木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第三章 パステルカラーの風車が回る。
キバ
「牙通牙!!」
出し惜しみはしてられないというのはちゃんとわかっていた。赤丸と共に繰り出した攻撃を、カンクロウは目を細めて見切り、空中に飛び上がる。〈烏〉を取り巻く包帯がはだけ、中からかちゃかちゃと音を立てる傀儡が現れた。カンクロウが樹上に着地し、チャクラ糸を〈烏〉に繋げる。ただの人形でしかなかったそれは突如として命を吹き込まれたかのように、一直線にこちらに向かってきた。
「通牙!」
飛び上がって猛回転し、その傀儡のボディーを削ろうと試みる。が、〈烏〉はがちゃりと長い両腕を鳴らしながら素早く後ろに向かって飛び、ぱかりと口を開けてクナイを連続投擲し始めた。やっべと言いかけた声は喉の奥で消滅した。空中で身動きの取れないキバの腕を掴んだ赤丸がキバを樹上へと投げ飛ばす。チャクラ吸着で木の上に張り付く。
「くそっ……」
じんじんとした痺れが指先から広がっていた。先ほどのクナイに傷つけられたらしい。毒でも塗っていたのだろうか、指先が強張る。赤丸の警告の言葉に我に返り、ジャンプする。先ほどまで居た部分に〈烏〉の拳が命中し、木が木っ端微塵に砕けた。ケタケタと笑い声を上げながら向かってくる。
ぶおう、と長い木製の腕が鞭のようにふるわれる。跳躍し、避けようとする。しかし〈烏〉の動きは人間のそれよりも遥かに滑らかだった。腹を殴られ、吹っ飛ぶ。なんとか上手く着地しようとする自分めがけて投げつけられる、赤丸の体。
「っつぅあ……!」
着地失敗。足を捻ってしまった。その間にも指の痺れは広がっていく。右肘から先が動かない。やっぱり毒だ。左手でクナイを掴み、投擲。〈烏〉は軽く手を一振りしてそれを払った。傀儡をぶっ潰すよりもカンクロウを叩くのが手っ取り早いことはわかっているが。中々カンクロウの方には届かない。
けれど絶対に諦めてはいけない、とキバは左手を握り締める。
ナルトが予選でドスとぶつかった時。キバはナルトが絶対に負けるものと思い込んだ。ドベのナルトには無理だと。いのが音忍に立ち向かうことを決意した時だって、いのの死体と対面することになるかもしれないと、そう思っていた。
でもあいつらは。
――サスケは、俺とも戦いたいって、そう言ってくれた! 俺はアイツにダッセー姿見せんじゃねえって、そう言った! だから、サクラちゃんとカカシ先生に、後になって、うずまきナルトはダッセー姿晒して倒れたってサスケに伝えさせるわけにゃあいかねえ! 俺がダッセー姿見せるわけにゃ、いかねえんだ――!――
――死ぬの怖いけど。死にたくないけど! でもサクラは死の森で音忍にたった一人で勇敢に立ち向かっていた。でも私は隠れて震えていただけ。そんなのもういやなの! 私もう、逃げないし、隠れない。例え足が震えて立てなくなっても、隠れない! 戦い続ける! 奴らの心も体も、かき乱してやる! ――今決めた の! 私は弱くて、二人には私が信用できないかもしれない、でも! 私たちに残された道って、例えどんなに弱くても、我武者羅にぶつかってくことくらいだと思うから――
「通牙ァアア!!」
カンクロウの立つ木の根元に通牙を食らわす。大樹がぐらりと揺れ、倒れた。飛び上がったカンクロウがそれを回避ししつつ、〈烏〉を用いて更なる攻撃を仕掛けてくる。
ドベのナルトだってドスに華やかな逆転勝利をしてみせたし、同じ予選ではマナも我愛羅に傷を負わせた――例えその代償は大きかったとしても。後にリーは仲間を守る為に、死を覚悟で我愛羅と互角に戦い、そしていのは里を守り、自分たちを先に行かせる為に九人音忍を戦い、全員を死に至らせた。
自分はサスケやシノやリーやネジやはじめほどに強くないかもしれない。それでも我武者羅にぶつかっていくことが今の自分に出来ることだと、キバはいのの言葉を思い返しながら、少し納得し始めていた。
自分そっくりに変化した赤丸が飛び上がる。カンクロウが〈烏〉で赤丸を振り払った。その隙をついて、背後から精一杯のタックルをカンクロウに食らわせる。
振り返った〈烏〉がキバを地面に向かって突き落とした。
「いっ……!」
駄目だ。右腕が完全に動かない。捻ってしまった足は紫色にはれ上がっている。ずざあ、と靴裏で樹皮が音を立てた。辛うじて木から落ちずに住んだのは幸いだろう。もし落ちたら二度と上がって来れないかもしれない。
