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八神家の養父切嗣

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三十九話:正体


「なん…で? どうして…?」

 唇からこぼれ落ちる想いは戸惑い、そして疑問。ずっと憧れてきた、目標にしてきた。目の前の人物に追い付ける日を目指して走り続けてきた。だというのに、その人物が自分の最も憎む人物だった。既に理想を捨てた敗者だった。

「憧れなんてものは所詮、醜い真実を覆い隠すヴェールに過ぎない。理解とは程遠い感情だよ」

 切嗣はスバルを見つめているようで何も映していない瞳で淡々と語り掛けていく。スバルにはその様は魂などない人形のようでいて反面修羅のような形相をしているかのように見えた。その張り詰めた空気に状況が掴めていない他の者達ですら息を呑んで見つめる中、切嗣はさらに語り続ける。

「あの火災はそもそも犠牲など出ずに終わるはずだったものだ」
「じゃあ、なんであんなにも人が死んだんですか!?」
「……人為的なアクシデントとでも言うべきかな」

 それはアクシデントとはとてもではないが呼べるものではないだろう。そう口にしたかったが、何故だか口が開かなかった。まるでこれから先に聞くことが怖くて体の時を止めてしまったかのように。

「ところでだ、君達は正義の味方に……いや、誰かを救うために必ずなくてはならないものを知っているかい?」

 切嗣の声がまるで呪詛のように少女たちの耳について離れなくなる。その先など聞きたくないと心が恐怖し逃げようとするが体は指一本たりとも動くことがない。まるで自らに課せられた罪状を粛々と受け入れる被告人のようにどこまでも冷静に。

「勇気? 愛? それとも力? 全て違う。最も根本的なもの、そう―――他者の不幸だ」

 吐き出された言葉は他者から聞いても憎悪にまみれた憎々しいものであった。誰かを救うためには誰かが不幸でなければならない。傷を負っていなければならない。精神が壊れていなければならない。決して報われているということはあってはならない。

 誰かを救う人間、正義の味方は絶えず他人の不幸を求めてハイエナのようにうろつきまわっているのだ。そして死肉(不幸)を見つけるなり涎を垂らして飛びかかりその肉を食いちぎり、血を啜るのだ。そして食べ(救い)終われば自己満足に浸りながら新たな死肉を求めて彷徨う。決して不幸が起きる前に止めようなどとはせずに。いつも誰かが死肉(不幸)になってから。

「誰でもいいから、誰かを救いたいと……そんな歪んだ願いを持ったがゆえに他者の不幸を生み出した」
「ふざけないで! そんなの……絶対に間違ってるッ!!」
「そうだね。この上なく醜悪な自作自演の芝居に君達は巻き込まれた」

 救われることなく死んでいった者達。そんな彼らの死因がただ一人の男が物語の主役をやりたいからというだけという理由。あまりにも理不尽で傲慢な理屈で殺されていったのだ。そのような事実を一体どれだけの人間が受け入れられるだろうか。少なくともスバルには無理だった。

「そんな理由で誰かを傷つけていいはずがないよ!」
「ああ、事実そうだろうな。だが、スバル・ナカジマ、君はただの一度も―――他者に不幸が訪れた際に己が必要される嬉しさを感じなかったとでもいうのかい?」

 怒鳴り声をあげていたスバルであったが切嗣の言葉に黙り込む。心当たりがないわけではなかった。誰かを守るために己が身を差し出せるときに少なからず喜びを感じていた。誰かの為になるという行為そのものを報酬としていた。

 魔導士Bランク試験の時も身代わりになることで己の強迫観念を鎮めようとした。ホテル・アグスタでの警護の際も自分が犠牲になることで他者を守ろうとした。それらは全て自分にとって報酬で、他人の不幸を心のどこかで―――待ち望んでいた。

「そ、それは……違う…! あたしは誰にも傷ついてほしくなんかない! 不幸になんてなって欲しくない!!」
「自分の醜さを認めろ。君が正義の味方を目指している時点で、君は常に心の奥底で己の欲求が満たされる瞬間を、不幸になる人間を探している」
「違う…! 違う! 違うッ!」

 必死に否定を続けるスバルに他のフォワード陣は何も声をかけることが出来ない。擁護してやりたかった。しかし、今の彼女には擁護の声など届かないだろう。届くとすれば、それは……どこまでも残酷な事実。


