魔法少女リリカルなのは ~彼の者は大きなものを託される~
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プロローグ
前書き
初めまして、Rewriteです。
にじファンから時空を越えてやってきました。
よろしくお願いいたします。
医者が言うには、俺は幸運だったらしい。
小学生の頃に心臓が大きな病にかかり、長いこと入院生活を送っていた。
生きるためには、心臓移植をしなければいけないと言われて、でもドナーがいないと言われた。
要するに俺は助からないってことか?
なんて、恐怖心も起きないほどの現実が待ち受けていた。
ああ、死ぬんだな…なんて、他人事みたいに思えるほど実感はなかったけど、あのままだったら今の俺はないんだろう。
たった13年の人生になるところだった。
それを救ってくれたのは・・・誰だろうね。
ドナーが見つかった。
幸運なことに、俺がそのドナーの心臓を移植することができるらしい。
個人情報保護とかの関係から誰の心臓か分からないけど、俺は誰かに命を救われたらしい。
その誰かの人生を代償に・・・。
移植手術は無事成功し、俺はリハビリ生活を一年で終え、今年の春から普通の人と変わらない人生を歩んでいく。
山本(やまもと) 湊飛(みなと)、15歳。
俺はここから、新しい日々を経験する。
*****
「湊飛、おはよう」
「うん、おはよ、母さん」
朝。
起きてから制服に着替えた俺は、リビングに向かった。
リビングに着くと、毎朝同じ声の挨拶に、俺も同じ声と言葉で返す。
俺の母さん、山本(やまもと) 由奈(ゆうな)。
笑顔が似合うような柔らかい表情が印象的な人で、滅多なことじゃ怒らない。
・・・たまに怒るとかなり怖いから、俺も父さんも怒らせないようにしているんだけど。
病気の件もあるけど、母さんは誰よりも俺に優しくしてくれてる人で、だから怒らせたくないし、悲しませるなんてもっとイヤなんだ。
・・・マザコンが過ぎるかもね。
黒いソファに座り、同色のセンターテーブルに置かれたココアに手を着ける。
ココア少なめが俺の好きな甘さ加減だけど、今日は一番いい感じに入れてもらえた。
ふぅっと息をもらし、台所にいる母さんへ声をかける。
「母さん。 父さんってもう出たの?」
俺の問いに対し、母さんは苦笑混じりに応える。
「ええ。 毎朝走らないとつまんないって、職場まで走ってったわ」
「あ、あはは・・・父さんらしい」
母さんに釣られて、俺も苦笑い。
俺の父さん、山本(やまもと) 劉(りゅう)はかなりのアウトドア派の人間だ。
引きこもることをとにかく嫌い、休みの日や空いてる時間は積極的に動いている。
自動車と電車はほとんど使わず、マウンテンバイクか徒歩のどちらかで会社に出勤しているらしいけど・・・よく遅刻しないよな。
母さんも父さんのアグレッシブさには呆れており、せめて休みの日はちゃんと休んでほしいと交渉しているが、難航しているそうだ。
まぁ父さんも母さんも仲はいいし、必要以上に心配はしていないんだけど。
・・・元気すぎて夜にハツラツしてるの、俺、知ってるからね。
「あぁ、そうそう!」
白い皿に焼いた食パンとハムエッグを乗せて持ってきた母さんは、何かを思い出したように目を見開く。
「湊飛、今日から外出が自由になったし、学校が終わったらお隣さんに挨拶してきなさい」
母さんから皿を受け取りつつ、お隣のことを思い出す。
「隣って確か喫茶店だよね?」
「ええ。 ここじゃかなり有名な所だから湊飛にもオススメだし、見識を深めるためにも丁度良いんじゃないかしら?」
「うーん・・・まぁねー」
と、俺はどこか渋った返事をする。
と言うのも実は俺、洋菓子があまり好きじゃない。
入院生活中は食べる機会がそもそもなかったけど、それ以前から洋菓子は好きじゃない。
だから喫茶店って言うのもどこか距離を置いていたから、挨拶とはいえ積極的に行こうとは思えなかった。
ココアや紅茶は飲めるけど、甘さ控えめでないとうれしくない。
母さんもそれを理解しているはず。
「まだ、お菓子は好きにならない?」
心配そうに見つめてくる母さんに、俺は笑顔で首を左右に振った。
「煎餅とかは食べれるから」
そういって俺は、朝食を摂る。
母さんをこれ以上心配させるわけにいかないし、放課後になったらちゃんとお隣へ挨拶にいこう。
海鳴で有名な喫茶店、翠屋へ。
*****
「行ってきます!」
「いってらっしゃい。 車には気をつけるのよ?」
「ああ」
母さんと別れ、俺は家を出た。
寒すぎず、暑すぎない風が頬を撫でる。
雲一つない空からの日差しは、冬着では少し汗をかいてしまうほどに暖かい。
そして風に乗って舞うは、桜の花びら。
そう、今はまさに春真っ只中。
公園や海沿い、今歩いている道路にだって桜の木が満開の花びらを咲かせている。
出会いや別れ、終わりや始まりの季節。
俺にとっては色んなことの再開、なのかもしれない。
久しぶりの学生生活。
大学に行かないのであれば、最後の学生生活。
