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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第一話 小伊坂 黒鐘のプロローグ

 
前書き
今回より物語は開始します。

というのは、なのはとフェイトのプロローグはオリ主のプロローグに繋げることで共通点を持たせたかったからです。

前回二回までのプロローグでチラチラと登場した小伊坂 黒鐘。

彼はあの時、何を思っていたのか。

そこの補足も含めて彼の物語が始まります。 

 
 今の俺には、一体何が残っているのだろうか?

 そう思って俺は、失ったものを数える。

 俺が5歳の頃、俺の家族は何者かに襲われた。

 それは魔法と刃物による襲撃。

 父と母はそれの被害で死亡。

 生存できた俺と姉は、しかし姉は昏睡状態から目覚めていない。

 今もなお、病室のベッドの上で酸素マスクや点滴をつけた状態で眠っている。

 色んな医者に相談したが、回答は全員揃って『いつ目覚めるか分からない』だった。

 幸いにも全員揃って命に別条はないとは言ってくれた。

 けど、何年目覚めるか分からないのだから、生きてるのか死んでいるのかすら曖昧な状態にいるのは確かだ。

 だとすれば唯一、俺だけがすぐに退院できて、平穏な生活を送ることが許された。

 俺だけが普通の少年として、平穏な日々を平凡に過ごすことができる。

 ……納得いかなかった。

 なんで俺だけがそれを許されて、父さんや母さん、姉さんまでもがそれを許されないのか?

 理不尽だ。

 たった独りにされて、それが自由だと神様が言うのだとしたら、本当に理不尽だ。

 少なくともこんな現実を俺は望んでなんかいない。

 母さんの料理は美味しいし、父さんの魔法と剣術はカッコイイし、姉さんは優しくて甘やかしてくれる。

 そんな当たり前に恵まれた環境を、たった一晩で全て奪われた。

 許せなかった。

 こんな理不尽を生み出す運命に。

 もし神様がいるのならば、神様を。

 だけど……何より許せないのは、そんな理不尽を目の前にして立ち向かうことができなかった、弱くて醜い俺自身だ――――。
 


*****


 潮風が頬を撫でる。

 雲一つない快晴の中での潮風は、不思議と気持ちを楽にさせる。

 ここ数日、数ヶ月、数年分の疲労感が抜けていく気分だ。

 それは肉体的にじゃなくて、きっと精神的なもの。

「肉体的な回復を勧められてるんだけどな」

 自嘲気味に微笑みながら、周りの景色を見渡す。

 海が広がる海岸沿い。

 砂場がない代わりに防波堤があって、俺はその上に乗って潮風を浴びていた。

 両手を広げたら周りに心配されそうだったのでやめた。

 誰もいない所でのんびりしていると、俺の着ている白主体で作られた制服のズボンの中から女性の声が聴こえる。

《心身ともに、ですよマスター。
 休暇を小学生として過ごすなんて、ある意味贅沢なんですから、しっかりと回復させましょう》

 明るく、しかし丁寧な口調で語るのは俺の持つデバイス/天黒羽(あまのくろはね)

 俺は愛称でアマネと呼んでるデバイスは、一般的なシルバーモデルのタブレット端末の形態でポケットに入っており、彼女一つで通信系やアプリなど、なんでもこなせる。

 彼女がいない生活は本当に困ることだらけだっただろうと思うほど、俺のデバイスは優秀だ。

 ……なんて、自慢事しか言えないけど。

「休暇を魔法がない管理外世界で過ごせって言われた時は、本当に驚いたけどな」

 俺は昨日からこの第47管理外世界/地球の極東地区・日本の海鳴市で三年の長期休暇を貰っている。

 と言うのも俺は、様々な世界を管理する組織/時空管理局の職員として働いている。

 魔法と言う力の才能があり、色々な理由と事情から管理局に所属し、色んな仕事をしてきた。

 ……のだが、6歳の頃から働いていたことがそろそろ問題視されてきたんで、表向きは長期休暇と言うことで中学生になるまでの三年間、俺は魔法が存在しない管理外世界で普通の学生として過ごすことが命令されている。

