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大刃少女と禍風の槍

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十三節:更に出会うは黒髪の少女

 
前書き
……漸くですっ……! 漸く、漸く “彼女” を登場させられる!!
何か超嬉しい!

…………でもこの作品、ガトウが主人公(?)の『黒剣暗刃』と違ってまだオリキャラ出てくるんですよねぇ……。
しかもプレイヤーやモンスターや分類不明の奴問わずな上、深く関わってくるのも居るし。
そして漏れなく結構 “濃い” し……。


……で、では本編をどうぞ。 

 
  
 
 
 少女は納得いかなかった。



 幾ら現実の命が掛っているとは言っても、そしてどれだけリアルな風景が広がっているは言えど……彼女が降り立っている『浮遊城・アインクラッド』を舞台とするソードアート・オンラインは、所謂 “MMORPG" ―――ゲーム世界に他ならない。
 ゲームだからこそ……幾ら見た目が軟弱で有ろうと筋力値を上げに上げれば適正ランクより下の斧など軽々振り回せるし、どれだけ横に広く重そうな体型であろうが敏捷値を集中的に鍛えれば高速を叩きだす事も可能な世界だ。

 よしんばこの世界でプレイヤーの現実的要素が必要になる場面があったとしても、それは現実で剣道や拳法をやっていたお陰で身体を動かすのが上手かったり、体重移動や柔軟など身体操作技術の面で他者の上を行くだけ。
 所謂 “有れば他者よりも優位” なだけなのであって……ざっくばらんに言ってしまえば、ゲーム攻略そのものや大雑把に捉えたゲーム的な強さに、何の影響もない。


 つまり見た目が細くか弱い 『少女』 であっても、歩み方一つでマッチョもかくやな剛腕の 『英雄』 となる事が可能なのだ。



「―――だから “オレ” が女だとか、強さとか攻略には関係ないだろうがよ!?」


 ……その筈なのに、除け者にされた事に、少女は心底納得がいかなかった。


「っのクセになぁ~にが『女の子だから危ないし、前衛なんか任せるのは不安だし』だ!? 良い人ぶってその実 “戦力外” 扱いしてんじゃないぜ! こんのクソッたれっ!!」


 先に説明したように、このソードアート・オンライン―――SAOはゲームなので見た目の要素などあまり関係が無い。
 本当に問題になる要素を仮に上げるとしても、精々リーチの違いがあったり、体型による動作の違いが出るぐらいだ。


 しかし、残念ながらと言うべきか……文句を大声で垂れつつ、ノッシノッシと大股で歩く黒髪の少女が掛けあった相手は、そのゲームであるという根底を認識しきれていなかった模様で、十分も悩んだ挙句に断って来た。
 愚痴―――という名の大音量の罵声から察するに、チームを組もうと打診した相手に、今口にした言葉を交えて丁重に断られたのだろう。

 少女の腰に下がっているのは、先が二股に分かれた刀身の細い片手曲剣―――曲刀カテゴリに属する武器であり、片手で扱う武器の例にもれずショートレンジが適性距離となる武器。
 それに幾ら最下層とはいえゲーム開始から二ヶ月以上も経った昨今では、デスゲームなのも相俟って鍛え直しはリスクが高く……中々スキルを変える訳にも行かない。
 即ち彼女がパーティーに入るとして、チーム内で一番力を発揮させられる配置を宛がうのならば、必然的に前衛しかない訳だ。

 ……が、単なるゲームであったならばアバターで誤魔化せるとしても、此処は現実の見た目を直に当てられてしまったSAO。
 更に男女比が大きく偏っており、尚更に『守ってあげなくては!』という思いを強く抱く者も増えているのかもしれない。

 加えて少女は御世辞にも背が高いとも大人っぽいとも言えず、ゲームが趣味な者の大部分に当てはまる様に、がっちり筋肉が付くぐらい本格的に格闘技をやっている者でなかった上…………少女の見た目がそこそこ美少女な所為で、第一印象でどういった人間かを決め付けられてしまい、結局パーティーに入れて貰えなかった様子。


