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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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外伝 憂鬱センチメンタル

 
前書き
暫くヴェルトールの過去にちらっと触れる話をします。 

 
 
 かつて二人の冒険者がいた。

 一人は冒険者として大成しにくいヒューマンに生まれた私、アスフィ・アル・アンドロメダ。
 もう一人は道具作りの能力が低い猫人、ヴェルトール・ヴァン・ヴァルムンク。

 二人はそれぞれ、自分よりも潜在的アドバンテージの高い相手との競争に果敢に挑んでいた。

「私はこの街で最高のアイテムを作成するアイテムマスターになる。ヘルメス様の下で沢山学ぶうちに、この夢だけは叶えたいって思えたの」
「アイテムマスターねぇ……つまりこの街の物作りでトップになろうってか?野心家だなぁアスフィは!……よっし!!なら俺は念願の『完成人形(フィニート)』を作り上げて世界最高の造型師になってやるぜ!!俺の人形見て腰抜かすなよ?」
「このまえ見せてもらった人形は腰が細すぎて真っ二つに折れたけど?抜かすってそういうことなのぉ~?」
「う……うるせー!お前のアイテムだってダメだったろ!!前の空飛ぶ靴!!俺の身体を無視して天空に飛び去ったまま帰ってこなかったじゃねえか!!」

 顔を真っ赤にして反論した彼の言葉に図星を突かれた私は言葉に詰まり、「次は飛べるのを作るわよ!!」大口を叩いては二人で笑い合っていた。まだ10代で、若かった。

 恋人――とか、そういう意識はなかったと思う。

 純粋に、種族的に手先が器用なドワーフ達のせいで肩身の狭い思いをしながらもひたむきに情熱を燃やす彼に触発されていた。神秘の籠った道具を作成する職人は人間よりエルフが多くて肩身が狭い思いをしていた私は、彼と自分の苦労を重ねていたんだと思う。年月が過ぎるにつれて私は結果を出していき、ヴェルトールも自分のファミリア内でその頭角を現し始めていた。

 そうして1年2年と年月は流れ、私達は次第に二つ名を背負う冒険者としてこの街の物作りのトップに食い込み始めていた。『ヘルメス・ファミリア』の財政難を救ったのは私の魔道具である自負があるし、ヴェルトールはその頃になると金持ちの欲しがる大型オブジェの設計や監督を任されるほどの立場になっていた。
 自分の認めた相手がこの街で活躍しているのは何故か誇らしくて、負けていられないとモチベーションを掻きたてられた。次第に二人の会話は曖昧な夢の話ではなく、次はどんなことをやろうかという具体的な進路の話に変わっていた。畑違いではあったけど、同じ作り手としての意見はとても貴重で、交流の賜物として商品化した道具も複数ある。

「実はさ……もうすぐ『完成人形』作りに入ろうと思うんだ。金も溜まったし、お許しも出た!これから腕が鳴るぜ!」
「スゴイじゃない!ま、私も次期団長が狙えるぐらいには成長したし?こうなると……どっちが先に夢の(きざはし)を上りきるのか競争よね!!」
「おうよ!完成したらまずお前に見せてやるから、精々それまでに団長になるんだな!!」

 それから私達『ヘルメス・ファミリア』は長い繁忙期に突入し、私の自由時間は次第に無くなっていった。同時に彼も本格的に作業に取り掛かったのか、次第に連絡は途絶え気味になっていた。彼のことが気にならなかった訳ではないが、私自身が彼を気にかけるほどの余裕がないまでに多忙だった。
 彼の事を思い出したのは、私が団長の地位に正式に就任して暫く経ったある日のこと。それまで、私は多忙さとファミリア管理、おまけにヘルメスの奔放さに振り回されて彼のことがすっかり頭から抜け落ちていた。約束の日から、既に数年が経過していた。

