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美食

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1部分:第一章


第一章

                        美食
 収まりの悪い茶色にした髪は跳ねている。黒い眉は実に濃いが太くはない。顔立ちは細面で顎の形が先に尖り気味で実にいい。目の光は強く確かなものだ。大学生伊原利樹はそんな顔立ちをしている。
 背は高くどんな服を着ても似合う。その彼がキャンバスで聞いた話である。
「美食倶楽部!?」
「ああ、そういう集まりがあるんだよ」
 こう友人が彼に話すのだった。
「御前食べるの好きだよな」
「嫌いなわけないじゃないですか」
 友人に明るい顔で答える彼だった。
「食べるの嫌いな人なんていないでしょ」
「まあそうだな」 
 そう言われると異存のない友人だった。
「人間食べないと死ぬからな」
「それで美食倶楽部ですか」
 利樹は文学部にいる。それでその名前を聞いてまずはある小説を思い出したのである。その小説とはあの作家の作品であった。
「谷崎潤一郎ですか」
「ああ、名前は同じだな」
 友人もその名前にはそれを感じていた。
「確かにな」
「じゃああの小説みたいに最後は何か得体の知れないものを食べるんですか?」
「さあ、それはどうかな」
 そう言われると首を傾げる友人だった。
「そこまでは知らないがな」
「そうですか」
「とにかくそんな集まりがあるらしい」
 再度このことを話してきた。
「どうだ?興味あるか?」
「ええ、何か面白そうですね」
 そう実際に答える彼だった。
「話を聞いただけで」
「じゃあここな」
 言ってすぐだった。彼は利樹に対して手書きの地図と住所、それに電話番号を書いた一枚のメモ用紙を手渡してきたのであった。
「ここに行けばいいからな」
「ここにですか」
「会費とかの話は向こうで聞いてくれ」 
 そうしたことについては一切知らないようである。
「じゃあな」
「ええ、じゃあ」
 こうして彼はその美食倶楽部という集まりを訪問することになった。友人から貰ったそのメモ用紙を頼りにそこに向かうとであった。
「ここか」
 そこはレストランか食堂かよくわからない店だった。看板に大きく漢字で『美食倶楽部』と書かれている。それを見るとよくわからない。一応外観はレストランに見える。赤と白の覆いがイタリア風ではある。
「何なのかな」
 利樹もその店が何なのかわからなかった。だがとりあえず店の中に入った。すると頭の禿げた目の丸い中年の男が出て来たのであった。
「いらっしゃい」
「あっ、はい」
 店の中を見てみるとさらに訳のわからない場所であった。カウンターの辺りは中華料理店を思わせるが奥の椅子は和風でうどん屋のそれである。そして手前はハンバーガーショップ、マクドナルドのそれである。壁は何か酒場の様で威勢のいい文字で描かれている。
 そんな奇妙な店に入ってである。何が何なのかわからなくなった彼であった。
「あの、この店は」
「そう、美食倶楽部だよ」
 その禿げた男は胸を張って言ってきたのであった。
「ここがね」
「はい」
「話は聞いているよね」
 そして今度はいきなりこう言ってきたのであった。
「もうね」
「何か美味しいものを出してくれる集まりだとか」
「そう、ここはそうなんだよ」
 胸を張り続けたままの言葉であった。
「ここにこそ真の美食があるんだよ」
「真のですか」
「真の美食とは何か」
 男はその奇妙な店の中で奇妙な話をしてきた。
「それを知る場所なんだよ」
「そうなのですか」
「そう、そしてだよ」
 彼は言葉を続けていく。
「まず私はこの店のマスターであり美食倶楽部会長でもあり」
「会長さんなんですか」
「名前は緒方洪庵」
 こう名乗ってきた。
 
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