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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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外伝 マリネッタの物語

 
前書き
今回はマリネッタの出番を増やしたくて書きました。 

 
 
 昔々、ある街に商人の夫婦がおりました。
 夫婦の間には一人娘がおり、夫婦はこの子供をとても大切にして生きてきました。お金も人並み以上に在り、勉強も人並み以上に出来る夫婦に育てられた少女はとてもしっかり者に育ちました。三人の家族の暮らしは、ずっと続くものと思われていました。

 しかし、家族を不幸が襲います。
 それは、お得意先だったオラリオに荷物を運んでいる最中の事――なんと、家族は魔物に襲われてしまうのです。馬車の中にあった商品は壊され、食い荒らされましたが、家族は命からがらなんとかオラリオまで逃げ込むことが出来ました。商品ごとお金もなくしてしまった商人夫婦は酷く落ち込みながら、自分の家を任せていた姉夫婦に代わりの商品の輸送と迎えが欲しいと連絡をします。

 しかし、いつまでたっても迎えどころか返信さえ来ません。お得意先の好意お宅に世話になっていた両親は不審に思い、お得意先の人からお金を借りて自分の屋敷に戻り、驚きました。なんと家族は事故で死んだことにされ、家を乗っ取られてしまっていたのです。
 戻ってきた家族を見た姉夫婦は、「わたくしの妹家族は事故で死にました。その家族と同じ格好をしている貴方がたは偽物です」と断言し、戸惑う家族を門前払いにしてしまいます。

 実は、この姉夫婦は妹夫婦の商才と財産に嫉妬しており、ずっと乗っ取る時を狙っていたのです。夫婦が死んだことや、オラリオに他人に変身する魔法があることを散々吹聴されたことで、周囲は家族が偽物だと完全に思い込んでいました。夫婦は失意に暮れ、子供は今の事態に付いて行けずに戸惑うばかりでした。

 姉夫婦の警戒は徹底していて、主要な取引先には「偽物に注意しろ」というメッセージを飛ばして親子の頼れる人々を次々に警戒させていきました。中には家族が本物であることに気付いている人もいましたが、大商人となった姉夫婦に逆らう真似をすれば自分の立場が危ういために無視されてしまいました。

 財産も家も思い出も、大切なものの殆どを失ってしまった家族は、仕方なく唯一味方になってくれるオラリオの取引先を頼って小さな雑貨屋を経営することにしました。



 = =



「高ぁ~~~い!」

 ある日の昼下がり、商店街に甲高い子供の声が木霊した。

「なんで牛乳がリットル500ヴァリスもすんのよ!いくらなんでフカッケ過ぎなんじゃないの!?」
「そうは言うがねぇ、お嬢ちゃん……西の牧草地でデカい山火事があったせいで牛系の商品は軒並み価格が高騰してんだよ」

 店主はいっそふてぶてしいと言える態度でパイプをふかしているが、それを睨みつける少女――マリネッタはそれでも全く引き下がらない。よく見ればマリネッタの他にも牛乳の価格高騰に納得のいかない主婦が集まっており、口々にケチをつけていく。

「山火事が起きたのはもう3年も前でしょーが!!しかも燃えた山の近所には牧草地ないし!!」
「適当な事言って値段吊りあげてるんじゃないよ!!」
「どうせ奥さんから貰った小遣いをギャンブルに使いこんで金欠だから金が欲しいんでしょ!」
「なっさけない男だねぇ!やることが一々みみっちいんだよ!!」
「あー!あー!うるせぇうるせぇ!!文句があるんだったら余所の店で買いやがれ!!」

 店主が大声で怒鳴ると、女性たちがうっと言葉に詰まる。
 商店街のこの店は、街の中でも比較的良質で安定した量の牛乳を売ることが評判だった。だからこそこれだけの人数が突然の牛乳の値上げに文句をつけているのだ。彼の言うとおり別の店の牛乳を買うという選択肢は当然主婦たちにもあった。
 しかし、この周辺で牛乳を売っているのは実質的にこの店のみ。他の牛乳屋は彼女たちの住宅街から歩いて10分、往復20分もかかる場所にある。態々そこまで行って、重い牛乳ポットを抱えて帰るのは主婦たちにとっては結構な面倒だった。

