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鬼の野球

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9部分:第九章


第九章

「人間としてもな。失禁したのは小さい方だけやないしな」
「その場はかなり臭かったそうですよ」
「当然やな。うんこは臭いからうんこや」
「そうですね。それは」
「糞には糞蝿がたかる」
 村野はこうも言った。
「そして花には蝶が集まるんや」
「花にはですか」
「虚陣にはこういう糞蝿しかおらん」
 言うまでもなく米輔のことである。最早この男は日本中の笑い者となってしまった。
「けれどや。極楽には真似得流や」
「それが花ですか」
「と言いたいところやが違うな」
 しかしここで言い換える村野だった。
「それはな。ちゃうわ」
「違いますか」
「鬼や、やっぱり」
 彼が出した言葉はこれであった。
「あいつは鬼やな、やっぱり」
「野球の鬼ですね」
「ほんまに鬼ちゃうかって思った時もあった」
 苦笑いと共の言葉だった。しかし実はその通りであったということはさしもの村野も気付かなかった。流石に鬼が野球をしているとはお釈迦様ではない彼もわからないことだったのだ。
「けれど。まさにあいつは」
「野球の鬼ですね」
「鬼ちゅうのはな。純粋にそれを突き詰めて極められる奴のことを言うんやろな」
 考えながら述べる村野であった。
「それこそがまさにあいつちゅうわけや」
「成程、そういうことですか」
「そういうこっちゃ。それを考えたらあいつはやっぱり鬼やろ」
「確かに」
 ライターも彼の今の言葉に頷いた。
「その通りですね。だから赤鬼ですか」
「仇名の通りや」
 やはり彼が本当に赤鬼だとは思ってもいない。
「ホンマにな」
「さて、それで村野さん」
「ああ」
 今度は彼がライターの言葉に応える。
「これ食べたら極楽の取材ですけれど」
「あいつの顔を見に行くんやな」
「この話します?」
「こんなカスのことなんかどうでもええわ」
 一面でその無様で惨めな姿を晒す米輔をこの上ない侮蔑の目で見下ろしつつ述べる。それはライターにしろ同じことであった。
「たかが選手とほざいた奴が今やうんこ漏らしや」
「確かに」
「うんこはうんこでしかあらへん」
 こうまで言う。
「けれどあいつはちゃう。鬼や」
「鬼が果たして何処まで極められるかですね」
「そうや。その前にうんこなんか何の存在理由もあらへん」
 また言うのだった。
「けれどな。鬼は」
「違いますね。それじゃあ」
「こんなことはどうでもええんや」
 最後にこう言って新聞を側にあったゴミ箱の中に放り込んでしまった。
「それよりもや。やっぱり」
「取材ですね」
「そういうこっちゃ。鬼や」
 もうその鬼が誰なのか言うまでもなかった。
「観に行こか。さて、どんなヘマしよるかな」
「ヘマって村野さん」
「あいつはあれでおっちょこちょいなんや」
 苦笑いするライターにいつもの村野節を見せていた。そのうえでの言葉だった。
「それを書いたらええ。そういうこっちゃ」
「そうなんですか」
「言うやろ。鬼の目にも涙ってな」
「それは違うんじゃ?」
 ライターもライターで村野に合わせて突っ込みを入れる。
「何か別ですよ」
「おっと、そうやったか。まあええ」
 だが村野はそれでも別に構わなかった。とりあえず言ってみただけの言葉であったからだ。
「何はともあれ。鬼へのインタビューやな」
「はい、行きましょう」
 二人はモーニングを手早く済ませ喫茶店を後にした。米輔の醜態が晒されている新聞の横に丁寧に置かれている別の新聞紙ではその赤鬼が満面の笑みでダイアモンドを回っている写真が一面にあった。鬼は笑顔で野球を楽しんでいるのがわかる写真であった。


鬼の野球   完


                 2008・12・1
 
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