 魔法が存在する世界で過ごすと、色々と面倒になるほど俺は魔法の才能があったから、らしい。

 才能なんて言われても、それを実感したことはなくて、ただ色々できることができてそれを活かせる場所があっただけのことだと思ってる。

 それにきっと。他にも俺の所属していた艦の艦長が俺の身体を気遣ってくれた面が大きいんだと思う。

 何せ6歳の頃から魔法を使った訓練やら事件やらを経験して、育ち盛りの体に鞭を打ちすぎてたらしいから。

 俺としては、自分はよくケガするな~とか、睡眠時間とか食べる量が普通の人より多いな~くらいに感じてたんだけど、医者とかに相談したらこってり叱られた。

 うん、泣いたよ……恥ずかしながら。

 とにもかくにも、俺は昨日から生活用品やら何やらを艦長が用意してくれたマンションの1部屋へ運び、荷解きを終わらせることができた。

 心配症な上司や部下が多かったからか、気づけば大量の荷物が送りつけられていた。

 うん、気に入られているのは嬉しんだけどね?

 限度ってものがあると思うんだ(10歳の意見)。

 服とか電化製品とか、衣食住で必要なものを必要以上に送ってくれたことは素直に嬉しんだけどね?

 ただ性的な本がダンボール一つに敷き詰められていたのには、本当に怒ったよ俺。

 お金に関しては艦長が定期的に送ってくれると言ってるし、俺自身も働いてただけあって心配はない。

 料理は……うん、何とかします。

「それにしても、随分と綺麗な場所だね」

《ですね。 人柄が良い方ばかりで、皆親切です。 マスターが過ごすには最適な場所だと思いますね》

 昨日は荷解きで一日が過ぎてしまったけど、今日は明日から通う事になる学校の手続きのために外出していた。

 10歳の俺一人での手続きは何かと問題があるのかな~って思っていたけど、艦長が前もって色々根回ししてくれたのか、滞りなく済んだ。

 むしろ暖かく歓迎されたみたいで、俺としては明日からの学生生活が楽しみだったりする。

 何せ、学生生活が初めてだから。

 6歳から管理局に所属し、半年ほどの教育期間はあったけど、学校に通ったことはない。

 だからこうして正真正銘の学生として生活するのは初めて。

 友達百人できるかな、なんて言うワクワク感が今さらって思われるかもしれないけど、かなりある。

 そんな興奮が抑えきれなくて、転入前日なのに制服を着て街に繰り出していた。

 ……大人になったら恥ずかしくなる話しってこういうことを言うのかな?

