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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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4.SES計画Ⅲ

4.SES計画Ⅲ

「大丈夫か?いや済まなかったな。最初の一太刀で戦意を折ろうと思ったんだが、意外に肝が据わっていたな。しかし思ったよりも長く戦えたからな。これを続ければ訓練校に上がる前にはかなり良い線いくかもしれん。」
それを聞いて青くなる巧。考えてみれば今日の戦いは始まりにすぎない。恐怖の克服がこの訓練の目標なのだから。
「良い線ですか…。正直言って全く歯が立ちませんでした。」
「当たり前だ。俺が何年剣を握ってきたと思っている。それに武家の子は幼少から剣を振っていると言ったろ?お前ぐらいの歳でも出来る奴は出来る。だが衛士を目指すなら剣の腕よりも、死線を超えた経験こそが重要なんだ。これから三年間。毎日は無理でも週に二回ぐらいこの訓練を積めば、少なくとも死の恐怖に対しては強くなるだろう。」
「そうですか…。確かに本当に死んだと思いました。目が覚めた時は何で生きてるんだろうって…。」
「まあそうだろうな。殺す気はなかったが、剣には殺気を込めていたしな。だが勘違いするなよ。お前に経験を積ませるための訓練だが、それだけじゃない。確かに死線を越える経験が最も大事だが、剣術の訓練は戦術機の操縦にも役立つんだ。」
「えっ?」
それは意外な言葉だった。家での剣術訓練でも体を鍛えることを念頭においていたし、軍人として最低限の戦闘力は持っておくべきだと思っていただけだった。
柳田との戦いも、昔ながらの慣習のようなものと。戦術機は対BETA兵器であって、近接用の武器はあっても緊急用の武装だと思っていたし、それも剣ではなくショットガンのような銃火器の類だと思っていた。
「訓練校で習うだろうがな。生身の戦闘経験というのは戦術機の操縦で重要な役割を持つんだ。間接思考制御システムといってな。詳しくは訓練校の座学で習えばいいが、簡単に言ってしまえば、自分の体のように戦術機を動かせるシステムだな。だから生身での戦闘訓練も戦術機の操縦には大事なんだ。」
「いえ、意外に感じたのは戦術機での戦闘で剣術が使われるということです。父に戦術機は戦闘機の代わりに空中戦をするために開発されたと聞きました。地上と空の両方で敵を攻撃するための兵器だと。ですから攻撃方法は射撃なのではないのですか?」
「ああなるほどな…。そうだな、お前はもう俺の弟子だし、軍に志願することは決まっている。口も堅そうだから話してしまうか。良いか、これから話すことは守秘義務の範囲だ。民間にBETAについて詳しいことが伝わらないのは知っているだろ?だからお前も人に話すのはダメだ。」
「はい、わかりました。」
「よし。確かに戦術機はBETAのレーザー兵器で無力化された航空兵器の代わりに三次元的な攻撃を仕掛けるためのものだ。だがその攻撃力はBETAに対してかなり低いと言わざるを得ない。確かに空中から一方的に攻撃できるんだが、それはBETAのレーザー兵器に撃たれない僅かな間だけだ。戦闘機よりも装甲があると言ってもBETAのレーザー兵器の前ではほんの数秒しか持たない。それに直撃したらそれだけで終わりだ。」
民間には伝わっていない情報だが、数種類あるBETA種にあって光線級、重光線級はもっとも人類を苦しめている種だった。他のBETAが地上戦の、原始的な物理攻撃しかしてこないのに対して、光線級が放つレーザーは人類では再現できない程の高出力であり、射程も圧倒的。しかも照射対象は原則外すことがないという反則的な攻撃だった。
「それに空中から攻撃できたとしても爆撃機のような攻撃力はない。重量が重くなれば鈍重になるし、推進剤の消耗も早い。そして地上戦では…表現できないほどの物量で襲ってくるBETAを相手にしなくてはならない。いくら殺しても湧いてくる。一匹殺している間にBETA集団は一歩、また一歩と前進してくる。だから戦術機での戦いではかなり高い確率でBETAとの接近戦になる。弾数にも限りがあるし、戦線を維持するためには簡単に後退することもできない。だからこそ近接格闘戦が重要なんだ。剣は折れなければ使えるし、使い方によって威力や手数を自由に変えられる。」
「なるほど…しかしそこまで数が多いのであれば囲まれた時は絶体絶命ということになりませんか?」
「確かに囲まれた時は相当厳しい戦いになるな。だが奴らの攻撃は単純だ。体当たり、腕を振り回して殴る、噛みつく。大体がそんなもんだ。数は多いし耐久力も高いが、攻撃は単調だ。訓練を積めば一つ一つの攻撃の回避は容易だ。ただレーザーで制空権を取られた状態で大軍に囲まれ孤立すると流石に厳しいな。そうならないために隊の連携があるんだが。」
「そうですか…では剣術そのものも重要なんですね…。では今後の訓練ではどの様に取り組むべきでしょうか。」
「そうだな…。最初の一、二年は真剣の戦いの前に剣術を教えよう。ある程度素地ができたら長時間の戦いに慣れてもらう。疲れても平常心を保てるようにな。俺のところではそんなものだろう。他の訓練は惣一郎さんが考えてくれているのだろう?」
こうしてこの日より、巧は柳田の下で剣術の訓練を積むことになった。この経験は巧の人生を大きく変えていくことになる。

