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コーディネイト

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1部分:第一章


第一章

                  コーディネイト
 インテリアデザイナーの瀬戸香苗には色々な自慢があった。まずは自分の家だ。
「どうかしら、この家」
「うわっ、奇麗」
「お城みたい」
「自分でデザインしたのよ」
 にこりと笑って誇らしげな顔でいつも家に招いた友人達に対して言うのだった。家は白を貴重とした十九世紀のイギリスの家をイメージしたもので庭には緑の草木と赤や白の花がいつも咲き誇っている。その草木や花々が左右対称に飾られている。そして庭だけではなかった。
 家も同じだった。左右対称を念頭に設計され窓の様式も西欧風だ。木の窓が実にお洒落だ。
 内装もまた立派だった。全て床張りで玄関からトイレに至るまで全て奇麗に飾られ掃除も行き届いている。キッチンも豪華な設備を見せており何の欠点もない見事な家である。
「立派よ、立派」
「香苗の服だって」
「ふふふ、そうかしら」
 それを褒められてさらに気分をよくさせる。髪はショートボブにして黒い髪の潤いを保っている。肌には気を使い三十代後半なのに皺一つない。すらりとした長身で知的な目に紅い唇を持っている。いつも微笑んでいる感じで表情を保っている。眉も少し吊りあがり気味の目に合わせて奇麗に描いている。また白いズボンのミリタリー調のスーツで身を包んでいる。
「よく似合ってるわ」
「それにまだ若くて」
「何言ってるのよ、歳は変わらないわよ」
 こうは言っても嬉しいのは事実だ。
「それはね」
「お子さん達だってねえ」
「ねえ」
 子供は二人だ。長男の幸一と長女の春香だ。実は阪神ファンなので息子の名前はこうしたがそこには名前の元の選手の顔がよかったせいもである。
「美男美女で」
「いい感じじゃない」
「息子さんはもう中学生だったっけ」
「ええ、そうよ」
 にこにこと笑って応える。勉強もスポーツもできて顔もいい自慢の息子だったりする。
「それで娘さんもね」
「もう六年よ。手がかからなくて何よりよ」
 こちらもまた美少女で知られている。いつもイギリス調の奇麗な服を着せている。まるで人形の様に可愛らしくやはり彼女の自慢なのだ。
「女の子のあの年頃って難しいって聞いていたけれど」
「何か羨ましくなるわ」
「全く。何か何でもかんでも奇麗な中にあって」
「羨ましいわ」
「褒めたって何も出ないわよ」
 紅茶を片手ににこやかに笑いながら言葉を返す。やはり内心では嬉しい。今手にしているティーカップはゴイセンだ。やはり選んでいる。
「出てるじゃない」
「何が?」
「この紅茶と」
 紅茶はイギリスから特別に取り寄せたものだ。
「お菓子も。ザッハトルテよね」
「自分で作ってみたのよ」
 実はお菓子作りが趣味なのだ。甘いものは大好きだ。
「どうかしら」
「いいわ、デコレーションも立派だし」
 黒いチョコレートの上に銀色の砂糖やホワイトチョコで色々と書いている。ドイツ語だ。その周りにクリスマスケーキの様に色々なデコレーションを置いているのだ。
「味もいいしね。何でも奇麗だからいいわ」
 これが香苗の評判だった。彼女はとにかく奇麗なものが好きでいつもそれに囲まれていた。しかしそんな彼女にも一つだけそうではないものがあった。
「おい、飯」
「はいはい」
 キッチンにのそっとした感じで出て来たのは黒いジャージを上下に着てぼさぼさ頭に眼鏡の太った中年の男だった。如何にも今起きてきたという感じだ。
「もうできているわよ」
「メザシか?」
「メザシってねえ」
 今の彼も言葉にむっとした顔で応える。
「お昼よ。お昼で何でメザシなのよ」
「食えればいい」
 だが彼はぶっきらぼうにこう言うのだった。
「それでいい」
「それでいいってあなた」
 うんざりした顔になって彼を夫と呼んだうえでまた言う。
「ちゃんと味にも栄養にも気を使って作ってるから。お昼だって」
「そうなのか」
「そうよ。お家にいる時はね」
 そのうんざりとした顔で述べる。
「私いつも考えて作ってるじゃない」
「まあだったらいいけれどな」
「ええ。それであなた」
「何だ?」
 半分寝たような顔の夫に対してまた声をかけた。夫は今ゆっくりとテーブルに着いていた。
「原稿は書き終わったの?」
「まあな」
 ぶっきらぼうな返事であった。
「後は送るだけだ」
「そう。じゃあ後は」
「食って寝る」
 またぶっきらぼうな返事が香苗にかけられた。
「疲れたからな」
「ちょっと、そんな生活していたら」
 香苗は眉を顰めさせて夫に対して言う。
「太るわよ。身体にもよくないし」
「いい」10
「いいって。そんなのだから」
「そこまで太っていないからな。じゃあ飯は勝手に食うから」
「全く」
 結局一人で食べ終える夫だった。香苗はそんな彼をうんざりした顔で見ていた。そうして遂にたまりかねたように口を開くのだった。
「全く。最近酷くない?」
「酷いって何がだ?」
「結婚した頃ってこんなのじゃなかったじゃない」
 こう彼に対して言うのだった。顔を見上げた夫に対して。
「すらりとしていてハンサムで。服だっていつもワイルドなので決めていて」
「そうだったのかな」
「そうよ。それがどうしてよ」
 またうんざりした顔で言ってきた。
「こんなにぶくぶくって」
「仕事に関係ないからな」
 それでも夫は言う。無造作に近くにあるものを食べながら。
「だからどうでもいい」
「どうでもいいって」
「書ければそれで生きていける」
 彼は言った。
「容姿なんか関係ないだろ」
「そうは思わないけれど」
「御前はインテリアデザイナーで俺は小説家」
 言葉も無造作になっていた。
「小説家の瀬戸政行でな」
「瀬戸政行は美男子小説家じゃなかったかしら」
「昔の話だ」 
 こう言われても言葉を変えない。態度も。
「表に出ることもない。気にすることはないさ」
「そうかしらね。何か面白くない考えに思えるわ」
「格好変えたら何か変わるのか?」
「変わるかも知れないじゃない」
 香苗は政行に対して述べた。それでもといった感じで。
「やってみなくちゃわからないわ」
「やって作品が面白くなるならやってやるさ」
 言葉にはそんな筈がないだろうという考えがはっきりと出ていた。それを隠すつもりもなかった。どうでもいいという感じの言葉になっていた。
「幾らでもな」
「わかったわ。じゃあまずは証拠持って来るわね」
 半分売り言葉に買い言葉になっていた。こうなっては香苗も引くわけにはいかなかった。
「その時は。覚悟しておいてね」
「覚悟するものがあればな」
 返事は相変わらずであった。やはり全然意に介してはいない感じだ。
「やってやるさ」
「その言葉、忘れないでね」
 こう念を押してから彼女の戦いがはじまった。まずは政行をその気にさせる根拠を探し出す。それ自体はすぐに見つかったのだった。
 
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