魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第九話 俺と、私にできること 前編
――――それは、何度見たかも忘れたくらい忘れられない夢。
私の人生で一番幸せだった時間。
幸せだって実感できた瞬間。
母さんとピクニックにいって、一緒にサンドイッチを食べた。
色んなお話しをして、いっぱい笑った。
そんな想い出。
明るくて、輝いていて、幸せだった時間。
いつから、遠い昔のように感じるようになった時間。
そして今の私は、それを取り戻すために頑張っている。
(あ、れ?)
いつもように途中で夢が終わり、私は目を覚ます。
だけど、慣れたはずの目覚めは様々な違和感と共にやってきた。
寝ている場所が、あまりにも寝心地のいい場所で、落ち着く。
毛布もちゃんとかかってるみたいで温かい。
部屋の臭いも、落ち着く。
真っ暗なのに不安なんてないのは、どうしてだろう。
なんて疑問を抱きながら私は毛布をどけ、上半身だけ起こす。
「ここは……?」
「あなたにとっての牢獄」
冷たい女性の声に、私のぼやけていた意識は一気に覚醒し、声の主の方向へ向ける。
目の前にいた。
ベッドのそばで体育座りをしながらこちらを見つめる、無表情の少女。
暗くて色までは分からないけど、夜目は聞くほうだからある程度の容姿は理解できる。
彼女は殺気に近いものをこちらに向けながら、冷気が混じってるんじゃないかってくらいに冷たい声を発する。
「あなたは捕まって、私達が保護してる。 でも、あなたの行動次第でここを牢獄と見る考え方もある」
「あ……」
彼女に言われて、私はハッと思い出した。
「そうだ……私、あの人に負けて」
「そう。 黒鐘に負けて、あの人の家に運ばれた」
「それじゃここは……」
「彼の寝室。 正確には、彼のお姉さんの寝室」
「……」
言葉数は少ないけど、彼女は色々と教えてくれる。
決して悪い人じゃないんだって、なんとなく思った。
もちろん、敵だって考えが変わるわけじゃないけど。
「私を、どうするつもり?」
今、手元にデバイスがない。
そんな状況でこの人に勝てるとは思えない。
それだけ、彼女の発するオーラみたいなものが強いものだから。
だけど、故に彼女は……そして私を倒した『クロガネ』って人は、何をするつもりなんだろう。
管理局に連行されるのか、それとも……。
「私は何もしない」
「え?」
彼女は表情一つ変えず、淡々と語る。
「私はあなたが逃げないように監視するよう頼まれてるだけ。 あなたをどうするかは、黒鐘が決めること」
まるで機械のような、指示にだけ従うという答えに、私は彼女に私に似て非なるものを感じた。
信じるものに従う。
それは私が母さんの願いに従うように、彼女がクロガネと言う人に従ってるのも同じだと感じた。
けど、決定的に違うものがあるとすれば、彼女から感じる絶対に揺るがない覚悟。
その瞳には迷いが見えなくて、躊躇いが見えない。
きっとこの人は、クロガネに頼まれれば人を殺せるんだ。
さも当たり前のように、迷いも躊躇いもなく、平気で殺すんだ。
狂ってる?
うん、きっと彼女は狂ってる。
けれど、誰かを想う心があるのならば、そしてそこに一切の疑いが生じないのならば、私よりはずっとマシだ。
だって私は、まだ迷っているから。
母さんの願いに従うだけで良いのか。
それが、正しい道なのかすら、分からないでいるから。
迷う私、迷わない彼女。
そのたった一つの違いが、決定的な違いなんだってこの短時間で気づかされた。
無表情なのに、彼女からは色んなことが伝わってくる。
(本当に……似てるから、かな?)
