体を通して熱くなった思考を冷まして行く。


「……ふぅ、皆心配してるかな」


家の正門にまで辿り着き、門を開いて潜る。家の扉を開いて、そして玄関へと入る。
すると、リビングの扉を蹴破る様に一筋のマナの閃光が奔る。

―――それは一直線に俺へと向かって。


「―――時夜ぁ!」

「…カナか、ただ、い―――」


俺へと、まるで弾丸の様に迫る存在を認識する。
認識して、声を上げるが、言い切る前に少女に力強く抱き締められた。
思わず、袋を取り落としそうになった。


「時夜!…大丈夫?皆、心配していたのよ?」


恐らくは、港区の倉庫街で起きた事件の事で心配しているのだろう。
爆発の音はかなりの音響で、隣接している地域に届いた筈だ。

此処もあそこから離れているが、まだ近い位置にある。
俺が帰ってくる時間が遅かった事、それも影響しているだろう。


「…ああ、ごめんね、心配を掛けた様で」


抱き締めてくる彼女の顔を覗き見て、仄かに微笑む。
頭を撫で、優しく抱き締めて、落ち着かせる。


「…大丈夫だよ。ちょっとコンビニ先で友達と会って、遅れたのは彼女を送ってきたからだから」

「……彼女?」

「ああ、学校の学友だよ。幼稚園らいの付き合いだ。…と言うか、気になる所か?」


…嘘を吐いた。誤魔化した、其処に後ろめたいと思う事はある。
けれど、全部が全部嘘ではない。半分は言葉にしたその通りだ。

「時夜、おかえりなさい。…心配しましたよ」

「…お母さん。ゴメンなさい、そしてただいま」


俺と抱き合うカナ。
それを微笑ましそうに見ていた母親と目が合う。その瞳に灯る色は本当に俺を心配している。


「…本当に、本当に心配していたのですよ?携帯に連絡しても繋がらないですし」

「…心配掛けてゴメンね。携帯は家に忘れていっちゃってたから、連絡は出来なかったんだ」


カナの抱擁を解いて、家へと足を入れると今度はお母さんに抱き締められる。
優しく包み込む様にして、そうして言葉を列ねる。


「無事ならいいのです。でも最近は物騒ですから、ちゃんと連絡手段は持ち歩いて下さいね。…何かあったら、直に駆けつけますから、神剣を使う事も辞さないです」

「はい、わかった。…でも、神剣持ち出すのは危ないよ」


色んな意味で危ない。
そう言葉を交わして、リビングに入ると碧銀色の髪をした二人の少女が出迎えてくれる。


「パパ、おかえり!」

「おかえりなさい、主様」

「…ああ、ただいま、二人共」


笑顔を浮かべる少女に、俺も釣られて微笑む。
漸く、非日常からいつもの日常に帰ってきた。安堵感が俺を包み込む。

抱き着いてくる幼き娘の頭を撫でつつ、そう思う。







2








立ち込める白い湯気。
草津の入浴剤の入った浴槽に身体を沈めながら、息を抜く様に一息吐く。

冷えた身体に、暖かいお湯が染み渡る。
…疲れが癒されていく。軽く、湯船の中で伸びをする。


「……生き返るなぁ」


赤く火照った表情、濡れそぼった艶やかな髪。
それに重なり、中性的な容姿、髪をかき上げる仕草が大変色っぽく見える。


「…なんとか、一日が終わったか」


汚染された、真っ黒な天上。
墨を零した様な単調な黒一色の空を、開けた窓からぼんやりと見上げていた。

見据える先はネオンによって輝く街並み。大規模火災が発生した台場の港区。







3








「パパ、嘘ついてる」


時夜がお風呂に入りに行った後、不意にソフィアちゃんがその言葉を解き放った。

リアさんの膝の上で、碧銀色の髪を縁側からの風に靡かせて、そう口にした。
それはただの直感や当てずっぽう、女の感といったものではないだろう。

ただソフィアは事実として、“知っている”事を口にしたのだ。
そして、リアも主との繋がりから引き出された力と感情により、それを読んでいた。


「…主様は私の力を引き出し、鎮火活動に参加しておりました。…そして、何者かと交戦しました」

「…やっぱり、そうでしたか。…危ない橋を渡った様ですね」


その言葉にお義母様も、意を同じくする様にその言葉に頷く。

時深の時見の目も時夜には効果がない。
だが、未来が見れなくても時深は母親として、その嘘を確りと見抜いていた。


「―――イリス」

『…ハァ…時夜的には、秘密にしておきたい所だったのでしょうが』


そう、テーブルに置かれた機械水晶が言葉を発する。
そうして、自身の記憶領域に記録された映像を空間にモニターを開き、映し出す。






4







「……ふぁ」


…ああ、やばい。気を抜いたらぼぅっと一気に眠気に負けそうだ。
首を振って意識を覚醒させても、そこから直ぐに睡魔にのし掛けられる。


「……んっ?」


朧気な意識。そんな中、不意に。
しゅるしゅると風呂の扉越しに衣擦れの音が聞こえてくる。

それはまるで、誰かが服を脱いでいるかの様な音だ。


「…なんだ、今の音―――」


自問自答を口の中で呟く。
次の瞬間、思考に耽る前に答えを示すかの様にバスルームの扉が開いていく。

