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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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夏休みⅡ
  第三話



時夜side
《台場・倉庫街》
PM:7時42分


「―――…あれは、何だ」

『認識照合―――マナの形状パターン、眷獣と識別出来ます』


闇夜を切り裂いて伸びた眩い閃光に、時夜は顔を顰めた。
そしてその謎を明かす様に、機械水晶からイリスの声が冷たい世界へと響く。


「……眷獣だって?…それにしたって」


その光景を目の当たりにして、時夜はイリスのその答えに、困惑の声を上げる。
中層の建造物の間から見えるそれは、虹の様に輝く、半透明色の巨大な一片の翼であった。

当然、生身の肉体ではない。
目測するにアレは本当に、眷獣と同じ様に意思を持った実体化した膨大なマナの塊。

イリスが識別結果を提示する。それが間違っているとは思えない…けれど。


(……何だろうか)


時夜が眷獣を目にするのは、一度や二度の事ではない。

だが、時夜が嘗て“彼女”に見せて貰った眷獣とは、何処か気配が違っている。
…何と言えば良いのか。あの眷獣を構成するマナに何処と無く違和感を覚える。根拠はない。

数メートル近い長さのその翼が、漆黒の妖鳥と空中で接触する。
そして次の瞬間、妖鳥が苦悶の咆哮を上げた。

妖鳥の翼が根本から千切れて、溶岩の様な灼熱の鮮血が飛び散った。
そして体勢を崩した妖鳥の巨体を、虹色の腕が貪る様に引き裂いていく。

妖鳥が存在を形成出来なくなり、単なるマナの塊へと変わって地上に落ちる。
そして淡い光を持って世界へと、そのマナが徐々に還元されて行く。

しかし虹色の腕は、その攻撃を止めない。
屍肉を漁る獣の様に、破壊された眷獣の身体を蹂躙する。

だが次の瞬間には、時夜のその思考で感じた違和感の答えを得た。


「マナを……喰っている?」


それは時夜にとっては、見知った光景だ。
時夜自身はした事がないが、神剣を砕き、世界を破壊し、自身の神剣の力の一部とする。

とある目的を持ち、組織立ってそれをしている連中もいる。

倒した他の眷獣のマナを喰らう。
時夜の知る拙い吸血鬼の知識の限りで、そんな眷獣の存在は聞いた事がない。


「―――なっ」


そして、その眷獣を操っている宿主を見て、時夜は困惑の声を上げた。

虹色の翼の宿主は、俺よりも幼い小柄な少女だったからだ。
素肌に病院服を纏った藍色の髪の娘である。人工的な美しい顔立ち。そして藍色の無感情な瞳。


「どういう事だ。何故、人工生命体が眷獣を…?」


その人工的で、無機質な存在マナに時夜は直に確信する。

人工生命体とは、生科学的な技術によって創造された生命体の総称だ。
遺伝子レベルまでを完全に人為的に設計されている存在。

技術的な難易度は高いが、その分設計の自由が利くとされている。
マナを直接操作する此方側で例えるならば、ミニオンと同等の存在だ。

疑問は尽きる事がない。
吸血鬼以外の種族が、眷獣を使役出来るといった話は聞いた事がない。

―――眷獣。

大半の吸血鬼は自身の血の中に眷属たる獣を従える。
それが眷獣だ。半不老不死に近い主の命を対価に、強大な力を発揮する召喚獣。

眷獣の姿や能力は様々だ。
だが、もっとも力の弱い眷獣でさえ、最新鋭の戦車や戦闘機の攻撃力を遥かに凌駕する。

旧き世代の眷獣ともなれば、小さな村ごと一撃で消し飛ばす事も可能だと言われている。
その眷獣が吸血鬼以外の存在に宿っている。それが時夜が驚きを露にした理由であった。

