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アッシュビーの再来?

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第5話、金と銀の亡命者

『最初は軍情報部のお嫁さんにしたいナンバーワン女性士官。それから婚約者の居る女性記者。そして再び別の女性士官と付き合い、今は女性実業家か……』

 丘の頂上に建つ白亜の豪邸を見上げ、ラデツキーは大きなため息をついた。亡命者の身上調査の最後に追加された女性遍歴は、僅かな時間で四人に達している。

 二股、三股、四股をするタイプではなく、とっかえひっかえに恋人を替えていくタイプのようだ。

 女の敵か、或いは男の敵か、はたまた両方の敵か。いずれにせよこの亡命者は未婚で、自由惑星同盟軍は大人同士の恋愛の自由を尊重している。ラデツキーとしても個人的な好き嫌いを別にして、亡命者が軍務をしっかりこなせばとやかく言うつもりはない。

 だがラデツキーの上官であるホーランドは別の感情を持つかもしれない。ラデツキーは希代の女たらしと傲慢なホーランドとの相性に、かなりの不安を感じるようになっていた。

「ラデツキー閣下。身分照会を完了しました。どうぞお通り下さい」

 亡命者の監視を担当している軍情報部の士官が、笑顔を浮かべて許可を出した。こういう任務につく情報部の人間は護衛対象の面会を嫌うものだが、この士官は反発を礼儀で隠すどころか、明らかにラデツキーに好意的だった。

「私の到着を彼に知らせたかね?」
「いえ。ですが閣下の任務に役立つならば、小官がすぐに知らせてまいります」

「私の任務? 私の任務の内容を知っているのかね」
「何でも女性を手玉に取るジゴロを、宇宙艦隊という檻に閉じ込める大役を果たすとか」

 女たらしの厄介者を艦隊勤務に送り込めれば気分も任務もじょうじょうと思っているのか、亡命者の警護と監視を担当している情報部の士官はラデツキーの勧誘計画に好意的なようだ。

「いや、まずは恋人の方を紹介して欲しい。なるべく事前情報を与えず彼に挨拶をしたい」
「すぐに手配します」


 屋敷の美人女主人と如才なく挨拶を交わした後、ラデツキーは白亜の豪邸の大きなプールに向かった。そして、何も知らず、短パン型の水着姿で自然素材のビーチチェアでくつろぐ亡命者に近づく。

「ロイエンタール提督でしょうか」

 ラデツキーはぎこちない笑顔を浮かべて呼びかけた。 ロイエンタールは乱入者であるラデツキーと恋人を一瞥づつしてから、バスローブを羽織って立ち上がる。

「どなたですかな?」

「はじめましてロイエンタール提督。私は自由惑星同盟軍中将ラデツキーと申します」

「中将閣下?」

 ロイエンタールは惚れ惚れするような優雅さで華麗に敬礼を決めたが、バスローブ姿ではあまり似合わない仕草なはずだが違和感ない。

 ラデツキーは眉間に皺を作り敬礼を返した。

「このような姿で申し訳ありません。閣下」

「気になさらずに、こちらが勝手に押しかけたのです。少しお時間を借りられますか?」

「分かりました。彼女が客間に案内してくれるでしょう。小官は着替えてまいります」

 豪華な調度品に囲まれた客間で、ラデツキーは五分ほどロイエンタールを待った。

 その間、いくつかの考えがラデツキーの内心で渦巻いた。軍を追い出されても、ロイエンタールのプレイボーイ具合なら、女性を手玉に取って自由惑星同盟の政界を席巻することも可能かもしれない。

 そもそも銃弾のとんでこないところで出世できる男に、わざわざ気分屋のホーランドの部下であるラデツキーの、そのまた部下になること求めること自体が、狂気の沙汰かもしれない。

「閣下、お待たせしました」 
「う、うむ……」

 不覚にも、ラデツキーは入室してきたロイエンタールの軍服姿に見惚れてしまった。水着姿より軍服姿の方が女性を魅了するかもしれない。

 と同時に、こいつだけには、十歳になった愛娘を絶対に紹介してはならない、とラデツキーは心に深く刻みこむ。

 それから愛妻を紹介して良いか悩んでいると、不審そうに自分を見つめるロイエンタールに気づいた。

「ロイエンタール提督はこちらの生活に慣れましたかな」
「はい。亡命で提督の地位こそ失いましたが素晴らしい新天地を得ました。それに、命の危険を冒さず為政者を好きなだけ批判できる社会は、意外に小官の性格に合っているみたいです」