 相手が幾ら良心から言ったのだとしても、聊か強気で男っぽい部分のある彼女は率直に “侮辱” と取り、腹を立てているらしかった。


「くっそ~、コレで五組全部で門前払いだ。あ~如何すっかなぁ……普通に言ったって入れて貰えねぇだろうし、だからってオレの実力見せても自分達の方が~とか云々言いやがるだろうし……こんちくしょおっ!!」


 ポニーアップをもう一度上へ折りヘアピンで留めた少々複雑な髪形を持つ少女は、カラスの濡れ羽をも連想させる艶やかな黒髪を、台無しにしそうな程ガシガシと両手で掻いてもう一度大声で叫んだ。

 黒髪に何処かにそぐわないツリ眼気味な山吹色の瞳が目を引く一方で、整った見た目に酷く合わないガサツな言葉遣いも興味を引いてしまう。
 更には人目を気にせず叫んでしまうものだから、人通りが少ない通りとはいえ、かなり注目を集めてしまっている。

 ……オマケに皆気の弱そうなプレイヤーばかりで、咎める者など一人も居ないという有様だった。


「むぅ~…………ん、腐ってても仕方ねえ! そういや第二層も解放されたとか言うし、攻略集団を目指して更なる武者修行に勤しむぜっ!!」


 相変わらずの大声を上げつつグッ! と拳を掲げてそう宣言し、自身を鼓舞して意気揚々と走りだす。

 そんな彼女に周りのプレイヤー達が向ける視線は呆れや戸惑い―――――ではなく意外にも『信じられない』とでも言いたげなものだった。
 目すら見開いている者も居るので、まずこの場に居て彼女の言動を見聞きしていた、殆どの人間がそう思っているのは間違いないだろう。


 何故そんな目を向けるのか―――それは言わずもがな、このSAOが『デスゲーム』であるからだ。


 画面の中を覗き込んでキャラクターを動かすのではなく、自分そのままの視点でモンスターと戦わねばならないSAOは……度合いの大小こそあれど、原始的な恐怖を否応にも呼び起こさせてくる。
 加えてHPが0になれば現実でも死んでしまうという、たった一度の失敗も許されない過酷な状況下だ。
 安全を求めるのならば数人で固まって高レベルになるまで臆病な戦いを繰り返すか、第一層主街区『始まりの街』に籠っている方がよほど利口だと言える。

 ……にも拘わらず、彼等の目の前を通り過ぎて行った黒髪少女は積極的に戦いに参加しており、しかも大声で発していた独り言の内容から察するに、今の今まで略々 “一人で” 闘っていたのだろう。


 何故、死の危険があるフィールドに一人で赴くのか。
 何故、脅える事無くモンスターに立ち向かえるのか。
 道へ疎らに散らばる彼らには、彼女のそれが酷く理解できなかった。


 そんな彼等に目をくれる事も無く、少女は顔に覚悟に色を濃く浮かべて、転移門広場から走って居た際の勢いを全く殺さず《転移門(ゲート)》へと跳び込んだ。

 そして転移した、第二層主街区の店やで準備を整え、フィールドに意気揚々と降り立ち―――






「ブモ゛ォオオオオォォオオォォォォオゥ!!」
「うおおおおぉぉぉおおぉぉお!?」



 何時ぞやのデジャブか、またも猛牛に追われていた。














 …………とある少女が盛大にやらかしていた時刻より、約二日前。




 エクストラスキルと呼ばれる、初期から存在しているモノとは違い、特殊条件下で発生する新たなスキル―――――その一種である【体術】を伝授してくれるNPC師範の元で、昨夜からずっとグザとキリトは素手で岩と向き合っていた。


 尤も、同じなのはその試練と大まかな状況だけであり、罅の入り具合には文字通り “天と地” の差がある。
 グザはもう既に三分の二近くまで広がっているのに対し、キリトは三分の一辺りに行くか行かないか……といった所なのだから。

 修業、もといクエストを始めたのはほんの数分違いである筈なのに、罅の入り方には理不尽なまでの差がついている。
 その事に、キリトは納得いかないか唇を尖らせたり、多少老けた様な顔ななったりを繰り返している。

