馬の様に牛の様に
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5部分:第五章
第五章
「受け入れるしかないわね」
「受け入れるって」
「じゃあ聞くわよ」
今度は美佳に対して尋ねるのだった。
「あんたあの人のことどう思ってるのよ」
「どうって?」
「その丈さんのことよ」
その大食の夫のことである。
「丈さんのことはどう思ってるのよ」
「どう思ってるっていったら」
美佳は正面から問われて難しい顔になった。しかし答えは一つしかなかった。そして彼女はその一つしかない答えを話すのだった。
「やっぱり」
「やっぱり?」
「好きだから一緒にいるのよ」
彼女はその答えを言ったのだった。
「もう優しいし気が利くし紳士だし温厚だし」
「べた惚れなのね」
「惚れてるっていうか」
「そこまで言ったら充分よ」
くすりと笑って美佳に言葉を返した。
「もうね。そこまで言ったわね」
「そうなの」
「そうよ。だったら答えは出てるじゃない」
また話す彼女だった。
「もうね。どう考えてもね」
「っていうとやっぱり」
「そうよ。そもそも大食って欠点なの?」
「欠点っていったら」
そう言われるとだった。美佳も実際のところは彼女自身も夫のその大食を欠点とは思っていなかった。確かに驚き困惑はしていたが。
「そうじゃないけれど」
「それならいいじゃない。ケーキでも食べて忘れなさい」
「ええ」
友人の言葉にこくりと頷いた。
「それじゃあ」
「まあその大食も受け入れられるようになるわよ」
友人は大船に乗ったようにして悠然と話した。
「近いうちにね」
「そうなのかしら」
「好きっていうか愛しているとしたら」
好きではなく愛だと。彼女は言葉を途中で言い換えた。
「その相手の癖も受けられるわよ」
「癖もなのね」
「美佳も気付いていないかも知れないけれどあんたにだって癖はあるのよ」
こうも美佳に話した。
「結構ね」
「あるの」
「なくて七癖よ。大食だって癖の一つだから」
「癖って考えればいいのね」
「それに若しかしたら」
言葉を続けていく。
「あんた旦那さんのその癖を愛するようになるかもね」
「その大食のこともね」
「そうよ。まあゆったりとしなさいって」
本当に悠然とした態度になってコーヒーを飲む彼女だった。
「ゆったりとね」
「わかったわ。じゃあそうするわ」
「わかったらケーキを食べる」
微笑んで美佳に告げる。
「いいわね」
「ええ」
こうして喫茶店での話を終えた。そしてだった。ある日のことだった。
「フードファイトに出るの」
「そうしようかな」
今日の昼食はざる蕎麦だった。それを食べながら丈は美佳に対して言ってきたのである。もうそれは七皿めであった。かなり食べている。
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