 ヴェルトールはどこにもいなかった。
 ファミリアに籍は残っていたが、ファミリアに戻ってきていないという。「逃げ出したんだろう」、と、ファミリアのメンバーは冷ややかな目で呟いて、目の前でホームの玄関を力任せにバタンと閉じた。

 そんな訳はない、彼は自分の夢を諦めるほど自分に折り合いをつけるのが上手ではない。一度没頭すれば誰よりも深く造型を追求する生粋の職人肌だ。『完成人形』をつくるために作業に心血を注いでいた筈だ。
 そう思って周囲にしつこく聞いて回り、それでも分からないからとうとう私は情報屋を雇った。相場を知らない所為で少々ぼったくられたが、それでやっと彼の情報を得る事が出来た。
 どうやら彼は確かに『完成人形』――本人曰く、芸術を越えた究極の人形を完成させるために半年ほどオラリオの外で資料集めに奔走していたそうだ。そうして全世界のあらゆる人形の製造技術を短期間で会得した彼はオラリオに舞い戻り、あらゆる材料を基に人形の作成を開始した。しかし「究極」の名を冠するものを作ろうとするだけあって開発は難航。彼は次第に精神的に摩耗し、目はギラつき、頬は()け、耳や尻尾の毛はまるで手入れされずに毛並みもボロボロになっていたという。

 それから間もなくして、彼の行方はぷっつり途絶えていた。

 私は、彼が逃げたとも思いたくなかったし、死んだとも思いたくなかった。彼は親友とライバルの中間に位置する大切な戦友だ。きっと行き詰まっているだけで、今もこの空の下で『完成人形』を作ろうと必死になっているに違いない。そう思い、仕事の合間を見ては彼を探しに出かけていた。月に1時間も探せないことなどザラだったが、それでも探した。

 そして団長に就任してから更に数年が経過した頃――私は、衝撃的なものを目撃した。

『ウォノ~、壁から小さい箱が生えてるよ~?』
『む、中から魔石の気配がする……きっとアレは魔石の力を吸収して動くモノに違いない!』
『えっ!!それじゃ私たちと同じじゃない!!あの箱って実はアタシたちのイキワカレのお母さん!?』
『そんな筈は無かろう。母君とは子を産んだ親のこと、つまり母とは主様……ぬ?母は女性だが主様は男性……だと?いかぬ、混乱してきたぞ!』

 きゃっきゃとはしゃぐその子供たちは余りにも美しかった。この世に存在する人工物とは思えないほどに完成された造型で、背中から伸びた純白の片翼がまるで彼らが天の御使いであることを証明しているかのようだ。そして何より、私はその子供たちの、人間にしては小さすぎる体を見て、戦慄した。

 アイテムメーカーとしての観察眼が、結論を弾きだす。

 この子たちは、人間じゃなくて『人形』だ――!!

 最早、人形が自分で喋っていることも思考していることも私の頭から抜け落ちた。
 何故なら、二人の人形はそれほどまでに芸術的な存在だったからだ。
 極限まで人工物であるという事実を削ぎ落とし、生物的な美学、黄金比、曲線、存在感を一部の隙なく完璧に埋め合わせたこの世界の奇跡の体現、いや奇跡そのもの。それが神ではなく人間の手によって作り出されたという事実一つをとっても世界がひっくり返りそうなほどに、それは完成されていた。

 そして何より、アスフィの知る限り「意志を持って動く人形」なんて発想を実現させようとした人間はこの世に一人しかいない。

 こんなものを、彼以外の誰が造ろうと考えようか。
 仮に考えたとして、どうしてそれを実行できようか。
 私は確信を持って、人形たちに問いかけた。

「もし、そこの二人。もしや貴方の父親とは――」


 ――それが、今から2,3年前の話だ。



 = =



 あれはそう、まだオーネストを見かけて間もない頃……やっと世界に色が戻り始めてた頃だった。

 俺は『完成人形』を隠すために動いていた。これはまだこの世に生まれるには早すぎる存在であることを、肌で感じ取っていたからだ。だから俺は『完成人形』をこの世界から隠すために偽装を施し、その封印の鍵としてドナとウォノという二つの人形を仕立てた。

