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まいどあり

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第一話 小さな町の売れない技師

 少年は悩んでいた。
 どうすれば今の状況を打破できるかと。

 場所はナムルという名の大陸の東端にある、カンタールという名の小さな町の片隅にある小屋の中。
 少年から言わせれば『店舗』という事だが、物置と見間違う程の外観に粗末な看板があるだけの建造物を店舗と口にできる人間は稀だろう。

 小屋の中にいる人間は2名。
 片方は10代半ば程に見える少年で、ぎこちない笑みを浮かべながら必死に何かを説明している所だった。額には汗。その表情と相まって口から出している説明がよもや苦しくなっている事は本人も自覚しているだろう。
 
 だからこそ少年は悩んでいた。
 どうすれば自分の作った魔道具を、目の前の男に売りつける事が出来るかと。

 少年と対峙するように座っているのは無骨な戦士風の男だった。
 少年とは一つの机を挟むように座り腕を組んだその姿は、線の細い少年にとって恐怖心を沸き立たせるには十分な存在感であったが、一週間ぶりに“迷い込んだ”客をみすみす逃すわけにもいかない。

「……と、先程から説明している通りですね、この道具は非常に強力な浄化機能を有していまして、そのままでは口にできないような液体でも飲料水に変えることが出来るのです」

 黒髪短髪の少年は、自分の倍はあろうかという体格を持つ戦士風の男に対して必死に身振り手振りで説明する。
 
「……なるほど。つまり、こいつがあれば泥の沼地の水や、樹液、草の絞り汁なども飲料水として使用できるようになるというわけだな?」

 腕を組みながら目を細め、戦士風の男は地鳴りのような低い声で質問しつつ、少年の言う浄化装置に目を落とす。
 机の上に置かれているのは奇妙な形をした道具だった。

 形は一言で言えば皿を頭の上に乗せた象の彫像とでも言うべきだろうか。
 掌ほどの大きさの金属製の皿が有り、ずんぐりとした球体に近い円柱がそれを支えている。
 その円柱からニョロリと細い管のようなものが二本突き出しており、1方が蛇口、1方がバルブとの説明を受けたが、その蛇口がまるで象の鼻のような形だった為、前述のような感想に至ったわけだ。

 やや納得したかのような戦士の言葉だったが、その道具を売り込むべき少年の額に浮かんでいた汗が垂れる。
 生まれついての細目からその瞳の色を伺う事は出来なかったが、恐らくその視線は明後日の方角を向いていたに違いない。

「……出来ません……」
「……んん?」

 少年の呟きに戦士は眉を顰めて唸る。
 その態度に少年は背中に冷たい物を感じたが、根が正直な事もあり声を震わせながらも事実を述べる。

「……いや、泥水とか樹液とかはちょっと……。この道具、非常に強力な浄化作用を持っている性質上、非常にデリケートな作りでして。あの、その、非常に言いにくいのですが、不純物に弱くて……」
「なんだと? では、川の水や動物の血液はどうなのだ?」
「川の水はちょっと……。動物の血液でしたら、不純物が入らないように何度も布か何かで濾してもらえばなんとか。肉片とか混ざってしまうと故障──」
「ならば! 飲料水が手に入らないような環境で! 泥水も樹液も血液も転用できないようなこのポンコツの使い道を説明してもらおうか!」

 少年の説明にいよいよ腹を立てたのか、立ち上がりながら怒号を放つ戦士風の男に「ひィっ!」と、思わず悲鳴を上げてしまった少年だったが、それでも技術者としての、そして商人としてのプライドが勝ったのか、そんな状況での解決策を口にした。

「例えば、おしっこ──」
「邪魔したな!!」

 少年の答えを最後まで聞くこともなく、戦士風の男は机を蹴り上げると大股で店から立ち去ってしまった。
 後に残ったのは、蹴り上げられた机と自らの作った“魔道具”の下敷きになりながらぼんやりと天井を見上げる少年のみとなった。

「……せめて今ので壊れでもしたら、弁償してもらうことも出来たかもしれないのに……」

 ひっくり返りつつも、自らの腹の上に傷一つ付かずに転がっている自慢の逸品を見ながら少年は呟く。

「繊細な機能に強固な外殻。いい出来だと思うのに何で売れないんだろ」

 もしもこの場に常識的な人間がいたならば、少年の発想に問題があると指摘したのだろうが、あいにくこの物置小屋に来訪する人間はそれほど多くはない。
 そもそも、先程の男自体一週間ぶりの客になるかもしれなかった男だったのだ。それを逃してしまったのは少年にとっての痛手以外の何者でも無かった。

