| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

緋弾のアリア-諧調の担い手-

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

夏休みⅠ
  第五話



時夜side
《自宅・リビング》
7時48分


朝食の席の事。

朝の若干のホラー現象と、後悔に苛まれつつ、ぐったりとして俺は寡黙に朝食を食べていた。
昨日とは訳が違うが、俺の心内では静謐とも言える通夜の様な静けさがあった。

そして、それとは対照的にガールズトークに花を咲かせる四人の姿が映る。
時折話し掛けられるものの、其処には性別としての壁があり、入り辛さがある。居辛さがある。


「“お義母様”、これ美味しいですね?」

「ふふっ、そうですか?そう言ってもらえると嬉しいです。時夜もそれが好きなんですよ?」

「後で、レシピの方を教えて貰ってもいいですか?」

「ええ、勿論です」

「リアさんも、此方の方を後で教えて貰ってもいいですか?」

「はい、後でお教えしましょう」


などと花開く様に、会話が絶え間なく続いている。…楽しそうだ。今の俺の心境とは正に真逆に。
先も言った様に、自ら女子の会話に割り込む勇気は俺にはない。

そして、今の俺の気力から言ってもその選択肢はない。思わず、今日何度目かの深い溜息を吐く。
…今の俺は、自身に対して嫌悪感を抱いていた。今すぐ、自身の今朝の記憶を消去したい程。

目の前の栗色の髪をした少女は、歳のわりに大人びていて可愛いというよりも綺麗という印象を受ける。
だが、その実年齢は俺と同じく八歳だ。俺は八歳の少女で“ヒスって”しまったのだ。

―――《HSS-ヒステリア・サヴァン・シンドローム-》

俺の父親の家系の血筋。俺もその血を継いでいる。
それが分かったのは二年前、青森にある星伽神社を訪れた際の事であった。

男子禁制の星伽神社には古くから交流のある遠山の血筋の人間しか入る事が出来ない。
これは俺の前世の記憶で知っている、原作知識という奴だ。

それでいて、家のお父さんは昔から出入りしている様な口ぶりであった。
それにだ、お父さんからも自身が遠山の血筋の家の人間という証言も貰っていた。

HSS・通称ヒステリアモードのトリガーとなるものは“性的興奮”だ。

お父さんに当時聞いた事で、俺もその詳細は覚えてはいなかった。
一定量以上の恋愛時脳内物質βエンドルフィンが分泌される事で、なんとか…。

とにかく、その状態になると要約するには。
一時的に人が変わったかの様にスーパーモード、チート化する事が出来るのだ。

何度も言う様に、俺は前世を入れればもう三十近い。
だが俺は未だ十にも至らぬ少女に性的興奮をしてHSSに陥ってしまったのだ。

そこに、俺はひたすらに自己険悪していた。…だが、役得ではあったか?直に内心で首を振る。
―――俺はロリコンじゃない、俺はロリコンでは断じてない!!

前世においても、あまり女性と接した事がなかった為だ。視線が合うだけで、逸らされる。
俺が少し近付くだけで相手は何故か赤面して、俺から距離を取るのだ。

……流石に俺も傷付いた。

前世において、俺と普通に接してくれたのは三人の少女達のみ。
一歳年下の少女である真綾、二つ年下の桜華、そして静流だ。

女性とはその三人位としかちゃんとした友好がなかった。
よく前世の友人には、朴念仁や、リア充爆発しろ、と言われたけれど思い当たる節はない。

……あの二人は元気にしているだろうか?