「……ん?」

 波の音が強くなった瞬間、それに混じって誰かの声が聴こえた。

 それは言葉ではなくて、ただの声。

 女の子の声。

 そして、叫び声だった。

《何かあったのでしょうか?》

 アマネにも聴こえたらしく、声の場所を瞬時に特定してくれた。

 頼んでもないのにやってくれる所が、アマネの優秀な所の一つだ。

「海に落ちたとかだと怖いし、取り敢えず行ってみようか」

《はい。 ですがマスター、その前に一つだけ忠告です》

 防波堤から歩道へ飛び降り、走り出した所でアマネが低い声で言った。

《この世界は魔法が存在しません。 従って魔法の使用は》

「分かってる。 魔法は使わないよ」

 アマネの言葉を遮るように、俺は言葉を紡いで走り出した。

 分かってる。

 魔法が存在しない世界で魔法を使う。

 それは、その世界の常識を覆してしまうと言うこと。

 その世界の人が数年、数百年、もしかしたらそれ以上頑張った成果として生まれるなら構わない。

 けど、ある日ポッと出した魔法は、今までの努力や常識を否定してしまうことになる。

 そこから想定されるのは、世界の混乱、文明の混乱。

 だから魔法文化のない世界で活動する魔導師には、魔法適性のない人間が干渉できないような結界を作る技能が必要になる。

 生憎、俺にはそれを覚える才能はなかったから、こうしてアマネに忠告されたわけだ。

 分かってるさ、それくらい。

 だから魔法は使わない。
 
 あくまで、魔法“は”使わない。


*****


 防波堤を、低めの波が強く叩きつける。

 その音に合わせて、一人の女の子が叫んでいた。

 身長は俺より頭一つくらい下。

 白主体の制服は、多分俺と同じ学校の人。

 栗色の短い髪を左右に結んだツインテール。

 後ろ姿だし、まだ30メートル以上も距離があるからシルエット程度だけど、叫び声が聴こえてしまうだけにわかる。

 あれは叫び声だけど、。

 助けを求めてるのは確かだけど、それは事件とか事故が原因じゃない。

 それが何なのかまでは分からないけど、こちらにまで聴こえるほどに叫ぶくらいには重い悩みなのかもしれない。

 小学生で悩み過ぎな気がする、なんてのがふわっと浮かんですぐに弾けた。

 悩み過ぎなんて、俺が言えたことじゃないよな。

 年齢なんて関係。

 小学生だとか、子供だとか、そんなのは差別用語になるくらいどうでもいい。

 子供子供なりに悩む。

 でもまぁ、普通に普通の子供なら考えないだろうな。

 多分、彼女も経験したのだろう。

 自分の普通で、平凡な日々って言うのが本当は普通じゃないってこと。

 普通と言うのは、

 平凡・平穏と言うのは、

 色んな偶然や奇跡の中で生まれているということ。

 そしてそれは、ほんの些細な狂いで崩壊してしまうと言うこと。

「っ……」

 自然と、走る速度が上がる。

 湧き上がる感情を抑えるため、下唇を噛み締める。

 拳を強く握り締め、力強く地面を蹴る。

 アマネがいなかったら、きっと俺は魔法の源である魔力まで込めていただろう。

《マスター、心中お察ししますが、そろそろお気づきになられるべきです》

「え? 何……を……っ!?」

 気づけば少女は叫ぶのをやめていた。

 と言うか、疲れすぎたのか体が揺れていた。

 そして後ろに倒れ――――

「間に合え、よっ!」

 俺は呼吸法と走る姿勢を変えた。

 ふっ、ふっ、ふっ、と細かく短い呼吸。

 腰を限界まで落とし、踏み込む足はより深く、そして強く蹴り飛ばす。

 上半身は前のめり気味に倒し、空気抵抗を極限まで削る。

 それは普通の人間では絶対に真似できない姿勢。

 仮にそれができても真っ直ぐ走るのは難しいし、走ってる途中でバランスを崩して倒れてしまうだろう。。

 だけど本来ならこの姿勢が一番速いし理にかなってるはずだ。

 百獣の王や最速の獣のように低く走ることができればいい。

 それを再現できる肉体にするか、または技術を身につければ再現できる。

 そうして俺は20メートル以上あった距離を一瞬で縮め、倒れかけた彼女を抱きとめることができた。

「――――っと、大丈夫か?」

 内心ではかなり心配になりつつも、なるべく平静を装うように声を発する。

 少女の顔色は悪くない。

 むしろ何が起こったのか理解できない、と言った様子で瞬きもできず硬直状態になっていた。
 
 一応、背後からの接近だったから何をしたのかは見られていないはずだけど……。

《マスターはもう少し乙女心を勉強すべきですね》

 脳に直接語りかける魔導師の技術/念話でアマネはどこか鋭い口調で話しかけてくる。

 ここで俺が声を出すと変な人と思われるので俺も念話でアマネに返す。

《え、それってこの状況で関係あるの!?》

《そう思っている時点で0点です》

