みたらし百番勝負
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みたらし百番勝負
みたらし百番勝負
遠山頼道は大阪人だ。従って隣の京都は嫌いだ。京都の何もかもが嫌いである。
当然京都発祥のみたらし団子も嫌いだ。大阪の難波でその屋台が出ているのを見てだ。顔を顰めさせてこんなことを言う始末だった。
「何でこんなあほなもん出すんや。団子やったら他に美味いもんなんぼでもあるからそういうの出したらええんちゃうんか」
「おい、待てや兄ちゃん」
早速屋台の中からだ。ヤクザ者にも見えるいかついおっさんがぬう、と顔を出してきた。おっさんは頼道に対してこんなことを言ってきた。
「あんた今何言うたんや」
「だから何でみたらしなんや」
おっさんにもだ。臆面もなく返すのであった。
「こんなの大阪で出すなや。京都の食いもんなんて東京のうどんと一緒や」
「あんな墨汁入れたようなのと一緒やっちゅうんか」
「ちゃうっていうんか」
「そんなのは食ってから確めるんやな」
おっさんは頼道を見据えながら言う。
「何でもそっから言うんやな」
「へえ、じゃあそのみたらし美味いんかい」
「美味いわ。これは京都の誇りの一つや」
「一見さんお断りが京都やろが。そんなんで美味いなんてわかるかい」
「わしのみたらしはちゃうわ。ほな京都の味知ってみい」
「ああ、食ったるわ」
まさに売り言葉に買い言葉だった。こうしてだった。
頼道はおっさんの焼くみたらしを食べることになった。おっさんはだ。
両手の指と指の間にだ。それぞれみたらしを挟みそのうえでだ。
次から次に焼く。団子を刺した串が宙に舞い団子自体が小皿の上に舞い降りる。その団子達を見ながらだ。おっさんは頼道に告げる。
「どんどん食うんやな。まずかったら金はいらんわ」
「言うのう。じゃあ美味かったら払ったるわ」
頼道もだ。負けずにだった。
その団子達を手に取り頬張っていく。おっさんの焼く勢いもかなりのものだが彼の食う勢いも壮絶なものだった。そうした中で、であった。
みたらしはだ。醤油だけではなかった。それは。
「これはイチゴジャムか!」
「ブルーベリー、オレンジに杏もあるで!」
「洋風も入れるとはな!」
「これもあるで!蜂蜜や!」
そうしたみたらしもだ。頼道の前の小皿にだ。突き刺さっていく。
その他にもだった。紅茶に抹茶、コーヒーにココアにだ。それに小豆も黄な粉もある。とにかく何から何まであった。
そうした様々なバリエーションのみたらしだけでなくだ。正統派である醤油のみたらしもある。頼道はそうしたみたらしも食べていく。
二人の攻防は続いた。それはまさに龍虎相打つ、漢と漢の命を賭けたやり取りであった。明治帝での西郷隆盛と大久保利通のそれをもだ。凌駕せんばかりの決闘が大阪において繰り広げられたのだ。
頼道に食われた団子の棒はアスファルトに突き刺さっていく。その棒が百本になった時にだ。
おっさんは彼の目を見据えてだ。こう問うのだった。
「どや」
「味やな」
「そや。みたらしの味はどないや」
勝負、この死闘の結果をだ。彼に問うのである。
「美味かったか。それともまずかったか」
「正直に言うで」
まだ口の中の団子を頬張って噛んでいる。そうしてくちゃくちゃさせながらだ。頼道もまたおっさんの目を見据えてだ。こう返したのだった。
「美味いわ」
「美味いんやな」
「ああ、百本食べたけれどな」
その食べた数もだ。しっかりと勘定していたのである。極限の勝負であるが故にだ。彼もまたその記憶力を普段より高めていたのである。
そのうえでだ。彼はおっさんに告げたのである。
「どの団子もめっちゃ美味かったわ」
「そうか。じゃあこの勝負は」
「おっさんの勝ちや」
不敵に笑ってだ。彼は己の敗北を認めたのであった。
「見事や。俺は負けたわ」
「そうか。負けを認めるか」
「これや。受け取ってくれや」
財布を出して札を渡す。五千円だ。
そしてそこに消費税として二百五十円出す。それを出し終わってからだ。
頼道はゆっくりと後ろから倒れていき難波の大地に倒れ伏した。アスファルトの上であるがそこが大地であることには変わりはない。
倒れそのうえでだ。彼は満足した顔で言うのであった。
「我が生涯に一片の悔いなしや」
「坊主、もっと大きな漢になるんや」
おっさんはその彼にここでも告げた。
「それで。もっと美味いもんを食うんや」
「そやな。俺はまだ登りはじめたばかりや」
頼道は今は倒れ伏している。しかしそれでもだった。
その目は死なずだ。彼にこう言わせたのであった。
「この果てしない。美食坂をな」
「未完にしとくで」
今大阪に巨大な岩の坂道と未完という巨大な文字が浮かび上がった。頼道はその二つを倒れ伏したまま見ながらだ。この敗北をこれからの大きな糧にせんと誓うのだった。敗れたがそれはだ。果てしない漢の坂を登るはじまりであったのだ。このみたらし団子を食う死闘は。
みたらし百番勝負 完
2011・6・8
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