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とある科学の傀儡師(エクスマキナ)

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第16話 代わり

レベルアッパーの被害を食い止めるため、倒れた佐天を助けるために初春は研究、調査を依頼している木山が研究者として働いているAIM解析研究所に駆け込んだ。
息を荒げてやってきた初春に若干戸惑い、驚いた木山は自分の研究室へと案内し、落ち着かせるために話を聞いてみることにした。

「そうか、この間の彼女まで......」
「私のせいなんです」
佐天が倒れた事を告げると何回か軽く多め瞬きをしながら事態を見据えていくようだ。
初春は、口調や態度では憔悴しきっているように見えるが、内面では事件解決の糸口を掴もうと気丈にしている。
その不器用な気持ちを汲み取った木山は
「あまり自分を責めるもんじゃない。少し休みなさい、コーヒーでも淹れてこよう」
「そんな悠長な事をしてる場合じゃ......」
木山は初春の肩を叩いて落ちつかせる。
「お友達が目覚めた時に君が倒れていては元の子もないだろう?大丈夫、最後はきっと上手くいくさ」
コーヒーを淹れに行くために研究室の隣にある休憩スペースへと向かうため扉から出て行った。

初春は滲み出る涙を拭いて、あまり入った事のない研究室を珍しそうに見ている。
ほとんどが、日常から乖離した難しい書物がズラリと並んでいる。
人体に関係する書物や脳に関するものや
工学、インターネット論のような専門性に富む分厚い資料が書棚に整頓されて入っている。
研究に関する事はきっちりしているらしい。

初春の注意がある棚に向けられた。
引き戸に紙のようなものが挟まっており、気になったので引き戸を開けてみる。
ビッシリと整理されたファイルが収められており、その中の一つを手に取って開く。
「『音楽を使用した脳への干渉』!?」
それは、日本だけでなく海外発表用にまとめられた論文集だった。

レベルアッパーが共感覚で音楽を使っている可能性から研究してくれたのか?

いや、研究論文には年単位の時間が必要とされる。
自分がその事を連絡したのは、つい先日の事だ。
ファイルを捲っていく、どう読んでも数日で完成、まとめ上げられるような代物ではないと素人の初春の目から見ても分かった。
「他にも共感覚性に関する論文がたくさん......『An Involuntary Movement』?これは......」
初春の脳裏に嫌な直感が動き出す。

ここに居てはいけない......

不意に背後から体重を感じた。
「いけないな。他人の研究成果を勝手に盗み見しては」
いつの間にか戻っていた木山が静かに初春の耳に驚くほど楽しげに一方的に語りかけている。

******

「脳波のネットワーク?」
佐天を収容した病院にいる御坂にカエル顔の医師が御坂にいくつかの質問をしていた。
「うん、最強の発電能力者(エレクトロマスター)である君に相談したいんだけど」
相談を受けている御坂の隣には見つけた傀儡を弄っている車椅子に座ったサソリが驚いたように御坂を見上げた。
「お前最強だったのか?」
「知らなかったのかい!?彼女は常盤台のエースだよ」
「そんな事ないわよ。あたしより強いのなんているしね」

右手で電撃を打ち消すアイツとか
変に出しゃ張ってくるアイツとか
ツンツンとした頭をしたアイツとか

何かを思い出したかのように蒼い電撃を少しだけ流す。
「そうだよな。弱そうだし」
「何をー!!」
「最強だったらこんな挑発に乗るなよ」
カチャカチャと傀儡を手で分解して中身を見ていく。時折針のような物を取り出しては首を傾げて、またセットするのを繰り返している。

「あっ!だとしたらお前な......」
「何よー、なんか言いたいことがあるなら言いなさい!」
「カエル......」
「カエルがどうしたのよ?」
「オレがここに来てから初めて操ったのがあんなチンケなカエルの人形だったのが未だに納得いかんな」
「ゲコ太をバカにするのは許さないわよ!?」
バチバチと電撃を放出して獣のように威嚇する御坂にサソリは、写輪眼で見定める。
そして興味無さげに手を振ると
「あー、分かったからやめろ。今は勝てそうにねえや」
かなりの潜在的なポテンシャルの高さを見抜いた。

オレの傀儡『三代目 風影』といい勝負が出来そうか......いや、下手すると負けそうだな。
時空間もあるし最強クラスの雷遁使いか。
いい素材の宝庫だな。
少なからずお気に入りの傀儡が戻ってきたので気分は悪くないが敵に先手を許してしまった事にはサソリのプライドを傷つける。