 セルフ百面相しながらキリトが肩を落としていると―――何の用事か、不意にグザはキリトの方へ目線を傾けた。


「ブフォッ!!」


 と、同時に噴き出した。

 ……これは別段馬鹿にしたり悪意あっての行動ではなく、単に “キリエモン” と化したキリトの顔が可笑し過ぎて、とても笑いを堪えられないだけである。

 タダでさえ羽子板の罰ゲームか何かと見紛う、実に下手糞なぶっとい髭が書かれていると言うのに、ソコへ意図しない変顔まで加えれば、幾ら冷静足りえようともそりゃあ噴き出す。


「ちょ、グザ! 笑うなよ!?」
「クヒ、クヒヒヒハハ…………ッ! あ~……なら毅然としててくれや。面白ペイントな上に変なツラ下げられたら、コッチも我慢できねーのよ」
「わ、分かった」


 グザに言われた通り振舞おうとキリトは敢えて周知を捨て去り、俗に言うキリッ! とした表情を作って見様見真似の空手の型で構えた。


 そして沈黙から流れる、数瞬の静寂……。


「……」
「……」
「……グフィッ……!」


 そして唐突に飛び出る、奇妙な声。


「ヒ―――――ヒヒヒハハハハハハハ! ヒヒハハハハハァ! アーッハッハッハッハハハハァッ!!」
「結局笑ってんじゃないかぁ!?」


 間抜けな墨塗り顔で凛々しくあろうとしているのが逆にツボに入り、グザはとうとう爆笑し過ぎで立っていられなくなった。
 人目もはばからず(二人しかいないが)大声を上げ、腹を抱え只管笑い、涙を流して転げ回る。

 せめて、顔の近くにスローイングナイフでも投擲してやろうかとポーチを探るキリト……が、スローイングナイフも【投剣】スキルも、デスゲーム初日の夜の時点で既に捨てていた事を思い出し、仕方無いと睨みつけるだけにとどめた。


「にしても……何で始めた時間が同じぐらいなのに、そこまで差が付いてんだ……」
「グフフッ……っ……あ~、アレやね」


 ボヤくキリトへ漸く爆笑の渦から立ち直ったグザがそう答える。
 更に極力彼の顔を凝視しないようにしながら、キリトがカチ割ろうとしている岩へ視線を向けて来る。


「何で簡単に割れねーかって、そりゃ坊主とオレちゃんじゃあ、拳突き出すやり方が違うからやね」
「やり方が違うって……」


 何が言いたいのか分からず、少し眉をひそめたキリトは腰を落として腕を引き、グザに教えて貰った方法で探し出した “真っ芯” 目掛け、


「せぇっ!!」


 弓から矢を放つが如く、掛け声を入れて右拳を打つ。
 シュッ! と空を切って音を鳴らし、ぶつかりざまにガツン! としたサウンドエフェクトが響き渡る。

 例によって破壊不可能一歩手前の絶望的な硬さが、手の甲から衝撃として伝わってくるのを、キリトは眉をしかめながら耐えていた。

 が……響いてくる音は、現実で岩を殴った時には到底出ない物であり、しかも拳のスピードだって通常攻撃だと言う事に鑑みれば速い。
 打ち方等の差異こそあるが、キリトにとってソコまで差が開いている様には思えない。

 それを見ていたグザは―――以外にも表情を真剣な物へ固定したまま、キリトの殴りつけた岩を睨んでいる。

 そして跳ね起きて立ち上がり、己の岩の前に立ったグザは二度拳を鳴らし、無気力に手を下げた状態からムエタイにも似た構えを取った。

 そして真剣な表情が崩れてニタリとした笑みが浮かび、


「シィッ!!」


 放たれる左拳の上げた音は――――ドゥッ!! といった空間が破裂したとも形容できそうな、砲弾染みた爆音。
 ぶつかった際の音も重厚的で兎に角鋭く、より強く響くサウンド。
 多少ながら離れているにも拘らず、それらはキリトの耳へしっかりと届いて来る。

