京料理
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1部分:第一章
第一章
京料理
左藤裕貴は生粋の愛知人だ。
薄い眉に一重の少しつり気味の目、すらりとした鼻立ち。しっかりとした唇。黒髪を長く伸ばし後ろで束ねている。まるで幕末の志士の様な外見だ。
背は一七七程で身体もすらりとしている。その彼がだ。
いつも食べるものはだ。やはり名古屋の料理であった。
きし麺に味噌カツ、味噌煮込みうどんに海老フライ、鶏、そしてういろうだ。そうした名古屋の食べ物を心から愛しているのである。
その彼はだ。いつもこう言っていた。
「京料理なんか駄目だがや」
「おお、そうだぎゃ」
「何がみやびだぎゃ」
「京都なんか歴史以外何もないだがね」
「ただの物置だがね」
周りもだ。彼のその言葉に同意して言う。
「あんな飯のまずいところないぎゃ」
「味も何もない」
「京都に美味しいものなし」
「それは言えるだぎゃ」
「その通りだぎゃ。豆腐もぎゃ」
彼もここで言う。
「味噌使わんで食うなんて有り得ないだがね」
「まだ大阪の方がわかるだがね」
「あの濃い味の方が」
「とにかく京都の料理は味がないがね」
「あんなの美味くとも何ともないがね」
周りの言葉を受けてだ。裕貴はまさにその通りだと膝を打つのだった。とにかくだ。
彼は名古屋料理こそが一番だと思っていた。京都料理はその対極にあるものと考えていた。とにかく味噌に濃い味であった。
しかしだ。運命とは残酷なものである。
その彼がだ。突然だ。
京都にだ。出張を命じられたのである。
「京都に!?」
「そうだぎゃ。行って来るだぎゃ」
課長がだ。驚く彼に名古屋弁で告げる。
「一週間だぎゃ。早く行きやーす」
「大阪じゃないんですか」
「そうだぎゃ。京都だぎゃ」
また言う課長だった。
「頑張って来るぎゃ」
「あんなところにですか」
裕貴は露骨に嫌悪感を見せた。
「あんな食い物のまずいところに」
「確かに食い物はまずいぎゃ」
課長も名古屋人だ。それならばだった。
京都の料理は口に合わない。それで言ったのである。
「けれど仕事だぎゃ。だから行きゃーーーす」
「仕事だからですか」
「そうだぎゃ。行くだぎゃ」
仕事なら仕方がなかった。それでだった。
彼は嫌々京都に出張することになった。京都へ行くこと自体はすぐだった。
新幹線で行けばあっという間だ。名古屋駅から京都駅まですぐだ。こうして京都に辿り着いたが彼のその顔はというとだ。
「どないしました?」
京都支社から迎えに来ただ。若い、彼より年下の社員が応えてきた。
「不機嫌なんですか?」
「まあ何でもないぎゃ」
こうは言ってもだ。裕貴の顔は不機嫌そのものだった。
「とにかく。仕事だぎゃな」
「はい、じゃあ御願いします」
「わかったぎゃ。ただ」
「ただ?」
「食い物はこっちで選ばせてもらうぎゃ」
こうだ。不機嫌そのものの顔で話したのだった。その後輩にだ。
後輩は線が細く色が白い。何処か中性的な感じだ。そうした雰囲気がさらにだった。京都という雰囲気を醸し出していた。彼の嫌いな京都のだ。
「それでいいだぎゃ?」
「えっ、湯豆腐とかは」
「南禅寺のだぎゃ?」
「はい、行かへんのですか?」
「遠慮するぎゃ。食い物はコンビニなり何なりあるだぎゃ」
こう言ってだ。食べ物はこちらで選ぶというのだった。
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