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大丈夫、な訳がない。

作者:箱庭
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序の章
  ハジマリ×ワカレ

 どの学校でも特有の、時間の区切りを教えるチャイムが体育館に鳴り響く。そのチャイムを聞き終えると、教師が起立の号令をかけた。

「起立!」
「一、二、三!」
「気をつけ! 姿勢正して、礼!」
「お願いします!」

 今は、体育の時間。号令が終わり、皆が体育座りをしている中で、教師は今日の動きを説明した。
 なるほど、今日はドッヂボールを行うらしい。早速、女子同士、男子同士別れてチームが組まれた。……私のチームが、強すぎるチーム分けになった気もしたが。

優梨佳(ゆりか)! 受けて!」
「おっけー」

 試合が開始されて数分、軽快な音とともに、私めがけて真っ直ぐ向かって飛んできた球を受け止めた。

「……あ、れ」

 受け止めたその一瞬、視界が暗くなった様な気がして、私は首を捻る。気のせい、だったのだろうか。
 まあいいかと球を投げたが、球を持っている時間が長過ぎたらしい、球は避けられ、味方側の外野へと転がっていった。いつもは必ずと言っていいほど、ドッヂボールの球を相手に当てる私が外したのを不思議に思ったらしい友達が、大丈夫かと声をかける。
 それに問題ない事を伝えようとした時、薄ぼんやりと視界が暗くなっていく事に気が付いた。同時に襲うのは、酷い倦怠感と疲労感、そして吐き気。
 私は耐えきれずにその場に崩れ落ちた。その時、背中に球が当たる感覚がしたものの、今はそれどころではない。

「ちょ、どうしたの?! 大丈夫?」
「む、むり……死んじゃ……」

 心配して近づく友達の顔を見上げながら、私は青い顔をして言いかけた。最後まで言えなかったのは、視界が完全に暗闇に包まれたから。
 嘘でしょ、私死ぬの?
 脳裏にそんな思いを浮かべながら――私の意識は、そこで途絶えた。

↑↓

 私が次に目を覚ますと、辺りが真っ白な濃霧に包まれた、不思議な空間に漂っていた。
 漂っていた、というのも、霧が深く、足が地についている感覚もせず、上下左右も分からないような状態に居たからだ。
 その場所は、どこか神聖そうな空気感もあって、私は自然とここがあの世か何かでは無いかとすら感じながら、ぼんやりと目の前を眺めた。

「――ここ、どこだろー……」

 呟いてみた言葉に、返ってくる言葉は無い。当たり前だと思ったが、寂しくもあり涙が滲んだ。
 あんな貧血みたいな症状で、あっさりと私は死んでしまったと言うのだろうか。そう思うと、笑えてすらくる。乾いた笑いをこぼせば、向かいからこちらへ近付いてくる影が見えてきた。
 じっと目を凝らしてみれば、それが恐らく人影の様なものであるらしく、私は少しだけほっとする。
 お迎えという事なのだろうか。私は静かに、こちらに向かってくる影を見つめていた。

「おめでとうございます、あなた様は選ばれました」

 いよいよ顔が見えるかどうかというところで、影は止まり、平坦な声でそう告げる。祝う気あんのか、と思いもしたが、直ぐに別の疑問で埋められてしまった。……私は、死んだ事を祝われているのか?

「何やら怪訝そうな顔をしていますね。神に選ばれたのだから、もっと喜んで下さいよ。ほら、人間は得意でしょう、順応」
「わ、わーい……?」
「元気が無いですねぇ。まあ良いですけど」

 何やら気だるげに言われたが、その通りにしてみれば、なんだか受け流されてしまった。それどころか、冷たい目線で見られているような気もする。
 なんだか少々イラついたが、この人物は誰なのだろうか。声からして、男だろうと予想こそしたが……そこまで考えて、私は問う。

「貴方、誰?」

 少しだけ睨んで言った言葉だが、目の前の人物は意外にも丁寧に答えてくれた。
 いや、始終面倒くさそうではあったし、その返答には耳を疑うしか無かったが。

(わたくし)ですか?めんどくせえ……いえ、なんでもありません。私は神の使い、所謂天使です。驚きました?今日はあなた様に用があり、訪れた所存です。こういうの面倒なので質問は受け付けませんよ。早速ですが本題に移らせて頂きます」

 彼、天使は私に言葉を発する余地を与えないまま、本題だという話に入ってしまう。二人だけの会話だというのに、私はおいてけぼりである。
 何度か声を挟もうとするも、完全に遮られてしまい届かない。
 何故だか前に進めもしないので、彼の顔を拝むことも出来ない様だ。イケメンなら見たかったのに。

「良いですか?まず、貴女は神が一世紀毎に一度行う会議にて、今世紀初めて行われる実験的な企画の被検体の一人として選ばれました。この会議というのは…………」

 この辺りはどうでも良さげな情報なのだろう、物凄く間延びした声で読んでいるため、それを聞き流す間に見える限りの彼の情報を得ようと目を凝らした。
 そうして見えるのは、まず特徴的な服装だろう。ぼんやりとで全体像は見えないが、古代ギリシアで着られていたなんとかという服に似ている気がする。一枚の布を身体に巻き付けた様な服という事だ。
 足元は肌色が見える事からおそらくは素足。所々に金色が見えるのは、アクセサリーという事だろうか。
 頭部へ目を向けると、天使のイメージ通りというか、ブロンドの短い癖毛である事が受け取れる。横一線に緑が見えるのは、月桂樹の冠でも被っているだろうな、と勝手に結論付けた。相変わらずの霧で、顔を拝むことは出来ない。
 見つめていると、視線が鬱陶しくなったのか天使君はこちらを見た。