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柳田の訓練の他にも、巧の訓練はある。幼少の頃から続けているSES計画のトレーニングである。これも中学に入ってから変化した。早朝ランニングでは50kgの重りを背負い、格闘術や擬似的な射撃訓練を組み込んだサーキットトレーニングを元帝国陸軍人だった指導官監督のもと行った。また衛士適正を高めるための訓練では、庭に大型の機材を設置し、回転、加速、揺れ等が不規則に発生する機械に長時間乗り、その中でも的確に状況を見極めるために様々な訓練をやった。
時間が空けば高度な工学系の学問や最先端の技術について学んでいった。
ちなみにこれらの訓練に必要な機材や土地、人材などは遠田技研の経営に影響を与えないために、父・遠田惣一郎の個人資産を切り崩して用意された。
遠田家は代々職人肌の一家で、趣味=仕事だったために、それまでに溜まった資産は膨大なものだった。しかしそれを惜しみなく投入しSES計画を進めていった。
その甲斐あってか、中学を卒業する頃には巧の能力は正規兵顔負けのものであり、衛士適正に必要な身体的な強度も、通常の衛士に比べて圧倒的だった。
SES<スーパーソルジャー計画>計画の名に恥じない効果があったと言えるだろう。ただし、そこに費やされた費用を合計すると、戦術機一機ぐらいなら優に買えてしまうほどだったが。


1988年 柳田邸

巧は二週間後の帝国陸軍志願を前にして、柳田邸にて最後の訓練に励んでいた。道場には柳田の道場で剣術を習っている生徒たちが十人、竹刀を持って巧を囲んでいる。そのうちの一人が気勢を上げて打ちかかっていった。
「めぇぇぇん!!」
巧はそれを掻い潜ると手に持った竹刀で胴を抜く。さらにその勢いでその後ろの生徒に襲い掛かる。しかし左右から打ちかかる気配を察すると、足を止めバックステップ。そこで待ち構えていた相手が巧の後頭部に攻撃を加えた。
それを受け止めた巧はまず集団の中から抜け出すことにした。
一点突破。包囲の薄い部分を見極め一気に突き破る巧。もちろんその方向にも相手はいたが。巧は反撃させる間を与えず打ちすえる。
巧の相手を務める生徒たちは舌を巻いた。自分たちとて柳田から教えを受けたもの。剣の腕には自信がある。しかし目の前にいる少年は自分より年下にも関わらず、圧倒的な数の差に苦しむこともなく冷静に攻撃をさばき、一人一人確実に打ち破っている。
戦い始めたときの侮りはもうなかった。それどころか本当に十人全員やられる危険性さえある。
一方、巧も内心焦っていた。柳田から課された最終訓練であり、試験。それは柳田の門弟十人を同時に相手にして勝つこと。時代劇ではあるまいし、そうそう簡単にいくことではない。普段は柳田を相手にしていることもあって、一人一人はそう難しい相手ではないが、数が違いすぎる。囲まれた状況ではどうにもならない。
包囲を突破した巧が振り返ると前から三人が同時に襲い掛かってくる。相手も剣を習っているだけあってかなり素早い踏み込みだ。
その攻撃を間合いを外してすかし、横に回り込み同時に一人を打ちすえる。残り七人。