 『百聞は一見に如かず』とはよく言ったもの……キリトはグザが何故 “同じじゃない” と言ったのか、一辺の疑問も無く理解出来ていた。

 今までは自分の岩を割る事に集中していた為、そして “おヒゲ” を一刻も早く消したい衝動に駆られていた為、今までは碌に認識出来ていなかったのだろう。


「……良く分かったよ。そりゃこんだけ違えば差は出てくるよなぁ……しかもアンタ右利きだろ?」
「まぁ、その通りやね」


 利き手で無いのにキリトよりも優れた音を出したのだと分かり、キリトの額にはその据え恐ろしさからか冷や汗が流れている。

 同時に……ゲームばかりして閉じ籠もっていた痩身色白の人間と、恐らく外で武術の鍛錬を積んできたであろう細マッチョ色黒な人間とでは、プレイヤースキルでここまで差が出てくるのかと悔しく思ってもいた。


(いや当たり前か。指動かすのと身体動かすのじゃ、脳にしみ込んでく動作や経験が違い過ぎるしな……)


 余裕の表れなのかブルーベリー色のパイプを咥えたグザは、もう既に真剣な表情をさっぱり捨て去ってヘラヘラ笑っている。

 彼の疑問に答え終えたからか自分の岩に再度向き合い―――その途中、軽く叩きながら声を掛けてくる。


「そうだそうだ……坊主、お前さんは力み過ぎだ。拳打ち込む際に体重を乗せて、拳をより強く握り込む感じでやってみな? 盾持った事あるなら、防御する際の感触を参考にした方が良いやね」
「……防御の……」
「あぁ、後腰もちゃんと捻って、身体と連動させな。少しはマシに成るだろうよ」


 そうアドバイスを残し、三拍置いてから拳と蹴りとを組み合わせて、三度岩に亀裂を入れようと奮闘し始めた。


 キリトは暫しの間黙っていたが、ゆっくりと目線を落として自分の掌を見やり、グザの言葉を脳内で反芻しながら何度も握って開いてを繰り返す。
 言葉を整理し、頭の中でイメージトレーニングし、虚空へ向けて数度拳を放ってから…………岩に向かい、グザからの助言を取り入れ拳を叩きつけてみる。

 結果……手に伝わる硬度は何時も通りだがしかし、ガツゥン!! と岩より響く高らかなサウンドが、今までと威力のケタが違うと言う事を教えてくれていた。


 “岡目八目” という言葉もあるし、出来るだけ強く拳を放とうとしてその実、逆の結果を呼び寄せているのが横から見ていたグザからハッキリと認識出来たのだろう。


「……サンキュ」


 顔に少しばかりの笑みを浮かべたキリトはグザの方を見やって、小さくそう声を漏らすと、もっと罅を入れてやるべく岩に拳を叩きつけ始めた。











 黙々と苦行を自ら繰り返す、派手さの “は” の字も無い地味な作業は続き、キリトとグザが岩割りに挑戦すること……一日と十数時間。

 ―――少しマケて言うのならば、二日間ほど経った頃。


「…………やっぱり……やっぱりあり得ないって……」


 キリトがそう声を洩らしたのも無理はない。
 もう()()()()に大きな亀裂が走り、傍目から見ても十分割れ掛けなのだと認識できる程、グザの岩割りは進展している。

 じゃあキリトはどうかというと…………漸く三分の二を多少通り越せたか、越せないかといった中途半端の罅割れ具合。

 武器がない事とクエストの仕様もあるのだろうが、それにしたって現実での鍛錬と経験が此処まで差を広げるとは、キリトは仕組みが分かろうとも全くもって納得いかなかった。
 真っ芯を捉える確率も格段に上がり、段々と様になって来た体術を持って岩を叩いているのだから、余計にそう思うのかもしれない。

