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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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after days
  第一話

 
前書き

久しぶりの投稿、フォレストだと文字制限あるからこっちで書いてこうかな。

 

 


時夜side
《自宅・自室》
AM:9時50分


「……ふぁあ」


ベッドの上で上半身を起こし、自分でも間の抜けたと思う程に破顔し、欠伸を洩らす。
窓から差し込む柔らかな日差しと陽気に、十分に寝たのに再度眠りに誘われそうになる。

……俺は約三日の間、眠りに就いていたらしい。
そして、今は昏睡状態から目覚めて既に三日が経過している。

幼稚園の方に言い、両親が今回の件で更に過保護になり、それ故に一週間の休みを取っている。
先生が言うには、もう殆ど本調子に近いらしのだけど。俺自身ももう、あの時の様な身体の異常は感じていない。


「……暇、だな」


不意に、そして唐突にそう感じた。そう思ったのは何度目だったか。
それもそうだろう、今の俺はまるで病人の様に自由がない。否、病人だけれど。


今の俺の活動範囲は広くも狭い、この部屋の中のみだ。
食事は部屋まで運ばれて来て、お風呂やトイレでしか部屋の外に出る事は許されていない。

先にも語ったが、今回の昏睡に陥った件でお母さんは拍車が掛かって過保護になった。
俺が目覚めた時は、泣いて抱き着かれた程だ。それから昨日までは一緒に夜を寝ていた。

……まぁ、この暇な陽だまりの日々も今は新たに歩む為の休養日とでも思っておこう。

リアとの夢での会話で、静流の言葉を思い出して、俺は覚悟を改めていた。
―――俺は、もう一人ではない。そう思うと、胸の内に暖かな物がこみ上げて来る。

今の所は、あの日見た夢も気にならない程度になっていた。


「……よしっ!」


緩くなっていた気を引き締め、俺はベッドから身を出す。
そうして部屋の扉のドアノブに手を伸ばそうとした時の事だ…。


『―――抜け出して怒られても知らないわよ、時夜?』


ベッドの枕元に置かれた一本の小太刀型の永遠神剣『時切』が、そう俺に告げる。
その意思を伝えるかの様に、小太刀全体がマナによって照らされて点滅する。


「…だってこのまま缶詰状態だったら、逆におかしくなりそうじゃないか」

『…はぁ、まぁ怒られるのは時夜だから私は別に構わないけどね。一応忠告はしたわよ?』


そう時切の手間の掛かる子供を宥める様な声を背後にして、俺は部屋の外へと出た。






1







「…………」


深い蒼穹の海のその更に深淵。常闇より深い闇へと身を馴染ませる様に自身の気配を絶つ。
抜き足、差し足、忍び足。その3ステップを踏みつつ、前後左右を入念に確認して廊下を進む。

気分は某潜入ミッションの蛇の人。気配と共にマナを極小まで絞り込む。
周囲を警戒しつつ、俺は周囲に誰も居ない事を確認する。そうして、軽く息を吐く。

今現在、この家には四人の人間しか存在しない。俺、お母さん、そしてルナお姉ちゃん。
ルナお姉ちゃんは、俺が倒れたと聞いてわざわざ出雲から駆け付けてくれたらしい。

まだ、お父さんがいないだけマシだろう、今回が俺にとっての部屋からの逃走劇の三回目。
だがお父さんには必ずしも抜け出した事がその場バレていなくても、バレてしまうのだ。

何でも、息子の事は気配で察する事が出来ると。なにそれこわい。
お母さんはマナの流れで解るとか。リアは言うまでもなく、俺との間にラインが繋がっている為にバレる。

だが、その特にヤバイお父さんとリアがいない為にこうして外に出る事が出来る。
こうして数歩部屋の外に出るだけでも、新鮮味を感じられる。


「―――よし」


抜け出た事はバレてはいない。俺はそのまま、廊下を足音を消して歩く。
だが、刹那―――。


「……時夜ぁ」

「………ッ!!」


聞き覚えのある、馴染み深い声。その声に、思わず背筋がピン…と張る。
まるで悪戯が親にバレた子供の様に、冷や汗をかきながら背後へと振り向く。


「……ルナお姉ちゃん」


そこには腕を組み、お冠な自身の姉の姿があった。


「…もう、また抜け出して」

「だって、ただ寝ているのも暇だから」

「時深に見つかったら大事になるわよ?それに、そろそろ今日の検診の時間だから部屋に戻りなさい」

「………はい」


そう言われて、トボトボと部屋への帰路に着く。
そうして俺の、三回目の部屋からの脱走劇は終わりを告げた。







2







『…お帰りなさい、時夜。その様相からして結果はダメだったようね』

「……ああ、ルナお姉ちゃんに見事に見つかっちゃったよ」


脱走劇から部屋に戻ってくると、時刻は十時少し手前と言った時間帯であった。
検診の時間は十時からだ。お父さんの同期である東京武偵局・衛生学部の人が受け持ってくれている。

俺が昏睡状態から目覚めた際に、介抱してくれた人がそうだ。
シャルニーニ・レムバートンさん。特徴的な瑠璃色の瞳に白銀色の髪をした女性だ。

武偵としてのランクはSランクであり、衛生科と救護科の資格を持っている。
また、雑談に興じた時には強襲科でもAランク程度のライセンスは持っていると言っていた。

俺はそんなシャルニーニさんの事を尊敬と感謝の意を込めて、先生と呼んでいる。
……ただ一つ、油断ならない所もあるけれどね。そんな思考に至っていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。


