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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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35.覗きこむほどに、深く

 
 やけに人っ気のない路地を進んだ先に、それはあった。
 新聞代金を徴収に来たパラベラムは呆れたようにため息をつく。先ほど出会った煉瓦屋は確かに「すぐわかる」と言ったが、確かにこれでは間違えようもない。

「玄関先の鎧……というか、これは『玄関先が鎧』の間違いじゃないか?」

 まず――その玄関にはポストがある。新聞紙で溢れ返ってるが、まぁポストはポストだ。
 だが、その辛うじて普通な要素を正面から粉砕するように……非常に、文字に形容しがたい玄関が目の前にあった。

 そこにあるのは、あまりにも存在感が強く、あまりにも場違いな鋼鉄の(つわもの)――両膝をついて太陽を受け止めるように両手を広げた4M大の巨大な甲冑(よろい)が堂々と鎮座していた。
 その造形は削る所を大胆に削り、極限まで実用性と見栄えを両立させた奇跡のバランス。
 惜しむらくは、これを装着できるのはサイズ的にシルバーバックかミノタウロスくらいしかいないことだろう。完全に、金持ちの道楽にしか見えなかった。

「なんというか、ガネーシャ像ほどではないけどコメントし辛い……」

 そういえば建物の特徴を聞いた時に先輩が「言葉で説明し辛い」とげんなりした顔で漏らしていたのを思い出したパラベラムは、ずるりとズレたハンチングを被り直した。
 ポストと建物は比較的普通なだけに、この場違いな物体に「なにこれ」という感想ばかりが湧いて出る。もしここにアズとオーネストがいれば、きっと「このポーズどっかで見たことあんな。オーネスト知ってる?」「……お前が言いたいのは、多分アメリカ映画の『プラトーン』の宣伝ポスターだろ」「おお、それだ!お前よくそういうの覚えてんな!」というやりとりが交わされたところだろう。

 鎧はどうやら腹が観音開きの玄関になっているらしく、お腹の部分までお手製の小さな階段が続いている。これだけ大型の鎧をいったい何のために、そして誰にいくら払って造らせたのだろうか。雨風に晒されている筈の鎧には埃や錆の一つも付着しておらず、新品のようにピッカピカだ。

「変人だ……絶対変人だ、ここの家主……ガネーシャ様ほどではないけど」

 スケールは大きい。しかし悲しいかな、その全てはガネーシャ・ファミリアのホーム『アイアムガネーシャ』の玄関にある黄金のガネーシャ像と比べて色々とスケールが小さい。これは明らかに比較対象が大きすぎるせいなのだが、それでも比較してしまうのはガネーシャの猛烈な存在感ゆえだろう。
 たぶんここにオーネストとアズがいたら「……銀閣寺と金閣寺だな」「滅茶苦茶分かりやすい比喩だな。オラリオじゃ通じないけど」という会話をするところだろう。

 ちなみにパラベラムは気付かなかったが、太陽光に照らされる鎧の頭部には『Made by V.V.V. from Arle Familiar』(アルル・ファミリアのヴェルトール作)と刻まれている。その頭部からは紐がぶら下がっており、紐の最下部には『BELL(呼び鈴)』と彫られた木札が結びつけてある。どうやら鎧の頭部内がそのまま鐘になっているらしい。

 躊躇いがちにその木札を摘まんだパラベラムは、嫌そうな顔をしながらも力いっぱいそれを引いた。
 がらんがらん、と喧しい音が響き渡る。

「アルガードさ~ん!アルガードさんいますか~!?『新聞連合』の者ですけど~!!」



 = =



 じりじりと日が傾いてゆく中、『新聞連合』での情報収集を終えたブラス一行とアズ・トローネコンビは一旦合流して情報を交換していた。目的地に歩く途中にブラスは「広域無線通信はないのか」と意味の分からないことを漏らしていたが、レフィーヤにはブラスの言わんとすることが分からなかった。
 二手に分かれた捜査はほぼ同じ容疑者の名前を特定していたが、そこに至る経緯と最も疑わしいと結論付けた相手は微妙に異なった。