「どうしたの?」
「……なんでもない」
そう言って私は彼女から目をそらす。
これ以上彼女を見つめていると、自分も不必要なことを語ってしまいそうだった。
彼女は敵であると言うことを忘れてはいけないと、今一度決意を込めて押し黙る。
――――そんな少女のお腹が、無情にも空腹の鐘を鳴らす。
「あら、可愛い音」
「~~ッ!!」
聴かれた。
聴かれてしまった。
女の子でなくても、誰でもこの状況でお腹が鳴れば悲鳴を上げたい程に恥ずかしがるだろう。
彼女も例外ではなく、真っ赤な顔を隠すために毛布に顔面を突っ込んだ。
思い返せば最後に食事をしたのはだいぶ前のこと……それこそ、窓から覗く空はまだハッキリと太陽が指していたはずの時間帯。
今のように青みがある黒い空の時間帯ではない。
ジュエルシードが発生させた怪物との戦闘。
更には魔導師の少年との戦いと、連戦だったためにカロリーはかなり消費している。
そこから長時間の睡眠も取れば、空腹に至るのは当たり前のこと道理だった。
(よりにもよって何でこんなタイミングなの!?)
敵の目の前で。
二人きりの、更に無音な空間。
そこで空腹の鐘は、普段よりも大きな音に聴こえただろう。
(……死にたい)
そう思いながら私は彼女に背を向け、毛布に全身を包んだ。
耳も塞ぎたいところだけど、塞いだところで念話があるから無駄だと気づく。
そんな気まずい空気を払うように、この部屋とは違うドアが開く音がした。
「あら、帰ってきたようね」
「……誰が?」
彼女が視線を変えた。
本来だったらそこが私にとって最大の隙であり、全力で逃げられたであろう唯一のチャンスだった。
けれど気が動転してそこにまで思考が行かず、結果として監視の目が一人から二人と言う、最悪の事態になった。
そしてこの部屋と外の部屋を仕切る襖が開き、彼が現れた。
「ただいま……と、おはようかな?」
「……」
私を監視していた少女が、確かクロガネと呼んでいたその人。
彼は私が起きていることに気づくと、なぜか安心した表情になる。
その真意は分からないけど、警戒していた私の心が少しばかり緩んだ気がした。
それほどまでに彼からは敵意が感じられない。
「黒鐘。 この人、空腹」
「な……!?」
なお、私が空腹の鐘を鳴らしたことはすぐにバラされた。
*****
帰宅後すぐ、俺は台所に立つことになった。
手には包丁、目の前には木のまな板と様々な野菜。
その奥には料理本が置いてあり、これから作る料理のページを開いている。
取り敢えず初心者でも可能、そして嫌いな人がほぼいないであろうカレーライスを作ることにした。
本を何度も何度も確認し、探り探りで野菜を切っていく。
幸い、刀を使う身だから綺麗に切るのは慣れてる。
《マスター、まな板まで切らないでください》
……前言撤回、包丁は苦手です。
なんて注意を受けつつ食材を切り終え、鍋で肉を炒めたり野菜を炒めたりの作業や水をいれて煮込んだり。
途中、米を炊き忘れたのを思い出して軽く慌てたが、最近の炊飯器は便利で、炊き上がるのに数十分で終わる設定があった。
時代の流れと、この炊飯器をチョイスして送ってくれた仲間達に心から感謝しつつ、完成。
何とか人生初のカレー作りを終えた俺は、雪鳴と金髪の少女の二人分の皿を用意し、ご飯とカレーを分けるように入れてテーブルに運んだ。
「はい、どうぞ」
「うん、いただきます」
「……」
雪鳴は少し驚いた様子でカレーを見つめ、金髪の少女は無言で俺を見つめた。
「どうした? もしかしてカレーって苦手か?」
「何で私の分も用意したの?」
俺の質問を無視し、彼女は一方的に質問してきた。
しかも鋭い目つきで睨みつけてくるものだから俺は文句も言えず、ただただ彼女の質問に答えることにした。
「腹減ってるんだろ? 雪鳴と俺の分だけ作るなんて器用なことできないから、余った分を君の分にしたってだけだよ」
「敵なのに?」
「聴取中に腹が鳴り続けられても困るだろ、お互いにさ」
「っ!」
俺の指摘に彼女は顔を真っ赤にして俯く。
恐らくさっき、雪鳴といた時にお腹が鳴ったことを思い出してしまったらしい。
まぁ俺も雪鳴に聞かされた時は『あ~うん、キツいよね』と心の底から同情したけどさ。
「……毒は入ってない?」
「じゃがいもには毒があるかも」
「っ!?」
「雪鳴、このタイミングでそういうのは冗談でも言わないで欲しかった」
「もぐもぐ……これは失敬」
「あと食べながら喋らない」
俺の注意に雪鳴はリスのように頬を膨らませながら頷く。
無言で食べているから不味くはなかったらしいけど、毒に関しては言わないで欲しかった。
ほら見てよ、物凄い目でこっちを睨みつけてるよ彼女!