「話を続けていいかな?割と真面目な話なんだけど」
「はいよ」
カチャカチャと傀儡の腕の中を開いていく。側から見れば玩具で遊ぶ子供のようだ。
「まったく!確か脳波のネットワークの事ですよね」
「そう、同一の脳波を持つ人達の脳波の波形パターンを電気信号で変換したら......その人達の脳と脳を繋ぐネットワークのようなものを構築できるかな?」
「そりゃ......脳波を一定に保つ事ができるなら可能かもしれないけど......そんな事を木山先生が?」

サソリは仕掛けを確認しながら自分が分かるように今回の事件のケースを分析している。

なるほどな
チャクラを一定にして繋いで
増幅器みたいにしているって事か
んー?

「御坂、どうやって人間同士を繋ぐ?」
「えっ!?どうやってって......?」
「器材も何も使ってなくて、どうやって人間の脳と脳を繋いでいるんだ?」

確かに、今回意識不明になった被害者には物理的に接触している訳ではない。
サソリの眼には光る線で繋がっているって言ってたわね。
だとすると......

「AIM拡散力場!?」
「それは何だ?」
「能力者が無自覚で周囲に流している微弱な力のことよ。それを使っている?」
「......あー、だから能力が使えるようにしたのか」
サソリが合点がいったように口に出した。
「どゆこと?」
「だって今の説明だと、無能力者じゃあダメだって事だろ?繋ぐためにはその力場を使うから」
「あ!なるほど」
「んー、問題はどうやれば能力が手に入るかだな」

サソリの洞察力の高さに御坂は舌を巻いた。
とても数日前に「東京」という地名を知らなかったとは思えない程に勘が鋭い。

御坂は身近にその原理を使っているモノがないか必死に頭を巡らしている。

AIM拡散力場......
いや、ここでは別に繋がっていればいいから有線で良い。
あたし達能力者が使っている能力。
一番大事なのは、演算能力だ。
単純に能力の精度を上げるには演算能力を上げれば良いはず。
一つでは弱いけど連携すれば演算能力が上がるもの......
「インターネットだわ!」
「ん、何だ?」
「そうよ。サソリの言ってたのとは逆よ。繋げるように能力者にするんじゃなくて『繋げたから能力者になったのよ』レベルアッパーって脳と脳を繋ぐ装置かしら」
つまり、木山は人間の脳を使ってインターネットを造り上げようとしている。
一体、何をしようとしているの?

重大な事実に気付いた御坂の前に白井が焦ったように携帯電話を握りしめながら言う。
「お姉様!サソリ」
「!!?」
同時にサソリのチャクラ感知が反応した。
これが反応したということは......
「初春の身に何か起きたな?」
渡した砂鉄から初春の力を感じ、写輪眼を一層紅くなった。

******

初春は木山の隠された研究を見てしまい、目的完遂のために人質として木山に連れ出されていた。
初春は手錠をはめられて行動に制限を設けられ、そのまま車に乗せられると木山の運転で目的地も知らされずに車は走っていく。
車は高速道路に侵入すると一息入れたように呟いた。
「まいったよ。私の部屋は普段、誰も立ち入れないようになっているし、来客もほとんどなかったからね。少々無用心だったな」
スポーツカーの左ハンドルで運転している木山は普段と変わらない調子で話しをしている。
「ところで......以前から気になっていたんだが、その頭の花はなんだい?君の能力に関係があるのかな」
「お答えする義理はありません」
初春は警戒し、木山の質問を突っぱねた。
両腕で膝を掴みながら、片方の手でバレないようにスカートのポケットに入っているサソリから渡された砂鉄に力を使っている。
ここで反抗しても意味がない。
出来る事は情報を引き出し、サソリに居場所を知らせることだった。

サソリさん!ここに居ます!