 そう、この店長は彼女たちの足元を見ているのである。


 だが、この時マリネッタが閃いた。

「………そうだ、アズに相談して牛乳を宅配する業者を作ろう!」
「え?」

 突然の発言に周囲が呆気にとられる中、マリネッタの頭の中では様々な情報が回転していた。

「遠い牛乳屋と結託した運び屋よ!タンクを台車に乗せて住宅を訪問して売ってもらうの!遠くに行かずとも向こうから牛乳を売ってくれるわ!手数料でちょっと割高になるかもしれないけど、今の平均的な牛乳の原価がリットル120ヴァリスくらいだから……人件費と手数料も含めて300ヴァリス前後に値段が収まる筈!」
「あら、本当にその話が通ったらここで買うより200ヴァリスくらいお得ね!」
「アズさん雰囲気は怖いけどいい男だもんねぇ!きっと明日には実用化してくれるわ!」
「そうと決まったら今日は向こうの牛乳屋に買いに行きましょう!今日一日の辛抱よ~!」
「な、なんだとぉッ!?」

 店主は突然の事態に動揺して身を乗り出すが、主婦たちは既に店に見切りをつけてどんどん通り過ぎようとしている。多少吹っかけても大丈夫とタカを括っていた店主の目算は、貧民街の少女によってあっさりと覆されてしまったのだ。

 ――このままだと本当に客が来なくなる!!

 そう思った店主が咄嗟に叫んだ

「り、リットル280ヴァリスで売る!!」

 その言葉を聞いた瞬間、とことこ歩いていたマリネッタが待ってましたと言わんばかりにニヤっと笑った。

「まだ高いなぁ~~……それ位の値段なら、自分で運ぶ手間の省ける配達の方がいいかなぁ~~……」
「ぐっ……なら260ヴァリスでどうだ!!」
「喪った信用を20ヴァリスぽっちで取り返そうって、それ都合よすぎな~~い?」

 店主が彼女の後ろに目をやると、主婦たちは非常に冷たい目線を自分に注いでいる。このままでは「気に入らないから」という理由で売り上げが伸び悩み、奥さんに叩きのめされる未来しか見えてこない。
 マリネッタはこれを狙っていたのだ。周囲の全員を味方につけ、全員の代弁者となることで交渉を優位に運べるこの状況を。ハメられた、と店主は怒りに震えたが、時すでに遅しである。

「このガキ、足元見やがって……!!」
「それでそれで?リットルお・い・く・ら?」

 顔だけは可愛らしいのに、完全に悪魔の微笑み。
 店主はがっくりとうなだれ、消え入るような声で宣言する。

「……今日は大特価の200ヴァリスでいい。今日だけ……今日だけだからなっ!!」
「やったぁ!おじさん大好きっ♪」
「畜生ぉぉぉぉぉーーーーーーーーーッ!!!」

 店主(まけいぬ)の遠吠えと勝ち誇った少女の歓声が同時に響き渡った。

「さっすがマリちゃん交渉上手!はい、これお礼の干し肉!」
「余ってたレタス持って行きなさい!」
「これ、トマト!美味しいから孤児の皆で分けな!」
「今日の分の牛乳はおばちゃん達が奢ってあげるよ!」
「わぁい!!ありがとう皆!うちのちび達もきっと喜ぶよ!」

 お礼の品を麻袋に詰めながら、マリネッタは人懐こい笑顔を浮かべた。

 これが子供たちの面倒を見るマリネッタの日常だ。

 口が上手く交渉上手なマリネッタは、この近辺では交渉上手として名が通っている。曰く、「貧民街の子とは思えないぐらいしっかりした子」だ。数年前にこの周辺に現れた彼女は、当時のストリートチルドレンをまとめ上げて悪さをしないように見張りつつも面倒を見ている。

 自らも孤児であるにも拘らず孤児の世話をするしっかり者の彼女は、決してタダで食べ物を貰おうなどと物乞いはしない。泥棒も悪戯ももちろんしないし、面倒を見ている子供にもさせない。その誠実さと人懐こさがこの人脈を呼んでいた。

