ソードアート・オンライン 神速の人狼
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閑話 ー 二刀流 ー
前書き
原作一巻だと言ったが……アレは嘘だ!
現在の最前線から僅か三層下迷宮区。 誰一人としてプレイヤーがおらず、閑散とした薄暗いダンジョン内をーー皮鎧と海賊刀、円盾で武装した緑色の亜人ーーゴブリンの一団が二列縦隊で徘徊していた。 それを物陰に隠れながら、やり過ごすと俺はベルトから、投擲用の細いピックを抜き出した。 俺に背中を向け、ダンジョン奥へと進むゴブリンたちの内一体に狙いを定め、右手にピックを構え、〈シングルシュート〉のモーションを起こした。 スキル練度はさして高くないものの、敏捷度の補正を受けた俺の右手は稲妻のように閃き、放たれたピックは、銀色の光の尾を引きつつ、狙い通りに一体の武装ゴブリンの肩へと着弾する。 たかだか投げピック一本で与えられるダメージなど雀の涙ほどもないが、狙いはそこではない。 突然の襲撃を受け、列の殿を務めていたゴブリンはギロリと後方を振り向いた。
〈魔法〉のような遠距離強攻撃の存在しないSAOには、数の差は有利不利へと直結する。 デスゲームと化したこの世界ならなおさらだ。 ゆえにパーティメンバー以下の数のエネミーを相手にする事が推奨されている。 そこでより安全に、確実に狩るために使われるのが群れて行動するエネミーから一体もしくは少数だけ引っ張り、安全な場所まで導いて撃破する、通称《釣り》や《PULL》と呼ばれる兵法だ。
ーー案の定《釣られた》ゴブリンは隊列を崩し、一人のこのことやってくる。
離れた場所で待ち構えた俺を視認しするなり、腰に吊るした海賊刀〈カトラス〉を抜き放ち、奇声を上げて急接近してくる。 完全に戦闘状態へと移行したゴブリンを背中に吊るした二刀の剣を抜き、構え迎え撃つ。
「ギイッ!」
「……っ!」
挨拶代わりの、光の軌跡を引きながら打ち下ろされたその剣を、右手の黒剣〈エリュシデータ〉で弾き返すと、間髪入れずに左の白剣〈ダークリパルサー〉をでっぷりとした胴へと見舞う。 攻撃がクリーンヒットし、ゴブリンのヒットポイントを大きく削る。 一歩、死へと近づいたゴブリンは、瞳に憎悪の炎を燃やし睨みつける。
大きく吠えると同時に再びカトラスにライトエフェクトが灯る。
凄まじい咆哮と共に放たれる上段斬りから始まる四連撃を左右の剣で全て逸らし、受け止め、防ぎきり、大技を放ったためにシステムによって課せられた技後硬直によって動けずにいるゴブリンへと反撃を開始する。
「……せあっ」
掛け声とともに黒剣を垂直に斬り払い、即座に刃を返して逆袈裟に切り上げる。 ゴブリンの緑色の胴体にV字を刻んだ魔剣〈エリュシデータ〉は俺の期待通りの働きをして見せ、半分近く残されていたHPを全滅させた。 ガラス塊が砕け散るような爽快な破砕音と共に青い粒子へと還元されていくゴブリンへは一瞥もくれず、奥から気炎を吐きながら迫ってくる武装ゴブリンの一団へとターゲットのカーソルを合わせる。 おそらく先ほどの奇声で釣られて来てしまったのだろう。
剣と盾が3、弓が1……!