 もしくは……ヒゲを書かれた恨みと、攻略に戻りたい思いが募り、ただ焦っているだけかもしれないが。


 ―――兎も角、複雑な感情を胸の内に湧かせながら、岩と向き合い二重の意味で格闘する事―――――更に数十分。


「さーてさて……もう良いかね?」


 隣でしこたま響いていた打撃の重低音が、グザのそんな呑気な呟きと共に止んだ。

 岩の広がる罅割れはより深くなっているが、しかし今にも割れそうな状況が続いているだけである。
 ……にも拘らず、彼は何故行き成り岩叩きを止めたのか。


「シッ! ハッ……!」


 暫し岩を見つめ、両手を合わせ折って指を鳴らし、首に手を当てて回し―――――ゆっくりと右脚を掲げる。

 珍しく奇声を上げずに攻撃し始め、相変わらず威力を最大限確保した一撃で真っ芯を的確に捕えて、また徐々に亀裂を走らせていく。

 だが……コレでは今までと何ら変わらず、何故先程いきなりストップしたのか理解できず、説明にもなっていない。
 格闘の手を止めグザの方を見るキリトにも、ソコまで付き合いが長くない事やヘラヘラ飄々としたグザの性格もあり、やはり彼の真意は分からない。


「ハハハハハ……キヒャハハハァ!!」


 見詰める内にラッシュはやがて速く重くなり、奇声すら彼の口へ戻ってくる。
 やがて岩の内部より微かに響く、奇妙に甲高い音が合図となり―――右足裏で強く蹴り付けた。


「ッ……ハァ!!」


 すぐ身体を捻って岩を蹴りつつ真上に跳ぶ。
 更に空中で数回転し、右膝を深く曲げて、左脚を伸ばして固定。
 その格好のまま落下。

 丸岩の頂点へ……豪快な踵落としが炸裂した。


「ふぅ~……」
「……っ……」


 派手なサウンドエフェクトとは正反対な静寂と、躍動とは真逆の硬直が場を支配する。

 刹那、ピシリッ……ピシピシッ……と岩から断続的に聞こえ、絶え間なく次々弾けるような音が耳に届き、


「ほい終了……っと」


 グザが宙返りから着地してパイプを咥え、煙を吐き出しニヤリと笑った直後―――――豪快な音を上げて、岩は脆くも木端と化した。

 辺りには濛々と灰色の煙が舞い飛び、濃淡の差のある破片が撒き散らされた。


「ホホホ、完遂しおったか青年……この過酷な鍛錬を」
「……マジ、かよ……!?」


 たった二日で岩割を終えたのもさる事ながら、あとどれ位で割れそうか予測し最後の一撃を確り決めたその判断力と観察眼に、キリトは三度驚かざるを得ない。

 そんな彼とは対照的に、禿頭長髭の老人NPCはこの結果が満足なのかどこか嬉しそうだ。

 グザは達成感に浸っている風もなく小さく笑い、パイプを吸いもう一度煙を吐き出すと、そんな何処と無く笑んでいる様な老人NPCへ近寄って行った。


「コレで修業は終わりさね。そんじゃ、お髭取ってくれねーかい? 御師匠さんや」
「言われずとも。お主は我が試練を、見事超えて見せたの剛の者なのだからのぉ」


 言いながらにゴソゴソ懐から取り出したのはグザの武器………と、何だか “薄汚い” 布の様な物。

 其れを握った腕が、クエスト開始の思い起こさせる音速を遥かに超えた速度で閃き、次の瞬間にはグザのおヒゲが綺麗さっぱり取れていた。
 その一部所作を見ていたキリトは、ちゃんとヒゲが取れればどれだけの達成感を得られるのかと、大きな溜息を吐いている。

 ―――まぁ実際ぶっちゃけて言ってしまうと元から有る刺青に紛れて分かり辛かったので、其れを重々認知していたグザ本人的には感慨などまるでなく、
『何か臭い物が通り過ぎて、妙に嫌な感触を残しやがった』
 と精々それぐらいにしか感じていなかったが……。


「お主は無事、我が秘儀足る『体術』を会得した。これからも鍛錬に励むが良い」
「うぃー……」


 深く感情が込められて居る様な、老人師匠NPCの言葉。
 ……が、グザは汚ったねぇ布(※後の本人談)を使い顔を拭かれた所為で、明らかに不機嫌だという雰囲気で適当に答えていた。
 尤も―――相手はNPCだからか対して追及もせずに、設定されているらしいセリフだけ言うと背を向けて元の位置へ戻っていく。

 グザの目の前にクエストクリアを知らせる他、手に入れたスキルに経験値やコルが記されたウィンドウが出現し、視界の端にはログが更新された事を告げるメッセージが小さく浮かび上がっていた。