 貧民街の孤児たちを養うのも楽ではない。衣服代金、薬の代金、勉強道具の代金に将来働くときの為の蓄え。そして最大の問題が食費だ。アズから定期的に結構高額なお小遣いを受け取っているとはいえ、食欲旺盛なちびっ子たちの胃袋は自重という物を知らないので生活には全く余裕がない。

「さてと、野菜と肉が確保できたところで次はパンね!パン耳貰うのにも限界があるし、どこかにいい話が転がってないか探すとしますかっ!」

 袋を抱えて飛び出したマリネッタの手には、細い銀色の鎖がいつも巻き付けられている。

 それは、マリネッタがお金より大切にしている大切で、彼女の持つ唯一のお洒落(アクセサリ)だった。



 = =



 雑貨屋の経営は順調でした。
 元々は商人出会った二人だし、オラリオは彼女の家の中でも最も遠くの取引先。ここでならあの姉夫婦も手出しが出来ません。家族三人は、貧しくこそなりましたが何とか暮らしていける程度に店を大きくしました。
 贅沢は出来なくなりましたが、家より家族と一緒にいられることを大事に思った娘はその生活を受け入れていました。

 ところが、子供にひもじい思いをさせまいと働き過ぎた夫はある日に体調を崩し、病床に伏せてしまいます。夫は妻子にこう言い残し、息を引き取りました。

「姉夫婦を恨んではいけないよ。あの二人は確かに悪人かもしれないが、悪人だから恨んでいいという訳ではない。今までの事ではなく、これからの事を考えるんだ」

 妻はその言葉に涙しながら頷きました。
 しかし、娘は納得が出来ませんでした。
 あの姉夫婦が裏切らなければ、こんなにも悲しい想いをしなくて済んだはずなのに――。

 数年後、妻は流行り病に伏せて、そのまま還らぬ人になりました。
 最期まで娘の身を案じながらの一生でした。

 その頃になると店の従業員は家族だけではなく街の人も加わっており、彼らが店を経営することになりました。子供はもう彼等を頼って生きるしかありません。しかし、悲劇の連鎖はさらに続きます。

 店を立ち上げた二人の商人は、皮肉にも非常に優秀でした。家がお金持ちになったの店が大きくなったのも、二人の才能あってこそ。残された従業員の商才では利益が殆ど挙げられず、店はあっという間に困窮してしまいました。
 娘はこの現状をどうにかしたいと思いましたが、彼女はまだ5歳ほどの子供。どうすることも出来ないまま生活だけが苦しくなっていく日々が続きます。



 = =



 アズが定期的に子供たちに勉強を教えに来るのとは別に、最近はリリがよくマリネッタの元にやってくる。街の底辺仲間という意味では割と気の合うリリだが、曲がりなりにも冒険者の彼女がこうして遊びに来るのは余程ヒマしているのだろう。

 そう聞いてみると、アズのせいでやることが無くなり猛烈に暇しているそうだ。このままだと溶けてなくなりそうなので遊びに来た、と告げたリリを見た私は、とりあえず子供たちの世話の手伝いをしてもらった。……胸を見比べて「マリ姉よりおっきい!」と言ったちびには片っ端から拳骨喰らわせてやったが。
 そんな折、ちびっ子たちの昼ごはん製作を手伝ってくれているリリがこんなことを聞いてきた。

「マリは、いつアズ様に出会ったんですか?」
「あれ、その話まだしてなかったっけ……?」
「されてないです。別にどうしても知りたいって訳じゃないですけど……ほら、マリって単純にアズ様に恩があるっていう事情以上の感情を抱いてるでしょ?」

 サラダのレタスを食べやすい形にパリパリ破るリリの言葉に、思わず顔が赤くなる。彼女が言っているのは、その……周辺には晒すまいと努めている内心のことだろう。所謂乙女心というものだ。

「隠してるんだからあんまり探らないでよ、それ……」
「何を言いますやら……別に恥じらわなくてもいいじゃないですか。二人で酔っぱらって散々醜態を晒した仲でしょ?」
「嫌な仲もあったものね!というか掘り返さないでよそれ!!ああもう、今思い出しても恥ずかしい!」