空腹でお腹が鳴るレベルで、良い匂いがするカレーを前にして毒入りとか言われたらそりゃキレるよね!?
「じゃがいもの芽に毒はあるけど、ちゃんと取り除いたし加熱もしてるから大丈夫。 それで入ってるなら雪鳴が今頃、喉を抑えながら倒れてるから――――」
「んぐっ!?」
と、急に雪鳴は苦しそうな声を上げて倒れた。
しかも喉の辺りを抑えながら。
「ホントに毒が……」
「入ってないから!」
俺は慌てながら雪鳴の顔を見ると、青ざめて瞳孔が開いている。
……うん、喉に詰まらせてるね。
俺は呆れながらコップに入った水で流し込ませた。
「はぁ、はぁ……死ぬところだった。 冷や汗が止まらない」
「俺はお前のタイミングの悪さにさっきから冷や汗が止まらないよ」
毒入りと良い、喉を詰まらせるといい。
ホントに雪鳴のせいで金髪の少女、さっきからとてつもなく警戒してしまった。
ここまで来ると、もう打つ手がないわけで……。
「……コンビニでなんか買ってくるか」
幸い、まだ俺の分は用意してないから彼女の分を貰うとして、何も食べさせないわけにもいかないので安心安全のコンビニを使う事にしよう。
俺は立ち上がり、財布を取りに自室へ向かう。
「あ、あの!」
「ん?」
そんな俺の背後から、呼び止めるように金髪の少女の声が放たれる。
「その……」
俺は彼女の方に向きを変え、彼女がしっかりと言葉を紡ぐのを待つ。
「えと……い、行かなくて、いい」
「ご飯はどうするんだ?」
「これで、いい」
そう言って俺の作ったカレーを指差し、俺の返事を待たずにスプーンでそれをすくう。
そして口に含み、飲み込んだ。
「……美味しい」
ボソっと、本当に小さい声だけど、彼女はしっかりと感想を述べてくれた。
そして二口目、三口目と、ゆっくりだけどちゃんと食べ始める。
その姿に、俺は心の奥から喜びの感情が溢れてくるのを感じた。
ああ、美味しいって言ってもらえるのって、嬉しいんだなって。
「……そうか」
俺は始めて感じた、その幸せな気持ちを抱えて台所へ向かう。
俺も、その幸せの輪に混ざりたいと思ったから。
「黒鐘、おかわり」
「早いしその細い体によく入るな」
そんな空気を様々なトラブルで壊した雪鳴のことは、取り敢えず無視することにした。
*****
食事を終えた俺達の空気は、結局緊張感のあるものに変わった。
雪鳴は味方で、金髪の少女は敵。
そんな距離感が、俺たちに見えない壁を作っていた。
俺は全員分の紅茶を用意し、話しを始めた。
「まずは自己紹介からだな。 俺は小伊坂 黒鐘。 所属は時空管理局・嘱託魔導師」
「管理局……」
その名を聞いて納得し、そして敵意の眼差しを強めてきた。
やはり彼女は管理局に対して疚しい行為をしていたらしい。
「君の監視を担当させたのは逢沢 雪鳴。 今のところ彼女は民間協力者ってところかな」
「逢沢 雪鳴。 よろしく」
言葉数少ないながらも、雪鳴は会釈混じりに挨拶をした。
自己紹介が済んだところで、次は彼女の番だ。
俺はアマネが録音を開始したのを確認し、質問を始めた。
「君の名前は?」
「……」
「年齢は?」
「……」
「出身世界、出身地は?」
「……」
「好きな食べ物は?」
「……」
「今日一日で何回お腹が鳴った?」
「っ!?」
なんて冗談に対して、殺気混じりの視線が俺に向かって一直線。
対して俺は一切表情を変えず、ようやく反応が返ったことにだけ安心する。
やっぱり精神的には俺たちと同世代なだけあって、幼いから恥ずかしいことには強い反応を示すらしい。
だけど名前すら明かさないということは……。
俺はいくつかの予想の答え合わせをするために質問を続ける。
「今回のジュエルシードについて、君以外に関わっている人は誰だ?」
「……」
「質問を詳しくしよう。 民間人は何人だ? 魔導師は何人だ?」
「……」
