マヨネーズ女
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1部分:第一章
第一章
マヨネーズ女
若生臨はいらいらとしていた。それは傍目から見てもすぐにわかることであった。
「今日の臨どうしたのかしら」
「さあ」
皆そんな彼女を見て怪訝な顔になっていた。
「絶対に何かあるけれど」
「それが何かね」
皆それがわからず不安にもなっていた。
「いらいらしているのはわかるけれど」
「どうしたのかしら」
「喧嘩でもしたんじゃないの?」
ここで臨の友達の一人が言った。
「それでああなってるんじゃないの?」
「ああ、そういえば」
「昨日のあの娘」
ここで友人達は昨日の彼女のことを思い出したのであった。
「彼氏と喧嘩してたわよ」
「それもかなり派手に」
「じゃあそれね」
ここで謎が解けたのであった。
「それであんなにいらいらしていたのね」
「それでなの」
「下らない理由だったけれど」
喧嘩が起こる理由はその多くは下らないものである。むしろ下らないからこそ喧嘩になるのだとも言える。喧嘩とはそういうものである。
「それで喧嘩になってね」
「凄い言い争いだったわね」
「もうあれで終わるんじゃないかって思ったわ」
「私も」
こうも話されるのであった。どうやらその喧嘩は傍目から見てもかなりのものだったらしい。
「じゃあ別れるのかしら」
「どうかしら」
次にはこんな話をする彼女達であった。
「それは臨次第だけれどね」
「けれどあの娘って」
臨自身のことも話される。
「気が強いしねえ」
「普段は真面目で優しいけれど」
普段はそうらしい。
「素直じゃないところもあるし」
そういう女の子らしい。少なくとも今話している彼女達はそう思っているのがわかる。
「どうなるのかしら」
「一応あの娘の彼氏に言っておく?」
こんな話も為されるのであった。
「仲直りの電話したらって」
「そうね。いつも彼氏の方から電話して話は収まってるし」
「ここはね」
どうやらその気の強い臨を立てている彼氏であるらしい。それを考えると人間としてかなりできている彼氏であると言えた。
「それじゃあそういうことでね」
「電話しておきましょう」
「そうね」
こうして彼女達がまず手を打ったのだった。臨は会社の中でずっといらいらとした顔をしていた。前髪を切り揃えた黒のロングヘアが実に日本的だ。やや細長い顔にはっきりとした大きい目をしていて唇は厚めだ。背は高くすらりとしている。膝までの会社の制服のスカートから見事な脚も見える。まず美人といってもいい雰囲気である。
しかし今はその美しさが余計に刺々しさを増す要因になっていた。奇麗な顔が不機嫌に歪んでいるからだ。まさに薔薇の棘であった。
「あの、若生君」
「はい」
不機嫌な声で太った課長に応える。
「何ですか?」
「お茶だけれど」
「抹茶ですか?紅茶ですか?」
不機嫌な声がまた出された。
「どちらですか?」
「いや、いいよ」
課長は彼女の不機嫌さを見て遂に戦略的撤退を決定した。賢明な判断であると言えた。
「僕が自分で淹れるから」
「いえ、私が淹れます」
「いや、いいよ本当に」
自分から言ったがそれでも今は撤退することにしたのである。
「だからそこで自分の仕事しておいて」
「わかりました」
課長はすごすごと撤退し事務所の端でインスタントコーヒーを淹れた。そうして自分の席に戻って健康の為か自分の肥満の為かクリープも砂糖も入れていない純粋なブラックコーヒーを飲みながら丁度自分の机の近くを通った若い男性社員に声をかけるのだった。
「今日はまた随分と機嫌が悪いみたいだね」
「そうですね」
その社員も困った顔で課長に応える。
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