《……なんでさ》

 納得がいかない。

 のだけど、これ以上何を言っても無駄に終わりそうなので諦め、抱きとめている少女に声をかけてみることにした。

「具合が悪いなら、家まで送ろうか?」

 家の場所なら、大雑把な説明であってもアマネが特定してくれる。

 なんなら翻訳機能も対応しているから、急に英語と関西弁が混ざったような訳わからん言葉が出ても何とかする(アマネが)。

「……」

 が、彼女は返事をしなかった。

 まさかの無言が返事だった。

《ではなくて、単に唖然としているだけでしょう?》

《それもそうか……》

 アマネの冷静なツッコミに俺は少しだけ落ち込む。

 いや、なぜか俺がボケてるみたいになってるからさ。

 これでも真面目に考えてたんだけど……。

「……」

「……」

 一瞬だったかもしれない。

 数分だったかもしれない。

 そんな、時を失ってしまったかのように、俺と彼女は見つめ合っていた。

 その時、俺の脳裏を過ぎったのは、彼女がさっきまで叫んでいた姿。

 あれは迷いや寂しさから出てくる感情の声。

 よく見れば、泣いた痕として少し目元が赤かった。

 こんな可愛い子なのに。

 きっと彼女は幸せで、平穏な日々を送っているはずなのに。

 そんな人でも、俺と似たような目をすることがあるんだなって、初めて知った。

 そう思うと、無性に恥ずかしくなってきた。

 自分の姿を鏡にして見ている気分になって、自分がどんな目をしてたのか理解してしまって、立ち去りたい気分になっていた。

「……えっと……?」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 ただこれといって気の利いた言葉が出てくることもなく、先に我を取り戻したように彼女が飛び退いてくれた。

 その瞳に、さっきまでの孤独感は感じられなかった。

「あと、助けてくれてありがとうございます!」

「ああ、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です!」

 まだ落ち着かないのか、上擦った声を上げる女の子は恥ずかしそうに目線を落とす。

 視線はゆっくりと足元まで落ち、そして何かに気づいたように一気に視線を上げた。

「あの、もしかして私と同じ学園の人ですか?」

 少し落ち着いた声で聞かれた俺は、多分ね、と曖昧な笑みを浮かべながら答えた。

「俺、丁度さっき転入手続きしてきたばかりなんだ。 だから正式に生徒になるのは明日だ」

 クラスは分からないし、どんな人と出会うかも不明。

 一応担任の先生は紹介されてるから明日になれば何もかも分かるだろう。

 ……と、言った所で俺はあることと思います。

「あぁ、そう言えば、まだ自己紹介してなかったな」

 いくら学生同士とは言え、このまま名乗らずにっていうのも年上として礼儀知らずになってしまうだろう。

 俺は一度姿勢を正し、改めて名乗る。

「俺は小伊坂 黒鐘(こいさか くろがね)。 明日から私立聖祥大学付属小学校の四年生として転入することになった。 よろしくな」

 そうして俺は彼女の利き手に合わせて左手を差し出す。

 先ほど抱きとめたとき、彼女の筋肉や神経の動きの良さが左に多少偏っていたから左利きなのだろうと察していた。

「私は高町 なのは。 私立聖祥大学付属小学校の三年生です。 こちらこそ、よろしくお願いします」

 彼女……高町は、俺の左手を握り返してにっこりと微笑んだ。

 うん、握り締められた強さと言うか、握力の入り方からして左利きで当たりだろう。

 とまぁ、そんなどうでもいいことに喜ぶ自分に呆れつつも、俺は高町につられるように笑みをこぼした――――はずだった。
 
「それで、高町はどうしてあんな寂しそうにしてたんだ?」

 あれ?

 なんで今、俺はそんなことを聞いたんだ?

 今、不思議なことが起こったんだ。

 ただ笑おうとして、声が出た。

 表情も固くなって、本心とは違うことをしていた。

 なんで……なんで?

《マスター、少々踏み込みすぎなのでは?》

「……ああ、ごめん。 気が利かなかったな」

 謝罪し、慌てて頭を下げる。 

「初対面の相手にそんなことを聞くなんてどうかしてるよな。 今のは気にしなくていいから」

「は、はい……分かりました」

 苦笑気味に謝る俺に彼女は上手く返事ができず、顔を逸らされた。

 無理もない。

 急に変なこと聞かれたと思うだろう。

 俺自身、高町と同じ立場だったら同じ反応をしてただろうし。

 互いに言葉を探している気がするけど、気の利いた言葉は何一つ出てこなくて。

「……と、ごめん。 これからちょっと用事があるから俺はこれで失礼するよ」

 結局、俺は逃げるようにその場を後にすることにした。

 失礼な奴だと思われてしまっただろうか?

