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ガールズ&パンツァー SSまとめ

作者:でんのう
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ノンナとアンチョビ

 ……なぜだろう。
 プラウダ高校の応接室で、わたしはカチコチに緊張しながら[[rb:主 > あるじ]]の来るのを待っていた。
 なぜプラウダ戦車道の副隊長『ブリザードのノンナ』が、アンツィオに招待状を?
 しかも、隊長のわたしひとりだけで来てほしい、と?
 なぜだろう。
 寒冷地を航行しながら学園艦内は暖房が効いており、コートもマントも要らない。
 寧ろ、少し暑いぐらいだ。
 広い応接間にしつらえられた軍旗や絵画などをぼんやり眺めているうちに……彼女、いや彼女たちがやってきた。
 プラウダ隊長『地吹雪のカチューシャ』と『ブリザードのノンナ』が……。
 
「ようこそ、我がプラウダ高校へ」
「お招きいただきありがとうございます。カチューシャ隊長、ノンナ副隊長」
「そんなに気張らなくてもいいわ、アンチョビ」
 思わず椅子から立ち上がりお辞儀をしようとしたわたしに、背が低く随分と幼く見えるカチューシャが声をかける。
 握手を交わそうと手を差し伸べると、ノンナは腰を下ろし、カチューシャに背中を貸す……肩車だ。
 ずいぶんと上から出てきたカチューシャの白く小さい右手に握手をする。
「アンツィオ高校隊長のアンチョビだ、よろしく」
「プラウダ高校の隊長、カチューシャよ!」
「同じく副隊長、ノンナと申します」

 ジャムの添えられたロシアンティーとお菓子を頂きながらのお茶会での話は、ごくごく普通の会話だった。
 もし大洗にアンツィオ校が勝っていれば我がプラウダとの対戦でしたが、対策は? とか。
 我が学園艦は主に北方を航行するので随分と寒いでしょう、とか。
……正直、まだこのわたしが招かれた理由が理解できてないんだ。さりげなく、差しさわりの無い会話が続いていく。
 カチューシャが、だんだんと飽きてきたようで、口数が少なくなってきた。
「ノンナぁ……」
「どうしました? カチューシャ」
 カチューシャ隊長の瞼が重い。うつらうつらと、舟をこぎはじめた。
「休む」
「……申し訳ありませんアンチョビさん。カチューシャが少し疲れているようです、部屋で休ませますのでしばらくお待ちください」


 広い応接間に、わたしひとりが残される。
 キンッ、カキンッ。
 全館集中暖房の温水ヒーターのラジエータが、金属音を立てた。
 後は、コチコチという壁の振り子時計と、窓ガラスに吹雪交じりの風の当たる音が微かに響くだけ。
「お待たせしました」
 ノンナ1人だけが、わたしの前に戻ってきた。

「先日の大洗戦、残念でしたね」
 先ほどの話をノンナが蒸し返す。正直、もう何も話すことは無い。
「最初はデコイやCV33で攪乱しようとしたが……西住みほのⅣ号に崖の上から撃たれてしまった、完敗だ」
「でも、1回戦では攪乱戦術でフラッグ車を孤立させ、固い防御を誇るマジノのフラッグ車を撃破しました」
「いや、あれはまぐれみたいなもので」
「戦車道にまぐれ無し。違いますか?」
 ノンナの青い瞳が私を軽くねめつける。
「あ、ああ、確かに……」
 彼女は、本題に……わたしを単身、このプラウダの学園艦に招待した本当の理由を明らかにし始めた。

