バレンタインは社交辞令!?
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3部分:第三章
第三章
「そうは言われても」
そう言われてもかえって返事に困る。
「やっぱり野球とか」
「カープの優勝は当分なしよね」
「それはこっちだって同じだよ」
ぼやく岩田さんに対して言う。
「横浜だってさ」
「どっちかっていうと横浜の方が駄目っぽいわね」
「だから希望を持たないと」
野球の話になると自然に熱が入ってきていた。
「この前優勝したじゃない」
「三十五年振りにね」
今度は何時になるかと言われている。何処ぞの似非盟主球団と違い優勝しないだけであれこれ言われたりはしないのが救いであるがその弱さが笑いの種になるのはファンとしては悲しかったりする。
「それから今だけれど」
「本当に弱いわね」
「カープも最下位になったじゃないか」
「それでも横浜よりはずっと少ないわよ」
「まあそうだね」
忌々しいがそれが現実であった。今の横浜はタイプこそ違うがあの暗黒時代の阪神と同じような立場にいる。もっともあの時の阪神のようにどんな見事な敗北でも華麗なまでに絵になるというわけではない。エラーも暴投もホームランを打たれるのも全て綺麗に絵になるのは阪神だけなのだ。それが阪神なのだからだ。理由はそこにはない。
「全く。因果なことだよ」
浩太はそうぼやく。
「横浜ファンなんてさ」
「けれど楽しいでしょ」
「まあね」
こくりと頷く。それでも楽しいものは楽しいのだ。
「巨人なんかを応援するよりはね」
「あんなとこ応援する価値もないわよ」
岩田さんは熱狂的なアンチ巨人である。野球を愛する者として当然のことである。巨人は無様な負けと不祥事こそが最も似合う球団なのだ。巨人には無様なことがよく似合う。
「来年もギッタンギッタンにしてやるわ」
「昔の広島がそれ言うと絵になったそうだね」
「私が子供の頃よ」
そう言うと身も蓋もない。
「はじめての日本一の時は確か生まれていなかったわ」
「そうなの」
「貴方だってそうでしょ?」
「横浜の優勝なんて三十年か四十年に一度だよ」
こう返す。
「見ている筈ないじゃないか」
「それもそうね」
「それ考えたらチョコレートの勝負でまだよかったよ」
彼はぼやき気味にこう言ってきた。
「あいつ阪神ファンだからね」
卓はその名前に逆らうかのように阪神ファンである。巨人が負けた次の日は機嫌がいい。とりわけ阪神が巨人に勝った次の日は絶好調という非常にわかり易い御仁である。もっともその逆のパターンもあるが。しかしそれが実に楽しそうなのだ。阪神ファンというのはそういう生き物である。阪神を愛することこの上なくそれに人生を捧げているのだ。だから勝っても負けても楽しいのだ。阪神は本当に不思議な魅力を持つ球団である。
「今は分が悪いよ」
「それを言うと私もだけれどね」
「ちょっと前まで立場は全然逆だったのになあ」
浩太はまたぼやく。
「あれだけ弱かったのに」
「ヤクルトに凄い負けてたわよね」
「そうだったね。巨人投手陣にも」
「私の子供の頃の阪神の試合ってね」
「うん」
話は岩田さんの子供の頃に移る。
「いっつも阪神打線がカープのピッチャーに捻られていたのよ」
「こっちも。マシンガン打線にね」
阪神の打線は打てなかった。絶望的なまでに打てなかった。そしてピッチャーは優勝チームの打線に打ち崩されていく。それが凄く絵になっていた。何故かヤクルトには毎年負けまくっていた。勝つ方がずっと少なかった。そうしたチームであったのだ。今は昔のことだが。
「それがねえ」
岩田さんがぼやく。
「それを思うと本当にチョコレートでよかったじゃない」
「そうだね」
浩太は彼女の言葉に頷く。
「本当にそう思うよ」
「そうでしょ?」
今の季節は野球はない。しかし二人はそのことで話を盛り上がらせながら夜道を歩いている。あまりバレンタインの話はしないがそれでも言葉の中にはちゃんと出ていたのである。
「それで僕が勝てると思う?」
「どうかしらね」
岩田さんは浩太のその問いには首を傾げてみせてきた。
「微妙ね」
「微妙なの」
「だって。義理チョコばかりなんでしょ」
「うん」
浩太はその問いに答える。
「そうだよ」
「だったら絶対同じ数になるわよ」
岩田さんは言う。
「義理チョコはあくまで義理なんだからまんべんなく配るものだし」
「そうだよね」
浩太もその言葉に納得する。
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