「違うことなどない。なぜなら君の理想は―――そんな想いを持った僕なのだから」


 そう、スバル・ナカジマは衛宮切嗣という男に憧れてしまった。男のようになろうと仮初めの理想を抱き続けてきた。ならば、男のように矛盾した願いを抱くのも必然。偽物が本物を超えることはできるかもしれない。だが、偽物である以上は本物の本質と同じでなければならない。剣を模倣するならば剣、人間であるならば人間、歪んだ心であれば歪んだ心を真似る以外に道はないのだ。

「あたしは……あたしは……!」
「悪いことは言わない、理想など犬に食わせてしまえ。そうすれば先に続く地獄を見ずに済む」
「……これ以上に酷いことがあるの?」

 スバルは純粋にこれ以上苦しいことがあるとは思いたくなかった。自分の目的のために他者を踏みにじる行為。それ以上に酷いものとは一体なんなのか、もはや考えたくなどなかったが切嗣は容赦なく続けていく。

「若い頃は自分がどれだけ醜い存在であるかなんて理解していなかった。だから、大勢を救うために少数を殺してきた。数え切れないほどにね……」
「それは……」
「だが、そんなものは人殺しの言い訳に過ぎなかった。何が大勢の為に少数を犠牲にするだ。結局のところ僕は誰かを殺してきただけで誰一人として救ってなどいなかった! いや、死ぬ必要のない人間まで死に追いやってきた快楽殺人にも劣る!」

 大の為に小を切り捨てる。一見正しそうに見える理念ですら男は間違いだったのだと気づいてしまった。今まで必死に見ないようにしてきた犠牲にしてきた者達は死ぬ必要などなかったのではないのかという可能性を見せつけられたがゆえに男は狂った。

「誰も悲しまないように、誰も苦しまないように、それだけを願って走り続けてきた。その結果がこの世で最も悲しみと苦しみを生み出す機械の完成だ。全てを救うなどと夢を見ている限りこの結末からは逃れられない」

 救おうとした人間にすら絶望を与えていたどこまでも滑稽な人形。自分で自分が嫌になることを通り越して殺意すら覚えるほどの自己中心主義的な極悪人。それが理想を求めた先に得た答えだった。

「それなら…! 誰も傷つけなければいいだけ。殺しなんてせずに誰かを救っていればいい!」
「ふっ……初めはそうだったさ。君ぐらいの頃は苦しんでいる誰かを救おうと世界中を飛び回った。だが、生きている限り、争いはどこに行っても目に付いた……キリがなかった」

 確かに誰も傷つけずに、殺さずにただ人を救っていれば良かったのだろう。それならばこんな歪んだ存在になる必要もなかった。自分のせいで犠牲になる者達も現れることはなかっただろう。しかしながら、切嗣は満足できなかった。何故なら、彼の夢は誰もが幸せな世界だったのだから。

「子供のように我慢できなかった。曲がりなりにも一人を救ったことで視野は広がってしまった。 一人の次は十人、十人の次は百人、百人の次はと……自分の欲望を満たすためにより多くの人を救うことに執着してきた」
「なんで…? それでも誰かを救えばいい!」
「欲に目が眩んだとでも言うべきかな。戦争で死ぬ人間を減らすのに最も効率の良い方法はどちらかに一方的な勝利を収めさせることだ。その為にはどちらかの主要人物を始末するのが最も早い」

 誰かを救いたいと願いながら誰かを殺す。フォワード陣達はその矛盾した行動の理由が分からなかった。端的に言って狂っているとしか言いようがない。この世の誰があなたを救いたいと言いながらその人物の心臓を潰すだろうか。そんなものは、ただの異常人物か、特殊な性癖の人間ぐらいなものだろう。もしも切嗣がそのような人物であれば、どれだけ……救われたであろうか。

「殺す必要なんてないよね? 話し合いで解決すれば誰も死なずに済む」
「ああ、理論上はそうだな。だが、戦争になるほどまでに憎み合う相手が簡単に譲歩するとでも?」
「それは……」

 頷くことはできない。人の感情とはそれほど単純ではないのだから。愛する者を殺した相手を八つ裂きにしたいという憎しみが生まれないはずがない。

「第一、そこにこぎつけるまでにどれだけの時間がかかる? どれだけの血が流される!
 僕はそれが―――耐えられなかった…ッ! 君だって同じはずだ、耐えられるはずがないッ!
 一秒でも状況が止まっている間に目の前で人が死んでいく状況を許せるはずがないッ!!」