素早く戦力を確認すると小さく息を吐き、気息を整えると連戦を行うために意識を研ぎ澄ませる。 深く沈んだ態勢からダンッと強く石床を蹴り、地面スレスレを滑空するように突き進んだ。 横一列に並んだゴブリンの直前でくるりと体を捻り、右手の剣を左斜め下から叩きつける。 ゴブリンの構えた円盾とぶつかり合い、激しい火花を散らし、三体が同時に仰け反った。 そして、コンマ1秒遅れで左の剣がガードの上がったゴブリンたちの胴を切り裂いた。 二刀流 突撃技〈ダブルサーキュラー〉は、一度に三分の一以上のヒットポイントを削った。
さらなる追撃を仕掛けようとするも、ヒュッと風切り音を立てながら足元に突き刺さった矢によって阻まれる。 弓兵ゴブリンの援護射撃だ。
ダメージこそカトラスの直撃を受けた時の半分以下の値もないが食らってしまえば極僅かながらも硬直を強いられてしまうので軽視は出来ない。
第二射を叩き斬ると先に弓兵を落とすべく行動を開始する。 前衛を固める剣士ゴブリンを大きく弧を描くように迂回しながら、弓兵とある程度距離を狭めると、態勢を低くしながら強く地面を蹴った。 肩に担いだ右の剣が赤い光芒の尾を引きながら、さながらジェットエンジンのような轟音を立てゴブリンへと突き進む。
片手剣にして刀身の倍以上のリーチを誇る重単発技〈ヴォーパルストライク〉が急所である心の臓へと炸裂し元よりHPの少ない弓兵ゴブを屠り去る。
次……!と先ほど後回しにしたゴブリンたちへと視線を戻すせば、ギィギィと喚きながら接敵し、包囲網を完成させつつあった。 距離がある程度まで狭まると、ダンっと1秒の遅れなく地面を蹴った。 ここのゴブリン隊特有のコンビネーション攻撃だ。 三方位から迫る突撃はまず防げない。 そのために一体ずつ狩る必要があったのだが……。
絶対絶命の危機の中、冷静にも知り合いの刀使いの事を思い出していた。 確か似たような局面にてあいつはどうやって切り抜けていたか……。
記憶を掘り返し、自身にトレースするまでを1秒足らずで行うと、感覚を一層研ぎ澄ませる。 三方位から突撃してくるゴブリンの動きが手に取るようにわかる気がした。
突撃タイミングがコンマ秒の狂いもなく同時なため、合わせるのは簡単だ。
「ーーハ、ァァァァ!」
二刀を大きく広げ、裂帛の気合を放ち、体を高速回転させ光と共に全方位を薙ぎ払う。 二刀流 範囲技〈エンドリボルバー〉。 ガキィンと甲高い音を立て、ゴブリンたちが弾き飛ばされていくのを視界の端で捉え、上手くいったとほくそ笑んだ。 一瞬緩んだ緊張を張り直し、状態異常の一つである〈転倒〉状態に陥り、動けずにいるゴブリンへと二刀の剣を突き刺し、介錯する。 声とも言えない悲鳴を上げ、爆砕したのを見届けるとすでに〈転倒〉から解放されたゴブリンへとターゲットを向ける。 残る気力を振り絞り、二体を屠るために〈二刀流〉の上位剣技を発動させた。
「らああああ!!」
リスクを度外視した両手の剣での攻撃。 右の剣で中段を斬り払い、間髪入れずに左の剣を突き入れる。 加速する思考の中、亜人たちへと夢中で剣を振り続けた。 甲高い音が立て続けに鳴り、星屑のように飛び散る白光が飛び散り、薄暗い迷宮区内を照らす。 二刀流 上位技〈スターバースト・ストリーム〉、数の暴力と呼べる16連撃という圧倒的な手数が必死に武器防御をしようとするゴブリン二体を押し潰し、最後の一撃が肩から胴にかけてバッサリと切り裂いた。
* *
「ふぅ〜……」
周囲をゴブリンたちの亡骸とも言える青白く発光するポリゴン粒子が照らす中、アクセラレートされた思考が通常へと戻ったことで軽く目眩を感じた。 いつもの癖で〈索敵〉を行い、周囲に敵やプレイヤーがいない事を確認すると大きく息を吐き、力を抜いた。
戦闘終了。 左右の剣を払い、カチンと音を立てて背中の鞘に収める。ドサリとひんやりと冷たい床に腰を下ろしつつ、ーー視界の左上ーー自分の命と同期しているHPバーへと視線を合わせれば、ほぼノーダメージでの戦闘だった。 安全マージンを満たしているものの、レベル差がかけ離れているわけではないゴブリン隊を余裕で屠った〈二刀流〉スキルの規格外さを改めて痛感する。
〈ビーター〉として蔑まれてきたが、〈二刀流〉は〈チート〉そのものである。 バレた時の恐怖が脳裏を掠め、ぶるりと体が震えた。
短い休憩を終え、立ち上がると次のエリアへと移動しようと歩みを進める。 が、突如パチパチパチと乾いた音が誰もいないはずの迷宮区内に響き渡った。 足を止め、振り返るなり、〈エリュシデータ〉を抜剣し音源の方角へと剣先を向けると、黒いフードで顔を隠したプレイヤーが壁に寄り掛かりながら、こちらを眺めていた。
「……誰だっ!」
返事はない。 代わりに、黒ローブのプレイヤーの右手がフードへとかけられ、降ろされた。 迷宮区の淡い照明に晒されたのは、透き通るような銀糸を持った少年。 そして、頭からは髪色と同系色のとんがりが二つひょこりと立っていた。 あんな面白……いや、奇抜なアバターをしたプレイヤーはアインクラッド広しと言えど、一人しか知らない。 〈神速〉の二つ名で知られるプレイヤー、ユーリだ。
「……見てたのか」
「まぁ……偶然ね」
偶然としたら物凄い確率だと思いながらも、内心では焦りと後悔の感情が渦巻いていた。
だがそれを外面へと出さずに、ユーリの挙動に注意を払っていると、彼は何か考える素振りを見せると、窓を操作し小瓶をオブジェクト化するとこちらへと放ってくる。 中身は赤黒く、粘土の高そうな液体で、沸騰したように絶えずボコボコが泡が浮かんでは破裂している。 新種のポーションが発見されたという噂は聞いた事がないし、いかんせん怪し過ぎる。
ユーリに疑わしげな視線を向ければ、顎をクイッと上げ、手の中に収まるガラス瓶を示す。 飲んでみろ、ということらしい。
(……毒、なんてことないよな?)