 この人形は、下手をすれば『世界のパワーバランスをひっくり返す』程の力を持っている。自分の作品を封印するのに気は進まなかったが、やむを得ない。代わりに鍵の二人には『完成人形』の本質的部分を少しだけ移植し、世界で2番目に高度な人形とした。
 ドナとウォノは、身も心も子供だ。この世界に生まれて間もなく、周囲には知らないことだらけだった。彼等も『完成人形』ほどではないが、その価値を理解出来る者にとっては全財産をはたいてでも手に入れない代物。故にあまり外に出さず、出すときは俺と一緒に行動するよう躾けてきた。

 しかし、子供のしつけ方が悪いのか、それとも元来子供がそういう生き物なのか――天真爛漫な二人は目を離すと家から脱走してご近所を『冒険』していた。困った話ではあるが、自分の子供が成長する様は見ていて嬉しい物だったので、あまり強く注意はしてこなかった。

 そのツケが、回ってきた。

「ヴェルトール………久しぶりね。本当に………」
「ン………アレかな、最後に顔を合わせてから5年くらいは経ったっけか」

 やっべー、と俺は内心で脂汗を噴出させていた。そう、5年だ。5年間もこの友達と完全に音信不通状態。しかも、『完成人形』が出来たら見せるとまで言っていたのに、すっかりそれを忘れていた俺は綺麗にブツを封印してしまっていた。つまり、完全に約束を破ってしまっている。

 気まずさに顔を背けながらも、ちらっとアスフィの顔を見る。……………5年の間に色気が4割くらい増してる気がする。畜生美人になりやがって、ちょっとドキッとしちゃったじゃねーか。というか待てお前、何で両手にドナとウォノをだっこしてやがる。二人も見ず知らずの人の腕の中なのにちょっと嬉しそうじゃないか。くそう、母性か。俺には親として母性が足りないのか。

「………ひどいじゃないですか。私がやっと目的に達していざ会おうとしたらどんなに探しても見つからなくて、それでも必死に探してみれば、こんな細い路地の一角に個人工房ですか?一報くらいは寄越してくれてもよかったじゃないですか……」
「………………ご、ごめん」
「……冗談です。どうせ人形に夢中になりすぎて忘れていたんでしょう?私も何年か貴方の事を忘れてたのでおあいこです」

 と言いつつプイッと明後日の方向を向いてさり気ない怒ってますアピールを繰り出すアスフィに、俺は内心「忘れられたままでもよかったんだが」とぼやいた。事実、俺は『完成人形』を作る事を急ぎ過ぎた過去の自分に「焦りすぎだボケぇ!!」と叫びながらドロップキックをかましたい気分なのだ。

 俺は、急ぎ過ぎた。そして『完成人形』という代物が内包する危うさと、それを作ると言うのがどういう意味を持つのかに対して無頓着すぎた。だから人形を完成させて数年、俺は生ける屍のように乾いた街を当てもなく彷徨う事になった。アルル様だけは僅かなうるおいを与えてくれたが、そのアルル様にも「急ぎ過ぎた」と言われてしまった。

 俺は大口でホラを吹いた愚か者だ。その年齢で到ってはならない領域に自ら突っ込み、そして溺れかけた。大間抜けも良い所で、堅実に出世した目の前の『万能者(ペルセウス)』とは大違いだ。そして、『完成人形』は彼女が造る道具と決定的に違う所がある。
 その決定的な部分を他人に悟られたら、その時点でおしまいだ。だから俺はそれを隠し、自分の作品に蓋をした。パンドラの箱と違って誰かが迂闊に開かぬよう、厳重な鍵をかけて。
 で、その鍵二人は未だにアスフィにだっこされている。