 なんて、今更ながら後悔しつつも、俺はなんとか笑みを取り繕って走り去ろうとした。

「あ、あの!」

 そんな俺を止めるように、高町は呼び止めた。

 俺は立ち止まり、なんだ? と聞いた。

「その……ま、また会えますか!?」

 必死な声で、真剣な眼差しで俺を捉える。

 何がそうさせたのだろうか。

 何が、彼女をそこまで必死にさせたのだろうか。

 今の俺は、まだその意味を理解できない。

 いつか、分かるのだろうか。

 彼女には、何か期待させるものがあった……そんな気がした。

 だから気づけば俺は、本心から頬を緩め――――

「ああ、絶対に会えるさ!」

 また会えることを願って、俺は走り去った。


*****


 その後、俺は街中にある有名な喫茶店/翠屋で軽い食事を済ませた。

 事前に海鳴のオススメ店を調べておいた甲斐があったなと思うくらい美味しかった。

《マスター、そろそろ病院に向かわれてはいかがですか?》

「ああ、もうそんな時間か?」

《お昼はとっくに過ぎてますし、暗くなる前にご挨拶しておくべきでは?》

「……そう、だな」

 アマネに心配され、病院へ行くように言われた。

 俺はこの世界で住むに当たり、荷物以外に連れてきた人がいる。

 毎日必ず会う約束をしているから、街をぶらついてから行こうかと思っていたけど……どうやら翠屋で相当時間を潰してしまったらしい。

 街の散策はまた後にし、俺は病院の方へ振り向こうとした。

「きゃ!?」

「おっと!」

 だが、気づかなかった。

 目の前を黒い服とスカート姿の、金髪の女の子がいたことに。

 彼女は正面からぶつかりかけた所、反射的に後ろに飛んだ。

 スポーツでもやっているのだろうか、良い反射神経だと思った。

 けど、気持ちまでは冷静にできなかったのか、足元が絡まって倒れかけた。

「――――っと、大丈夫か?」

「え……?」

 だから俺は小刻みにステップを踏み、瞬時に少女の側面に回って肩を抱く。
 
 思った以上に軽い少女に、俺は彼女が生きてるのか一瞬だけわからなくなった。

 冷え症なのか、彼女の体温も低めに感じる。

 そして怯えているのか、体が強ばってる。

「ケガはしてないようだけど……」

 とは言え急に離してもまたケガをする可能性があるから簡単に離すこともできず、俺は彼女が我に戻るのを待つことにした。

《マスターは今日、女運が強いようですね》

《そんなこと言ってる場合か!?》

 落ちつき、淡々と語るアマネに俺は反射的にツッコミを入れる。

 確かに改めて思えば、今日は出会いの多い一日だ。

 と、落ち着いて振り返りたいけど、今はそれどころじゃない。

「……おい、大丈夫か?」

「え……あ、あぁ、うん!」

 呆然としていた金髪の女の子は、俺の瞳を見つめていた気がした。

 しかし俺の声を聴き、我に戻った瞬間に視線は逸れる。

 瞳からまつ毛の辺りに視線が逃げ、抱かれている状況のせいか体を固くする。

「ご、ごめん!」

 慌てて立ち上がり、俺から半歩下がって頭を下げてきた。

 今日はホント、謝られてばかりな気がする。

「いやいやそんな、謝らなくていいよ」

 そう言って俺は笑みを見せる。

 なるべく不安にさせないように。

 なるべく罪悪感を与えないようにって、そんなことを意識して。

《マスター、彼女には大変失礼ですが、今すぐこちらから離れた方がよろしいかと》

《え、なんで?》

《それも離れてから説明します》