 会談を行う時期になれば流石に休戦になるだろう。だが、そこに至るまでにかかる時間はどれほどか。上の人間が話し合うべきかどうかを考えている間にも下の人間はその命を散らしていく。視野の狭い状態ならそんな彼らを見ることなどしなかっただろう。

 しかし、切嗣の視界にはいつだって死にゆく人間の姿が入ってきていた。それに耐えられなかったから彼は戦争を終わらすために人を殺した。それがどれだけ滑稽で、どれだけ愚かな行為かなど彼自身が知っていた。だとしても彼は無意味な死を肯定できなかった。

「あなたは……優しすぎる」

 ポツリとティアナが呟く。衛宮切嗣はスバルと同じように自分よりも誰かを救いたがる優しい人間なのだ。現実の残酷さを許せない程に優しいから誰よりも残酷な生き方をしてきた。そしてそんな生き方を誰よりも恥じている。だからこそ、こうも感情的にスバルを説得しようとしているのだろう。それは、なんという悲しい光景だろうか。

「優しい? まさか、本当に優しい人間なら誰も傷つけない。家族を殺そうなどとはしない。何より、名も知らぬ他人の為に愛する者を奉げたりするものか!」

 自己嫌悪。切嗣から吐き出された言葉から感じられるものはそうとしか言いようがなかった。スバルは認めたくなかった。自分が理想としてきた者の弱さを、醜さを。何よりも自分が目指したものがあの日、彼らを地獄に追いやったものなのだと。

「犠牲と救済の両天秤は自分が測り手にならなくとも自動的に動く。あの火災で君を救うために僕は対価として―――妻を犠牲にした。……名も知らぬ子を救うためにね」
「―――え?」

 まるでハンマーで頭を殴られたような衝撃がスバルを襲う。あの時見捨ててしまった者達は今日まで忘れたことがない。しかし、あの者達だけだと思っていた。自分が踏みにじって生きてきた人達はあれで最後だと。だが、現実としては自分の為に傷ついた者がまだ他にもいたのだ。

「ああ、安心してくれ。妻は生きているし今は元気だ。ただ、君が気を失った後に降りかかる瓦礫からその身を挺して僕達を助けてくれただけ……妻よりも見知らぬ子を守った僕をね」

 スバルにはその時の状況など分からなかったが二つほど分かったことがあった。衛宮切嗣という男は妻を深く愛しているということと。家族ではなく自分の理想を取ったことに後悔の念を抱いているということが。

「そもそも僕が誰かを救うという憧れに固執した結果として守らなければならないものを見失った。いや、例え見えていても……君を救っただろう」
「どうして……そんなにも苦しむのなら、あたしを救わなければよかったのに…!」
「それだけはあり得ないよ。君を救ったこと自体に後悔もない。なにより僕は―――」

 いったん言葉を切りふっと自嘲気味に笑い切嗣は呪いの言葉を吐く。


「―――正義の味方(・・・・・)だからね」


 だから家族を捨てて君を救ったんだ。そう言われたような気がしてスバルは戦意を失い崩れ落ちる。大切な者を犠牲にすることで見知らぬ誰かを救っていく存在に自分は憧れを抱いていたのだ。そのあり方は間違いではないのだろう。美しさすら感じられる。だが、余りにも残酷過ぎた。

 自分を犠牲にすることは簡単にできる。しかし、自分の家族を、大切な者達を、名前も知らない人間の為に死に追いやることが自分にできるだろうか。否、そもそも自分にそのような行為が許容できるとは思えない。エゴで家族を殺すなどあってはならないはずだ。

「誰もかれも救おうとは思わず、自分の手の平に収まる範囲で守っていけ。そうすれば僕のようにはならない」

 止めを刺すために切嗣は優しく、それでいて強制の意志の籠る声をかけていく。今ならば彼女は踏みとどまれる。人間らしく愛する者達だけを守り、自分だけの世界を創り上げていけばいい。誰も恨むことなく、恨まれることもなく、ただ平穏に暮らせばいい。

「……まだ、質問があります」

 もう動かないと思っていたスバルの唇が動く。訝し気に眉を顰める切嗣に対してスバルは顔を上げ、未だに折れていない芯の通った瞳で射抜く。

「そんなに悲しいことばかりをして、あたしを止めようとするほど間違いだって分かっているのに、どうしてあなたは―――止まらないんですか?」
「…………」
「答えてください。あなたが罪を重ね続ける理由を」