「我がプラウダのドクトリンは後退して敵を引きずり込み、敵を包囲する……もしくは、圧倒的な火力で押し潰す」
「火力の差は圧倒的だ、とてもわがアンツィオ校が勝てる相手ではない」
「しかし……もしあなた方が我がプラウダに勝つとしたら、どう勝ちますか?」
「……え?」
「我々が取るべき試合の対策は……対戦校の戦力と伝統、隊長のドクトリンや戦略戦術を分析し、我々に対しどう勝つかを徹底的に考察する事です」
「……」
「弱小校相手ではそこまで分析する必要は無いにせよ……黒森峰やサンダース、聖グロリアーナ相手であれば、我々は敵方そのものになりきり、本気で倒す方法を編み出す」
「敵に、なりきる?」
「『プラウダがどうやって敵の攻撃を防げるか』ではなく『敵がどうやってプラウダを倒すか』を真剣に考える。旧ソ連が編み出した、サボタージュや破壊工作へのリスクマネジメントからの応用です」
 プラウダが、ただ敵を包囲し、叩き潰すそのが全てのプラウダが、そこまで考え抜いて戦車道を戦っていた?
 カチューシャの絶対的なドクトリンに従い……手足として動いているだけだったのでは?
 ノンナの青い瞳から目を離せない、おもわず生唾を飲み込んだ。
「……尤も、これは同志カチューシャや私のような上官のみが行っている手法であり、一般隊員には指示通りの動作を徹底させます」
 ああ、なるほど。
 ここまでは理解できた、が、次のノンナの言葉は……私の想定を超えていた。


「失礼ながら弱小校とはいえ、[総帥(ドゥーチェ)・アンチョビの許で士気高く戦い……マジノを撃破し大洗女子と善戦した、あなた方の戦い方を学ばせて頂きたいと思いまして。……カチューシャは大洗女子を弱小校と見ていますが、西住みほがいる以上そうとは思えない」
「え? え!?」
 そんな大層なものは無いんだよ、ノンナ。
「機動力とデコイによる攪乱、復帰が容易ななCV33の機動力と、M41セモヴェンテ、そして修理中だけどP40の火力……手持ちの戦車の特性を熟知し、あの子たちの出来ることを出来る範囲で精いっぱいやる。勝ち負けよりどれだけ戦車道を楽しめるか。それだけだよ」
「まぁ」
 目を細め、ふっ、と微笑みを浮かべる。冷たさを帯びたぞくっとするような笑顔。
 ブリザードと言われるだけある、氷の微笑。
「ではアンチョビ。もし手段を選ばず、いまの戦力でどうしても我がプラウダに勝たねば……例えば、あなたの高校が廃校になる……そんな追い詰められた状況であれば、どうします?」

 ノンナの目は笑っていなかった。暖かい部屋のなか、わたしの額に汗が滴る。
 そんなありえない状況を、回答しなければいけないのか……?
「火力、戦車の数、練度。全てがプラウダに劣るわたしたちに何が出来ると」
「それを考えるのが隊長の役目ではないのですか?」
「……っっ!」
 ざりっ、歯を噛みしめる音が頭に響く。
 答えねばならないのか? 練習試合、親善試合、エキシビション、冬の国体……いつ敵になるか分からない相手にこちらの手の内を見せる必要があるのか!?
 ここで今、席を立って帰ってもいいんだ!
 顔を上げ、ノンナを睨み付けようとして……諦めた。
 表情が笑っていた。氷の微笑がわずかに熱を帯びていた。このアンチョビを、試している。
 表面上は冷静さを装い、言葉を選びながら、話を続ける。
「取りうる手段は変わらない。細かくは機密とさせてもらうが……プラウダの戦車の装甲を抜けるのは、わが校には3両、いや今は2両しかいない。CV33をもって攪乱の上重包囲を突破し、偵察でフラッグ車を探し当て、セモヴェンテで強襲……いや待ち伏せ、ワンチャンスを狙って、撃つ……それだけしかないだろう」
「ふふっ。あなたらしい戦いですね」
 心臓が高鳴る、汗が額から目に垂れる。彼女は……わたしの答えに満足してくれただろうか。
「さすがドゥーチェ・アンチョビ。あなたの回答は、私に考えうる正解の中の1つだと思います」
「こんな戦術論を聞きに、ノンナはわたしをここまで招待したのか?」
「半分はДа(ダー)、もう半分はНет(ニエット)、ですね」
 ノンナは静かに立ち上がり……奥の部屋で眠るカチューシャの様子を気にしながら、私の傍らに近づく。
「残りの半分は……あなたへの個人的な興味。3年間で廃止寸前のアンツィオの戦車道を建て直し、2回戦までこぎつけたその実力と、隊員を心酔させて止まぬそのカリスマ、人心掌握術」