「……腹減ったな……」

 お腹の音と共に少年の力無い声が切なく響く。
 それはある意味この場所ではいつもと変わらない日常だった。





 少年の名はライド。魔石を核とする魔道具を制作、販売することで生計を立てる魔道技術者である。
 ナムル大陸では珍しい黒髪からわかるように、この地方では無く別の大陸から渡ってきた元行商人であった。
 そんな根無し草であったライドが辺境の町カンタールに腰を下ろしたのは、カンタールの町の傍にまだ誰も見つけていないであろう魔石の鉱脈を発見したからだった。

 ──魔石──
 それは一見すると唯の石ころだが、その正体は魔力が凝縮、固形化した言ってみれば魔力の塊である。
 そのルーツはかつて魔法が存在した時代に使用された魔法が凝縮された物とも、魔力が凝縮されたものに魔法の力が宿った物とも言われているが、正直ライドにはそんなものはどうでもよく、重要なのは自分の飯の種が『無料で入手できる』こと一点のみであった。

 魔石は魔導技術者にとっては最もなくてはならない材料の一つで、これがなければそもそも魔道具を作り出すことが出来ない。
 しかも、魔石というものは一つ一つ込められた魔法が違うため、魔石を手に入れたらまずどんな魔法が込められているか確認し、そこからようやく『その魔石に適した道具』を制作する事が出来るのだ。

 しかしながら、大きな力を宿す程に魔石は高額で取引されるため、ライドのような力も金も持ち合わせていない人間にはなかなか手に入れる事が出来る物では無かった。
 その為、これまでライドは安い魔石を業者から購入し、無難で安価な魔道具を制作、販売しながら行商をしてきたわけだが、幸運にも海を渡ってすぐのカンタールの近くの崖で魔石の鉱脈を発見して今に至る……という訳であった。
 最も、

「見つかるのが在り来たりだったり、使用用途がわからない魔石ばかりじゃなぁ……」

 起き上り、先程まで腹の上にあった自信作を手にとって深い溜息を吐くライド。
 正直、“聖水”の魔石を手に入れて、『ライド式浄水器』を完成させた時はとんでもない物を作ってやったという実感があった。
 ライドの腕では魔石に水分が触れる前に異物を除去させる装置を組み込む事は出来なかったが、これさえあれば世界中を旅する冒険者に高く売れるだろう。

 しかし、蓋を開けてみれば自分自身の考えの浅はかさを痛感する事となる。
 戦士に突っ込まれるまで気がつかなかったが、そもそも、水のない場所でどうやって原料の水を手に入れる事ができるのか……という話だった。

 ライドは落胆した様子で、しばらく座り込んでいたが、やがて立ち上がると出かける準備を始める。
 どうせもう客は来ないだろうし、商売道具である魔石の採掘に行かなければいけないからだ。
 ライドは壁に掛けてあったザックに手にしていた浄水器を放り込み、壁からザックと外套を外して身に付ける。
 支度を終えて振り返ったライドの目に入ったのはひっくり返った机と埃まみれの床だったが、掃除と片付けは帰ってからする事に決めると外に出る。

 扉の外は真夏の日差しが容赦なく照り付ける世界だった。




「ライド!」

 自宅を出てしばらく歩いた所で後方から掛けられた声に反応してライドは振り向く。
 振り向いた先にいたのはライドと同年代であろう少女で、丁度ライドに向かって走り寄ってくる所だった。

「これはこれは。大家さんのご息女のネリイさんじゃないですか。ひょっとして何かご入り用ですか?」

 ライドは少女が足を止めるまで待つと、商売用の笑顔を張り付かせて挨拶する。
 しかし、そんなライドの態度に腹を立てたのか、真っ赤な髪を左右に縛った件の少女は目尻を上げて、

「ご入り用ですか? じゃないわよ! あんたね! いい加減今月の家賃払いなさいよ! もうとっくに支払い期限過ぎてんだけど!?」

 ビシッとライドの店舗……もとい、物置小屋を指さしながら怒鳴る少女にライドは困ったように頭を掻く。

「そうは言いましても、今日の食事にもありつけない状況でして。お金がなければ家賃だって払えないでしょう?」
「なら! 直ぐにでも出て行きなさいよ!!」

 ライドの切実な訴えにも少女はどこ吹く風で金切り声を上げる。
 正直、どうして大家さん本人ではなく娘のネリイがここまでヒステリックになるのかと事情を知らない人が見たならば思うだろうが、これにはライドがこの町に住み始めた経緯に理由があった。