 切嗣は答えることが出来なかった。余りにも真っすぐ過ぎる瞳の前に言葉が出てこなかった。何故彼女は折れないのか。何故未だに信じることをやめないのか。理解できなかった。もしや彼女は自分以上に壊れているのではないかとさえ感じてしまう。

 沈黙が場を支配し、影を地面に縫い付けられたかのように誰一人として動くことが出来ない。世界の時が止まったかの如く音も空気も動かない。だが、世界が真に止まることなどあるはずはない。必ずその均衡を破る者が現れる。

Plasma lancer.(プラズマランサー)

「―――ッ!?」

 突如として横合いから切嗣に襲い掛かる電光の槍。反射的にシールドを張ることで防ぐことに成功するが一気に情勢が変動したことを悟り切嗣は大きく舌打ちをする。魔力が胡散したことでできた煙が晴れた先にはバルディッシュを構え険しい表情をするフェイトと血だらけのエリオを抱きかかえるなのはが立っていた。

「時間をかけ過ぎたか……いや、かけさせられたのか」
「それとエリオを放置したのが失敗です。切嗣さん」
「まさか、あの状態で這って進んでいたのか?」

 自分が隊長陣が来るまでの間、何もしないように話し続けさせられていたことに気づき渋い顔をすると共に、通路に血で何かが這って回った後があることに今更ながらに気づき驚きの声を上げる切嗣。

 エリオは足が使えない状態でありながら進み隊長達との距離を縮めていたのである。彼の行動も逐一確認しておくべきだったかと思うが既に目的は果たされたと言っても過言ではない。これだけ時間を稼げれば十分、焦る必要は何もない。

「だが、僕の目的は果たされた。こちらに人質がある以上はここで僕を捕まえるのは不可能だよ。それに、ギンガ・ナカジマ。彼女は現状三人の戦闘機人と戦っているはずだ。そちらの援護に向かうことを優先するべきだと僕は思うよ?」

 ギンガの名前が出たことでスバルとティアナの表情が青白くなる。ギンガは単独で行動しているはずであり、三対一といった不利な状況に陥っているのは確実。しかも今から向かったとしても救援に間に合わない可能性が高い。ギンガが殺されてしまいかねない、そう最悪の予測が頭をよぎるが何故か隊長達は表情を崩すことが無い。切嗣の方もそれに気づいたのか疑うような視線をなのはとフェイトに向ける。

「ギンガの方にはもう助っ人が向かっています。あなたも良く知る人がね」
「なに?」

 戸惑う切嗣に対してなのはは勝気に笑いかけるのだった。





 揃って並ぶように下がり息を整える三人の戦闘機人、ノーヴェとウェンディ、そしてチンク。三対一で襲い掛かればいかに同じ戦闘機人であるギンガであろうとも為すすべなく倒されるはずであった。だが、どういうわけか三人は未だにギンガを捕獲することが出来ていない。

「くそっ! なんだよアイツ、急に現れやがって!」
「顔を隠しているくせに無駄に強いっス……」
「姉の見立てではあれは相当の手練れだな。体術のエキスパートと言ったところか」

 その理由はギンガの下に現れた正体不明の救援であった。救援の数は一人、まだ三対二でこちらの方が有利であった。しかし、三対一と三対二ではその差は大きい。さらに言えばその救援の力は一般局員のものとは隔絶したものであり三対二であっても相手と渡り合う技量の持ち主であった。

「改めて聞きますけど……味方でいいんですよね?」

 その人物はどういうわけかギンガに対してもその素性を明かしていない。だが、自分を手助けしていることだけは分かるためにギンガも共に戦うことを受け入れているのだ。と言っても怪しいものは怪しいために尋ねずにはいられないのだが。そんな様子に何を思ったのか彼は振り向き短く答える。

「……味方だよ」

 仮面の男が隠した素顔にどのような表情浮かべているのか、それは本人にしか分からない。
 
 

 
後書き
仮面の男……一体誰なんだ(棒読み)

いきなり出たって思う人は 二十二話:歪む世界、二十六話:道標、三十四話:話をしよう、三十六話:思惑に分かり辛いですがちょこちょこ伏線を入れているので確認してみてください。まあ、分かりやすいのは二十六話:道標でもろに存在を出してます。 
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