 ロイエンタールは提督と呼ばれることに若干違和感を感じているようだ。さり気なく自分がもう提督でないことをこちらに告げてきたが、ラデツキーは聞かなかったことにした。

「それは良かった。ですが自由と言っても、やはり社会の反発を買わない加減というものがあります。力を持つ人間がルールをねじ曲げることはどこも一緒であり、その機微に慣れるまでは慎重に行動していただきものです」
「……ご忠告傷み入ります、閣下」

「実はここに来る前、ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督の調書を拝見致しました」

 ラデツキーはロイエンタールの顔に一瞬浮かんだ警戒心を見逃さなかった。

「亡命した緊張のせいで、何か事実誤認でもしましたかな」
「事実誤認? 少なくとも私は非常に感銘は受けましたよ。特にイゼルローン要塞攻略案。数万隻の艦艇を数百隻の艦艇からなる集団に分け、少しずつ防備を剥いでいく案。あれは秀逸だと思います」

「恐れ入ります、閣下」
「しかし今のままでは机上の空論です。このような大胆かつ繊細な機動を取れる大艦隊は、銀河のどこにも存在しないでしょう。そして、そのような艦隊を作り上げること、ホーランド提督と私が目指しているものです」

「ホーランド提督ですと?」

「申し遅れましたが、私は第十一艦隊を指揮するホーランド提督の参謀長を拝命しています。今日はロイエンタール提督に私と共にホーランド提督を支えて貰いたいと伺った次第です」

「小官だけを勧誘するということですか?」

「いえ、ミッターマイヤー提督にも後ほど伺う予定です」

「なるほど。ホーランド提督の噂はこちらに来てから何度か聞いたことがあります。失礼ながら仕え易い上官とは言えないようですな」

 ロイエンタールは淡々とした口調で芳しくないホーランド評について言及した。それでもラデツキーにはオブラートに包んだ物言いに聞こえ、ロイエンタールに対する好感さえ持たせた。

「ここだけの話。かなり気分屋なことは確かです。しかしながらわがままで残忍な門閥貴族に仕えることに比べれば、児戯のようなものでしょう。ホーランド提督は老女に襲いかかることも無ければ、告発者を暗殺させることもありません。せいぜい暴言を吐いたり、左遷したり、軍から追い出したりするだけです」

「閣下のお話を聞いた小官は安堵すべきですかな? いずれにせよ同盟に残忍でわがままな門閥貴族がいないと改めて心に刻みましょう」

 特徴的な目に皮肉をたたえ、ロイエンタールは礼儀正しく頷いた。ラデツキーは顔を恥ずかしさで若干赤らめる。嘘は言ってないにせよ、ホーランドと門閥貴族を比較して勧誘する我が身が情けない。

「ところで第十一艦隊ということは、小官は大佐待遇と聞いていますから、参謀になれということですか?」

「いえ。ロイエンタール提督とミッターマイヤー提督が、私とホーランド提督の部下になることを承諾してくだされば、お二人を准将として実戦部隊の指揮官に迎え入れたいと思っています」

「ほう。小官はもう生涯艦隊を指揮することはないと思っていました。そういうことでしたら、閣下の申し出を喜んで受けましょう」

 ラデツキーは簡単に承諾されたことに少しばかり驚きながら手を差し出した。 ロイエンタールと握手をする。 思えばロイエンタールの対応は終始礼儀正しく好感の持てるものであった。彼のプレイボーイ具合を警戒していたラデツキーが、娘は駄目でも、妻ならば紹介してやろうという気分になるほどだった。

「ありがとう。ロイエンタール提督。ところでミッターマイヤー提督に私の申し出を伝えるにあたり、何か助言はありますかな」

「正面から真摯に対応すれば問題ないでしょう。彼は根っからの軍人であり天性の指揮官です。そのことが彼を落ち着くべき所に導くでしょう」

 どうやら本命の亡命者の勧誘は最初から余計なことを考えず、一本釣りをすれば十分だったのかもしれない。いや、亡命者本人と奥方の承諾を得るまでは油断禁物だ。

 ロイエンタールに後日人事部から出頭要請が来ると告げ、ラデツキーは女主人に挨拶してから豪邸を後にした。
 
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