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お寺の怪

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5部分:第五章


第五章

「よく聞いて下さい。タイ語で」
「あっ、本当ね」
 今二人は日本語で話している。だが実は勝矢はタイ語もわかるのだ。それで耳をすませてみるとそれは確かにタイ語だった。タイのお経であった。
「確かに。これは」
「しかもです」
 ラーマは耳でよくお経を聞き取りながら言葉を続ける。
「この声は」
「小さな子供の声ね」
「はい、間違いありません」
 それもわかったのだった。
「この声は」
「子供の幽霊かしら」
「さて、そこまでは」
 今の勝矢の問いには首を捻る。まだそこまでわからないというのである。
「見てみないと」
「じゃあどっちにしろ行くしかないわね」
「そうですね。じゃあ御守りに御願いをして」
「行きましょう」
「はい」
 御守りを手渡した後でいよいよ中に踏み込む。するとそこにいたのは。
「あらっ!?」
「えっ!?」
 勝矢もラーマも思わず声をあげた。目の前にいるその人を見て。 
 いたのは黄色い衣を着た丸坊主の少年だった。少年といよりはまだ子供だ。あどけない子供ながら一心不乱にお経を唱えているのだった。
「幽霊でしょうか」
「足、あるわよ」
 ラーマは勝矢に問うてきた。勝矢はそのラーマの顔を見て応える。二人はそれぞれ首を左右に直角にして顔を見合わせていた。
「見たところ」
「日本の幽霊は足がないんですか?」
「タイではあるの?」
「ええ、まあ」
 ラーマは場違いかつ少し呑気に勝矢に答えた。
「ありますけれど」
「そうだったの」
「はい、ですからこの子供も幽霊の可能性があります」
「幽霊がお経読むのかしら」
 ここで勝矢はふとまた思うのだった。
「お経は幽霊をやっつけるものじゃないの?」
「日本ではそうなんですか?」
「やっぱりタイじゃ違うの?」
「ですから。高僧の噂もあったじゃないですか」
「あっ」
 言われてそのことをやっと思い出す勝矢だった。
「そういえばそうだったかしら」
「そうですよ。ですから」
「やっぱり幽霊の可能性もあるのね」
「はい、そういうことです」
「ううん、だったら」
 部屋に入って来たのにまだ自分達の存在に気付かず生真面目なまでに読経をしている子供を見て言う。言いながら考えている。
「一ついい考えがあるわ」
「いい考えといいますと」
「まずこれをね」
 また一つ御守りを出してきたのだった。
「出すわよ」
「はい」
「そしてこれを」
 今度は鞄からあるものを取り出してきたのだった。それは。
「お菓子ですか」
「プリンよ」
 ラーマに対して答えた。
「こっちで売っていた。マンゴープリンね」
「ああ、中国系のお菓子ですね」
「そういうこと。あたしこれ大好きなのよ」
 タイでは華僑が多い。だから中国系のお菓子も至るところで売られているのである。勝矢はその中の一つを買っていたのである。
「だから買っておいたのだけれど。ここは」
「それをどうされるので?」
「この御守りをこうして」
 マンゴープリンの蓋の上にそれを置いた。まずは。
「置くでしょ。それでそれを」
「食べるので?」
「あたしじゃないわよ」
 まずはそれは断った。
「この子に食べてもらうのよ。さっ」
 そこまで説明してから子供の前にそのマンゴープリンを置いたのだった。上に御守りを置いたまま。
「これでいいわ。後は」
「これを手に取るだけですか」
「ええ。幽霊だったら触れられないわ」
 勝矢はすぐに子供の前からラーマの横に戻って答える。子供は目を閉じて座して読経をしている為やはり二人には気付かないのだ。それにしても見事に暗誦していた。
「これでわかるわよ」
「普通の子供ならよし。幽霊だったら」
「御守りで動けなくなっている間に逃げましょう」
 勝矢の考えはこうだった。
「生まれてはじめてこの目で幽霊を見たことになるけれどね」
「私はこれで三回目ですけれどね」
「見たことあったの」
「ええ、まあ」
 何気に凄い経験をしているラーマであった。やはり只者ではない。
「実は前にそうしたところに行ったことがありまして」
「経験豊富なのね」
「変わった経験なら幾らでも」
 ということであった。
「ありますよ」
「そうだったの」
「ええ。まあそれで」
 彼はマンゴープリンを見ながらまた勝矢に話をする。
「今もどうかな、と見ていますが」
「どちらにしろこの子が食べた時にわかるわ」
 こうラーマに述べた。
「その時にね」
「そうですね。それじゃあ」
「さあ、どうなるかしら」
 真剣な顔で子供を見ていた。
「普通に食べられるかしら」
 それを見守る。やがてその読経が終わった。そして目を開いた子供はそのマンゴーに気付いた。するとすぐにそのマンゴープリンを手に取った。何事もなく。
「決まりね」
「人間ですか」
「ええ、普通のね」 
 勝矢はじっと子供を見ながらラーマに述べた。
「間違いないわ」
「ですか。それじゃあ」
「ええ。ねえ君」
「えっ!?」
 タイ語で話し掛けると。慌てて勝矢達に顔を向けてきた。かなり驚いた顔だった。
「どうしてここに。そういえばこのプリンも」
「そのプリンは貴方にあげるわ」
 まずはこう彼に告げた。
 
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