「魔道具に小細工の出来る職人の中でやった可能性のある奴を延々と調べ上げた。俺達の調べでは、アルガード・ブロッケが最も疑わしいことになった」
「あ、そっちもアルガードさんに辿り着いたんだ……あ、続きいいよ」
「アルガード・ブロッケ――仔細は省くが、こいつはここ一か月程度この街の住民が誰も姿を見ていない。仕事はしてるが、全ては手紙による受注。徹底的なまでに外との繋がりを断っている。また、現場に残っていた鎖を調べた所、アルガードと同じ加工癖が見られた。工房に不審人物が出入りしてるって話もある。現状最も疑わしいのはこいつだ」

 その他、『新聞連合』が急遽かき集めた資料の中には二人がギルドで発見した被害者への繋がりなど様々な情報があった。これには自信満々で報告しようとしていたトローネも出鼻をくじかれたようで、報告されればされるほど落ち込んでは黄金仮面に戻ったアズに励まされていた。

(トローネさん、最初はアズさんのこと怖がってたのに……)

 何となく仲間に裏切られた気分にさせられる。実際には殆ど喋っていないのだが、なんとなく近い部分があるものと思っていた。しかし、未だにレフィーヤはアズに慣れきれずにいた。どうして恐怖を克服することが出来たのか問い質せば、自分がアズに慣れるための手がかりがあるかもしれない。
 尤も、今はそれを気にしている場合ではない。なにせ、たった今7人もの死者を出した凶悪犯の容疑者が決定されようとしているのだから。

「――以上のことから俺達は第一容疑者にアルガード、そして第二容疑者にウィリスを挙げた」
「なるほどね……容疑者に名前が挙がった二人に関してはこっちも一緒かな。俺達としては行方知れずのウィリスの方を疑ってるんだがなー……」

 ふたりは平気な顔をしているが、ギルド組は浮かない顔をしていた。レフィーヤ自身、複雑な感情を隠せない。
 どちらが犯人であれ、犯行動機はほぼ確実に復讐だろう。その『舞牡丹(ピオ)』という冒険者が親友であったのならば、当然復讐するほどの憎しみを抱く理由がある。恋慕の情を抱いていたのならば、彼女を失った時の絶望は計り知れない。

「20年近く前の親友の為の復讐……どっちが犯人だかわかんないッスけど、身勝手で哀しいッスね、こいつは……」
「私は……犯人の人は本気でそのピオさんが好きだったんだと思います。でなければ20年以上も前に死んだ人の為に動いたりしませんよ……」
「アビリティの確認は?」
「取れないよ。それ以上ツッコむと疑われるし、元よりアビリティ開示なんてご法度なんだから」

 確かにこのタイミングでウルカグアリ・ファミリアからの信用を失ったらまずい。アズもその辺りの危険は察していたらしい。
 それにしても、20年越しの復讐を果たす人間の気分というのは、どうなのだろう。人間は20年もずっと人を恨み続けることが出来るのだろうか。それとも、何かのきっかけで恨みを思い出してしまったのか。そこには本人にしか計り知れない妄執染みた感情――狂気がある。

「で、お前は主神に直接聞きに行ったんだろう。アルガードにおかしな動きはあったのか?」

 ファミリアならば、普通は自分のファミリアの様子や近況くらいは把握している。殺人アイテムを作っていた可能性が最も濃厚な彼のことを知るのに一番手っ取り早い方法だ。しかし、問われたアズはどこか浮かない表情を浮かべた。