「ノンナ」
 その瞳が……冷たく青い瞳が……わずかに潤むのを見逃さなかった
……手練手管に長けたアンツィオ娘を見くびるな。
 賭けに出た。ありえない(矢)を放つ。わたしとノンナの関係では本来……絶対ありえない言葉の矢を。
「お前の言いたいことはこうだ。わたしが……好きだと」
「あ……? え……」
 ブリザードが止んだ。
 寒い灰色の雲に光が射す。ノンナが戸惑いの表情を隠せない。
「弱小校の戦術論? わたしの人心掌握術? それだけのためにわざわざここまで呼び、カチューシャが寝付いたのを見計らい、サシで話をする。そこまで追い詰めておいて、個人的に興味があると? 西住でもケイでもダージリンでもないこのわたしに」
 おもむろに立ち上がり、傍らに立ち尽くすノンナの手を握り、氷の溶けかけた瞳を見据える。
 その頬すら、暖房の熱さが原因ではない赤みを帯びていた。
「…………」
「ノンナ、別にわたしはお前が嫌いではない、いや寧ろ……わたしも興味が有る。中学時代のわたししか知らないお前に……3年の月日を経たいまのありのままを見せようじゃないか」
 おそらく、わたしを含め誰もが初めて見る、ノンナのぼうっとした表情。
 彼女の大きく白い手を取り、私は手の甲に口づけをした。
「!!……安斎」
「No(ノ)]。その名で呼ぶな。今のわたしは安斎千代美ではない。アンチョビだ」
 頬を擦り合わせるには彼女の背は高すぎる。キスした手を握り締めて頬を擦り寄せ、また瞳を見つめる。
「……」
 青い瞳が潤み、頬に朱色が差し、唇がわずかに開いていた。
「アンチョビ……」
 うわついたノンナの瞳が、一瞬ちらりと部屋の奥を見、わずかに悲そうな顔をした……カチューシャに対する罪悪感。
 ここでは……これ以上は無理だろう。わたしは静かに立ち上がり、ノンナの手を握る。
「ぜひ今度、アンツィオに来てくれないか」
 ノンナは一度視線をそらし、また私の顔を見つめ直してから、小さく頷いた。
「……ああ、遅くなってすまなかった。アンツィオ手製のお菓子、手土産だ。みんなで食べてくれ……。あと、こちらに来るときはぜひ連絡を。精いっぱいのおもてなしをしよう」
「アンチョビ。私、個人的な好意とは別に、一度あなたと本気で戦ってみたい、アンツィオの本気を見たいの」
「アンツィオは……強くないぞ?」
「サヴォイア騎兵連隊、ニコラエフカのアルピーニ、アリエテ戦車師団……風説とは逆の勇猛果敢な部隊……けして弱いわけではないでしょう」
「あんな苛烈なロールプレイをあの子たちにさせるわけにはいかない、親から預かったみんなに怪我をさせるわけには……」
「では私とあなた、1対1で試合をするというのは?」
 戦車道に則らない、野良試合(タンカスロン)、か。
「……考えておく、まずはアンツィオに来てくれ」
「ええ……今日は我がプラウダに訪問頂き、ありがとうございました」
 つとめて冷静に振る舞おうとするノンナと最後のアイコンタクトを取り、ウインクを返す。
「Grazie (グラツィエ)」
「Не(ニェ) стоит(ストーイト). Большое(バリショーエ) Спасибо(スパシーバ).」


 帰途につくプラウダ手配のヘリコプターの機内で、わたしは身体を軽く震わせる。
 頭が、ぼうっとしていた。
 興味が有る? わたしはノンナに残酷な嘘をついた。
 わたしも……最初から明るいアンツィオっ子にはない、超然とした、ノンナのあのぞくっとする冷たい笑顔の奥に垣間見えた優しい光と戸惑いを……愛しているのだ。
 彼女がカチューシャを連れてアンツィオに来るかどうかはまだ分からない。でも、申し訳ないが……ひとりで来てほしいな。
 色々、語り合いたいんだ。そして……闘ってみたいんだ。去年の優勝校、最強の戦車道の体現者と。

 でも、女の子に恋する少女なんておかしいと思わないかい? 馬鹿らしいと思わないかい?
 その自分のへ問いかけの答えは、決まっていた。
 No!! 
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