 追加で溜息を吐いてウィンドウを消したグザは、ブルーベリー色のパイプを咥え直しキリトの方を見た。


「……って訳だ。後は頑張っとけよー、キリトの坊主」
「分かってるよ! ……絶対明日までにはクリアしてやるっ……!!」


 グザからの有り難くない声援にキリトは少々ムキになった声で答える。
 されどそれ以上互いに踏み込む事も無く……キリトは己の頬を高らかな音を上げ叩くと改めて岩割に専念し始め、グザは響き始めた思い音を背に受けながらも二度と振り返る事無く下山していく。

 キリトからグザが見えなくなった一瞬だけ、断続的に轟いていた音が途絶え―――それ以降何の変化も無く、豪快なサウンドが再び鳴り始めていた。





「じゃっ……久しぶりに街へ行きますかい」


 行きは其処までモンスターが出なかった事もあってか、グザは槍を敢えて構える事をせず、手を頭の後ろにやっていた。
 少なからず笑顔の戻った顔で、山を登ったルートよりも舗装されている道を、半ば大股でのんべんだらりと歩いて行く。
 途上で指を揃えて振りシステムウィンドウを開くと、【体術】なるエクストラスキルの内容を改めて確認。


「へぇ……鼠嬢ちゃんの言った通りなのかね、こりゃ」


 内容は二つあり―――1つ目は素手攻撃にわずかなボーナスが掛けられる事。
 スキルレベルを上げれば恩恵は徐々に増して行くようで、鍛え上げる価値はありそうだ。
 2つ目は【ソードスキル】。
 最初から幾つか出現しており―――拳で相手を突く【閃打】、回し蹴りで打つ【水月】、そしてサマーソルトキックを放つ【弦月】のそれぞれ三つが表示されていた。

 グザはメニューをクリックしながら、それぞれのイメージとプレモーションを確認しつつ、歩みを止める事無く進んでいく。


「……ん?」


 そんな彼の斜め前方、深く生い茂った藪の中から乱暴な音が立った。
 数秒掛けて、牛型モンスターがのっそりと顔を出した。

 グザにとっては牛型といえど見た事の無いタイプのモンスターだったが、やはりこの牛も例に漏れずアクティブ系モンスターMobの様で、蹄を鳴らし緩慢な動作に似合わない闘気を発している。


「ブルルルゥ……!!」
「お、ちょうどいいやね。実験台になってもらうわな」


 そう言ってニヤァと決して綺麗には見えない笑顔を作り、此処でも敢えて槍をストレージからは出さず、素手で迎え撃とうとムエタイにも似た構えを取った。

 数回地面を掻いていたバッファロー似の牛型モンスターは、鼻息を大きく吹き鳴らすと…………ガッ! と地面を強く蹴って突撃してくる。
 直線的なその一撃を、攻略の最前線に身を置いている(プレイヤー)がむざむざ喰らう筈もなく、身体を半身にしてのステップで容易く避けて見せた。


「ッラアアァッ!!」


 そのままバッファローの背後より一歩近付くと前傾姿勢を取り、脚を黄色に光らせ “月” の様な弧を滑らかに描く。
 体術スキル宙返り蹴り【弦月】でバッファローのHPが減るも―――――ガッツリ直撃したにも拘らず、一割いくかどうかという値ですぐさまストップした。


「オ~イオイ……」


 口を “へ” の字に曲げ、グザは小さく文句を洩らす。

 何とか持ち直して二度目の突進をかわしながら、腰溜めに構えた拳に赤光を伴い弾丸みたく打ちだす【閃打】を。
 続いてバッファローモンスターの角を態とギリギリで回避し、振り向き様に薄青き脚刀を瞬速にてぶつける【水月】を、それぞれ確りと叩き込む。

 飛び散るヒットエフェクトにダメージエフェクト、刃物とは違う何処か爽快且つ豪快なサウンドエフェクト…………にも拘らず、HPの減り具合は五割にすら届かない。


「あ~……鍛えんと役に立たねーわな、これじゃ」


 グザは最早表情を直す事すら放棄し、苦笑いと呆れを混ぜた複雑な顔を形作っていた。
 スキルの思考も終わった事だしこれ以上時間を掛ける必要も無かろうと、グザはもう一度突進を避けてからメニューウィンドウを開いて槍をオブジェクト化させ構える。

