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浮気者!?

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1部分:第一章


第一章

                     浮気者!?
 喫茶店で紅茶を飲んでいると近くの席から話し声が聞こえてきた。
「だからあんた」
 呆れたような若い女の声だった。
「彼氏いるでしょ」
「それはいるけれど」
 最初話を聞いて何かと思った。そちらは振り向かなかったがそれでも話は聞いた。盗み聞きの形になるがこれは不可抗力だと自分に言い聞かせて話を聞く。
「仕方ないじゃない」
「仕方ないとかそうした問題じゃないでしょ」
 また呆れた声が聞こえてきた。今度は怒りも入っていた。
「浮気よ、浮気」
「それは」
「この浮気者」
 叱っていた。随分と口調がきつい。喫茶店にいると色々と人のおしゃべりを聞くことがあるがそれでも実際にこんな話を聞いたのははじめてだった。それで興味深く話を聞いた。
「そんないい加減なのでどうするのよ」
「そうするのって言われても」
 叱られている方も何か開き直ってきた。よくある展開だろうか、と心の中で思ったけれどそれは僕の中に留めてさらに話を聞き続けた。
「好きになったから」
「あのね、あんた」
 また声が怒ってきた。
「これで何度目よ」
(おやおや)
 何度目という言葉を聞いた僕は心の中で肩をすくめさせた。そう来たかと思って。
(こりゃ本当に浮気者かもな)
 それでも黙って話を聞く。心の中ではほくそ笑んでいても。
 話は続いていた。説教になっていた。
「何度も何度も浮気して。それで相手はすぐ変えて」
「好きになったら仕方ないでしょ」
「そういう問題じゃないわよ」
 確かにそういう問題じゃない。好きになったら誰でもいい、というのはまあよくある歌詞だがこれを実際にやるととんでもないことになる。本当にやって破滅して家庭裁判所なり弁護士なりのお世話になったという話もままある。この辺りがどうもドラマとは違うということか。
「とっかえひっかえで」
 また過激だと思った。
「しかも相手のタイプもバラバラで。一体何なのよ」
「けれど彼氏はずっと同じよ」
 悪いがそれは言い訳になってない。浮気をしていれば。
「だからそれは別に」
「彼氏は一緒でも浮気をしていれば同じよ」
 当然ながら説教はこうだった。
「同じなの。わかる?」
「わからないわよ」
「この馬鹿っ」
 遂に言葉は突き放した感じになった。
「わからないって何なのよ」
「だから。好きになったのよ」
 話が聞いていても堂々巡りになったのがわかった。
「そんなこと言われても」
「で。今度はどうするの?」
 一方の声が冷静になったようだった。
「それで」
「まだわからないわ」
 恋は盲目というが。これまた随分無責任な言葉に聞こえた。
「どうなるかさえも」
「そう。まあいつものことだしね」 
 怒っていたのが一転して静かになってきた。完全に呆れたのだろうか。
「あんたのことは」
「御免なさい」
「私に謝る必要はないのよ」
 これは僕も同感だった。聞いていて思った。今自分のことに気付いたが紅茶を飲む手が止まっていた。話を盗み聞きするのに夢中になってしまっていた。
「ただ。彼は傷つけないでね」
「わかったわ」
 これで話は終わりかと思ったら。何か違った。今度は急に明るい調子で話を変えてきた。この店のクレープに関する話になったのだった。
「それでここのクレープだけれどね」
「ええ」
 浮気で怒った後だとは思えない位に話が弾んでいる。思わず同じ人間同士が話をしているのかと見てみたくなったがそれは止めた。止めてじっと聞き続けることにした。
「どう思うかしら」
「いい感じね。甘くて」
 それを聞いていて僕もクレープを食べたくなった。正直に言って。
「しかも上品でね」
「クレープだけじゃないわね」
(何と)
 今の言葉を聞いて心が動いた。クレープだけじゃないとすると。
「生クリームもいいし」
「果物もいいの使ってるわよね」
 さらに心が動いた。聞いているだけで誘惑の蜘蛛の糸に誘われるようだった。
「チョコレートもいいし」
「そうそう」
「そうか」
 僕は今度は実際に声を出してしまった。ここまで聞いてはいてもたってもいられなくなった。食欲は他のどんな欲望よりも強い。
 
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