助けを求めるように握る力を強くした。
それに反応するかのように砂鉄が動いて、初春の手を包むような反発力を持った。
「そんな事より『レベルアッパー』って何なんですか?どうしてこんな事をしたんですか?眠った人達はどうなるんですか?」
「矢継ぎ早だな」
顔を向けずに視線だけを軽く初春に向けた。
「まず『レベルアッパー』だが......あれは複数の人間の脳を繋げる事で高度な演算を可能をするものだ」
「繋げる?」

単独では弱い能力しか持っていない人も
ネットワークと一体化する事で能力の処理能力が向上する
加えて同系統の能力者の思考パターンが共有されることで、より効率的に能は能力を扱えるようになる

「あるシミュレーションを行うために......「ツリーダイアグラム」の使用申請をしたんだがどういうわけか却下されてね。代わりになる演算機器が必要なんだ」
「それで能力者を使おうと......?」
「ああ、一万人ほど集まったからたぶん大丈夫だろう」
「!!」
予想外の数に初春は閉口してしまい、木山を睨み付けた。

一万人ほど集まった。
裏を返せば、一万人が昏睡状態を意味している。
佐天もそのネットワークに吸収されているのだろう。

「そんな怖い顔をしないでくれ。シミュレーションが終われば、みんな解放するのだから」
木山は何かを決めたように瞬きをすると白衣のポケットから音楽プレイヤーと小さなチップを取り出す。
それを初春に差し出した。
「?」
一体何なのか分からない初春は疑問符を浮かべる。
「レベルアッパーをアンインストールする治療用のプログラムだ。後遺症はない全て元に戻る誰も犠牲にならない」
「信用できません!臨床研究が十分でない物を安全だと言われても何の保障もないじゃないですか」
「ハハ、手厳しいな」
「それに一人暮らしの人やたまたまお風呂に入っていた人なんかはどうするんですか!?発見が遅れたら命に関わりますよ」
初春が発言すると、木山はハンドルを左右強めに切り始め、蛇行運転をした。
一瞬身体がシェイクされたように初春は揺さぶられる。
「?」
その影響でスカートのポケットからラップに包まれた砂鉄が座席の下に転がり落ちる。
座席の下には、黒い砂鉄がバラバラと散らばった。
「......まずいな。学園都市統括理事会に連絡して全学生寮を見回らせなければ......」
明らかに動揺しているようだ。
「想定してなかったんですか!?」

科学者って発想は奇抜で独創的だけど何で安全性の想定がこうも弱いのだろうか?
これがいわゆる、マッドサイエンティストという奴。

溢れた砂鉄は座席の下に落ちた後、意思を持っているかのように単体で動き出して、車の内部へと侵入していく。
木山のクルマには液晶テレビが設置してあり、画面には英語で

an institute_

と表示されていた。
「む......もう踏み込まれたのか」

その頃、木山の研究室には御坂達の要請で到着したアンチスキルが捜査を開始していた。
研究に使っていたであろうパソコンに不用意にも電源を立ち上げてしまい、黒い画面のコマンドプロンプトが展開され、数百という文字列が上から下へと流れた後に「complete breakdown 」と表記し、一切のデータが抹消された。

「君との交信が途絶えてから動きだしたにしては早すぎるな。別のルートで私に辿り着いたか」
初春は、座り直してサソリから貰った砂鉄の握ろうとするが
「!?」
ポケットにあるはずの顆粒感がなくなり、何度も握ってみるが履き慣れたスカートを掴むに過ぎなかった。
座席の下に転がっている黒い粒を眺めて青い顔をした。
「どうした?」
「い、いえ!なんでもないです」
座席の下に向けていた顔を正面に向ける。
外部と接触する手段の一つを失ってしまった。

でもアンチスキルが木山の研究室に踏み込んだという事は木山さんの容疑が固まったということ
そう考えてパニックしそうな頭を冷静にしていく。

「所定の手続きを踏まずに機材を起動させるとセキュリティが作動するようにプログラムしてある。これでレベルアッパーに関するデータは全て失われてしまった」
「!?」
「もはやレベルアッパーの使用者を起こせるのは君が持つそれだけだ......大切にしたまえ」
木山は、初春の手に預けたレベルアッパー治療用プログラムを一瞥した。

あと少し
あと少しで

もう後戻りはできない。
いや、最初の一人を意識不明にした時点で堕ち続けている。
必ず『先生』が目を覚まさせてあげるから......