三年生としての一年は、きっと短いけど、満足するまで楽しみ尽くそう。
「今日から、楽しんでくるよ。 あなたの分まで」
俺は左手を左胸……心臓の辺りに置き、鼓動を確かめる。
今の言葉を聞いて俺の心臓は、ドクンと、大きく跳ねたような気がした。
「いってきまーす!」
気分良く走り出そうとしたところで、彼の目の前で同じ学校の制服をきた女子生徒を見つける。
彼女は俺の家のお隣……翠屋から、家族に見送られて出てきたようで、明るい笑顔が見ていて気持ちいい。
(翠屋から出てきたってことは、後で挨拶しようと思っていた人達か……)
そう思って俺は、後でと思った挨拶を今しようと、彼女達の所へ歩み寄る。
ドクンッ。
「ん……?」
心臓が大きく跳ねた。
かつてないほど激しい動きで、それこそ全力疾走した後の激しさだった。
驚いた俺は足を止めて、左手を再び左胸に当てる。
すると改めて自覚する。
「なんだ……これ?」
呼吸は決して荒くない。
そもそも激しい動き自体していないのだから、この状態は異常と捉えるべきだろう。
だけど、分かる。
これは病気の症状じゃない。
生死に関わるような重大なものじゃない。
これは……感情?
「なら……これって」
この感覚は初めてじゃない。
心臓移植後のリハビリの中、何度か似たような症状が出たことがある。
最初は低下した体力が原因で、すぐにバテたから……なんて思っていたけど、心にまで影響を及ぼす鼓動は、やはり異常だった。
だから俺の移植手術をしてくれた医師に聞いてみたことがある。
『――――医者が非科学的なこと、確証のないことを言うのは避けるべきだけど、君のような例は珍しくない』
三十代くらいの男性は、難しい表情で語ってくれた。
『臓器移植の後、移植した人の性格や感情に変化が起こると言うのは世界中で報告されていてね。 一番有力な仮説は、ドナーのデータが臓器に保存されていて、それが移植された際に移った……所謂、記憶転移の可能性だ』
そう、俺の心臓が俺の意図しないタイミングで変化が起こるのは、持ち主であるドナーの意思が反応したからじゃないか。
これが医師の仮説。
もちろん科学的な根拠はないし、あくまで仮説だ。
今でも多くの学者が研究しているけど、明確な回答は得ていない。
だけど、俺はその仮説を信じることにしている。
だって、どんな因果にせよ、俺と近い年齢の人が死んだんだ。
たった10年ちょっとの、短い人生で終わった。
そんなの、あんまりじゃないか。
例え俺の人生を続けさせてくれたとしても、そのために犠牲になったなんて嬉しいとは素直に言えない。
だったらせめて、一緒に生きていると思いたいじゃないか。
名前も知らない命の恩人とともに。
――――そして今、その命の恩人が自らの意思を表にだそうとしている。
心臓を激しく揺らし、俺に何かを伝えようとしてる。
翠屋の一家を見て、何かを感じたのだろう。
「分かった。 行こうか」
だったら、この鼓動に従い、俺は彼女に声をかけるべきだろう。
運悪く、制服の彼女以外の一家は店の中に戻ってしまったけど、心臓の鼓動は止まらない。
俺は鼓動に従い、彼女に声をかけた。
栗色の長い髪を一本に束ねた、綺麗な少女に。
「おはよう、お隣さん!」
「え?」
声をかけると、彼女は疑問符を浮かべながらこちらを振り向く。
振り向く際に、彼女の周りを桜の花びらが舞った。
その時、思ったんだ。
(――――ああ、やっぱり君には、桜がよく似合う)
その感情はきっと、俺の感情じゃない。
不思議な感覚だ。
温かくて、切なくて、幸せな感情が溢れ出てくる。
きっとそれは、無念なのだろう。
この子に対する無念。
なんでなのかなんて、他人には分からないけど……だけど、他人だけど、溢れ出てしまう。
「あ、あの……?」
彼女は不安げな表情で俺を見つめる。
あれ……視界がぼやけてる。
頬を、何かが伝ってる。
「あ……れ?」
両手で触れてみて、気づいた。
これは――――涙だった。
*****
私、高町 なのはは、今日から中学生になります。
小学三年生の頃に魔法に出会って、色々な事件に関わってきたけど、こうして普通の学生として過ごす時間もやっぱり大切で、幸せな時間。
小学校を卒業した時は悲しかったけど、中学生になるのはやっぱり嬉しくて、複雑な感じ。
そんな感情で迎えた入学式当日。
朝起きて気づいたのは、悲しみとか寂しさよりも、新しいことが始まることへの期待感が強いことだった。
自分の中で折り合いがついたんだって、そう思えた。
新しい制服に身を包み、小学生の頃よりも伸びた髪でサイドポニーにしてみた。
身も心も新しい状態で外に出て、春の香りに気分が高ぶっていく。
ああ、始まるんだ。
そう思いながら、私は友達のいる待ち合わせ場所に向かおうとした。
――――彼に出会ったのは、その時だった。
私よりも背の高い、細身の男性。
今日から私が通う中学校の制服だから、同級生か上級生のどちらか。
知らない人だけど、彼はフレンドリーに声をかけてきた。
誰だろう?