『マスター。マスターってパパぁ?ママぁ?』
「パパだよ。ある意味ではママだけど」
『つまり『おかま』か?』
「そう言う意味じゃないし、どこで覚えて来たんだそんな言葉!?」

 知らぬうちに子供が教育に悪い言葉を覚えている気がして戦慄したが、べつにオカマは教育に悪いわけじゃないかと思い直す。それより問題はさらに不機嫌度が増したアスフィだ。

「………私に黙ってこんな可愛い人形さんたちを作っておいて説明も無しですか、ヴェルトール?この子たちを一目見た時にピンと来ましたよ。この世界にこんなにも馬鹿正直に人形を『生物』に近づけるようなバカな職人なんて一人しかいない。そう、馬鹿な夢を掲げていた貴方です!」
「確かに馬鹿だったよ。おかげで散々後悔するハメになった」
「……聞かせてください、貴方に何があったのか」

 アスフィのどこかよそよそしかった態度が、純粋にこちらを気遣うものに変化した。
 共に上を目指して競った筈の俺がどうして表舞台から姿を消すような事態に陥ったのか、そしてドナとウォノは「何」なのか。

 だがな、アスフィ。言えないんだよ、俺は。

「スマン、それは言えない。強いて言うなら自業自得で苦しんでただけだ」

 俺は、彼女の追及をかわすように体のいいセリフで話を濁した。

「は?そんなんで私が誤魔化されるとでも思ってんですかこのバカ猫は?」
「スンマセン浅はかでしたごめんなさいってフギャァァアアアアア!?痛い痛い痛い痛い尻尾は止めて尻尾踏むのはッ!?」
『ぬ、主様ぁ~!!』
『やめたげてよアスフィ!!シッポはダメだよ!!』

 アスフィは誤魔化せなかったよ……。
 


 = =



 この世で最も複雑怪奇な造形物は何か。
 その問いを投げかけたのも答えを出したのも同一人物だった。

『俺にとって究極の造形物ってのは、人間なんだ』
『人間が、ですか?私はそうは思いませんけど……だって人間は彫刻や絵画なんかでその造形を追及され尽くしています。人間が究極なら芸術家の先人たちは皆が究極の技師ですよ』
『それは外面だけの話だよ。確かに俺も先人たちの芸術品には敬意を持ってるし素晴らしいとも思うよ。だけどあれはその瞬間を切り取った固定的な造形でしかないだろう?人間は自ら動き、成長し、老いていく……その過程の中のほんの一部分を緻密に表現しただけなんだ。何より人間ってのは父親と母親が交わって生まれる物だろ?決して人工的に作り出すことが出来ない存在――命の神秘。これを究極と言わずしてどうするよ?』
『それはそうですが……それでは貴方は生命体を作り出したいのですか?』

 この世界に溢れる人間は、嘗て天界の神々によって生み出された神のデッドコピーだと言われている。敢えて不完全な存在として生み出すことで、神々の停止した時から切り離された存在となったのだ。そして生命体を人工的に生み出す事が出来るのは神だけ。
 だから、彼がもし生命体を作り出したいと言うのなら、それは神の領域に触れる禁忌の所業だ。

『自信家だとは思っていましたが……恐れ多いとは思わないんですかね、貴方は』
『何を言うかと思ったら、アスフィも意外と馬鹿馬鹿しい事を気にするんだな』
『ばっ……馬鹿馬鹿しいとはなんですか!!私はただ貴方が届きもしない物に手を伸ばして周囲から疎遠になり、その非凡な才能が認められずに埋まってしまわないかと心配になってですねぇ!!』
『アスフィみたいな可愛い子が認めてくれるんなら心強さとしては十分だな!』
『か、からかうなバカ猫っ!』

 思わず彼をはっ倒そうとするが、反射神経のいい彼は咄嗟に身を引いたせいで私だけがバランスを崩して地面に突っ伏す形になった。非常に屈辱的で、とっても恥ずかしい。顔をあげるのが嫌になって暫く蹲っていると、彼が『俺が悪かった』と謝る声が聞こえた。気を遣わせてしまったのが余計に惨めだが、とりあえず顔をあげる。