柳田は訓練を見ながら、これまでのことを思い出していた。三年前自宅に訪れた少年は研さんを絶やさず、柳田の教えを確実に身につけていった。一年目は剣術の基本、二年目は実戦での動き、そして集大成の三年では集団戦での戦術である。BETAと戦うときはその圧倒的な物量に対して如何に戦うかが重要である。その際には多人数との戦闘経験がものを言う。一対一の強さと一体多数の強さとは別のものなのだ。それらの教えを巧は砂地に水を垂らすがごとくあっと言う間に吸収していった。
(惣一郎が言っていた通り…麒麟児、天才だ。)
柳田は誰よりも厳しく、丁寧に巧を指導した。はじめこそ友人である惣一郎の息子ということでやっていたが、しばらく鍛えているうちに巧自身の才能に惚れこんでいった。しかも子供であっても才能に溺れず弛まぬ修練を積んでいる。その力量は斯衛の戦士にも匹敵するかもしれない。
(SES計画か。馬鹿馬鹿しい計画だと思ったが…)
そして巧は更に二人を打ち破り、相手役の生徒たちはもうその数を半分に減らしていた。
(巧はきっとこの国をけん引する戦士になる。この出会いに感謝せねばな。)

残りが少なくなってきた生徒たちは無理に責めずに包囲し、巧の体力を削る作戦に出た。セコイ作戦ではあるが、一人に十人がかりで負けるよりはましである。包囲し、二人でかかって三人は隙を窺う。その作戦に巧は削られていく。
(このままだとやられるのは時間の問題だ…。)
ただでさえ包囲されないように動き続けていた巧は体力の限界に達しつつあった。どんなに早く動いても体は一つ。いくら鍛えていても何倍も速く動けるわけでもない。流石に何度も破られているだけあって、相手の包囲も鉄壁である。
(横に抜けても外側にいる三人に打たれる…。なら一か八か、やってみるしかないな。)
そして巧は賭けに出た。

勝てる。作戦がうまくいった生徒たちはそう確信した。このまま行けば相手の体力は尽きるだろう。
その時、それまで激しく動き隙を見せなかった巧の足が止まり構えに隙ができた。
(今だ!)
その居着きを見逃さず、一気に打ちこむ。しかしその剣を振り下ろした先に巧はいない。
(横にかわしたか!だが終わりだ!)
あの状態で横にかわせば包囲している三人が打ちこむ。もはやそれに対応するだけの力は残していまい。
しかしその確信は、絶望に代わる。生徒の上から巧の気勢が聞こえたのである。

「うおぉぉぉ!」
巧の賭け。それは相手の攻撃を縦にかわすことだった。横にかわすとどうしても次の動きに一拍隙ができる。しかし縦にかわす、すなわち跳んでかわせば空中から直接攻撃できる。面に隙を作り打たせれば視点が下がる。そこを上にかわせば相手は自分の姿を一瞬見失い隙ができる。
そんな綱渡りのような賭けだったが、巧を倒せず焦れていた相手はまんまと罠にかかってくれた。上から相手の面を打ち、そのほころびを突破。向かいの相手もその状況に対応できずあえ無く沈んだ。
数を三人に減らし、包囲することも難しくなり、勝負はあっけなく終わった。

「そこまで!ギリギリだったが良く乗り越えたな巧。そしてお前たち!お前たちは鍛え直さなければならんなぁ?」
顔を青くする生徒たち。柳田のつける稽古は半端ではない。しかも年下の子供に負けたとあっては仕置きは厳しいものになるだろう。
「お前たちも後一、二年で徴兵年齢だろう。もっと気合い入れて訓練しろよ?」
「「「「「「はい!」」」」」」
「よし。今日はもう上がりだ。巧は今日で最後だからな。うちでささやかなお祝いを上げてやろう。」
「ありがとう…ございます…。」
息も絶え絶え、ふらふらの巧であったが、これまでになく上機嫌な柳田を見て少し嬉しくなったのだった。