「なんです? 私の顔に何かついてますか? というか、話聞いてました?」
「んーん、付いてないよ。話は最初だけ聞いた。アレでしょ、なんか選ばれたんでしょ?」

 彼はあからさまに、こちらからもわかるほどにあからさまに溜息を一つ吐くと、頭を掻く。

「まあ、別に聞き流しても良いんですけど……こっから話す内容は重要事項なのでちゃんと聞いてて下さいよ」

 私はそれに頷くと、順応性高すぎだろコイツ、等という天使君の独り言を聞かなかった事にして、続きの言葉を待った。
 流石に重要事項は間違えたり適当に説明するわけには行かないのか、天使君は懐からカンペ、ではなく丁寧に封筒に入れられ、蝋で封をされていた便箋を取り出すと、それを開いて読み上げる。

「今から、あなた様……沢城優梨佳(さわしろゆりか)様にはこことは異なる世界線へと移動して頂き、そこで暮らして頂きます。その世界へ移動した時、自動的にあなた様はその世界からは例外を除いて出られないものとします」

 天使君の話は、まだ続く。
 私はそれを、普段からしてみれば割と真剣に聞いていた。現実味は未だに無いものの、本能的にそれが自分の命を守る上で大切だと判断したから。

「尚、これは本人の意思決定に関係なく決められた事柄ですので、あなた様にはこの先を聞くか決める権利があります。但し、あなた様は現実には現在生死をさ迷っている状態。断れば目覚めること無く、余生を意識のある夢の中で過ごしていただくことになります」

 ここで、天使君は言葉を切った。恐らく私の方に向いた視線は、どうするんだと聞いてくる。

「それ、断ったら目覚めることが無いって事なんだよね」
「……えぇ。残念ですが、目覚めることはありません」

 やはり平坦な、感情のない彼の声に、心に冷たいものが流れ込むような感覚を覚えた。
 私はそっと目を閉じて、これまでの、かくも短い人生を思い返す。
 幼稚園の時、友達と一緒に砂場でお城を作ったこと。小学生の時、初めてのテストで満点をとったこと。……中学生のときに、初恋をしたこと。親友が出来て、なんでも話し合ったりもしたっけ。高校も一緒で、私が倒れ込んだときにまっさきに心配して駆け寄ってくれたのも彼女だった。
 ――楽しい、十七年間だったなぁ。
 目を開いた時には、私は物凄い涙が溜まってて、それを拭って、無理矢理明るい声を作って言った。

「聞くよ。……この先の、言葉。あ、説明か。私は、どうすればいい?」
「……それが、あなた様の回答ですね。わかりました。説明いたします」

 その回答に、彼は何処か寂しげな、哀しむ様な声で、頷く。
 泣いてるのがバレているのだろうか、それとも、何か別の理由が有るのだろうか。けれど、私が聞くことはなかった。聞いては行けないような気がした。

「まず、あなた様には行って頂かなくてはならない世界があります。その世界であなた様は、数々の受難と別れに出会う事でしょう。けれど、それは全て致し方の無いことです。諦めましょう」

 話し方が変に剽軽になり、私は自分がよほど落ち込んでいて、彼がそれを少しでも励まそうとしているのだと思った。
 もしもその通りに紙に書かれているのであれば、なんとも恥ずかしい思考だ。

「それから、あなた様には異世界へ渡る際の餞別がございます。所謂特典と言うやつでもありますね。幾つかありますが、それは殆ど秘密です。あぁ、そうだ。質問宜しいですか?」

 頷くと、彼は幾つか問いかけてきた。私は、それに全て正直に答える。なぜだか、ここで嘘をついては行けない気がした。
 質問の答えを、だろうか。彼が何かに書き込む素振りを見せたと思えば、ありがとうございます、と一言言う。
 なにかのアンケートだったのだろうか。

「……それでは、説明は以上になりますが、何か質問は? 無ければ、今すぐにでも送り出すようにと言われているのですが」
「んーと、一つだけ。私って、向こうでどういう扱いになる?」

 この問に、彼は少し躊躇いつつも答えた。どうやら、送った瞬間に私は息を引き取る事になるらしい。
 それどころか、今まで暮らしていた世界での記憶から、私という存在が別の人物に上書きされるようだ。なにそれ恐ろしい、と思わず声に出す。

「世の中というのはそういうものです。……さて、そろそろ送り出しますよ。あぁ、向こうについてからのことですが、起きてすぐ服のポケットを漁る事をお勧めします。我々からの案内が書かれていますので」

 ぴしゃりと言い放った後、彼は持っていた便箋を丁寧に懐へとしまい、両手を合わせた。何処ぞの錬金術使いの様である。
 但し、彼の場合手元から放たれるのは電気のようなそれではなく、暖かな光だった。

「ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をして下さい。……どうか、お元気で」

 私は、その言葉を確かに耳に入れながら、言われた通りに瞼を下ろし、深呼吸をした。
 瞼の裏でもわかるほどの光に包まれ、眩しさを感じながらも――私の意識は、光に飲まれて静かに溶けていく。瞼の、瞳の、瞳孔の奥で、天使君が微笑みながら、私の頭を一度だけ撫でた様な気がした。

  
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