『えっと……話を戻すケドさ。俺は別に生命の誕生を目指してるんじゃないんだよ。ただ、俺の目指す人形の究極形態ってのに近づけば近づくほど、人形は人間に近くなっていくんだ』
『それは形状が、ではなくもっと別の意味ですか?』
『ああ。俺はな………人形に動いて、考えて、喋って欲しいんだよ』

 馬鹿だこいつは、と私は思った。昨今女の子でもなかなかそこまでメルヘンチックな夢を見たりはしない。それをもうすぐ成人になろうかという男が語るのだから、ここが酒場なら失笑ものだ。なのにこの男は、どこまでも本気の表情を見せる。

『それは最早人形とは言えないでしょう……求められる機能が人形の域を超えています』
『かもな。だがそれは人形としての進化を経てそこに辿り着いた訳であって、まったく別種からのアプローチじゃないだろ?からくり人形も立派な人形なんだ。自立的に動く人形だって広義で言えば人形の枠の内さ。俺は……人形に、俺の予想を超える存在になって欲しいんだ』

 既にそれは作品に託す願いではないことを、彼は気付いているんだろうか。それは自分の子供、自分の弟子、自分の後に続く世代に老人が託すような願いだ。だが同時に、自分の作品とは自分の息子のような存在でもある。
 道具の身でありながら勝手に行動し、成長する――異端的な、そして常人の想像を絶する目標。何がヴェルトールをそんな段階まで駆り立てたのかは分からなかったが、少なくとも今の彼にとっては夢物語のような目標の筈だ。

『滅茶苦茶な目標を追うのでは、真っ当な方法では辿り着きませんよ』
『まぁな。まず最初が難問だ。目標のためには極限まで人間に近づけた躯体が必要になる。表情が変わらない今の人形じゃ駄目なんだよ。分かるか?骨格は当然、顔の筋肉の構造や血管、神経まで模倣する。人間の身体となんら変わらない構造を持ちながら人間の身体ではないそれに意志を宿せば……究極の造形美を内包した究極の人形、『完成人形』が出来上がると思うんだ』

 夢を語って興奮する彼の子供っぽい横顔は、まだ彼が無謀に夢を追いかける若さを持っているということでもある。私だって、と活力を分けてもらった事に気付き、彼に釣られて笑った。こんなバカな夢を本当に叶えられたら、彼は伝説になるだろう。そのライバルがここで燻っていては申し訳が立たない。

『では貴方がそれを追い掛けている間に、私がその人形の装飾品を作って差し上げましょう。いつぞやの空飛ぶ靴も大分形になってきましたし、これからもまだまだ新商品を作っていって、最終的には貴方の『完成人形』もあっと驚くものを作らせていただきます。………ところで、ひとつ疑問があるのですが』
『何?』
『いえ、その………どうやって人形に意志を宿すのかという最大の部分が謎なんですが』
『そらそうだろ。何せ俺が一番苦戦してるところだからな!』

 能天気にからからと笑う彼を見た私は、内心で「この調子じゃ完成しないんじゃないのか?」と思ってしまったのだった。


 しかし、現実は違った。


「まさか本当に意志を宿してみせるとは………一体どんなからくりなのです?」
「企業秘密だ」
「成程……『アルル・ファミリア』の利権に関わるという大義名分があるのなら、それは個人ではなくファミリア同士の情報戦になる。私も深くは追求できません。上手く躱しましたね、ヴェルトール」
「棘のある言い方は勘弁しておくれよ」
「棘を刺したくもなります。彼等を見た限りでは、貴方の夢はほぼ完成しているようではないですか。なのに……なのに、何故そんな貌をしているのです?」
「今の俺は、どんな貌をしている」
「耳の聞こえなくなった音楽家のような貌です。少なくとも、私と夢を語らっていたころの面影はない」