…例え、寿命を長く設定された人工生命体でもだ。
命を対価にする眷獣は、そう易々と使えるものではないだろう。

呆然と立ち尽くす時夜の背後で、ドッ…と重たいナニかが投げ落とされた様な音がする。
驚いて振り返った俺が見たのは、重傷を負って倒れた長身の吸血鬼の姿だった。

肩口から深々と切り裂かれた傷は、心臓にまで行き届いている。

人間ならば即死。並の吸血鬼でも同じだろう。
いまだに息があるだけでも、旧き世代の肉体の強靭さが窺える。

だが、普通ならば即座に再生を開始する筈の彼の肉体に変化がない。

眷獣を失い、弱っているというだけではないだろう。
何か強力な力の篭った一撃を受けたのだ。


「…………」


俺は吸血鬼の男に近寄り、不得手だが時切の時間操作を使い、回復術式を施す。
淡い白色のマナが空間に迸り、男の身を優しく包んでいく。対象の時間を少し前まで、遡らせる。

……傷の治りが遅い。

内心焦りを覚えながら、そう思った。やはりは強力な呪力の宿った攻撃を受けたのだろう。
その種の攻撃が出来るのは人間の攻魔師―――祓魔師と呼ばれる高位技能の使い手だけだ。

だが、それは決して在り得ない事だった。
祓魔師とは即ち高位の聖職者だ。地位のある司祭や僧侶。

極東のこの島国で当て嵌まるのは神主や巫女、陰陽師などが当たるだろう。
彼らが、自ら市街地での私闘を行うはずがない。そんな事が許される訳がないのだ。


「……ふぅん、目撃者ですかぁ。さっきの氷の結界も君のモノだったりします?」


聞こえてきたねっとりとした狂気に満ちた男の声。
それに、時夜は吸血鬼から目を離して顔を上げる。

そこに佇立していたのは、身長180cm頃、年齢は二代前半といった所だろう。
肩口で揃えられた、暗闇でも光る金髪の外国人であった。その瞳は狂気に取り憑かれている。

右手に持っている金属製の柄のあるステッキの様な棒。
そして、纏っている神父の法衣が、鮮血で紅く濡れている。…吸血鬼の返り血だ。


「…戦闘を止めろ」


時夜は法衣の男をフードの内から睨んで、警告する。
男は大仰に肩を竦めて、時夜を蔑む様に眺めて、言葉を口にする。


「この国の攻魔師ですか?…見た所、その蝙蝠の仲間ではない様ですが」


値踏みする様な表情を浮かべ、顎を擦りながら淡々と言う。
男の身体から滲み出る殺気を感じて、時夜は重心を低く構えた。


「行動不能の吸血鬼に対する虐殺行為は、明らかな法違反だ」


時夜はそう告げる。
そうして、オーラフォトンで構成された刃を、牽制の意を込めて相手に向ける。


「…いや何、魔族特区から出て何やら悪巧みをしていたのでね、ちょっと警告したんですよ。そしたら、先に手を出して来たのは彼の方ですよ?」


でも、まぁ…と、男は二の句を紡ぐ。


「魔族を狩る事が仕事の私には関係がありません―――ねぇ!!」


男は無造作に言い捨てて、ステッキを此方に走りながら振り下ろす。

背後には負傷した吸血鬼がいる。
俺はそれを相手に向かい走りながらオーラーフォトンの刃で受けようとする…だが。

そのステッキの柄がスライドして長く伸び、同時に、収納されていた主刃が展開される。
まるで戦闘機の可変翼の様に、左右にも副刃が広がる。

洗礼された近代兵器の様な外観だ。
だが、時夜はその可変槍に対してゾッ…と嫌な予感が走った。本質はそんなモノではないと。

だが既に遅い。可変槍はオーラフォトンの刃によって受けられた。


「なっ―――」


拮抗する様に、淡い光が空間に迸る。それと同時、本能的に後ろに後退する。
時夜はその現象に驚きを隠しきれなかった。

オーラフォトンで構成された刃の一部分が刃毀れしたかの様に、綺麗さっぱりと無くなっている。
……無効化?いや、マナの還元?

