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ガールズ&パンツァー SSまとめ

作者:でんのう
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角谷杏と河嶋桃と小山柚子

「かーしま、今晩添い寝」
「はぁ?」
 校外での打ち合わせ後、学校に戻ってきた生徒会会長・角谷杏は、普段通りのざっくばらんな口調で、生徒会広報・河嶋桃の肩を叩く。
「あの、この忙しい時期に、そ、それはどうかと思いますが」
「忙しーからこそ。私は疲れてんだ」
 片眼鏡……普通の眼鏡を分割したものをずり上げた河嶋が、いつものクールではっきりとした物言いに戻った。
「わ、私よりも柚子の方が適任かと……」
「お前じゃなきゃやだ」
 桃は困惑とやるせなさの混じった複雑な表情を浮かべて、はーっとため息をつく。
「わ、わかりました……」
「その前に仕事だ、今日は泊まり込みになるぞー」

 戦車道の練習や試合に出ている間に溜まった書類や懸案事項を片付けているうちに、もう日付が変わってしまった。
「そろそろ寝るぞ、小山、河嶋」
 いつものように生徒会室に布団を並べ、ジャージに着替えて明かりを消し、寝床につく
 小山柚子がすう、すうと静かな寝息を立てたのを見計らい、角谷杏は河嶋桃の枕元に這い寄り、耳に口を当ててひそひそ声で囁いた。
「頼んだ」
「は、はい」
 身を投げ出した桃に、杏が身を擦りよせ、手足を絡ませる。
「かーしま、横」
「……」
 黙って横向きに寝返りを打つと、桃の胸に両頬を押し付け、その柔らかさを堪能した後、ゆっくりと頬ずりをする。
「ひ……!」
「静かに」
 声が出そうになった桃の唇にひとさし指を当て、目くばせしながら隣で寝ている柚子を見る。
「小山が起きちゃう」
「……申し訳ありません、会長」
 ぎゅっとしがみつく髪をほどいた杏の頭を、そぉっと、そおっと撫でているうち、彼女がほおっと、安らかなため息をついた。
 柚子がぐっすり眠っていることを慎重に観察しながら、桃が会長に、ひそひそ声で話しかける。
「会長?」
「んー?」
「あの、『抱き枕』をするのであれば、私よりも柚がが適任かと思います。率直に申し上げて、柚子の方が抱き心地は上かと。私はせいぜい会長の踏み台が精一杯……」
「いーのいーの、桃ちゃん」
「はぁ」
 桃ちゃん。杏にそう呼ばれるのは……いつ以来だろう。
 少し戸惑う桃の表情の子細は暗闇にまぎれて見えない。杏が続ける。
「柚子はね……お願いしたことあるけど、すごく緊張しちゃって、一生懸命私の抱き枕になろうと逆に身体を硬くして……気の毒だったんだ」
 まるで私が気の毒じゃないと言いたいようですね……出掛った言葉を飲み込む。
「あとはね、かーしまには、自分の子供をしっかり抱き止められるおかーさんになって欲しいかな、なんてね」
「は……」
 また、杏のひとさし指が桃の唇に伸びる。
 その指が、桃の目の前まで静止し、……やがて左右に動き始めた。
 窓の外から挿し込む微かな星明かりで、かろうじて指の動きが見える。
「かーしま、ちょっとこれ、見ててくれるかな」
 杏は桃の目の前でひとさし指を左右に振る。彼女は言い付け通り眼球を左右に動かし、指先を追った。
「河嶋桃、お前は高校を卒業して大学に入った。残念ながら角谷杏と小山柚子と同じ大学には行けなかった。
失意の中でも、お前はめげずに頑張って独り暮らしをして一生懸命勉強していたが、なかなか学生生活に馴染めない。
友人も知り合いもいない1人ぼっち、周囲は知らない子ばかり。
どうにか馴染もうと努力して……自身満々に強気に出てみたと思ったら急に弱気になったり、派手な恰好した次の日は地味だったり。周囲は情緒不安定なんじゃないか? ってお前と距離を置く。心折れて部屋で泣いてばかりのお前の部屋に、急に男が訪ねて来た。
『河嶋さん、最近調子悪そうだけど大丈夫?』
最初は下心で近づいてきたと思ったお前は男を邪険に扱うが、少しずつ、少しずつ男が本気で心配している事に気づく。
やがて目の前で泣ける……弱みを見せられる相手となり……恋に落ちた。そこから先は石が転がるように事が進む。。
互いに求め愛し合い、やがて自分の身体の変化に気付く……子供が出来ていたんだ。男は涙を流し、謝った。
……ごめん、まだ早すぎる、子供は諦めよう……。が、お前は頑として断った。
『あなたとの赤ちゃんを殺すなんて出来ない! 産む! 産むから!!』 泣いて泣いて泣きわめくお前に、男は折れた」
 指の動きを追っている桃の瞳が、とろんとしてくる……催眠の世界に、入ってきてる。
「続けるぞ、かーしま。お前は無事赤ちゃんを産んだが……学生結婚、当然たくさんの苦悩がやってくる。
親はいい顔しない。世間の目は冷たい。子供の養育費だって学生2人のバイトじゃたかが知れている。
夜昼構わず泣く赤子。学生アパートの隣近所からの苦情。……心折れかけ、子供に手を上げかけたこともあった。
が、お前は泣ける子だ、我慢せずに泣ける子は、強い。……手を上げず、替わりに赤ちゃんを抱き自分も泣いた。わんわん泣いた。
……そんなお前を見て、放っておけないのは男だけじゃなかった、友達が、近所の人が、いろんな手を差し伸べてくれる。
私も柚子も、心配になって訪ねてくる。男……夫も中退せずに済むよう、親に頼み込んで子供を預かってもらったり、私たちが預かったり、食事を作るのを手伝ったり……。
どうにか大学も卒業し、子供を育てながら、働きながら、つつましくも幸せな家庭を築き、どうにかこうにかやってきた。