「結論から言うと確かに一か月ほど連絡を寄越してないが、ファミリアからしたらいつものことらしい。デカい仕事をするときは作業以外の世話をしてくれる使用人を適当に雇って工房に籠るんだと」
「何所からの受注だ?」
「いやそれが……受注が無いときは趣味に走る性質らしくてな。時々私財を注ぎ込んで1,2か月ほど自分の作りたい物を作るんだそうだ。だから受注データはないし、連絡も寄越さない。前に会った時も変わった様子はなかったとよ。神がそう言うんだ、その時は本当にそうだったと考えるのが普通だろ?」
「むしろ今回の話を聞いて急にアルガードさんが心配になったご様子でした。工房を通りかかるファミリア達からは作業音が聞こえてきたから死んではいない、といった具合でして……」

 ブラスは二人の言葉を吟味するように傾聴し、ルスケはため息をつく。

「片や実行可能性があって疑わしく、片や行方知れずで疑わしい……ッスか。『新聞連合』の調べではウィリスは『(オラリオ)』の外に出た可能性が高いってことでしたけど、まだハッキリしたことは分かってないッス。取りあえず過去の住所は特定したんスけど……」

 ルスケが地図とメモ取り出してテーブルに広げると、トローネが顔を顰めた。

「あの……このメモ、どんなに読んでも『ダイダロス通りのどっかにいるよ!』という極めてアバウトな意味にしか読み取れないんですが……」
「『新聞連合』はダイダロス通りには近寄らないからそっち方面の情報には弱い。あっちは情報屋の縄張りだからな。手を出すと要らぬ諍いの種になる。まぁ、知っていそうな奴の当てはあるから今はそのことを気にするな」
(この街、水面下でそんな勢力関係あったんですかっ!)

 また一つ、レフィーヤは生きていくうえで必要ない知識を手に入れてしまった。そもそも『情報屋』などという胡散臭い仕事を生業にしている人間が本当にいたことを意外に思ったくらいだ。
 それにしても――と、レフィーヤは思う。

(最初はアズさんへの恐怖を払拭しようと街へ足を運び、目の前で人が倒れたせいで事件に巻き込まれて……意地を張って捜査に参加したはいいけれど、全く役には立てない。私、本当に何でこの捜査に参加してるんだろう……)

 踏み込めば踏み込むほどに、自分の知っている事も出来る事もないのを思い知らされる。もしかしなくても、レフィーヤはこの場において足手まといになっている気がしてならない。自分でついてゆくと言い出した手前今更引くのは躊躇われるが、首を突っ込み過ぎるとかえってファミリアに心配をかけるかもしれない。

「――なら俺はそのウィリスさんを探しとくよ。そっちはアルガードの方を探ってみてくれ。メンバーは今のままでいいかな?」
「いや、レフィーヤをそっちの調査に回す」
「えっ……?」

 突然自分の名前を呼ばれたことで反射的に顔を上げたレフィーヤに、ブラスの真っ直ぐな目が突き刺さる。上の空で話を聞いていたことを責める視線のように感じた。

「嫌だとは言わんだろうな?俺の邪魔はするなと言った以上、駄々は通さないぞ」
「い、いえ………その、何で私はアズさんの方へ?ブラスさんの判断が確かなのは分かっていますけど、その……」

 私が邪魔なのか、と言い出して言葉を呑み込む。問えば答えは返ってくるだろうが、そう面と向かって告げられて自分は正面から向き合えるだろうか。不思議と、ブラスにそう言われるのかと考えると彼の顔とアイズの顔がダブる。よく似ているだけに、もしも彼女が厳しい顔をしたらこんな風なのではないかとさえ思える。
 しかし、ここで尻込みしていることが正しいのだろうか。それは単に自分の嫌なことから逃げているだけなのではないか。もしそうならばどうすればいいのか……思考の沼に嵌まっていくレフィーヤを見つめたブラスは、席を立ってレフィーヤに耳打ちした。