 そこから色々疲れたらしく遊びも見せず、大した見せ場も作らずに、非常に無難な立ち回りでバッファローモンスターをポリゴンへと変えた。


「……役には……まぁ、立つんだろーがねぇ」


 槍で肩を叩きながら、曰く何とも言えぬ微妙な表情で呟く。
 それと同時にレベルが上がるまでは、今までに自分が培ったものを使った方が良さそうだとも、グザは感じていた。

 ともあれ検証は終わったのだし、次に行うべきは主街区へ向かって一旦羽を休める事だろう。

 周りに人がいないからか、何も誰も慮っていない大きな欠伸をかまし、槍を肩に担いでグザが歩きだす。
 ゲーム内とはいえ―――否、ゲーム内だからこそ聊かマナーに欠ける行動ではあるが……刺青半裸な時点でエチケットもクソもないのはご察しの通りだ。


 緊張感の欠片もない空気を漂わせ、POP率が上がったのか時折出現する牛型モンスターを無難に無難を掛け合わせた戦闘で乗り切り、地味にスキル値を上げながら街目指して脚を動かし続ける。

 そんな何の変わり映えもない歩行風景が、二十分ほど続いた―――――

「……? 何じゃアリャ」


 ――――――その時だった。


 グザの視界の、先の先。
 豆粒のように見える何かが猛然と砂煙を上げている事に気が付き、緩んだ気を持ち直しつつ目を細めて遠くを見やる。

 何かのイベントなのか、それとも交戦中なのか……その答えはすぐに出た。


「――――ォォォォォォ!?」
「――――ゥゥゥッ!!」


 動く豆粒と砂煙の正体―――――それはやはりプレイヤーとモンスターだった。
 詳しく説明するのなら、黒髪の少女が叫び声を上げながら、巨大な牛から逃げ惑っていたのだ。

 だが……何処かギャグ漫画の様な叫び声からするに、どうも脅えていると言うよりは咄嗟に逃げてしまって、中々踏ん切りが付かずに対処できなくなっているだけの様子。


 そんな彼女にグザは、不謹慎ながらも堪え切れないかニヤリ笑うと槍を構えて走り寄って行く。


「ちょっと避けなぁ! 隙作るわな!」
「お、おう! 頼むぜっ!!」


 少女が左に避けるのに合わせて巨大牛もまた曲がり……しかしグザの突き出した槍で目を穿たれ派手に転がった。


「モ゛ォッ………ブモ゛ォォオッ!!!」

 
 咆哮を合図に、何度目とも知れぬ戦闘が始まった。


 四足で立ち上がってから、間髪置かずグザへ向けて左右に振られる牛の角を、ダッキングからのハイジャンプで躱して脳天へ右脚のネリチャギ。


「ヒヒ……イーッハァ!!」


 グザは其処から左足で蹴り少し離れる。
 が、着地はせず空中に居ながらに鋭い刺突を打ち込み、牛が復活しかけたその一瞬を狙ってソードスキルを始動させた。
 単発系特有なるその威力を使って、半ば強引に距離を取る。


 少女が対して攻撃をしていなかったのか、タゲが容易にグザの方へと向いた。


「モ゛オオオォォォッ!!」
「ヒヒハハハ! ほら来なや来なやぁ!」


 利くかどうかは分からないものの(あからさま)に挑発したからか、溜めていた力を爆発させたかの様に巨大牛が猛スピードで突貫し始める。
 派手に土煙を巻き上げて迫りくる巨体を、グザは臆するどころかニヤニヤ笑ったままに、視界の中へ捉え続ける。

 残り数メートルまで迫った―――途端に走り出して、高く跳ぶと巨体を足場に更に跳躍した。
 避けられた巨大牛モンスターは前方へ砂を撒き散らしながら強引に勢いを殺し、緩慢な動作で振り向いてグザを睨み付ける。


