理性
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5部分:第五章
第五章
「先輩、このまま阪神一直線なんですね」
「そうだよ、僕は生まれた時から決めてるんだ」
今度はにやりと笑って言うのであった。こう。
「この生涯をかけて。阪神を愛していくとね」
「何か凄いですね」
「ははは、まだまだ愛し足りないよ」
こんなことも言うのであった。
「阪神に対してね」
「そうなんですか」
「君も結婚してそんな家庭を築くんだ」
ようやく尊敬できる先輩に戻った。
「いいな、それは」
「ええ、そうします」
とりあえずこの言葉は素直に受けられる裕也であった。それはだった。
だがその彼もだ。ようやく交際し結婚が決まったが。その相手についてこう学に話す。場所はいつもの甲子園の一塁側である。
「彼女ですね」
「どうしたんや?」
試合が終わってだ。勝利の余韻の中で彼の話を聞く学だった。勿論酔っている。勝利のビールを飲みながら後輩の話を聞いている。裕也も喋り方が応援の時のそれになっている。
周りは黒と黄色が入り乱れている。歓声も凄い。勝った時の甲子園そのものだった。その中で二人は今話をしているのである。
「今度結婚するのは聞いとるけどな」
「あれですよ。パリーグファンで」
「それで何処や?」
「ロッテなんですよ、ロッテ」
忌々しげにだ。ビールを飲みながら話す彼だった。
「千葉生まれとかで。ロッテなんですよ」
「地元の球団やな」
「ええ。それで生まれた子供には兆治って名付けるって言って」
「あのマサカリ投法のかいな」
「そんなの許せませんよ」
裕也は断言した。
「やっぱり名前は忠ですよ、忠」
「南海のあの人やな」
「ええ、名投手にして南海時代の最後の監督、九州に来ての最初の監督ですよ」
そうした歴史的な意味でだ。ホークスにとってはかけがえのない人物である。もうこの世にはいないがそれでもなのであった。
「その人の名前にしたいのに」
「やれやれやな」
「先輩のところは結局あれですよね」
「男の子やった」
もう子供が生まれたのである。そしてその名前は。
「実にしたで」
「やっぱりそうなったんですか」
「そや。ええ名前やろ」
「そうですね。じゃあこっちも」
「忠かいな」
「その名前しかありませんよ。全く何で」
裕也が荒れてきていた。普段の彼とはまた違ってきていた。
「ロッテなんですか。やっぱりホークスですよ」
「やれやれやな」
その話を聞いてだ。学はついつい苦笑いになってこう言葉を出した。そしてだ。
「君も何だかんだで」
「何かあります?」
「野球になると人変わるな」
「そうですかね」
「結局僕と同じやな」
そして今度はこう言うのであった。
「そこはな。同じやな」
「そうだったんですか。はじめて気付きました」
「けどその通りや。君も野球になったら理性が飛ぶな」
「そんなつもりなかったんですけれど」
「けど実際にそうなっとるわ。まあ」
後輩にここで告げる言葉は。
「奥さんとはそれで喧嘩せんようにな」
「わかりました」
そう言われると頷くしかない裕也だった。彼はこれで納得した。自分もまた結局のところ学と同じで野球のことになると理性がなくなることに気付いたのだった。
そして彼の子供は。双子の男の子だった。それぞれの贔屓のチームの大投手の名前は一人ずつに名付けられた。これはいい結末だった。
理性 完
2011・1・6
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