訓練後、柳田邸の風呂を借り汗を流した巧は、訓練終了のお祝いを兼ねて柳田とその妻、智美と夕食を囲んでいた。
「お前が来てもう三年になるのか。ずいぶん早く感じるなぁ。来年は訓練校か…。志願通りに行くとは限らないが、どの訓練校に行きたいんだ?」
「帝都で斯衛を目指すか、帝国軍なら富士か、厚木か…迷ったんですが厚木にしようと考えています。」
「厚木?何でまた…あそこは確かにでかい基地だが別に名門でもないぞ。」
「斯衛は帝国の中でも精鋭の部隊と聞きますが、あまり実戦経験はないと思うんです。本来の職務は殿下や五摂家の方の警護ですから。」
「そうだなぁ。俺は大陸に派遣された部隊だったから結構実戦経験がある方だが、帝国軍の大陸派遣部隊は戦場が日常だからな。対BETA戦の熟練衛士は帝国軍の方が多いだろうな。」
「富士は仮想敵部隊として教導隊がありますが、あくまで対人です。それに訓練兵ごときが戦える相手ではないでしょう。」
「で、厚木か…。そうか、米軍部隊だな?」
「はい。米国自体は後方国家ということで経験が足りないと帝国では見られていますが、米国本土の軍と違って各地に派遣されている部隊は経験も豊富だと思いますし、何より最新の戦術機について学べる機会があるかもしれません。日本でも富嶽、光菱、河崎が合同で開発をしていますが、戦術機の開発においてはやはり米国が一番だと思います。それに厚木基地には試験運用の部隊があると聞きました。」
「なるほどなぁ…。しかしお前は技術士官になるわけでもないし、技術方面にそこまで明るくなくても良いんじゃないか?」
「いえ、SES計画の最終目標は戦術機の開発ですから。訓練兵が米国戦術機の機密を学べるとは思いませんが、米国戦術機の性能を知ることができるのは有意義だと思います。」
「全く子供らしさの欠片もないね、お前は。だがまあ考えは分かった。確かに米国の戦術機の性能は帝国のものとは段違いだからな。でも忘れるなよ。その戦術機の性能を引き出すのは衛士だ。実際にF-4J改<瑞鶴>でF-15C<イーグル>を破った例もある。腕を磨き続け戦場で戦うことこそ衛士の務めだ。」
「斯衛の巌谷大尉ですね?F-15Cの性能は圧倒的であったのにも関わらず斯衛の衛士が戦術機の腕と機転で勝利したと聞いています。」
「ああ、巌谷大尉は腕利きだったがまさか勝つとは誰も思っていなかったよ。だが分かったな。衛士はまず腕を磨け。戦場で生き残るためにもな。」
「はい。心得ました。」
「でも気を付けなさいよ?訓練でも事故ってあるんだから。最近は疑似生体技術がずいぶん進んでるみたいだけど、一回の事故で衛士をやめざるを得なくなるかもしれないんだから。」
「分かってますよ智美さん。これまで衛士になるために頑張ってきたんです。絶対になって見せます。」
「うん。教官話はしっかり聞けよ?お前にとってはもう分かっている話が多いとは思うが、教官ってのは訓練のプロだ。訓練兵を虐めているように見えるが、任官すればその意味が分かるようになる。それに教官はお前が初めて会う軍人だ。俺も軍人だがお前との関係は師匠と弟子だからな。上官としての軍人は訓練校の教官が初めてだろう。しっかり学べよ。」
「はい。」
今日は訓練納めの日。訓練校に入ればしばらく柳田と会う機会はない。柳田家は巧にとって第二の家といえる存在になっていた。その大切な時間を豪華な夕食と共に噛みしめながら、巧は決意を新たにした。

 
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