 作りたくても作れないなどという陳腐域を超え、最早嘗て生業にしたそれに関わることすら嫌気が差しているような深い疲労の色が、彼の顔を曇らせていた。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、大人しく腕に抱かれていた人形――ドナとウォノが手元から離れてヴェルトールの方へと向かう。とてとてと愛らしい小さな歩みであったが、ヴェルトールに辿り着いた彼らはその両肩へと昇って座った。

『マスターをあんまり虐めないでね?これでも前よりカイゼンしてるんだから!』
『うむ。むしろあすふぃ殿に会ってから少し顔色が良くなった気がするのだ』

 ヴェルトールはそんな二人の頭を無言で撫でて微笑む。二人は目を細めて心地よさ気にそれを受け止めていた。やはり彼らはヴェルトールの子なのだ、と実感を得る。

「一人の友人として聞かせてください、ヴェルトール。この子たちは何なのです?貴方が昔語った『完成人形(フィニート)』とこの子たちは限りなく近いように思います。この子たちが貴方の夢なのですか?」
「それは――」
『チガウよー。アタシたちは『完成人形』の後に作られたからねー』
『特別ではあるが、完成してはいない。我らが片翼しか持たぬのにはそのような意味もある……と主様がいつか言っておられた』
「この子達とは別に、もう完成させていたのですか………!」

 これは正直、予想外だった。人形の専門家ではないアスフィだが、この二つの――いや、「二人」の人形は『これがそうだ』と言われてもそのまま気付かず受け入れてしまえるほどに完成されている。これ以上と言われて想像がつかない程にだ。
 何せアスフィ自身、ヴェルトールの所に案内してもらう前に一度工房に持ち帰って詳しく調べてみたい衝動に駆られた。あの魅力は、ヴェルトールに会いたいという思いが無ければ抗いきれなかったろう。それ程にこの二人は精緻で美しく、そして素晴らしい。

「で、では『完成人形』はどこに!?」
「――封印したよ。アルル様と『完成人形(フィニート)』と3人で話し合って、そう決めた。もしかしたら日の目を見ることは二度とないかもしれない……」
「……私との約束を破ってまで、それは封印しなければいけなかったのですか?その、『完成人形』が自らの封印を受け入れるほどに?」

 ヴェルトールは淡々とした口調で、告げる。

「あれが表に出れば、オラリオのパワーバランスがひっくり返る。あれは……素晴らし過ぎた。時代に現れるのが早すぎたんだ。公表すればどのファミリアだってこぞって欲しがるだろうし、あれを見れば全世界の人形師が道具を投げ出して工房を仕舞うだろう。自分ではそれを作る領域に決して辿り着けない事を悟るからだ」

 彼は、端的に、こう言ったのだ。


 「俺は人類の到達点の一つに足を踏み入れたのだ」――と。



 = =



 アスフィ・アル・アンドロメダは考える。ヴェルトールの語った「灰色の世界」を。

 例えばアスフィが「どんな奇跡だって起こせる魔道具」……願望器とでも言うべきアイテムを開発したとする。それが物質として存在し、願う人間がいれば、願望器はどんな無理難題でも叶えてくれるだろう。そのアイテムの前では今までアスフィが造った他のどんなアイテムでさえ霞むし、それさえあれば未来永劫新商品を開発せずとも困らないし、誰も魔道具を作る努力をしなくなるだろう。

 つまり、それを開発した瞬間にアスフィの技術者としての仕事は終了したも同然になる。未来永劫その先には進まないし、その後ろにも戻ることが出来ない。つまりはそれが「灰色の世界」――生きながらにして全てが止まった状態。