 ライドがこの町に来たばかりの頃、殆ど無一文だったライドは行き倒れ寸前の状態だった。
 それを介抱し、助けてくれたのがネリイだった。
 この頃のネリイはとても優しい少女で、ライドの語る旅の話をとても嬉しそうに聞いていたものだった。

 しかし、無駄飯ぐらいをいつまでも置いて置けるほどこの町の住人は裕福ではない。
 その状況に居心地の悪さを感じたライドが何か飯の種でもあればと、付近の森に探索に出た時に偶々発見したのが魔石の鉱脈だった。
 
 そこで見つけた魔石を使用した魔道具を売り収入を得たライドは、これまでの宿泊代とこれからの住まいの提供を願い出た。
 ライドにとって手つかずの鉱脈を発見した事で、この町を拠点として生活しようと決めたからだった。

 しかし、一時的なら文句を言わなかったネリイの両親も、今後ずっととなると流石に首を縦には振ってくれなかった。
 そんな時にネリイが提案したのが当時は全く使用しておらず、廃墟と化した庭の片隅にあった物置小屋の貸出だった。

 とにかく雨風凌げればそれでいいというライドは納得したものの、ネリイの両親はそれでも困った顔をした。
 そんな両親を説得したネリイの案が、今後の自分のお小遣いと食費はライドからの家賃で全て賄う……というものだったのだ。
 つまり、

「あんたのせいで私もう3日も何も食べてないのよ!? あんたさえ居なくなれば直ぐにでも家で食べられるから! さあ、出てけ!」
「いやいや、3日位なんですか。以前二人で身を寄せ合って木の皮を齧りながら一週間耐えた時に比べたら……」
「人のトラウマを平然と口にしないでよ!!」

 ライドの発言に折角の可憐な顔を歪めて詰め寄る赤毛の少女だったが、直ぐに力なくライドの足元に座り込む。

「……駄目。お腹すいて力でない……」

 自らの足元で座り込む少女の顔は俯いている事で見る事は出来なかったが、力無く垂れた左右の髪と、心なしか小さくなったように感じる体にライドの心に罪悪感が湧き出てくる。
 思えば、この町に転がり込んでからもう1年以上この少女とは顔を合わせてきたのだ。
 今回のような事も1度や2度ではないし、いよいよ収入が無くなった時にお互い助け合ってきたのも何時もの事だった。

 それでも、これまでは一度だって『出て行け』とは言われた事は無かったのだ。
 それは、それ程足元の少女が追い込まれている事の証拠だと思った。
 だから、ライドはザックの中に右手を突っ込むと、中から一つの魔石を取り出した。

「ネリイ。これを」
「……?」

 ライドはしゃがみこんで赤毛の少女と視線を合わせると、少女の目の前に右手を差し出す。

「これは“光源”の魔石です。これ単体はありふれた物で大したお金にはなりません。それでも、今日一日の食費くらいにはなるはずです」

 ライドの言葉にネリイは力なく魔石を受け取る。それは唯の石ころに見えたが、手のひらに移したそれはほんのりと暖かく、魔力がこもっている事が実感できた。

「僕はこれから仕事に行ってきます。帰ってきたら必ず今月分の家賃を払いますから、今はそれで勘弁してもらえませんか? もちろん、その石はこれまでネリイにかけてしまった迷惑料ですから、家賃には含みません」

 ネリイはライドの言葉を聞きながら、何度も魔石とライドの顔を見比べる。
 元々糸目の少年の営業スマイル。その内面を測れる程の付き合いもあるわけでもないので、その真意を図ることは出来なかったが、それでもネリイは頷きフラフラと立ち上がった。

「……わかった。今はこれで我慢する」

 そして、しっかりと魔石を握ってライドに背を向けるネリイだったが、3歩ほど進んで立ち止まると、

「……『出て行け』なんて言ってごめんね……」

 そう呟き、トボトボと去っていく少女の背を見ながら、ライドは立ち上がる。
 
「……さて」

 その表情に浮かぶのは、先程までの営業スマイルでも、困ったような顔でもなく。

「いよいよこれで引き返せなくなったなぁ……」

 本当の意味で一文無しになった、嘗ての流れ者の覚悟を決めた真剣なものだった。      
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