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ガールズ&パンツァー SSまとめ

作者:でんのう
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ドゥーチェとカルパッチョ

「あなた方の『ドゥーチェ』コールですが、今後は公式の場では差し控えて頂きたい」
 文科省から派遣された眼鏡の役人は、単刀直入に切り出した。
 『統帥(ドゥーチェ)という言葉が誰を指しているか、賢明なアンツィオ高校戦車道の隊長であるあなたが知らないはずはない」
「……お言葉ですが、我々は単にわが校伝統のロールプレイを守っているだけであり、何か特別な思想をもってあれを行っているわけではありません」
 口元が歪み、眼鏡のガラスが光を帯びる。
「プロリーグ発足、世界大会への参加。国際的な注目も浴びる――海外で誤解を招く恐れのある言動を慎んで頂きたい。それだけの話ですが」
「……」
 重箱の底を突くような言いがかりだ。しかし……拒否は出来ない。
「承知しました。今後『ドゥーチェ』の名を試合の場で叫ぶことは禁止するよう通達します」
「ご協力感謝します。それでは」


「姐さん! なんスかあの陰険メガネ! 文科省にカチコミしましょう!」
 同席していたペパロニが眉を吊り上げ歯を剥き出しにし、本気で怒っている。
「落ち着けペパロニ。文科省には逆らえないんだ。……本来は戦車道連盟から申し入れが欲しい所だがな」
「でも、姐さんをドゥーチェと呼ばずなんと呼ぶんスか!? わたしらのモチ、モベ、モべチ……」
「モチベーション」
 落ち着いた口調のカルパッチョが、ペパロニにフォローを入れた。
 でも、その表情は静かな怒りで固まり、緑色の瞳がゆらゆらと焔で燃えている。
「そう、そのモベチーションがダダ下がりっス!」
「うーん……ま、アンツィオの校内でやる分には問題は無いだろう。みんなにはちょっと我慢してもらうしかないかなぁ」
「ドゥーチェ、提案があります」
 カルパッチョが、真剣な面持ちでアンチョビの瞳を見つめ、一呼吸置く。
「……統帥(duce)ではなく、光(luce)と呼べばよいのではないでしょうか」
「ルーチェ……光か」


「私たちを正しい道に導く光、暗い場所から明るいところへの道しるべ――ルーチェ・アンチョビ」
「ルーチェ……ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! おー、なんか似てるッスね!」
「そうです、これからはルーチェで行きましょう!」
『ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ!』
 光。
 この子たちを照らす光。なるほどね。
 嫌味な眼鏡の残した暗い陰が、ぱぁっと消え去った様な感覚。眉を顰めていたアンチョビの顔にも、笑顔が戻ってきた。


「いいかお前ら、これからはドゥーチェじゃなくてルーチェだ!」
「えー、なにがあったんすかペパロニ姐さん」
「偉い人に言われてちょっと配慮の必要が出たの。気にしないで。みんなやってみましょう、さん・はい!」

『ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ! ルーチェ!』

(……意外と違和感は無いな。あの眼鏡がなんか言って来たら、『光』って言葉に何の問題がある? そう言い返せばいい!!)
 ドゥーチェ改め『ルーチェ』コールに応え、大きな笑顔とピースサイン。
 鞭を振り上げたアンチョビが、修理中のP40の上で派手なポーズを取った。

 その晩。
 アンチョビは蔵書と図書室から借りてきた資料を紐解き、第二次世界大戦のイタリア戦史、降伏後の内戦の詳細、そして装備品を入念に調べていく。
(イタリアの戦車のみでは、アンツィオの戦力をこれ以上高めるのは難しい。もし他校と提携してでも、1945年8月15日までに装備している戦車を手に入れられるのであれば、或いは……)
 ツインテールをほどき、丸眼鏡をかけて資料を追うアンチョビの部屋のドアがコンコン、と鳴った。
「誰だ」
「カルパッチョです、ホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう」

 マグカップのホットミルク片手に、アンチョビは戦史の資料を読み続ける。
「どうしたんですか? こんな夜遅くに調べものを」
「私がドゥーチェから解放されたのをきっかけに、我がアンツィオに新たな光を与えられないかな、って」
「まあ」
 ドゥーチェが入念に戦史や相手の戦力、戦術や過去の試合に基づき、水面下で綿密な作戦を立てていたのはカルパッチョも知っていたが、ちょっと様子が違うようだ。
「戦車道は勝ち負けだけではない、一生懸命戦って、敵味方分け隔てなくパーティーでもてなす。それがアンツィオの流儀」
「わが校にしかない美徳、そう誇って良いと思いますよ、ドゥーチェ」
「でもね」
 丸眼鏡姿のアンチョビが傍らに座り、目の前の資料のページを手繰っていたカルパッチョを見つめる。
「勝負に勝つ喜び、負ける悔しさ――絶対勝てるはずがない強豪校に大番狂わせ(ジャイアント・キリング)で勝つ。そんな事を、一度でもやれればなぁ、って」
「ジャイアント・キリング……?」

 ふっと顔を上げたカルパッチョの目に、強い意志の奥に寂しさが混じった、アンチョビの複雑な表情が飛び込む。
「私の代では無理だ。無茶はさせられなかった。アンツィオの戦車道を、全国大会2回戦に勝ち進めることができるまでに3年かかった」
「偉大な業績です。ドゥーチェが入学するまで、この高校には戦車道は事実上無いも同然でした」
「しかし、来年にはこのドゥーチェ・アンチョビはここにはいない。カルパッチョ、お前とペパロニで、みんなを引っ張っていくことになるんだ」
 流れる時間は止まらない。カリスマを失う恐怖。アンツィオで最も知的で冷静な参謀の顔に暗い陰が射す。
「来年を、次を考えて、私は卒業していきたい。どうするかはお前たちが決めることだが……光の道筋は、残していく」
「ドゥーチェ……」
 飲みかけのホットミルクを机に置き、ゆっくりとカルパッチョに近づき、頬を寄せて抱きしめる。
「ノリと勢いはペパロニに、水面下の作戦はお前に……大変だとは思うが、頼んだよ。カルパッチョ」
「……はい」

『ルーチェ』 迷える子羊どもを正しき道に導く光。
 光の先の道は厳しいかもしれないが、もし引き返さずにその先にたどり着くことができれば、アンツィオが変わるかも知れない。
 その光に賭けてみようか。
 アンチョビを強く抱きしめ返したカルパッチョの瞳から、光のしずくが2つ、こぼれ落ちた。
 
 FINE 
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