「好きな色は黒? 白? 赤? 青?」
「……」
「今日の下着は黄色と黒のストライプ?」
「なんでそれを……ッ!?」
そこで俺は不敵な笑みを浮かべる。
片方の頬を釣り上げ、してやったりの笑である。
当然、彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染め、先ほどと同じように睨みつけてくる。
ちなみに隣で雪鳴が『私は白と水色』と言っていた気がするが、何が白と水色なのかは考えないでおく。
「は、嵌めた……の!?」
「良い反応だったね。 ちなみに下着については、君を運んでいるときにチラッと見えた」
ごめん、と軽く頭を下げるが、それで彼女の怒りが収まるわけがない。
睨みつけられている状況の中、俺は最後の質問攻めに入る。
「好きななのは母親? 父親?」
「……」
「ジュエルシードは何個集めた?」
「……」
「一個、二個、三個、四個、五個……いや、十個か?」
「……」
「――――なるほど、大体分かった」
俺の一言に、少女だけでなく雪鳴も僅かに驚く。
「わかったの?」
雪鳴の問いに、俺は真剣な表情で頷く。
金髪の少女の表情に、ほんの僅かな動揺が現れる。
主に眉が寄って小さなシワができ、瞳が揺らいでいる。
全身からは震えが止まり、まるで構えを取っているかのような状態。
これは明らかな警戒と動揺、そして疑い。
分かるわけがない。
自分の何も言っていないのだから、バレるはずがない。
その自信も僅かに含まれているのだろう。
俺はその自信を砕くために、真剣な眼差しで彼女の瞳を見つめる。
それは俺からの『逃がさない』と言う意思表示だ。
「君の年齢は9歳だ」
「ッ!?」
少女はハッキリとした動揺を示す。
全身をビクッと震わせ、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。
それは図星を意味する確かな反応、そして彼女からの答えだった。
俺はその動揺が消えないうちに追撃をかける。
「出身世界は管理内世界だけど、そこに両親や仲間はいないだろう。 君以外にも数名、ジュエルシードに関わる人がいて、それは全員魔導師としての力を持っている。 そして何より、君の母親が関与している」
どうして、と言わんばかりに口を半開きにし、体を震わせていく。
その状態はまさに放心状態。
驚きすぎて、図星過ぎて、何も言い返せないのだろう。
少々可哀想な光景になってきたけど、俺はためらわずに続ける。
「ジュエルシードはまだ集めたてのようだね。 今日の昼間が最初の一つ……そうだろ?」
「っ……」
もはや、彼女に隠し通す能力はないだろう。
どんなに心で隠そうとしても、一度動揺して畳み掛けられれば、身体が否応なく反応してしまう。
「取り敢えず君の事に関しての質問は以上だ」
そう言って俺は紅茶を一口飲み、そして溜息を漏らす。
そこで場の空気は僅かながらに落ち着きを取り戻し、疲れきったように金髪の少女はテーブルに両肘をつき、俯いた。
「なん、で……」
「ん?」
「なんで分かったの?」
最初は小さく、しかし二度目はハッキリとした声で彼女は俺に問う。
なぜ? と。
その問いに俺は、申し訳ない気持ちで、謝った。
「ごめん」
「何が……っ!?」
突然の謝罪に、少女は目を丸くして驚いた。
なぜ今の問いに謝罪が返ってくるのか。
だけどしばらくの間が過ぎると、気づいたようにハッと声を上げた。
「まさか、また嵌められたの、私?」
震える声に、俺は無言で頷く。
「人はどれだけ嘘をつこうとしても、必ず真実との違いが生じてしまうものだから」
そう言って俺は雪鳴の方を見る。
「雪鳴は昔からこんな感じで、ほとんど感情が表情として出ないように見えるんだけど、本当は僅かに違うんだ」
「そうなの?」