ブツッブツ
「!?」
木山の車についている液晶テレビにノイズが走りだした。
一本から二本の黒い線が流れた後で砂嵐が流れ出す。
ザーッ......ザー
乾いた音がスピーカーから出力されている。
「ここは電波の通りが悪いみたいだな」
木山は気にせずに液晶テレビの電源を落とす。
木山はアクセルに入れて更にスピードを上げようとするが、踏み込んでもスピードは変わらない。
更に踏み込むがスピードが弱まっていくのを足から感じた。
「......調子が悪いか」
想定していたよりも安全な速度を維持しながら緩やかにカーブへと差し掛かる。
「!?」
カーブの終わり付近に黒い集団が集まっているのが視界に入り、嘲笑に似た笑みを浮かべた。

武装したアンチスキルが自分を捕縛するために銃を持って、道路を全面封鎖していた。
「アンチスキルか。上から命令があった時だけ動きの早い奴らだな」
木山は車の速度を落として、離れた場所で停車した。
アンチスキルは、拡声器を持ち自車に籠城している木山に呼び掛ける。
『木山春生だな』
ご丁寧に警備ロボや防弾盾を用意している。
『レベルアッパー頒布の被疑者として拘留する。直ちに降車せよ』
「どうするんです?年貢の納め時みたいですよ」
運転席でハンドルに寄りかかっている木山に向けて初春が様子を伺いながら言った。
アンチスキルと初春の主張をある程度聞き終わった所でハンドルを掴んでいた腕に力を入れて身体を起こす。
「レベルアッパーは、人間の脳を使った演算機械を作るためのプログラムだ。だが、同時に......使用者に面白い副産物を齎す物でもあるのだよ」

車を降りて、向けられる銃口の気配を全身に浴びながら木山は良く云えば素直に、悪く云えば白々しく指示に従った。

「拳銃を携帯している模様。人質の少女は無事です」
武器の有無を特殊な双眼鏡で確認する。
木山の行動、腕を上げた事で少しの油断が生じた。
『確保』
拡声器からの合図が出ると数人のアンチスキルが銃口を突きつけたまま木山ににじり寄りだす。

しかし、木山は意識を徐々に変えていき、自身の能力を解放していった。
能力の影響か眼は徐々に真っ赤に染まっていく。
視線の先にはアンチスキルが向けている銃。
更に集中して銃の先端を見ると、勝手に持ち手を起点に回転するように動き出し、周囲を固めている仲間を撃ち始めた。
「!?貴様、一体何を...... 」
前を歩いていた仲間二人の背中に当たり、防弾チョッキを着ているが衝撃を受け流すことが出来ずに前のめりに倒れた。
「ち、違う!オレの意志じゃない!銃が勝手に......ッ!」
注意が誤射した隊員に向いた瞬間に木山は別の能力を解放していく。
車に乗っている初春の目には驚愕の事実が飛び込んできた。
木山の突き出した掌を中心にうねるような光の玉が発生し、アンチスキルの部隊を狙うように笑った。
「バカならわ!学生じゃないのに...... 能力者だと!!?」
一斉に避難を開始するが放出したエネルギーの塊が高速道路上で爆発し凄まじい爆風に周囲が吹き飛ばされた。

車が跳ね上がりそうになるほどの衝撃と爆音が劈く中で初春が目を開けると車の前に黒い壁が出現していて、衝撃から初春を護るように囲っている。
壁のすぐ近くには、黒い外套を身に付けたサソリが道路に手を置いていた。

「さ、サソリさん!!?」
何処から現れたのか疑問に思ったのか、初春は周囲を見渡すがサソリがここに居る事実を明確に説明できるものはなかった。
「お!大丈夫そうだな」
ガラス越しに初春の無事を確認するとサソリは立ち上がり、立ち昇る白煙の中に身を投じた。

衝撃をモロに喰らったアンチスキルは、車の後ろに行き、体勢を立て直すと一斉に木山に向けて銃を放つ。
しかし、シールドを展開して木山は銃撃を防ぐと何処からか水を大量に呼び出して、隊員の一人に水を放出した。
護送用の車にある格子の付いた大きめの窓に叩きつけられる乾いた咳をした後にグッタリと動かなくなった。

木山は横転している車を見ると、掌を返して持ち上げる。
標的を定めると前へ突き出そうとするが
「!!?」
木山の身体に砂が纏わり付いて振り上げた腕が寸前の所で止められた。
衝撃の影響により発生した煙の中から黒い影が見えたかと思うて前に会ったことのある人物が歩いてきた。

「君は......!」
強い眼差しをしたサソリが木山を見上げた。
「よぉ!やはりお前だったか」
木山は持ち上げた車を道路の上に落とした。
身体は動きが制限されているので首だけをサソリに向ける。
「おかしいな......さっきまで居なかったはずたが。アンチスキルと一緒に来たのかい?」
「オレがペラペラと話すように見えるか?」
「ふふ、君も邪魔をするなら容赦はしないよ」
木山は一歩足を踏み込むと赤い衝撃波が発生し絡みついていた砂を振り払った。 
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