お隣さん?
どれから質問しようか悩んでいると、唐突に……本当に唐突に、彼の瞳から涙が流れ出した。
「あ、あの……?」
本当に困った。
初対面の相手に声をかけられたと思うと、いきなり泣いたから。
少なくとも私は何もしていない。
だから余計に混乱して、私は言葉が出なかった。
「あ……れ?」
彼自身、なんで自分が泣いているのか分からないみたいで、慌てて両手で目蓋を拭いた。
心配になる私に、拭き終えた彼は目尻を赤くしながらも頭を下げる。
「ご、ごめん! 急に泣き出して!」
「う、ううん、大丈夫だから!」
動揺しながら謝る彼に、私も慌てて返事をする。
なんか色々とメチャメチャな気がするけど、とにかく私は一旦落ち着かせるために、深呼吸をした。
「ふぅ……あの、お隣さんって?」
落ち着いた声をで聞くと、彼は私の実家……喫茶店、翠屋の隣に建つ木造二階建ての一軒家を指差した。
「俺は山本 湊飛。 そこに住んでるんだ」
山本。
その苗字を、私はよく知ってる。
四年くらい前にこっちに引っ越してきたみたいで、その頃から私の家族と仲がいい。
翠屋の常連だし、近所付き合いも良い。
私も何度かお話ししたことがあるから、親しい関係だと思う。
けど、息子さんが病気だから色々大変なんだって言ってて……。
そう言えば、去年に手術が成功してリハビリしてたんだっけ?
ということは……
「君が山本さん家の息子さん?」
「うん、そうそう。 昨日まで自宅療養だったんだけど、今日の入学式を以て自由外出になったんだ」
そう言って見せた彼の笑顔は、とても重篤だった人とは思えないほど明るくて、良い意味で普通の人の姿だった。
「それで今朝、母さんから翠屋の人に挨拶してこいって言われたからさ、丁度見つけたから声をかけたんだ」
泣いたのは俺でも予想外だけど……と、苦笑混じりに言って、私も同じく苦笑で返した。
さて、と彼は右手を差し出した。
「ちょっと変な感じになったけど、改めまして。 山本 湊飛だ。 15歳の高校三年生、よろしく」
そう言って彼は、大人びた感じの小さな笑みを見せた。
桜の花びらが舞いながらのその姿は、私にとって新たな始まりを予感させた。
「私、高町 なのは。 なのはって呼んで」
「……うん」
彼の右手を握り返してそう言うと、彼は嬉しそうに、そして噛み締めるように頷いた。
「それじゃ……なのは」
「――――!?」
その瞬間、私の目に疑うようなものが映り込む。
彼の……湊飛さんの姿が、“あの人”の姿と重なって見えた。
春のように優しくて。
春のように涼しくて。
春のように柔らかくて。
ずっと側にいて欲しかった、大切な人。
私の……私達の、大切な人。
花咲くような笑顔がなによりも印象的な彼と、湊飛さんの姿が重なって……瞬きをしたら消えた。
「……どうかした?」
「う、ううん。 何でもない! 行こう?」
見間違いだと思った私は、忘れるように頭を振って、彼とともに待ち合わせ場所に向かった。
湊飛さんのことを、紹介するために。
(……なんだろ、さっきの)
一緒に肩を並べて歩く中、私の脳裏をさっきの光景がよぎる。
あの優しい笑みが。
あの懐かしい姿が。
“あの人”と重なる。
二年前、突然の死を迎えた――――私の義兄ちゃんと。
後書き
以上です。
なのちゃんが義兄と言っていましたが、恭也さんではありません。
久しぶりの小説なので不安が多々ありますが、頑張ります!
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