真っ白な湯煙が立ち込める中、まず見えたのは扉の隙間から覗く真っ白な素足。
続いて、その素足の持ち主である女の子が扉から顔を覗かせた。

………女の子?………女の子?!
理解するのに、思考が一瞬停滞した。


「ええぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

「あら、どうしたの時夜。そんな裏返った声で叫んで?」


バスルームに跳ねる、シャワーの水飛沫。白く湯気だつ蒸気が立ち込める中。
目の前に、俺の目の前に…小さなタオルを身体に巻いただけのカナが―――


「って、夢じゃないのかよ!ちょっと待てカナ、何してるんだ!」


俺が寝惚けているという訳ではなくて、そこには正真正銘のカナの姿があった。
後ろ手に扉の鍵を閉めて、ゆったりとした口調で俺の問いに答える。


「時夜、貴方とじっくりお話をする為よ。」

「…は、話?」


困惑気味に、俺はそう首を傾げる。


「……時夜、私達に嘘を吐いているわね?」

「……何の事だ?」

「―――お台場、港区、倉庫街」


白を切るが、その言葉に背筋がピン…とする。
その発したワードは、俺が隠そうとしている事に直結する。

それは、あの連続襲撃犯と吸血鬼の戦闘に介入した場所。


「時夜、何で私が…私達が怒っているか解る?」

「……さっ、さぁ」


何時の間にか、俺は壁際へと追い詰められていた。
……情報の流出はきっとイリスだろう。追い詰められながら、そう思想する。


更に、不意に思い出す。リアと俺の間には特殊なラインが繋がっている事を。
それを通して、俺の前世をそうして、知った様に。

今回の事も、そのラインを通して記憶を垣間見たのだろう。
自身の配慮の無さに、今更気付く。どの道、言い逃れは出来ないのだろう。

…相手を直視する事が出来ない。

それは後ろめたい事も確かにある。
今のこの状況に対して不謹慎であるが、カナのその格好による割合も大きい。

ほぼ全裸に近い格好。
薄いタオル一枚で、その肢体を隠している。

けれど、それだけで全身を隠せる訳もなく…艶やかな太ももなどが見え隠れしている。
その扇情的な格好、故に瞳を反らす。意識して、話も全然耳に入って来ない。


「ちゃんと、話を聞いて」


そう視線を反らしていると、彼女に顔の位置を正面に強引に戻される。
そうして正面を向くと、互いの顔がキスをする程に近い。


「…貴方があの場所に行った事、それにも当然怒っているわ。自ら危険な場所に足を踏み入れたのだもの。それは解るわね?」

「…解ってはいる。けどな、もし食い止めてなければ被害は都心部に向いて、更に拡大していたかもしれない。……皆が最悪死ぬ可能性もあったんだ」


もうバレていると観念して、俺は素直に語り出す。


「なら、貴方自身が傷つき、死ぬ事はいいのかしら?」

「…皆が怪我をするよりはいいだろ、どうせ俺はそんな簡単には死なないんだ」

「けれど、貴方もエターナルとはいえ人と一緒。傷つき、死ぬ事もある。そうしたら貴方の大切な人達はきっと悲しむわ」


目の前の少年は何でも自分一人で背負おうとする、きらいがある。
…私では、時夜の隣に立つ事は出来ないのかしら。私はそんなに頼りない?

そんな感情が胸を支配していく。私はこの人の過去、前世を知っている。

大切な人を立て続けに失い続けた人生。
どれだけ大切に抱き締めても、総ては腕の間から零れ落ちてしまう。


「…ねぇ、時夜。人を信用するのは、心を許すのは怖い?」

「……それは」


戸惑いがちに、そう弱々しく口にする。
不意に、時夜は数年前に昏睡した時のリアの言葉を思い出す。

今の状況はまるで、あの時と一緒だ。
一人で出来る事は限られている。俺はまた無意識の内に一人で抱え込んでいたみたいだ。

それをあの時、リアに思い出させて貰った。大切な、前世においての“彼女”との言葉を。


「…そんな事はない」


ごめん…と口にして、彼女の瞳を真摯に見つめる。


「…無意識の内に思い上がっていたみたいだ。ちゃんと皆に話しておくべきだった、怒られてでもな」

「そうね、それがもう一つの私達が怒っている理由だった。貴方は何でも一人で抱え込もうとするから…」

「大丈夫だよ。これからは、ちゃんと皆を頼らせてもらうから」

「…それなら、もう大丈夫ね。見ていて貴方は傷つきやすくて、脆く見えたから」


それと…と、カナは言葉を続ける。


「…ちゃんと、私も頼って。独り傷つく、そんな時夜は私も悲しいから」

「…ああ、約束するよ」

「ああ…それと、この後皆からお説教だから」

「……えっ?」


その後、時夜は憂鬱とドキドキが混ざる複雑な気分のままカナと二人で浴槽に浸かった。
そうして、風呂を上がってリビングに戻った時夜を待っていたのは…。


「時夜、そこに正座しなさい」

「……はい」


お母さんを含めた、三人の女性陣であった。


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