「社会勉強だ」
「は………?」

 かなり一方的かつ意味の分からない言葉に唖然とする。
 何の事なのか、ひょっとして自分をからかっているのか。訳が分からず固まる。

「俺が不審者の事を口止めした理由が知りたいんだろう。アズに着いていけば理由が理解できるはずだ」
「……へっ!?え、何でそのことが分かったん――」
「行くぞ、ルスケ。本当は俺一人で十分なんだがな」

 それだけ言うと、ブラスは返事を待ちもせずに剣を抱えて歩き出す。余った剣は既に屋敷に置いてきたのか、今は一本しか持っていない。ルスケが慌ててそれに着いていき、レフィーヤはその場にぽつんと残された気がした。

 色々と止まり掛けの脳の歯車をぎしぎし回し、ようやくレフィーヤは一つの推論に辿り着いた。
 もしかして、自分はブラスにものすごく気を遣わせていたのではないか?思い返してみれば彼はいつも以上に説明するような言葉が多かった気がする。普段なら行動してから説明しない極めて不親切な人がだ。
 部屋を後にしたアズが、やれやれと肩を竦める。

「せっかちだね、あいつも。それじゃ俺達も行こうか。レフィーヤちゃんもいいかな?」
「………アズさん」
「なーに?」
「………ブラスさんって実は口下手ですか?」
「うん。特に善意や気遣いに属する言葉に関しては下手ってレベルじゃないな。そのくせ人の考えてる事はバレるんだからホント性質悪いよ」

 ブラスに心がばれたのも驚きだが、アズのブラスに対する理解力もかなりのものだ。

「さて、あいつの事はさて置いて、みんなでダイダロス通りに遠足だ!ほらトローネちゃんも立って歩く!」
「ふええ……と、とうとう殺人事件の容疑者と対面……しかもこちらに冒険者二人ということは犯人はこっちの可能性が濃厚!?でででで、でも……アズさんが護ってくれるって言ってたしぃ……」
「………大丈夫なんですか、この人?」
「大丈夫。いつも結構こんな感じらしいし」

 顔を青くしたり赤くしたり忙しいトローネは、相も変わらず独り善がりに葛藤していた。



 = =



 オーネストの屋敷には謎が多い。

 三階建てで数十人が一度に暮らせそうな大きさを誇っていながら、何故かこの屋敷は住処にこだわりのなさそうなオーネストが所有している。ギルドが正式に彼を所有者と認めるだけの書類をオーネスト・ライアーは冒険者登録の日にロイマンに手渡し、彼が承認したことで屋敷は正式に彼の物になった。

 屋敷の見てくれは一見して小奇麗だが、使われている部屋も事実上一階だけだ。家具などはあってもその他のものが現在住んでいるオーネスト・アズ・メリージアの3人の私物以外ほとんど見当たらず、使われている生活エリアも数部屋とリビング、厨房と地下倉庫くらいのものだ。

 何故オーネストがこの屋敷を手に入れたのか、どのような経緯で権利者になったのか、誰も知らない。元は『テティス・ファミリア』というファミリアの所有する屋敷だったそうだが、肝心のファミリアは『地獄の三日間』で壊滅し、主神も天界へ戻ってしまった。そのため世間では「オーネストが天界に戻る前のテティスを脅して奪った」とか「あの慈悲深い女神のことだから譲ったんだろう」とか様々な噂が流れているが、どれも真実たりうる根拠が欠落していた。

 ただ、オーネストとこの屋敷に何かしらの関係があるのは確かだ。

 メリージアがオーネストに何故二階を使わないのかを問うたとき、彼は「この先にはなにもない」と告げた。その際のオーネストはどこかここではない遠くを回顧しているようで、彼女は彼がこの先に触れてほしくないのだという端的な事実を悟った。
 また、何か必要なものがあるときにオーネストは二階へあがってどこからか物を持って降りることがある。この時もまた、「どうせ二度と使われない物だ」と誰かに言い訳するような言葉を残す。メリージアはこの屋敷のメイドとして二階の窓や廊下を掃除することはあるが、個室に関しては手を付けていなかった。そこはオーネストにしか触れる権利がない場所のような気がしたからだ。
 更に、屋敷の三階に関しては「足を踏み入れるな」と直々に禁止令が降りた。彼がこういう言葉を口にするのは珍しいことだったので、メリージアはよく覚えている。