 唐突に、アマネはここから離れるように言った。

 それは決して慌てているようすではなく、ただ事実を淡々と述べるようにして言った。

 アマネが何を意味してそういったのか、目の前の女の子には失礼だけど、今はアマネを尊重しよう。

「……まぁいいや。 とにかく互いにケガもないし、俺はこれで失礼するよ」

「う、うん、ありがとう」

「どういたしまして!」

 俺は申し訳程度に笑みを見せ、病院へ向かって走り出す。

《それで、なんで急に離れろって?》

 俺は速度を下げず、走り続けながら念話を繰り広げる。

《マスターは気づかなかったのですか?》

《え、何を?》

《あの少女、魔導師ですよ》

「……マジか」

 アマネは冷静に、淡々と事実を語る。

 そしてあまり嘘を言う性格じゃない。

 だからその言葉が真実であることくらい、長い付き合いだからわかる。

 ……なんて理屈はどうでもよくて、俺は念話を忘れて素の声を上げてしまう。

 幸い、走っているから擦れ違った人の視線なんて気にならないけど……。

《魔導師が、管理外世界になんの用なんだ?》

《不明です。 ですがマスターであれば、彼女の魔力には気づけたのでは?》

《管理外世界で、しかも長期休暇中だぞ? そう言うのは全部シャットアウトしてたよ》

 そう、俺はあくまで休暇でこの世界にいる。

 しかも管理外世界だから、魔法みたいな危険なものもない。

 刃物や拳銃程度の武器相手だったら、魔法なしで対処できる。

 だから俺はこの世界に入ってから、魔法の使用だけでなく、戦闘技術の使用をかなり制限している。

 アマネが言う、『魔力に気づけた』と言うのは、気配を察するとか肉眼とは別の目で捉えるみたいな、そんな能力。

 だから俺からしたらさっき知り合った高町 なのはも金髪の少女だって、同じ地球出身者にしか見えなかった。

 アマネだけはサーチして気づいたらしいけど。

《念の為に管理局へ調査依頼を提出しますか?》

《どうするかな……》

 魔導師が彼女一人だけだったら、対して危険な存在じゃない。

 もしもの時は俺一人でなんとかできるだろうし、今すぐ何かが起こるとも思えない。

 それに、せっかく上司や仲間の気遣いで休暇を貰ったのに、初日なり二日目でそう言うものを送ったら余計に心配させてしまう。

《……まだいいんじゃない? 取り敢えず様子見ってかんじで》

《分かりました。 ですが念の為に先ほどの少女のことは検索し、いつでも書類として提出できるように情報整理しておきます》

《うん、ありがとう》

 こういった気遣いは本当に助かる。

 俺には出来すぎた仲間だと、そう思ってしまうほどに。

「さて、そろそろ病院か」

《面会時間にはまだ余裕がありますし、施設内は走ってはいけないのでペースを落としましょう》

「だね」

 俺は念話を止め、走る速度を落としていく。

 一般人の小走り程度まで速度を落としてすぐに、俺は海鳴大学病院へ入った。


*****


 五年前、俺たち一家は何者かに襲われた。

 そのせいで両親は死んで、俺と姉さんが生き残った。

 だけど、その姉さんですら昏睡状態で目を覚ましてない。

 5年間。

 姉さんは未だ、一度も目を覚ましていない。

 そして眠ったままの姉さんの身体は、『成長』をしていない。

 医者の話しでは、決定的な理由は分からないが、恐らく必要な運動や食事をせず、睡眠にだけ体を使っているせいで脳は発達しても肉体は成長しないと言う結論がでているらしい。