今度は雪鳴が驚いた様子で俺を見る。
驚く、と言っても瞳孔が開いた程度だけど。
「ちゃんと感情の通りに筋肉は動いてる。 ただそれが小さく見えるだけで、ちゃんと口角や瞳孔は動く。 他にも色んな筋肉が状況に応じて動いているから、俺はそれを読み取ることで雪鳴が今どんな表情か、どんな感情かを読み当ててるんだ」
「……恥ずかしい」
と言いながら両手で顔を隠す雪鳴。
その姿は、流石に予想とか読み取りがいらないほど、恥ずかしがっている。
俺は苦笑し、そして金髪の少女に視線を戻す。
「俺の眼は筋肉の細かい動きや、魔力の流れを読み取ることができる。 例えどれだけ複雑で、人それぞれに動きの違いがあっても、感情パターンは共通してる」
人の動きには思考や感情、本能が伴う。
そしてそれを脳からの電気信号などによって必要な部位に伝わることで動作が起こる。
呼吸も然り、血液の循環、心臓の動作リズム。
全てには必ず理由があり、それには一定のパターンが存在する。
それら全てを完全に、完璧に理解した上で、その小さく速い流れを見切る眼があれば、どんなに嘘をついても無駄だ。
「君の年齢を当てたのは、君の身長や体重、血液の循環速度や反射神経の集計結果だ。 まぁ他にも、知り合いに君とよく似た子がいるから、勘も混じってかもね」
と苦笑して返す。
金髪の少女を見つめながら、俺はふと高町 なのはの姿を思い出していた。
二人はどことなく似てると思ったから。
どこが、と聞かれるとハッキリとした回答が出せないけど、それでも似てると思った。
だから高町と同じ9歳と言ったのかもしれない。
「君の出身地に誰もいないと予測できたのは、その一つ前に空腹の質問をして動揺していて、冷静になったからだ」
俺が何度も何度も、フェイントのように本題から逸れるような質問をしたのにも理由がある。
それは、彼女が冷静から動揺に、動揺から冷静になるまでの変化や速度を知るため。
「もし両親が部外者で、君一人の行為だったとしたら、君は両親にバレたくないから必死に嘘をつく。 けど……そのあとの質問の時とは反応が薄かった」
通常の犯罪者だと、家族にバレたくない犯人は住所や年齢を誤魔化すことが多い。
身分証明証は持っていないだとか、何かにつけて嘘をつく。
バレたくないから。
仮に家族も犯罪に加担していると、その緊張感は更に濃くなる。
巻き込みたくないとか、まだ犯罪の途中だとか、そんな理由で。
バレたら終わりだから。
しかし全ての質問の中でこの質問に対し、彼女の反応はあまりにも冷静だったと言える。
冷静過ぎて、必死さがないんだ。
バレないように、バレないようにとするはずだ。
その証拠に、名前を聴いた時はかなり必死に感じた。
最初の質問だからってのもあるだろうけど、名前と出身地、どちらか片方でもバレたらいけないと言うのに、出身地がバレても大丈夫みたいな反応はおかしい。
つまり、仮に出身地や出身世界がバレても良いように細工を施しているか、すでに家族や現在の所在地を知っているものがいないという状況だって可能性が高い。
……まぁ、そもそもだ。
「無言だったおかげで、言葉にまで意識を集中させずに済んだよ。 おかげですぐに特定できた」
無言、無表情を選択したのが間違いだった。
通常、嘘をつく相手には表情や動作に目を使い、更には言葉の対して耳を使わないといけない。
五感のうち二つを使う必要がある中、彼女は無言を選択した。
つまり俺は聴覚を使わず、目で見るだけでよかったんだ。
その時点ですでに俺のほうがアドバンテージがあったと言える。
「そんな……」
まるでこの世の終わりかのような表情で、彼女は俺を見る。
目は動揺でガクガクに震えて、口は呼吸すらままならない。
「雪鳴、彼女のことを頼む」
「……ええ」
俺は彼女のことを雪鳴に任せ、ベランダに移動した。