真綾と桜華の顔が頭を過る。…いや、俺の考えられる事ではないだろう。思考を破棄する。
俺はあの世界では最初から存在しない人間だ。…俺はあの世界を捨てたのだ。

だけど、だけどだ。思い出までもを捨てた訳ではない。
記憶に残る彼女達が、ただ幸せにしていてくれればいいと、身勝手かも知れないがそう願う。

……不意に思うが、二年前だ。感傷的になった故に、少女との出会いを想起する。
俺は目の前の栗色の髪をした少女に視線を向ける。


「…どうかしたかしら、時夜?」

「いや、なんでもないよ“カナ”」


俺の視線に気付いた少女は首を傾げる。
三年前に俺の従兄妹に当たる、この少女は、カナは“生まれた”のだ。

―――遠山カナ。

遠山家の長女として、キンジの双子の姉という事に表向きはなっている。
取り巻く人間も、世界も、初めからその存在をある様に受け入れている。

だが、そこには俺達エターナルが関わっている。まぁ、俺のせいなんだけど。
本来ならば、彼女はこの世界には存在しない筈の少女だ。

本来はキンジの兄の女装時の姿として原作に出てくる。
だが、その原作設定も俺によって崩れ去っているのだ。

そもそも、俺が存在する時点で原作からは大いに剥離している事だろう。


「そういや、カナ」

「何かしら、時夜?」

「なんで朝に、俺の布団で寝てたんだ?」


それが一番聞きたかった事。
思わず朝からホラーな体験をして、いい目覚めだったのが台無しだった。


「ああ、朝早くに着いたのだけれど、時夜が気持ち良さそうに寝ているから私も魔が射してね」


話によると。朝早くに寝台列車で着いたのだが、着くのが早く、列車でよく眠れなかった為。
朝に俺を起こしに来た際に、睡魔に襲われた、という事らしい。


「だからって、人の上で寝るなよ」


それで、俺は怖い思いをしたんだ。
それに女の子が男の寝床に入り込む等、無防備極まりない。あまり関心出来た事ではない。


「…それでも、時夜には役得だったでしょう?」

「……何がだ?」


俺は味噌汁を呑みながら、冷静を装ってそう聞き返す。


「だって、柔らかかったでしょう?」

「ぶふっ?!―――」


……こいつ、俺の心内を見透かしてやがる!!
脳内にあの時の光景と、柔らかさの感触が、鼻腔に女の子特有のいい匂いが想起される。

俺はその発言に、口に含んでいた味噌汁を思わず噴き出した。







1







朝食後、俺とカナは家を出て東京観光へと洒落込んでいた。
原宿、渋谷、秋葉原と渡り、時にウィンドウショッピングをしながら街を転々と歩いていた。

夏休みとあってか、何時もより何処も人通りが多い。
旅行客や、遊びに出て来た若者の姿がちらほらと見える。かく言う俺達もその一人だ。

流石に夏の東京だ。チリチリ…と身体が焼ける。
太陽が照り付ける様に燦々と降り注ぐ。外気温が高く、自然と皆薄着となっていく。

中には俺の精神衛生上、危ない様な格好をした女性も多々いる。
キャミソールから谷間が見えていたりするから危ない。それに汗で下着が浮かび出たりしている。


(……うっ)


身体の芯に沸騰した血液が集まっていく様な感覚が走る。HSSの前兆だ。


「…時夜、どうかしたの?下を向いて歩いていると危ないわ」

「いや、なんでもないよ。…そうだな、確かに危ない」


下を向いて歩いている俺に、目の前を歩く少女の声が耳に響く。

顔を上げると、そこには純白のフリルの付いたワンピースを着た少女が立っていた。
更に、いつも腰元で纏めている髪を今は黄色のリボンでポニーテールにしている。

……似合ってるな、髪型も相まって。
その姿は、清楚な印象で何処かお嬢様の様にも見える。

髪型を変えただけでも女の子は見違えるという話は、本当だと今になって思う。
やっぱり、カナは可愛いというよりも綺麗という印象が強い。

そして、思わずその姿にドキリ…とする。


「…それよりも、その服で良かったのか?」

「ええ、時夜が選んでくれた服ですもの」


今カナが身に付けている衣服、それは先程立ち寄ったブティックで購入したものだ。

ご機嫌なのか、俺に満面の微笑を向けてそう言うカナ。そうして見せる様にその場で一回転する。
女性の衣服については疎い俺だった。だが、店で見ている際に自然とカナに似合うと思ったのだ。

財布から諭吉が消えて逝ったが、カナのこの笑顔が見れただけでも、儲けものだろう。
軍資金も貰っていたし。それに、普段からお金をあまり使わない俺にとってはあまり痛手ではない。


「…そうか、それなら良かったよ。そろそろ、昼か。昼食にしようか、カナ?」


俺はそう言って同じく笑みを浮かべ、視界に映る電工式の時計に目を向ける。


「…そろそろお昼か、昼食にしないかカナ?」

「…そうね、いい時間だし昼食にしましょうか」

「いいお店を知ってるから其処にしよう」


そうして二人歩き出した時だった、そいつと出会ったのは。


「…倉橋ィ、テメェとこんな所で会うとはな…!!」


舌打ちをする目の前の少年。
黒の革ジャンにジャラジャラとしたシルバーアクセサリー、ワックスで逆立てた灰色の髪。

見た目からして関わり合いになりたくない人間だろう。


「…時夜、知り合い?」

「……いや、全く知らん」

「テメェ、あの時の事を忘れたとは言わせねぇぞ…!」


俺はその言葉にハッ…とする。そうだ、コイツは…!!


「お…お前はウルフ・ザ・マッドドッグ!!」

「んな奇妙な呼ばれ方された事ねぇよ!」


ノリにツッコムみにと、コロコロと表情を変える少年に、クスリ…とカナが笑みを零す。


「一人百面相していて面白い人ね、概ね時夜のクラスメイトなのでしょう?」

「…まぁ、ぶっちゃけるとそうだ。自称不良(笑)の松屋くんだ」


松屋優、俺のクラスメイトで何故か敵視してくる一匹狼気取りな不良(笑)だ。
名前にコンプレックスがあるのか名字で呼ぶ様に皆に言っている。

…まぁ、その名字もネタにされるけれどね。

一匹狼気取りな癖にクラス委員長であったり、健康に気配り。
休日には清掃活動に積極的に参加したりしている。今時珍しい、好少年だ。

新ジャンルである、爽やか系不良という奴だ。
その為か、皆に怖がられずに普通に、暖かい目で接している。まぁ、本人は気付いてないけど。


「チッ…休みにまでテメェに会う事になるとはな」


あばよ…と言い、そっぽを向いて俺達に背を向けて歩く松屋。
そうして、その後を無言で続いて歩く俺とカナ。


「…いつまで付き纏う気だ?」


少しして、そう口にした松屋。


「…俺達もこっちなんだよ。それより、いいのか?」

「…あん、何がだ?」


俺は親指で後ろの建物を指さす。
黄色を基調とした色合いに青のロゴの建物だ。


「おいおい、お前ん家通り過ぎたぞ?」


その発言に、額に青筋を立てる松屋。


「あの牛丼屋は俺の家じゃねぇ!」


大きな声でそうツッコム松屋。
その声で、周囲の人間の視線が自然と集まる。

その様子に、と舌打ちをして、白けたぜ…と言い残して去っていく松屋。
当然店舗にではなく、何処ぞにへと消えて行く。そうして取り残される俺達。


「…相変わらずキャラが濃いな」

「時夜がいじめるからでしょう?」


俺の呟きにそう答えるカナ。まぁ、確かなんだけどね。
だって松屋面白いんだもの、仕方ない。うん、仕方ないね。


ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