緋弾のアリア-諧調の担い手-
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あくる日の黄昏
第一話
前書き
昔書いたままだから荒さが目立ちますね。
???side
《二年三組・教室》
PM:3時34分
空から降り注ぎ、栄える様に輝く西の陽。
まるで祝福するかの様に、窓より艶やかな黄金色が教室を照らし上げていた。
何処にでもある光景。けれど。
その光は魔性の色を帯びて、その空間をどこか特別なモノへと昇華させていた。
そんな美しい絵画の様な一風景の中に、三人の人影があった。
ここが小学校の一教室であると、幻想から現実に引き戻すかの様。何処にでもある日常の様に。
そこにいるのは未だ幼き、あどけなさのある三人の男女。
否、一人は男とも女とも取れぬ中性的な風貌だ。年々経つにつれて、その容姿は磨きが掛かっていた。
……本人にとっては否応なく。
既に学校の全授業過程は終わり、下校の時間となっていた。
「―――将来の夢、なぁ」
そんな中、諳んじる様な美しい声で薄い色素の髪をした、中性的な顔立ちの少年がそう口にした。
器用に利き手の左手で華麗なペン回しをする。そうして、机の上に置かれた作文用紙と向き合う。
将来の夢について。
少年が口にしたのは、本日学校より出された課題の一つだ。
少年にとっても、将来の夢というものは勿論ある。既に、ビジョンとして確約されている。
それに向けて、幼い頃から勉強してきたし、ひたむきに努力も重ねてきた。
「……なぁ、二人は将来の夢ってあるのか?」
一応の所は他人の、この年頃の子供の一般的な夢を聞いてみたかった。
だから少年は、二人の同い年の友人に振り向いた。既に二人は原稿用紙に書き始めている。
……まぁ、一応の所は二人の夢は“知っている”。
記録として脳内に、二人の未来の姿が残っている。
奇しくも、俺は転生という形でこの世界に生を受けた存在だ。
故に、“作品”として存在していたこの世界の情報を少なからず知っている。
「…僕と“文”ちゃんは、あるかな?」
「…そっか、一応の所は二人とも決まってるんだな。因みに“亮”達の夢って?」
もしかしたら俺という存在によって、二人の将来も変わっているかも知れない。
そう思い、興味あり気に水先を向ける。
「うん、なれるか分からないけど僕達は武偵を目指しているんだ」
「…うん、私達にでも今の社会に対して出来る事があると思うから」
「だから、中学校は武偵高の附属中学校に行こうと思ってる」
武装探偵、略称“武偵”。
現行し、近年凶悪化していく犯罪に対して新設された国家資格の一つだ。
武偵免許を持つ者は武装を許可され、逮捕権を有する等、警察に準ずる活動が可能になる。
だが、武偵は金で動き、金さえ払えば武偵法と呼ばれる武偵に課せられた法が許す限り、どんな仕事でも請け負う何でも屋としての側面を持つ。
(…やっぱり、二人の夢は武偵になる事か)
未来系としての二人を知っているが故に、特に驚きはそこにはなかった。
驚くべき所は、その次に文が発した言葉の方だ。
「私達も武偵を目指すから、中学校も一緒だね“時夜”くん。」
……あれっ?
その言葉に不意に、一抹の疑問が頭を過った。
俺は今まで、身内以外に対して武偵を目指している事を口にした事などない。
「…俺が武偵を目指している事、文達に話した事あったっけ?」
「ううん、時夜くんからはないよ」
俺の問い掛けに対して、やんわりと首を横に振る亮。
やはり、身内の誰かが洩らしたのだろうか?そこに別に不平不満はない。
だが、軽い気持ちで殺し殺されの、命を奪い、奪われるかもしれない世界に足を踏み込んで欲しくなかった。
そう思って、俺は今まで身内以外に対して夢を語る事はなかった。
「幼稚園の時に、時夜くんが昏睡状態になった時があったじゃない?その時に、時夜くんのお父さんに聞いたの」
「…お父さんがか」
確かに、俺が昏睡状態に陥った事が過去にあった。
小学校に上がる前の、幼稚園の年中の時の事。今から、三年程前の出来事だ。
何故倒れたのかは未だに原因不明だ。
だがきっと、あの当時に見た夢が関わっている。俺の心の弱さの一端、前世の記憶だ。
けれど、それ以来は再発の兆しもなく、夢を見る事もなく、平穏に過ごせている。
それもこれも、俺を支えてくれているリアや皆のおかげだ。
……俺が眠りに就いている間に、そんな話をしていたのか。
「…まぁ、別に隠していた訳じゃないし、良いけどな。…とりあえず、課題の方は隠さずにそう書こうか」
二人に続く様に原稿用紙に今日の出された課題についての作文を書き始める。
そうして、課題を終えた頃には下校時間も推していたので、三人で何時もの様に学校を後にした。
1
「…さて、やるべき事も終わったし、さっさと家に帰ろう。時間が余ったし、何かしようかな」
何時もの分帰路で文とも別れた時夜は、一人事の様にそう呟く。
頭上が茜色に染まる下、時夜は自身の髪を朱色に染め、微風に揺らしながら帰路に着いた。
既に季節は初夏と言ってもいい時期だ。東京は夕方だと言うのに、風が生温い。
『そうですね、時夜。せっかくですし、夕食前に軽く鍛錬をしましょう』
その呟きに答える女性の声が一つ、そこにはあった。