「時夜、先生が検診に来てくれましたよ」

「おはようございます、時夜くん」


扉が開いて、二人の女性が姿を覗かせた。
一人は自身の母親である倉橋時深。そしてもう一人は今想起していた女性である先生だ。


「おはようございます、先生」


そう言うと、先生はその特徴的な瑠璃色の瞳を細めて、表情を綻ばせる。
そうして、此処数日で既に聞き慣れたフレーズの言葉を口にする。


「はい時夜くん。じゃあ、それでは今日の検診を始めましょうか」







3







「…さて、これで今日の検診は終わりですね」


胸に当てていた聴診器を首元に掛けて、カルテを取り出して書き込むシャルニーニ。
俺は胸元を露出していた状態から、パジャマの上着をボタンを止めて着直す。


「…それでシャルさん、時夜の容体の方はいかがなんですか?」

「ええ、高熱も引いて身体の方の調子も大分良くなってきていますね。来週までは幼稚園の方は大事を取ってお休みなんですよね?」

「はい、一応の所はそうなっています。」

「なら、来週からは普通に通学しても問題はありません。ただ、その今回の症状に至った経緯がはっきりとしていないのが不安ですが…今の所は再発の兆しもないので大丈夫だと思います」

「そうですか、ありがとうございます」

「ありがとうございます、先生」

「いえいえ、良いのですよ。そうだ時夜くん、はいコレ」


そう言うと、先生は柔らかな笑みを浮かべて俺の頭を撫でる。
そうして起伏に富んだ胸の内ポケットより、棒つきキャンディーを俺に手渡す。


「…あ、ありがとうございます」


俺は表面上は笑みを浮かべながら、そのキャンディーを受け取る。
既に何本も貰ってはいるが、俺はその飴には一切口を付けていない。

見た目は美味しそうなオレンジ味の飴に見えるが、そうではない。これは完全に薬品の混じった物。
これが先に語った、油断ならない所だ。お父さん曰く、アイツは例外なく試験薬の実験に人を巻き込むらしい。

それはお父さんに実体験からきているもの故に、現実みがある。
故に、心苦しいが、先生から貰った物は基本的に破棄しろと言われている。

とりあえず、現実逃避はこの程度にして置こう。

先生の太鼓判も貰ったし、来週からは普通に幼稚園に通う事が出来るのか。
まぁ、幼稚園だし勉強に遅れるという事はないが。この疑似病人生活にも嫌気が射していた所だ。

漸く大義名分を掲げて、この生活から抜け出す事が出来る。


「……それでは、私はお暇させて頂きますね。午後からは武偵病院の方でちょっとした仕事ありますから」

「シャルさん、お忙しい所本当にありがとうございました」


互いに会釈して部屋を出て行く二人の後に続く様にして、俺もベッドから出る。


「…時夜、安静にしていないとダメですよ」

「むぅ、先生も言った様にもう殆ど完治に近いんだから大丈夫だよ。俺も見送りに行きたい」

「それでも、まだ万が一と言う事もありますから」

「…………」

「…………」


俺とお母さんの間に沈黙が走る。互いに目を見つめたまま微動だにしない。静寂が場を包み込む。
だが、その均衡も自ずと崩れた。


「……ハァ、分かりました。見送りに行くだけですよ」

「やったね!」


先に折れたのはお母さんの方だった。その様子を微笑ましく見守るシャルニーニ。
その後、お母さんと共に玄関先まで先生を送りに出る。


「…それでは時深さん、時夜くん」

「…はい、この度はお世話になりました。また何時でも立ち寄って下さいね?」

「…先生、お世話になりました」

「いえいえ、また立ち寄らせて頂きますよ。それでは―――」


そうして、白銀色の髪を靡かせて先生は扉の外側の世界へと消えた。







4







「……ハァ、暇だ」


今は昼食を終えて、俺は再び自室のベッドの中にいた。
時折、時切と軽い雑談に興じるが、それも飽きてくる。手元にある本も読み飽きた感がある。

リアは、先程まではいたのだがお母さんの代わりに夕食の買い出しに出かけてしまった。

本来ならば、お母さんが行く所なのだが未だに心配なのかあまり俺の傍を離れない。
……全く、親バカだよな。ウチの両親は。だが、それだけ愛されていると実感する事が出来る。


「……んっ?」


いっそ寝ようか、そう思っていた時。部屋のドアが開き、一人の男性が入って来た。

肩まで届く程の青み掛った銀髪が、積み重なった物によって途切れ途切れに見える。
その積み重なる物は、本だろうか?分厚い装丁の本だ。


「……お父さん?」


顔は見えないが、その背丈と髪型は自らの父親である倉橋凍夜に他ならない。


「…んっ、起きていたのか時夜」

「うん」


本の塚から顔をずらして、蒼穹の瞳が此方を見据える。


「……それ、何?」


ベッドから上体を起き上がらせて、自らの父に最も疑問を問い掛ける。
思わず、小首を傾げてしまう。頭に疑問符が浮かぶ。


「これか?お前が頼んでいた物だぞ」

「………?」


俺が頼んでいた物?確かに俺はお父さんに頼みごとをしていた。
思い当たるものは一つしかない。……もしかして。


「……それ、全部花の図鑑?」

「ああ、そうだ」


幾重にも積みかねられた分厚い装丁の本。それらは全て、俺が頼んでいた花の図鑑だと言う。


「…そ、そんなにどうするのかな?」


困惑気味にそう、自らの父親に問う。そんなに花の図鑑があっても、困るだろう。
ちょっとした調べ物をしたかっただけなのだ。一冊だけ、たった一冊で十分だった。


「……あぁ、お前が初めて我儘らしい我儘を言ってくれたのが嬉しくてな。時深と書店にある図鑑を一冊ずつ買って来たんだよ」


と、そう胸を張って豪語する目の前にいる自らの父親。惜しげもなく言うその姿に最早溜息も出ない。

忘れてはいた事だが。
この人も大概な親バカだったのを、俺は今になって思い出したのだった。


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