 オーネストの本心はいったいどこにあるのだろう。
 寂しそうなオーネストと、暴れているオーネスト。
 呆れているオーネストや、微笑んでるオーネスト。
 どれが本当のオーネストなのか、メリージアは時々わからなくなる。
 同じ人である筈なのに、彼には破滅的な凶悪さと垣間見える慈悲、そして目に見えない何かにする哀しみが同居している。その継ぎ目はいくら目を凝らしても見えて来ず、どれが本当のオーネストなのかが今でも分からない。

 そう口にすると、アズは「全部含めてオーネストさ」と言って、にへら、と笑う。

 人間にはいろんな側面がある。例えばメリージア自身、初めてオーネストたちに出会った時と今の自分は別人のように思える。常に即決即断でブレないように見えるオーネストも、もしかしたら自分と同じように変わっているのかもしれない。



「玄関に剣を置きっぱなしねー……よっぽど慌ててたのか?オーネスト様がこういうことするの珍しいなぁ~」

 二本の剣を抱えてふらふらしながら、メリージアは呟く。この剣は間違いなくオーネストの剣だ。微かにオーネストの匂いもするし、この型の剣を使う剣士でこの屋敷に近寄るのはオーネストだけだからだ。メモ書きには「忙しくて昼には帰れなかった」というメモ書き。これも名前は書いていないがオーネストの字だ。
 だったらこの剣はオーネストの元に運ばれるべきだろう。そしてそれをやるのはメイドである自分の役目だ。

 これでもオーネストの私室に入って掃除するくらいは出来る。というか、オーネストを追い出して掃除することもある。アマゾネス特有の筋力を受け継げなかったメリージアは、無理をせず剣を壁に立てかけてからオーネストの部屋のドアを開けた。

「えーっと、剣置き台はっと……あったあった」

 いたく年季の入った台だ。これも元々ここにあった代物なのだろう。重い剣を一本ずつ慎重に台にかける。ここにある剣は全て消耗品で、折った傍から補充されていく。一本の剣を長く丁寧に使うという発想はオーネストにもないわけではないが、彼の置かれた環境がそれを許さない。剣の手入れと戦いでは、オーネストは戦いを選ぶ。何もおかしい事はなく、そういうことだった。

 剣をかけ終えたメリージアはその後部屋を後にしようとして――ふと、部屋の中に見覚えのない箱があるのを見つける。この部屋は1日1回掃除しているが、昨日の昼にはこの箱はなかった。ということは、昨日から今日までの間にオーネストがどこからか運び出して来たんだろう。

 何なのだろうか、この妙に使い込まれた箱は。今までになかっただけに余計に気になるし、それがオーネストの部屋にあるのが余計に好奇心をかきたてる。

「………………ちょ、ちょっとだけなら……見てもいいよな」

 割とあっさり好奇心に負けたメリージアは、あっさりと箱を開いた。そもそも本当に見られたくないアイテムならばオーネストはこの部屋に置かない筈だ。自分に見られても問題ないからこの部屋に置いているんだろう。
 中には所狭しと紙が敷き詰められていた。試しに一つ捲って確かめる。

 見出しには、『死亡認定書』とあった。

「え………」

 次の紙をめくる。『死亡認定書』。
 その次、『死亡認定書』。
 次、『死亡認定書』。

 めくってもめくっても、その全てがギルド公式の『死亡認定書』。そこにはファミリア、非ファミリアに限らずあらゆる人間の名前が書きこまれていた。死因も多岐にわたり、事故死、殺人など様々。後半になると紙の質が急に落ち、その紙には『テティス・ファミリア』の構成員だったと注釈のある名前がつらつらと並んでいる。