だが、少年の周りには誰も存在しない。声も、“時切”や“諧調”のものではない。
その声の発信源は首から下げられた一つのクリスタル状のネックレスと見紛う存在。“機械水晶”。
自身のサポートを主とする、小規模ながら膨大な知識を司る、自我を持った女性のAIユニット。
「そうだな、早く帰って鍛錬にしようか“イリス”」
傍から見れば、見えない何かと会話をする痛い子に見えるだろう。だが、その点は抜かりはない。
マナによる術式のおかげで、周囲には違和感の無い様に見えている。
これで、不審に見られる心配はない。
機械水晶―――イリスと軽い雑談に興じながら、時夜は何時もの様に家へと到達した。
2
「…………」
自宅の庭先。
煌々と夕日の光を乱反射して黄金色に輝く芝の上、そこに俺は存在していた。
瞳を閉じて、精神を集中する。
雨続きであった気が滅入っていた梅雨も明けて、涼やかな風に乗って、蝉の音が何処か遠くから霞んで聞こえてくる。
そうして右手に時切を携え、左手には刃の存在しない柄だけを持っている。
「―――イリス、刀身構築」
淡々と、そう首元に掛けられた機械水晶に呼び掛ける。
それに呼応するかの様に、微弱ながらも光を発する。
『対マナ存在に設定を変更します。銀単子を核に固定。所持者のマナをオーラフォトンに転換、コーティング。破壊限界を八倍に設定します』
イリスの声が空間に浸透する。それと同時。
刀身のない柄から銀の筋が伸び、輝くオーラフォトンがその細い線を覆う様に刀身を形成して行く。
両刃で細身の刀身。
自分の身体骨格や歩幅等が計算されて生み出された、自身にとって丁度いい長さの刀剣だ。
刀身が完成される。それと同時、世界にマナが浸透して行くのを感じ取る。
一瞬、世界が灰色に染まる。
その数瞬後、世界は再び何事もなかった様に色を取り戻す。
『時夜、“箱庭”の術式の構築が完成したわ』
これで、今“俺達が存在している世界”は俺の管理下に置かれた。
そんな静寂の世界の中、時切の声に俺は右手の短刀と、左手の両刃中剣を構える。
―――神剣術式・箱庭、俺が考案した神剣魔法。
自身から半径数百メートルをエリアサーチして世界の構築情報を得る。
それを元に範囲内のあらゆる物をコピーした贋作の世界を疑似的に作り出す時属性の神剣魔法。
―――すっ。
構えた右手の双刀、それで梅雨で出来た足元に出来た水溜まりを刺し突く。
そこに“波紋は存在しなかった”。
音も波紋もなく剣先が水面を貫き進んでいく。
水面を割るのではなく、弾くのでもなく、水面のごく微細な張力ごと粒子を切断する超精緻の技量。
そこから下から跳ね上げる様に刀身を上に切り払う。
やはり、そこには波紋は存在しない。水飛沫も飛び散る事はない。
そうして両手の双刀で数分の間、舞を踊るかの様に振るう。
「……ふぅ」
軽く汗が頬を流れ、涼やかな風が身体の熱を冷ましていく。
息を吐き出して、剣を振るう手を休める。
『ウォーミングアップの方は、この程度でもういいですかね?』
「……だな」
『しかし、双剣の捌きもだいぶ上手くなったわね』
『そうですね、剣を振るう際のブレも見られなくなりましたし』
「いや、まだまだだよ」
その二人の言葉に、ふと苦笑いを浮かべる。…まだまだだ。
俺の目指す高みは未だ遥か遠い。
最初の方からは大分、進歩したとは自分でも思う。
最初は思考と身体に意識の違いがあり、身体が追い付いて来なかった。
両の剣を器用に使う事が出来なかった。
俺が父親に双剣の教えを請いたのは、今から三年程前。あの日、決意を新たにした日だ。
リアは俺の事を守って、包んでくれると言ってくれた。
彼女が俺の事を大切に思ってくれる様に、俺も彼女の事を大切に思っている。
彼女だけではない、俺にとっての大切な存在の人達。
きっと、これからも増えるだろう。その人達を俺は守りたいと思うから。
俺が二本の剣、それを選んだ理由。
一つの剣では己の身しか守る事が出来ない。
己を含めた何かを守る際には、剣は二つ必要となる。
いつか自分にとって大切な、守りたいと思う存在が出来た時。
その時に、一つの剣では事足りない。だから剣は二つ必要だった。
俺が守りたいと思う人達を守る為に、俺はこの剣を振るう事をあの日誓った。
壊す為ではなく、守る為だ。そこは履き違えてはいけない。
3
『さて、始めますよ時夜』
「ああ、こっちは準備万端だ」
……風が強いな。
そこから見る風景は、何処か寂しく思えた。
閉ざされた世界、それを包み込む夕闇の光がどこかノスタルジックな気分にさせる。
家から少し離れた市街地。その中層の雑居ビルの屋上、そこに俺はいた。
イリスの声に、気を引き締めて両の剣を握る手に力を入れる。
これから俺は再び生命を奪う。これから行われるのはただの蹂躙だ。
既に幾回として来た事だが、やはりは慣れない。だが。
俺はもう、後悔の無い道を進む事を選んだ。だから、迷う事はあっても後悔はしない。
『では、始めましょう』
その声と同時。
ビルの屋上を構成するアスファルトが轟音と共に爆ぜた。
そして、それと同時。
俺の糧となるべき対象を狩る為、赤の神剣魔法を突き抜けて、夕闇の東京の街並みに飛び込んだ。
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