 ぞっとした。
 好きであったはずの物事に奈落へ突き落される事を想像したことはあるが、「灰色の世界」は想像を絶するほどに酷であった。自分のミスや未熟さが招いた事態ならそうはならないだろう。だが、「灰色の世界」は恐ろしい事に、それを起こした本人は何ら罪深いことをしていないのだ。
 自分の好奇心に押し潰されて動けなくなる……そんな言葉さえ生易しいほどに、その世界は絶対的に残酷だ。

 ヴェルトールはその域をなんとか脱したと聞いているが、本当に彼は大丈夫なのだろうか。心配になったアスフィは、時折ヘルメスをホームのデスクに縛り付けて様子を見に行くようになっていた。

「え、ちょ、アスフィ!?いくら俺が仕事をさぼり気味だからってこれはちょっとやりすぎなんじゃ……ふっ!くっ!ぜ、全然解けない……しょ、食事とトイレはどうすれば……!?」
「我慢してください。では、行ってきます」
「アスフィィィィィーーーーッ!!俺が悪かった!!全部俺が悪かったから、これからはサボらずやるから!!お願いカムバックしてぇぇぇぇぇ~~~~~ッ!!」

 別に積年の恨みを込めて絶対にほどけない結び方をした訳じゃないし、普段のサボリで他人にどれだけ仕事を押し付けてもらっているかを思い知ってもらおうと思った訳じゃないし、あわよくばこれで恐怖による束縛が出来てファミリア運営が楽になるなぁとかそんなことを内心で思っていたとかそう言うアレな事はアレなのでアレだ。そういうことだから。

 そうして遊びに来た私は、時折手作りのドナ・ウォノ用の服を用意して二人に癒されながらもヴェルトールを観察した。彼は時折何かを思いついたように工房で何かを作ったりしていたが、怖ろしく洗練された手さばきで何かを作ったかと思うと直ぐに廃棄処分していた。人形師としての自分と「灰色の世界」の境で苦しんでいるのだ。

 何度か、何を作っているのかと声をかけたことがある。するとヴェルトールはこちらを振り向き、彫刻刀を恐ろしい速度で振るって手元の木材を削り、出来上がったものを手渡してきた。何かと思って見れば、それはアスフィ自身の顔を掘った彫刻だった。しかも彫刻刀で彫ったとは思えないほどに曲線が滑らかで、眼鏡までもが完璧に彫りぬかれていた。

「やるよ。モデルになってくれてありがとさん」

 彼自身、何を作ろうとしたのかが分からなかったんだろう。ただ、手に物を取らずにはいられなかったんだと思う。僅か10分足らずでここまでの作品を仕上げる彼の手先には神力が宿っているのかもしれないと思った。
 だが、それで終わったら面白くなかったアスフィは、その彫刻に色を入れてコーティングを施した。魔道具はデザインも大事であるためこの手の細かい作業は慣れたものだ。彼に対抗する意味も込めて数分で塗り終えた。

「いい素材をありがとうございます。ふふっ、初めての合同作品ですね」
「そっか、言われてみればアイデアを交換したことはあっても作品を触らせるのは初めてだったんだな………つーか、よく考えたら見知った女の顔を彫刻して渡すとか新人職人の女口説きみたいだな………うわー思い出したら恥ずかしっ!」
「ふふふ……私の部屋で大切に飾らせてもらいます。そして「あれは?」と聞かれたら「ある職人が私にプレゼントしてくれたんです」と嬉しそうに説明して差し上げましょう。彫刻の底にも貴方のサインがありますからそれを見せるのも忘れずにね!」
「やめてぇぇぇーーーーッ!!」

 その小さなからかいを切っ掛けに、ヴェルトールは表面上、段々と昔のお調子者に戻っていった。内面も以前ほど薄暗くは無くなり、完全にではないが世界は次第に色を取り戻していった。
  
 

 
後書き
ネコの尻尾は踏んだらあきまへんよ。いやこれホンマに。俗にいう「死ぬほど痛いぞ」って奴ですわ。

一応だけどヴェルトールは蒼崎橙子やローゼンとも肩を並べられるレベルの人です。 
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