窓を閉め、外を眺めて彼女らの会話や音、光景を見ないように、聞かないようにした。
右手には録音機能を解除したアマネがいて、共に夜の海鳴を眺める。
先ほどまで雨が降っていた空は、いつの間にか止んでいた。
雲は晴れ、夜空にたくさんの星が散りばめられている。
そんな景色を見つめながら、アマネに聞く。
「アマネ、ここって本当に管理外世界なんだよな?」
《ええ。 正真正銘、魔法文化が存在しない世界です》
当たり前の質問に当たり前に答えるアマネ。
俺も、当たり前のようにそうか……と返した。
「そうだよな……ここは、そういう世界だよな」
魔法がないということは、魔法が関わることなんて起きないということ。
魔法が原因で苦しむ人も、悲しむ人も、何かに耐える人もいないはずの世界。
「なのに、なんだよ……これは」
声から、怒りの感情が漏れ出す。
左手を力いっぱいに握り締め、手すりに殴りつける。
微かに凹んだ手すりを見つめながら、俺はいう。
「なんで、苦しんでいる人がいるんだよ」
ジュエルシード一つをきっかけに、俺は出会った。
その小さく、細い身体一つでジュエルシードを求める少女に。
その小さく、細い身体一つで俺たちに立ち向かおうとした少女に。
一体どれだけの決意が必要だっただろうか。
一体どれだけの苦痛が必要だっただろうか。
たった9歳の女の子には、あまりにも重すぎる荷物だ。
無言、無表情を貫いてまで隠し通そうとした犯人がいる。
自分一人が罰を受ければ良いと思えるような誰か。
「彼女は父母、どちらが好きかの問いに、母と言った瞬間にだけ大きな反応を見せた」
それこそ父は知らないというほど零の反応だったのに対し、母には百で返したように。
そして、分かった。
「彼女の母親が、彼女にジュエルシードの回収を命令したんだっ!」
拳に込められる力が強くなる。
下唇を噛み締めると、血の味が広がる。
強い感情が胸から湧き上がるあまり、目眩までしてきた。
これは間違いなく、怒りだ。
「大事な家族に、なんてことやらせてるんだよ」
まだ、親に甘えたい時期だろ。
まだ、親に甘えていい時期だろ。
なのになんでだ。
なんで、彼女を一人にする。
なんで、彼女に罪を背負わせる。
なんで、彼女が傷ついているのに心配しない。
「……女の子ばかり、頑張らせるわけにはいかないよな」
ため息混じりに、言葉を漏らした。
怒りが俺に、一つの決意を抱かせたから。
ジュエルシード一つに、巻き込まれた少女がいる。
本来なら関わる必要ない人ばかりが、巻き込まれていく。
そんな状況を、黙って見ているわけにはいかない。
それに……何より――――、
「――――女の子だけに任せるのは、男としてダサいよな」
この世界出身の女の子。
五年ぶりに再会した女の子。
母親に利用されている女の子。
皆には、平穏で平和な日々を送って欲しいし、そうあるべきだ。
ならば男の俺にできることは決まってる。
「ジュエルシードは必ず集めきる。 そして、あの子の母親とも決着をつける」
明確な敵を理解した。
この怒りのぶつけ所を知った。
ならば動くのみ。
そして護るのみ。
「アマネ、改めて力を貸してくれ」
《了解》
短く、しかしハッキリとした返事をアマネはくれた。
「うん、ありがとう」
右手でギュッと、アマネを握り締める。
そこには怒りがなく、ただただ自信と感謝だけが溢れていた。
後書き
どうも、IKAです。
小伊坂「長いよ!」
第一声がそれか!?
小伊坂「なんだよ9000って」
すみません……厚みのある内容にしたくて。
小伊坂「しかも前後編ってことは、9000じゃ足りないってか」
え、ええ……。
小伊坂「……頑張ろっか?」
う、うん(無言の笑みから圧力が!!)
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