「――なんで……なんでお前ら木ノ葉はそんなに、そんなに無鉄砲なんだよ!? さっさと諦めて逃げりゃあいいじゃん! 死に急ぐことなんてないじゃんかよ! 避難してりゃあいいじゃんか……!」
ふとカンクロウに視線を向ける。彼の指が動き、〈烏〉がこちらに向かって突進してくる。そのカンクロウの表情もまた必死だった。そうだ。もし木ノ葉崩しが失敗した場合風がどうなるかなんて真面目に考えたことはなかったけれど――任務を失敗した彼らに、そして同盟を破った風に、あまりいい処遇が待っているとは考えられない。彼らも任務で、そして彼らもまた、必死なのだ。
「てめえらも確かに必死なんだろうよ……でもな!」
左腕を一閃、〈烏〉の顔をぶん殴る。きゅるりと三つのニセモノの目玉がこちらを捕らえ、そしてがちゃんという音と共に〈烏〉の右腕がキバを殴り返した。
「だからって容赦も同情もできねえし、今の俺にゃあそんな余裕もねえ……それに」
ダメージは思ったより大きかった。ぼたぼたと鼻から垂れた血が唇を流れた。鉄っぽい味。
「てめえが風に従うのと同じように、木ノ葉の人間が木ノ葉を守るのも当たり前なんだよ!! 木ノ葉の人間が木ノ葉を守らないでどーする? いのは死の覚悟で音忍を食い止めてくれたんだ。女のいのがあんなにがんばったのに、男の俺がここで尻尾巻いて逃げるわけにはいかねえだろ!」
あの時。我愛羅と戦うことになったマナを止めた時、彼女に言われた言葉。
――てめえいつの間に尻尾を両足の間に挟んでる犬っころになりやがったのさ――
確かにマナの言うとおりだった。
本当の任務で敵を選ぶことなど出来るものか。
どんなに弱くても。相手がどんなに強くても。
がむしゃらにぶつかって打ち倒さねば、道は開けない。
「うらぁあああ!!」
もう左腕は動かない。体当たりを食らわすと同時に烏の右手がその体から分離し、体と右腕をつないでいた部分にあった尖った刃がよく見えた。なんとか急所は外すも、それはぶすり、と肩に突き刺さる。
「ぐ……う……ッ!」
〈烏〉の体当たりをまともに受けて、キバは樹上から落下した。俺このまま死ぬのかな。でもそれでもいいと思った。里の為に、仲間の為に、そして自分の為にも全力でぶつかることが出来たら。もしサスケかチョウジがそのおかげでちょっとでも多くの時間を稼げたのなら。カンクロウにちょっとでもダメージが与えられたのなら。
それなら全力で戦った甲斐もあった。
でもごめん赤丸。もうちょっと一緒に生きていたかった。ごめんサスケチョウジ。時間もうちょっと稼いでやれたらよかった。ごめん母ちゃん姉ちゃん、先立つ不幸をお許しください。ごめんシノヒナタ紅先生。シノは無口だしヒナタはおどおどしてばっかだし、めんどくさいって思うこと沢山あったけどでも楽しかった。ごめんナルト、いの。俺お前たちのことバカにしてた。ごめん。すっげー反省してるお前ら本当に強いって思うよ。マナ、紅丸をよろしく。紅丸だからな、苺大福じゃないからな。
そこまで思ったところで、何かの音が聞こえた。ぶおう、と何かに受け止められる。キバはぽかんとして自分を包むその蟲たちと、そしてこちらを見下ろすカンクロウの驚いた顔と、木々の隙間に見える空の色を見上げた。
「――よく頑張ったな、キバ」
サングラスをかけた寡黙な戦友が樹上に現れるのを見て、キバの目は見開かれた。
テメエが先立つ不幸をお許しくださいなんていうのは百年速いんだよと。そう言われたような気がするくらいに、そして、赤丸やチームメイト達と過ごせる時間はまだまだ終わりそうにないんだなということを一瞬で悟るぐらいに。
寡黙な彼の後姿は頼りがいがあった。
「シノ……!?」
シノは答えない。かわりに視線を他の木の上に立つ二人に向ける。鮮やかな桜色と黒い髪を束ねた姿。
「――行け!」
力強いシノの声に、サクラとシカマルが頷いた。ゆっくりと地面に下される。ざわりとキバの虫たちがざわめく。
「来い。お前の相手はこっちだ。――何故なら」
もともと本戦でのお前の相手は俺だったからだとシノは言う。
そして更にシノは続けた。
「そしてお前が、俺の仲間を傷つけたからだ」
後書き
なんていうか、後のサスケ奪還では、シカマルと戦ったテマリがシカマルを助けにくる、リーと戦った我愛羅がリーを助けにくる、と、我愛羅とテマリではなんていうか因縁的なものがあったのにカンクロウとキバの間には大して何も無かったのでちょっとした因縁をつけてみることにしてみました。
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