「オラアアッ!!」
「!!?」


 ……その背後に陣取っていた少女の【ソードスキル】が炸裂。
 朱色の光芒を三度撒き散らし、確実なダメージを巨大牛へ負わせて見せた。


「ハハハハ! どうだ、オレの剣捌きは―――」
「ブルルルゥ……ッ!!」
「って、やっべ……うおおおぉぉぉぉ!?」
「ヒヒハハハハ! ほら逃げな逃げな! オレちゃんが何とかしてやるから思い切り走りゃいいやね!!」


 その後、単純な巨大牛モンスターのAIを誘導させ、何度も同じパターンを繰り返し、着実にHPを削っていく。

 少女の筋力値の高さとグザのプレイヤースキルにより体格差をものともせず、一番プレイヤー達が持ち込むべきな彼等側に有利な展開を繰り広げて行く。


 そして、彼等の一方的な攻防が七回目に差し掛かり…………


「おぉらあぁぁっ!!」
「モ゛――――――」


 気合い一発、最後に放たれた少女の力強く雄々しい茜色の一刀で、巨大牛は見事に葬られて青い破片となり四散した。

 そこから一瞬の間隙があり……討伐を湛えるファンファーレが鳴りだす。


「ふぃ~……よっっっしゃ! 何とかブッ倒してやったぜっ!!」


 目の前にモンスター討伐の証として、赫アイテムやコルに経験値の記されるウィンドウが出現し、少女は小躍りしそうなほど喜びだした。


「おぅ、お疲れさんだわな」


 と……そこで労いの言葉を掛けてきたグザに改めて向き直り、グザのモノとはまるで違う、ニカッとした純心かつ快活な笑みを向けてくる。
 心底嬉しくて仕方ないのだと隠そうともせず、寧ろ大っぴらにしている事で見ている方まで自然と笑顔になっていく様な、とても元気の溢れる笑顔だ。


「そうだった! アンタ、ありがとな!!」


 もう一度、並びの良く白い歯を見せて笑う少女に、グザは色黒で刺青だらけの顔を向け―――――


「…………………………」


 ―――――何故か、本当に何故か感情を失った真顔(・・)と不気味なまでの無言(・・)で答え、すぐに口を開こうとしない。
 嫌なモノなど何一つ存在しない事が、逆に何かしらの不快感を彼へ与えているだろうか。

 が……少女が彼の顔を改めて確認する頃には、既に飄々とした何時もの笑みに戻っている。
 第三者が見ていてもなお、先の者が勘違いが見間違いだったと、そう思ってしまうぐらいの早業だった。


「いやいや、困った時はお互いさんだろうに。こんな異常なゲームだからこそ余計にねぇ」
「お、いい事言うぜアンタ! 久しぶりに良い奴に出会った気分だ!」


 益々上機嫌になる少女にグザは苦笑し、一応辺りを見回して危機に備える。

 意外と上手いオリジナルのダンスを暫し踊っていた彼女だったが、何かを思いついた様にピンと指を立て立ち止まって、素早くグザへ顔を向けた。


「そうだ! アンタに例がしたいからついて来てくれよ! こう見えても(コル)はあるし、余裕あっから全然奢ってやれるぜ!」
「へぇ……じゃあお願いしようかね」
「そうそう遠慮無し! それが一番だって!」


 話は纏まった。
 そう言いたげに大きく頷いて、少女は回れ右をして走りだそうとする。


「……ヤベ……そういや、アンタの名前は?」


 ここで重要な件を聞いていなかった事を思い出し、慌ててグザへ問いかけた。


「『グザ』さ。お前さんは?」
「オレの名前は『チヨメ』ってんだ! 宜しくなっ!!」


 曲刀使いの黒髪少女・チヨメはサムズアップして意気揚々と答え、グザを案内しながら小走りで主街区へむかい出す。

 そんな彼女の背中を苦笑いしながら見やり……唐突にグザの顔が陰る。


「………………まさか………な」


 それだけ言うと、大きく手を振って来るチヨメに手を振り返し、追い付けるようグザもまた小走りで進み出す。





 この二人の出会いが、後の大事件の始まりだったという事に―――グザもチヨメもまだ見ぬ第三者も、まだ気が付いていないのだった。

 
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