泣きたいときに泣けるお前は強かったんだよ……時には『ママ、泣かないで』なんて言ってくれる優しい子に育った。
両親に買ってもらったピンクのランドセルを背負って、ママの前でポーズを取ってくれる『ママ、明日は入学式だね』って……。それがこの私、杏だよ」

 河嶋桃の目は、杏の指を追う事を止めていた、ぼんやりとしてて、焦点が合っていない。
 続けて、耳元で囁く。河嶋桃の娘、杏として。
『ママ、ランドセルありがとう。わたし、一生懸命勉強して、パパとママをぜったい幸せにするから、ね』
「あ、うう、ああ……杏ううううう!!!」
 桃が目に涙をため、杏をきつく抱きしめる。
「ありがとう! ごめんねこんな泣き虫ママで! 本当……にありがとう! ここまで育ってくれて。ママ、ママ、嬉しくて……うぇえええええええええ!!!!!!!」
「あ、かーしま? 隣に小山がいるから、ちょっと」
 ちょっとした悪戯心で、最近流行ってると聞く催眠を試してみたが……かけた相手が悪かった。
 催眠術にかかった桃の心は、杏の想定よりも遥かに先まで行ってしまった。
「大洗の制服……すごく似合ってるよ杏。まるで私の、私の中学時代……うぇぇぇぇ。大学決まって良かったね。みんなと一緒なんだ、良かった、良かったよぉぉぉ……、え、その人誰? ……うわぁぁぁぁぁ!! お嫁に行っちゃやだぁ、ママを置いてかないでぇ、やだやだやだぁ! ママこれからどうやって生きてくの!? パパも杏がいなくなって寂しくないの!? 黙ってないで何か言いなさいよ!!!!」

「桃ちゃん?……どうしました? 会長」
 あ、やばい。
 泣き叫ぶ桃の声で、柚子が目を覚ましてしまった。
「あー。えっと、かーしまが怖い夢をみちゃったみたいなんだ、ちょっと落ち着かせてくる」
「一緒に行きましょうか?」
「大丈夫、小山は寝てて」
「はぁ……」


 杏は泣きじゃくる桃の手を引き、別室……生徒会長専用の休憩室に入る。
 ソファに腰掛け、桃を寝そべらせて膝枕させ、泣き止むまでそおっと背中を撫で続けた。
「……会長」
「かーしま?」
「酷いです」
 膝に顔を埋めたままの桃が、一言呻いた。
「ごめん」
「何てものを見せるんですか……私は授かり婚なんて絶対しませんよ」
「そうだな」
 静かに顔を上げた桃に、杏がタオルを渡す。
 泣きはらした顔を拭き、きりっとした顔で杏の顔を軽く睨んだ。
「でもねかーしま、1つ約束してほしいんだ」
「はい」
「卒業して、好きな人が出来たら……私か柚子に、一言でいいから、相談してくれ」

「……なぜ」
「お前を不幸にする男となんて、絶対に一緒にさせたくない」
「いえ、そこまで心配される筋合いは……会長?」
 杏が、強く桃にしがみつく。幼子が自分の母にそうするように。
「頼む。お願いだから、かーしま」
「……」
 桃が、我が子にそうするように、杏の頭を優しく撫で、頭を胸で抱き寄せる。
「分かりました会長。もし離れ離れになってしまっても」
「私たち3人は、ずっと一緒だ」

「桃ちゃん、落ち着いた?」
「柚子、もう大丈夫だ」
 寝床に戻ってきた桃と杏。柚子が身を起こして心配そうに話しかける。
「ああ、寝てるところを起こしてすまなかった……あと桃ちゃん言うな」
「ぐっすり眠れそう?」
「うむ。心配無用だ」
「良かった……」
 柚子が寝床に身体を預け、布団を被って目を閉じた。
 杏は桃に手足を絡める、桃は杏の頬に手を寄せる。
 目を閉じ、しばらくの間互いの体温や脈動を感じながら……ようやっと眠りの中に身を沈めて行った。

「んー! よく寝た。今日も生徒会長、角谷杏は快調快調!」
「くすすっ」
 柚子が杏のダジャレに噴き出す。軽口が出てくるのは調子が良い証拠だろう。
 桃が顔を洗いに洗面所に行っている間、柚子が静かに尋ねた。
「私を抱き枕にはしないんですか?」
「……」
「いいんですよ、会長」
「小山には……もっと他にしてもらわないといけないことがあるから……」
「たまには、私も『ママ』って呼んでほしいな、杏ちゃん」
「え」
 柚子のニコニコ顔が……どことなく子を持つ母親のそれになっていることに気付いた杏がびくり、とする。
「……夜の話、聞いてた?」
 彼女は、何も答えずにニコニコと笑っているだけだった。 
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