 思わずスープをかき混ぜる手が乱暴になるが、余り無遠慮に混ぜると子供が「具が崩れてる!」と贅沢な文句を言うので仕方なくやめる。あの子供たちにもいつかは自立して欲しいものだが、親のいない子ばかりなせいか甘えん坊が多いのが困りものだ。

「それで?出会いはどうだったんです?まぁ今のベタ惚れっぷりからするとよっぽどロマンチックな出会いだったんでしょうね~?」
「んん~……そうねぇ…………………えへへ、そうかも」

 アズと初めて出会った時の事件を思い出して、盛大に顔がゆるむ。
 あの時は本当に嬉しかった。やっと見つけた新しい居場所を守ってくれた、とっても優しい王子様。別に本当の王子様ではないんだろうけど、私にとってはいつだってそうだ。今でも無邪気な子供のふりをしてアズに近付いてはその優しさに甘えている。

「はぁ~……もう出会いを説明しなくても結構です。顔で大体は分かったので」
「ええっ!そっちから振っておいて何よそれっ!まぁ待ちなさい!あれは今から二年前、ちび達を集めてこの家に……」
「はいはいすごいすごい。歳の差おおよそ10歳の叶わぬ恋という訳ですね」
「叶うもんっ!!私だってあと5年したらリリの身長を追い抜いてスタイル抜群の女になるもんっ!」
「はっはっは、なら予言してあげましょう。……10歳の時点で胸元が大平原の貴方では無理です!」
「うっさい一生ロリチビの小人族っ!!」
「あっ、何ですかその物言いは!そっちなんかチビで貧乏で貧相なくせに!」

 ガルルルルッ!!とスープを混ぜていたお玉を掲げる私と菜箸で対抗するリリ。リーチの上ではこちらが有利。今日こそヒューマンの女の意地を見せる時!たかがちょっとばかりおっぱいが大きいからと言って調子には乗らせない!

「見せてやるわ……ヒューマンの持つ可能性をぉぉぉーーーッ!!」
「越えられない壁という物を思い知らせてあげますッ!!」

 女の誇りと意地をかけ――二人の戦乙女は跳躍した。



「………途中で料理を投げ出しちゃったよ、お姉ちゃんたち」
「おなかへったよぉ~……」
「しょうがない。僕らで料理を仕上げようか……」
「え~!?でも一番料理上手いのはマリ姉じゃん!俺達に料理なんて出来るの?」
「途中までは二人がやってくれてるし……これもシャカイベンキョーって奴だよ、きっと」

 その日の昼食は、普段の料理よりだいぶ不恰好だったという。



 = =



 雑貨屋に閉じ込められるように暮らしていた少女の元に、ある日女性が訪ねてきました。

 何とその女性は家族の暮らしを滅茶苦茶にした、あの恩知らずな姉夫婦の片割れであるおば。不審に思った少女は自分から彼女の前には現れず、店の人に本心を探らせることにします。すると、相手は開口一番に「血縁の娘を引き取りたい」と言い出したのです。

 これには店の人もとても怪しいと思いました。今まで両親が病気になっても顔一つ見せなかった癖に、何を今更そのようなことを言いだすのだ、と。店の人がそれを率直に問い詰めると、相手は驚くべきことを伝えました。
 なんと、少女の両親が追い出された後に家を乗っ取ったはいいものの、手に入れた地位や名声、お金が既に尽きかけているというのです。所詮は他人から無理矢理奪ったお金と地位です。周囲やお得意先とも最初は上手くやっていたようですが、人徳も才能もある前任と比べて見劣りする商人夫婦から周囲は次第に離れていき、逆転を狙った事業にも失敗してお金を使い切ってしまったと言います。

 そこで、夫婦はあるものに目をつけます。
 それは、両親の部屋にあった金庫です。
 どうしても金庫の暗証番号が分からずに放置していたこの金庫の中には、少女の両親がいざという時の為に残した最後のお金が遺されているのです。姉夫婦は強引にでもこじ開けようとしましたが、その金庫はオラリオで造られた極めて頑丈なもの。未だに開けることが出来ていないと言います。
 そして、両親が死んだ今、金庫の暗証番号を知っているのは少女だけだと考えた相手は、今になって少女を引き取りに来たそうです。