 軽はずみに覗いただけのものだった筈なのに、そこにはゆうに100人を越える死者の名前が書き連ねられていた。他にもちらほら『地上追放認定』――神が強制的に天界へ送還されたことを示す紙も残っている。すなわち、この箱の中には『永遠に再会できない存在』の名前が並んでいる。

「こんなもんオーネスト様がわざわざ集めたりしねーよな……ってことはこれ、全部オーネスト様が貰ったもの……!?嘘だろこんな量!?」

 ファミリアでは冒険者がダンジョン内で死亡するか行方知れずになったとき、『死亡認定書』を家族親族に対して発行する。しかしギルドの業務内容はあくまでオラリオ内にまでしか行き届かない為、既に壊滅したファミリアや街の中に近しい者のいなかった人の死亡認定書は行き場を失うことも少なくない。
 オーネストがこれを持っていると言う事は、彼は既に100人単位の知人と死別していることになる。その人数は小さな村の2,3個分に相当する。一人の人間が普通に生きていくうえで、戦争中でもない限りは決して巡り合う事のない数字だった。

 そして紙の殆どに行方不明者の報告者がオーネストだったことが明記されていた。
 何も知らない人間ならこう思ったかもしれない。『オーネストが殺したのではないか』、と。
 だがメリージアは直感的にこう思った。『オーネストは死の事実を残そうとした』、と。

 冒険者の死人は多い。仮に殺人事件が起きても、その死体をダンジョンに放り込めば名誉の戦死。ダンジョン内で殺されても目撃者がいなければ名誉の戦死。ここはそういうことの起こる街だ。『死亡認定書』の中にダンジョンで魔物に殺された人が極端に少ないのは、そのまま放っておけばその人々の死の真相が永遠に失われるからだ。
 態々そんな真似をしている以上、少なからず親しい人間がいた筈だ。もしかしたらこの中にはオーネストの本当の家族だっているかもしれない。もしもメリージアならば、この屋敷に訪れる『ゴースト・ファミリア』や愛すべき家主たちが永遠に帰ってこないと告げられる程の衝撃を何度も受けたことになる。

 いつか、ヘスティアのファミリアになった白髪の少年が言っていた。苦しさを溜めこんだまま過ごしても辛いだけ――と。この紙切れの群集は、それを象徴する物のように思えた。

 だとすれば、おかしいではないか。
 死は離別だ。永遠の別れは悲しい。一般論だが、当たり前に人間が抱く憐憫の感情だ。そして親しい人間がこれほどに死ぬのは、人が極めて死にやすい環境にいるからだ。

 時には人を助けもする優しさを持つオーネストから親しい者の命を奪ったのは、ダンジョンであり冒険者という職じゃあないのか。もしかして、彼が主神を持たないのは神が人を戦いに駆り立てるからではないのか。もしも推測が正しいのなら――オーネストはこのオラリオという街が、神が、そして冒険者という職業が、嫌いで嫌いでしょうがないのではないのか。

「オーネスト様は、なんで冒険者なんか続けてんだ……なんでオラリオなんかに居続けるんだよ……嫌いじゃねぇのか?憎くねぇのか?辛く――ねえのかよ………アタシには意味がわかんねぇよ」

 オーネストは、何を思って紙切れに変貌してしまった死人たちを箱に仕舞い続けているのだろう。この紙を見た時、あの人はどんな顔をして、何を思っているんだろう。辛く、悲しく、弱音を吐きたいほどに苦しんでいないと――言い切れるだろうか。

 メリージアは、まだオーネストの弱音を一度も聞いたことがない。
 なぜだろうか、メリージアはそれが悲しいことのように思えて仕方がなかった。
  
 

 
後書き
オーネストの考えていることが、私にも時々わからなくなります。

もしもネタで前にアズが銃持ってましたが、実は本編でも銃使えます。
ただ、鎖の方が汎用性高いのでいらない子なんですけどね……。 
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