マヨネーズ女
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4部分:第四章
第四章
「マヨネーズでね。喧嘩したらしいのよ」
「マヨネーズ!?」
「何それ」
「あのね、エビチリとエビマヨ」
どちらも海老を使った料理である。かなりポピュラーであると言ってもいい。
「どっちがより美味しいかで喧嘩したんだって」
「エビチリとエビマヨって」
「ええ。それで喧嘩したんだって」
「それでって」
「それだけでか」
「そう、それだけでよ」
OLはこう皆に話すのだった。
「臨ね。エビマヨだって聞かなくてね」
「で、彼氏はエビチリかよ」
「どっちでもいいと思うけれど」
こんな言葉が出るのも当然だった。皆今の話を聞いてかなり呆れた顔になっていた。
「何でそんなことで喧嘩するのかね」
「全く」
「それでもね。臨凄く怒っちゃって」
だがそれでもだった。話は続くのだった。
「それで昨日ああだったんだって」
「やれやれ。下らないわね」
「全くだよ」
皆完全に呆れてしまっていた。呆れてそのうえで溜息さえついていた。
「何かって思ったら」
「食べ物のことだったなんて」
「けれど昨日彼氏が電話して」
彼女は皆に話し続ける。ここまで来て止めることはできなかったし彼女にもそのつもりはなかった。だからである。
「それでね。謝ってね」
「あとはエビマヨ御馳走したんだね」
「それで終わりなのね」
「そうなの。そういうことなのよ」
それで話は終わったというのであった。
「それで話は終わりなのよ。で、今日は御機嫌ってわけよ」
「何だよ。たかだかマヨネーズのことであんなに怒るなんて」
「臨も何なのよ」
「いや、待ってよ」
しかしここで、であった。また別の若いOLが真剣な目で言ってきた。彼女の今の言葉には何かを見出したような、そんな鋭いものがあった。
「確か臨ってさ」
「ええ」
「何かあるの?」
「いつもお弁当にも御飯にもマヨネーズかけてるわよ」
彼女が言うのはこのことだった。
「お昼でもそうだし。サンドイッチでもトンカツでもお刺身でも何でもね」
「ってことはマヨネーズ派なの」
「つまり」
「だから怒ったんじゃないかしら」
彼女はこう察するのだった。
「そのマヨネーズを否定されてね」
「何かそういえばあいつのお弁当って」
「やけに白いと思ったけれど」
その白が何なのか、彼等もここで悟ったのであった。
「マヨネーズの白だったの」
「そういうことだったの」
「だからよ。それでだったのよ」
怒ったというのである。
「そうした理由があったのよ」
「成程ねえ」
「マヨネーズはあの娘の秘孔だったのね」
このこともわかったのだった。一つの話から次々に色々とわかってくることがあるが今回がまさにそれであった。狭い世界の話ではあるが。
「それであんなに怒ってたの、昨日は」
「そういう理由だったの」
「まあ。普段の臨に戻って何よりね」
「それはね」
このことは素直に安心して喜べることであった。彼等にとっては。
「じゃあ後はマヨネーズに乾杯して」
「仕事に戻ろうか」
「そうしましょう」
何はともあれこれで話は終わったのだった。臨はこの日の昼もマヨネーズをたっぷりとかけた御昼御飯を楽しんだ。少なくともマヨネーズがある時は実に幸せな顔の彼女であった。
マヨネーズ女 完
2009・8・17
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