 少女は、思いました。あの二人は許せないが、ついて行って金庫を開けてあげれば少なくとも今ほどひもじい思いはしなくて済むのではないか、と。

 しかし、同時に思います。両親の資産を食いつぶしたあの二人では金庫の金もアッと今に使い潰して結局は貧乏に戻ってしまうだろう、と。

 姉夫婦の方は生活が懸かっているため一歩も引く気はなく、とうとう「預けてくれたら店を援助する」などと出来るかどうかも分からないことを言い出す始末。店も店で、あれほど両親に世話になった癖にかなり心が揺れている様子でした。

 少女はこの人たちについて行っても未来はないと確信します。

 ――両親の遺した大切なものを、この人達はどんどん無くしていく。

 ――彼等は両親の遺したものを受け継いだわけではなく、ただ貰っただけなのだ。
 
 ――何の苦労もせずに貰っただけなのだ。

 お金や道具の重み、人の信頼の重み。この人達はそれを理解していない。そんな人物がどれだけお金を得ようとも、得たものを軽く考えるからすぐに使ってしまう。今になって思えば今は亡き父はそれを知っていたのかもしれません。
 少女は、彼らを恨んだり憎んだりする気持ちが消えていくのを感じました。
 代わりに残ったのは、豊かさを求めることへの虚しさでした。

 両親がいた頃は、貧しい事も我慢できました。そこには寂しさがなく、暖かさに満ちていたからです。しかし、それがなくなってしまうと少女は生活が苦しい事ばかりを考えるようになり、ふさぎ込んでしまいました。
 少女は、本当はおなかのひもじさよりも、こころのひもじさが辛かったのです。


 ――貧しくてもいいから、温かい家族が欲しい。


 大人たちが盗らぬ狸の皮算用を重ねる姿を背に、少女は家を飛び出して街の闇に消えていきました。



 = =



 この世の不幸は誰かの所為だと思いたいときは、ある。
 攫われてしまった新しい家族の居場所が分かり、彼らが乗った馬車を見つけて助けようともがき、長身の青年にぶつかった所為でその馬車を見失ったとき――私はその男が『告死天使』だと気付いて、思わず足元の石を掴んだ。

 こいつが魂を天に連れて行くと言うのなら、この世の運命は全てこいつが動かしているようなものだ。だったら家族が魔物に襲われたのも、姉夫婦に家を乗っ取られたのも、父の死も母の死もあの子たちが攫われたのだって、全部全部……。
 そんなものは道理に合わない暴論だとは、その瞬間は思わなかった。ただ、その時に私は「それ」を――この世のすべての理不尽と不合理の集約点としての「悪」を求めて、叫んだ。

「お前が全部いけないんだ!!」

 投げ飛ばされた石は、短い彷彿線を描いて『告死天使』のおでこに激突した。

「いたぁっ!?あつつつつ………ひ、人に石を投げつけるのは余程の事がない限りやめた方がいいよ?」
「余程の事よ!!アンタが、アンタがいるせいで……!!」
「おう、この俺……アズライールがいるせいでどうなったの?」

 その男は、マリネッタの目線に合わせるように地面に座り込んで、真正面から見つめてきた。
 子供の癇癪と相手をしない訳でもなく、見下している訳でもない。その男はどこまでも誠実に、真面目に、マリネッタと向かい合った。

「俺は君から逃げも隠れもしない。もしもその怒りや悲しみを解消する切っ掛けに俺がなれるというのなら、遠慮なく全部言ってくれ」
「……馬鹿にして!!お前が何してくれるって言うんだ!!攫われた私の家族を代わりに取り返してくれるって言うの!?」
「あ、なんだそんなこと……いいよ?」
「え?」
「だからいいよ……って。よし、攫われたんなら急いで取り返さないとね。犯人はどこにいる誰で、どうやって攫われたのか分かる?」
「お……大人。人間を売って金儲けする大人たちが、子供たちを馬車に連れ込んで……さっきまでそこにいたのを、貴方がっ!!」
「オッケー!それじゃまだ全然間に合うな!!さぁて……しっかり捕まっててよ!!」