盛るなら盛るでこんな堂々とはしないだろうし、第一、一服盛られる心当たりがない。心を決めると、瓶を持ち直し、栓へと手をかける。 キュポンと音を立てて栓が抜けると瓶から漂ってきたのは、意外にも柑橘系の爽やかな香りだった。 見た目と反する 香りに意外性を感じつつ、口をつけ、グッと中身を呷ると、驚愕に目を大きく見開いた。
「こ、これは……! 舌と喉を焼くような刺激に、この甘ったるさ! コーラか!?」
「そのとおり」
「おおっ……!」
流暢な発音でそう言うと、ユーリは会心の笑みを浮かべた。 残る半分を飲み干すと思わず感激に体が震える。 子供から大人まで幅広い年代層に愛されて、一部の熱狂的なファンからは『血液そのもの』と言わしめるほど人気なーー俺も過去に一度似た何かを探したが、諦めたーー清涼飲料をまさか、この世界まできて飲めるとは思ってもみなかった。 思わず出処を訊ねて見ると、意外にもユーリのお手製だった。
「ユーリ、これって……どこのだっ!」
「いや、店売りじゃない。 〈料理〉スキルの応用だよ」
「……なんと!」
売れる! と直感的に確信する。 SAOにログインしている大半のプレイヤーはきっと喉から手が出るほどこの懐かしの味を欲しがるだろう。 だが、すぐにその考えを改める。
「……俺の分が無くなったら困る!」
「……ば〜か」
ユーリに軽く罵倒されながら冷ややかな視線を向けてくる。 だが、世紀の発明をした偉人は意外にも表情が優れなかった。 ガリガリと頭を掻きつつ、伏せ目がちにユーリは理由を語った。
「……色と、あと飲んだ時の感じが違うんだよね。 この手のゲームが液体の表現が苦手っていうのもあるかもなんだよなぁ〜」
「は、はぁ〜……」
発明者様は、どうやら理想が高いらしい。
しかし、謎だ。 てっきり俺が今までひた隠しにしてきた〈二刀流〉スキルについて訊ねられると思っていたのだが。 一体どういう風の吹き回しだろうか。 もしや、出現条件を訊く対価として渡してきたのか……などと、訝しんでいるとユーリは、少し言い辛そうに眉を寄せながら口を開いた。
「その、だな。 俺も他人の知らない情報くらい持ってるし……その試作品だってシィを除いたらお前が初めてだ。 だから、無理して……言わなくてもいいと思うぞ」
「え?」
「そのスキルのことだよっ!!」
後半がよく聞き取れずに咄嗟に訊ね返すと何故か怒鳴られた。 解せぬ。 少し顔を朱に染めつつ、そっぽを向くユーリを見てようやく言いたい事を理解した。
(あぁ……そゆこと)
〈二刀流〉という下手なレアアイテムより遥かに貴重な情報を隠匿してる俺を励ましてくれたわけだ。 それも何故か(偽)コーラを通して。 〈ユーリ〉という人間の優しさや思いやりを生で感じ、改めて思った。
(……いい奴じゃん)
いつもは冷たい態度なのに今は優しくされ、背中にむず痒さを覚えて思わず苦笑した。ユーリは、天井を見上げるとどこか遠いところを見ているような表情でポツリと呟いた。
「バレた時がな……若干トラウマになるぞ」
「あ〜……」
第50層ボス戦で前線復帰したと同時に彼の持つ特異なスキルの情報が公となり、それを嗅ぎつけた剣士や情報屋共が大挙してユーリたちのホームに押しかけ、大慌てでエギルの店へと逃げてきたのはよく覚えている。 あの時の恐怖を思い出したのか、三角耳を力なく垂らし、肩を震わせた。 天井から視線を俺へと戻すと、ユーリは柔らかく笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「……だから、いいんじゃないか。 無理しなくて。 そりゃ、いつかはバレるだろうけど、公表するのはその時でいいだろ」
ーーそれに、いつかは必ずその二刀流が必要になる時が来るから。
その言葉は、俺の心に暖かく響いた。
後書き
〜本編談〜
キリト「……しかし、なぜ俺にコーラを」
ユーリ「べ、別にお前に飲ませたいから、あげたんじゃないんだからねっ! は、話の口実だから……!」
…………ツンデレ乙。
最近、オリ主をTSさせたりロリ化させたいと密かに企んでいるざびーです。 次回から、ちゃんと原作一巻が始まります(予定)。
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