 もっと詳しい説明を受けた気がするけど、あまりのショックで覚えてない。

 アマネに聞けば記憶してるだろうけど、聞いたところで意味はないだろう。

 姉さんの時が止まっている。

 その事実が、覆ることはないのだから。

「姉さん、元気か?」

 白いドアを横にスライドさせ、病室に入る。

 直後、空いている窓からの風がふわりと吹き付ける。

 温もりを残した涼しい風。

 過ごしやすい季節なのだと感じつつ、俺はベッドのそばにあるパイプ椅子に座る。

 介護用に作られた白いベッド。

 ベッドの脇に操作用のリモコンがあって、それを使えばベッドを起こしたり倒したりできる。

 俺はほんの少しだけ上半身に位置する部分を上げて、姉さんの顔色を確認する。

 俺の一家は皆揃って銀髪だ。

 だから俺も、そして姉さんの髪も銀色。

 ただ姉さんは更に水色が混ざったような色をしており、血の気を感じさせない白い肌はどこか絵本の登場人物を見ている気分になる。

 姉さんは意識を失っているけど、呼吸をしている。

 血液も循環器ありの呼吸で、脳も動いている。

 だから俺は姉さんの両手を握り、手のひらをくすぐってみたり擦ってみたりして刺激を与える。

 刺激と言うのは、脳に大きな影響を与えるのだという。

 目を覚ますきっかけになることだってあるらしい。

 だから俺は声をかけるし、触れたりもする。

 家族のスキンシップとしてはどこか不思議なものを感じるけど、これが今の日常。

 5年、姉さんは目を覚まさず、歳を取らず、成長もしない。

 たしか五年前の姉さんの年齢は10歳だから……。

「俺、姉さんと同い年になったよ。 しかも姉さんの誕生日が過ぎたから、今は俺が姉さんの兄貴だよ。 なんか、変だよな」

 産まれた日から辿れば姉。

 肉体年齢と、生きた時間を辿れば妹。

 10歳になったときにそのことに気づいて、俺は本当に驚いた。

 姉さんより年上になるなんて、本当に変な話しだ。

 ホント、変だよ。

 おかしい……馬鹿馬鹿しい。

「……姉さん、早く起きてよ」

 気づけば瞳から、雫が落ちる。

 頬を伝い、落ちたそれは姉さんの右手に落ちた。

 きっと姉さんは、俺が泣いていることにすら気づけないだろう。

 まぁ、恥ずかしくて見られたくもないんだけどさ。

 女々しいって言われるかもしれない。

 だけど、俺はまだこの涙を止める術を知らない。

 こうして姉さんの前に来れば、絶対に涙を流してしまう。

 5年間、ずっと続いている症状だ。

「……俺、これから沢山会いに来るから」

 必ず会いに来るから。

「学校に通うから、勉強も頑張る」

 友達も作ってみせる。

「絶対に、楽しく過ごすから」

 姉さんが見ても安心できるような日々を過ごしてみせる。

 だから――――

「だから、帰ってきて。 姉さんも、同じ日々を過ごそう!」

 それは俺が5年間、ずっと想い続けてきた願い。

 同じ時間を、同じように過ごす。

 家族として一緒に。

 そんな小さな希望を、小さな願いを言葉にして、俺と姉さんの時間はゆっくりと過ぎていく。

 何度も願った小さな日常。

 それが訪れるのはいつになるのだろう。

 もしかしたら、一生来ないのかもしれない。

 そんな不安と焦り、恐怖は呪いのように付きまとう。

 それでも、願わずにはいられない。

 当たり前の日常を。

 平和な、日常を。



 だけど――――その日の夜、俺は魔法に再会する。 
 

 
後書き
てなわけで第一話でした。

黒鐘「初めまして、小伊坂 黒鐘(こいさか くろがね)です。 今後共よろしくお願いします!」

アマネ《天黒羽(あまのくろはね)です。 マスターと同じように、皆様にはアマネと呼んで頂ければと思います》

と言うわけで小伊坂とアマネと仲良くEDです。

小伊坂と言う変わり者に、アマネと言う常識持ちの相方。

このコンビが今後、物語で活躍させていく予定です。

黒鐘「え、俺って変人枠なの!?」

IKA・アマネ「常識人だと思ってたの?」・《常識人だと思ってたのですか?》

黒鐘「……作者と相棒が冷たいのだがどうしたらいいでしょうか」

アマネ《冗談です》

え、冗談だったの?

黒鐘・アマネ「……」・《……》

……。


閑話休題。

さて、今作では私IKAの数年ぶり新たなオリ主が活躍する作品なのですが、今のところまで話せる彼の設定を話します。

小伊坂 黒鐘 10歳 身長157cm 細身。

設定として強いです(今のところは抽象的な表現に留めときます)

鈍感でしかもフラグ建築士!←二次創作の王道。

そして最大の特徴!!

――――シスコンです。

黒鐘「え、そこ!?」

アマネ《なるほど、大いに納得いたします》

黒鐘「え、そこ強く共感するとこなの!?」

そんな小伊坂と冷静沈着なアマネのコンビが繰り広げる物語、是非お楽しみください!



黒鐘「し、シスコンじゃないもん……ぐすん」 
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