 しどろもどろになってしまった言葉から必要な情報を拾ったアズは、そう言うや否やマリネッタをひょいっとアズに抱え――空を飛んだ。腹の底が引っ張られるような、人生初の浮遊感。アズが次々に建物に鎖を引っかけて飛翔しているのだと気付いた時には、既に落ちれば死んでしまうほどの高さに舞い上がっていた。

「へ………き、きゃああああああああああああああッ!?」
「この周辺の馬車は……っと。お?300mくらい先に子供の生命の鼓動を複数感じるな。あれが例の馬車か!!」

 アズは迷いなく遠い場所に鎖を投擲し、馬車に引っかかるや否や凄まじい速度で引っ張る。通常の人間なら絶対に経験することがない、300mの超時間跳躍の後――アズはマリネッタが怪我しないようにしっかり抱きかかえながらズドンッ!!と着地した。

「ってぇ!?いきなり馬車の上に飛び乗ってきたのはどこのバカだ!殺すぞオラァッ!!」
「邪魔する、よっと!」
「え?」

 その一言と共に、啖呵を切った馬車の御者の顔面を鎖が打ち抜いた。馬はアズの姿を見た瞬間に突然大人しくなって勝手に馬車を停止させ、突然の事に馬車内で子供が逃げないように見張っていた3人の冒険者が慌てて外に飛び出す。

「な、何事だぁ!?」
「はーいそこの三人、こっちに注目!!」

 ぱんぱんと手を鳴らした場所上部のアズに気付いた冒険者たちは、その男の正体に気付いて腰を抜かした。触れれば命はないとまで噂される『推定レベル7』の冒険者が、逆光を背に腰掛けていた。

「あ、『告死天使(アズライール)』……」
「な、なんで……」

 あくまで紳士的に、笑顔で、しかし纏う気配は首筋に鎌を添えたように。

「あのさぁ。この馬車の中身全部タダで引き受けたいんだけど、構わないかな?」

 アズラーイル・チェンバレットは、マリネッタがどれだけ必死になっても覆せなかった現実を、力づくで覆した。

「ヒッ……ヒャアアアアアアアッ!!」

 笑顔で「お願い」をしたアズの返事を待たずして、男達は馬車を置いて四方に逃げ出した。
 マリネッタはしばらく呆然としていたが、子供たちの安否が急に不安になって馬車に飛び込む。その中には、縄で縛られながらも必死で助けを求めていたマリネッタの『家族』が、全員無傷で揃っていた。
 子供たちの縄をほどいて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で抱き着いてくる子供たちの頭を撫でながら自分の顔もぐちゃぐちゃに濡れて。必死になって何度も何度も、子供たちがそこに居る事を確かめるように名前を呼びあった。




「ねえ」

「ん?」

「何で……私を助けようと思ったの?」

「んー……キミが必死で、一生懸命だったから。だから正面から受け止めようって思ったら、思いのほか問題が解決できそうだったんで解決してみた」

「て、適当……」

「俺だって聖人君子じゃないから何でもかんでも助けるほど人が良くない。ただ……何って言うかな、一生懸命に頑張った人が報われないのって、納得いかないじゃん?俺ってそういう真剣さを持ってないからさ……余計にそういうの、守ってあげたくなるんだよ」

「……私の事、今でも守ってあげたいって思ってる?」

「思ってるよ」

「お金とかお給金とか、出ないよ?」

「俺が守りたいから守るんだって」

「そっか………じゃあ、これからずっと守ってくれる、王子様?」

「お姫様を守るのはどっちかというと騎士(ナイト)だと思うけど、謹んで受けておくかね?」



 貧民街に済む貧相な身なりの少女は、今でも『告死天使』の前でだけはお姫様だ。
  
 

 
後書き
リリ「アズはパパ」
マリ「アズと結婚したい」

両方の要求を受け入れた場合の家族構成。

「父」アズ(18)―「母」マリネッタ(10)
        |
   「娘」リリルカ(15)

……どういうことなの。 
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