仮にも永遠存在の構成した高純度のマナ物質だ。悪感が告げた様に、あの可変槍に秘密があるのだろう。

俺は刀の構築を破棄して、懐へと柄をしまう。


「……イリス、今のは何だ?」

『―――解析完了。マナ無効化術式“神格振動波駆動術式-DOE-”と認識します。…下位神剣位の力は持っています、気を付けてください』

「その術式媒体みたいな子は優秀だねぇ、正解だ!正解にもう一撃プレゼントだ、嬉しいだろう?」

「…お断りだ、ねッ!!」


踏み込みからの横薙ぎの一閃。その速度は、ただの人間にしては速い。
それを時切の速度強化の神剣魔法で避け切る。

だが、それだけではなかった。
夜目の利く時夜にはそれが確かに見えた。空間に幾重にも張り巡らされた極細としたワイヤー。

それすらも掻い潜る様に加速した時間を駆けて、男の背後へと潜り込む。
そうしてお返しと言わんばかりに、マナで身体強化した蹴りを背後から叩き込む。

まるでギャグ漫画の様に二転、三転と男の身体が地面を転がる。
だが、男は三転目で見事に地面へと着地して見せた。


「いったた、やりますね。今のは少し痛かったですよぉ」


そうは言ったものの、目立った外傷は見当たらない。
恐らくは法衣に何かしらの術式を施している。精々男の着衣に汚れが付着した程度だ。


「…一つ聞きたい。お前は、今東京で起こっている連続襲撃事件に関わっているか?」


答えが聞けるとは思ってはいない。

だが、男の姿は那月から教えられた襲撃犯の姿と酷似している。
更には、連れたっている少女の存在が既に犯人だと証明している様なものだ。

「ええ、それは私達の事ですね。ちょっとした目的がありましてね」


そうして退魔師、クライス・フールドスはあっさりと肯定の意を示した。


「その為に礎となって下さいよぉ。君も中々に美味しそうだ…やりなさい、エーリゲネーア」


退魔師が背後へと跳躍する。
彼の代わりに時夜の前に飛び出してきたのは、病院服を纏った少女であった。


「命令受諾。執行せよ、黎明の羽根」


その冷淡に告げられた言葉に呼応し、ソレは姿を現す。
少女の病院服を突き破って現れたのは、巨大な片翼。

それは虹色の輝きを放ちながら、時夜を襲う。
時夜はこれを時切で迎撃。強大な魔力同士の激突に、大気が甲高い音を立てる。


「ぐっ!」

「ああっ…!」


辛うじて激突に勝ったのは時夜であった。眷獣を時切の刃が引き裂いていく。
眷獣の受けたダメージが逆流しているのか、エーリゲネーアと呼ばれた少女が弱々しく苦悶の息を上げる。

―――そして。

少女が絶叫した。
彼女の細い背中を引き裂く様にして、もう一本の翼が現れる。

眷獣が二体、という訳ではなく、左右一対で一つの眷獣なのだろう。
しかしそれは、独立した別の生き物の様に、腕の様に、頭上から時夜を襲ってくる。


『プチ・タイムアクセラレイト』


時属性の神剣魔法。
自身の時間が急速に加速し、停滞したと錯覚した時間の中を駆け抜ける。
そうして、腕の攻撃範囲内から逃れる。


『時夜、到着まで残り一分弱です』


頭の中でイリスの声が響く。後一分、逃げ切れば俺の勝ちだ。
背後の吸血鬼の男を担ぎ、雑居ビルの屋上に飛び乗る。

それと同時に、加速していた時間が現実に引き戻される。


「……おやぁ、いつの間にそんな所に、追いかけっこがしたいんですかぁ?」


そう法衣の男が口にし、人工生命体の名を呼ぶ。
そうして、藍色の髪の少女が俺を追う様にビルの屋上へと向かってくる。

俺はそうして彼女の顔を見た。見間違えかもしれない、けれど俺にはそう見えた。

基本的に感情が希薄な人工生命体である少女のその顔が、瞳が悲しみに染まっているのを。

人工生命体は基本的に人に従順だ。
けれども、薄くであるが感情を持つ。何処かで彼女は、自身の行いに痛みを感じているかもしれない。


『……時夜、時間です』


頭に再度響く、イリスの声。
それに俺はマナを閃光弾の様に眩ませて、相手の目を塞ぐ。

そうして、その場から離脱する。これで俺の仕事は終わりだ。


ただ、最後に見せた、エーリゲネーアの顔が頭から離れなかった。


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