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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第五十三話

 小十郎も皆も、安心して越後に踏み込んだ途端、甲斐攻めを行おうとする上杉の軍勢とかち合う形になってしまった。
この状況を易々と見逃す馬鹿はおらず、これを好機と政宗様の首を獲ろうと全軍が動く。

 小十郎がこの状況を、酷く驚いた顔をして見ていたのには少し驚いた。
そういや、ナレーションで感覚が麻痺しきってることに気付いてない、って言ってたっけ。
なるほどね、ここでも小十郎の判断ミスが光るわけだ。

 「見逃してくれると思った? 逆の立場なら叩きに行くでしょ、間違いなく」

 「まさか、これを予想して休憩を」

 予想っていうか、知ってたんだけどねー……そんなことは口が裂けても言えない。
つか、知らなくてもこれくらい見越しておくのは当然っちゃ当然なんだけどもさぁ……。

 「普通は考えるでしょ、伊達を潰す絶好の機会だもん。ここで潰せば奥州手に入れたも同然だし。
……おめぇら! 政宗様を温めろ! 体温が下がれば命に関わる!!」

 「はい! 俺ら、温めます!!」

 うむ、いい返事だ。お前ら。これなら政宗様は兵達に託して大丈夫だろう。

 とりあえず、こちらの本陣を死守しなけりゃならない。
おそらく襲ってくるのはモブばっかりだから、風魔を置いておけば苦戦することはないだろう。
ってなわけで、本陣の守りを風魔に託して私達は川中島に突っ込んでいくことにする。
本当は戦わずに逃げたいところなんだけどもさ、ご丁寧に退路も塞がれてるし、もう戦うしか選択肢がない状況に追い込まれてるわけ。
ま、この状況逆なら間違いなくうちもやったけどね。最も、軍神がそんなヘマをするとは思えないけどさ。

 しかし、一体何処まで手を貸していいのかしら。
とりあえず対軍神戦はムービー入ったから小十郎に任せないといけないとして……
慶次とかすが、二人は私がやっちゃってもいいのかしら。
小十郎、やっぱりあんまり調子が良くなさそうだし、体力は極力温存させておきたい。

 「小十郎、軍神出てくるまでは体力温存、赤い葛篭と青い葛篭見つけたら壊して中身を回収。
雑魚は私が倒しておくから。いい?」

 「ですが」

 また反論をしようとする小十郎に、軽く眉間に皺を寄せておく。
っていうか、反論したら怒らせるの分かってんだからいい加減学ぼうよ。

 「……何時から私に口答えが出来るほど偉くなった、お前は」

 あんまり小十郎を怯えさせるようなことしたくないんだけど、こんな状況だから宥める時間が惜しい。
びくりと身体を震わせて承知した旨を私に伝える小十郎に心の中で謝りつつ、小隊を率いて川中島へと突っ込んでいった。



 どうにも軍神さん、本気で私達を潰そうとしているみたいで出てくる兵が強いこと強いこと。
まぁ、強いって言っても所詮はモブだから大した強さでもないけどもさ、こっちの兵が削られる削られる。
風魔に本陣託して正解だったかも。多分向こうにも上杉の兵が行ってるだろうし、モブじゃ防ぎきれなかったかもしれない。

 「くっそー、奴ら本気出して来やがった!! 俺ら、今まで遊ばれてたんだ!!」

 本当、そんな感じだわね。というか、こうやって軍神とまともに戦うのはこれが初めて?
考えてみりゃ、私は軍神と会ったことがないのよね。
うーん、各地を放浪していた時間が長すぎて奥州の状況が掴めないわ。
ここを突破したら小十郎にきちんと話を聞いてみないといけないかもね。

 襲ってくる連中を律儀に刀振るって相手にしてたんだけど、段々それも面倒になって全部纏めて浮かして、婆娑羅の力任せに吹っ飛ばしてみる。
そんな感じで立ち回りながら進んでいくと、途中で慶次がぼんやりと立っているのが見えた。

 「……前田?」

 小十郎が慶次のところに行こうとしたので、私は襟首を掴んで引き止める。

 「そっちは後回し。遠回りになるけど、こっちの方が体力温存には持って来いだから、行くよ」

 「は?」

 このステージ、確か裏道があってそこを開くと特別褒賞が貰えたはず……
ってか、そこら辺どういうシステムになってんのかは知らないけど、とりあえず兵の疲弊は抑えたい。

 「ちょ、ちょっと待ってよ! 俺、無視して行くの!? 寒いんだから相手してくれよ!!」

 ……ちっ、気付かれたか。折角黙って見逃してあげようと思ったのに。
寒いの分かってるんなら、そんなところでぼやっと立ってないで城の中にいなさいよ、っての。

 「小十郎、ちょっと慶次の相手してくるから、この道を道なりに進んで頂上を急襲してちょうだい」

 何か納得出来ないという顔をしていたけれど、私の言う事に短期間で二回も逆らうほどあの子も馬鹿じゃない。
素直に言うことを聞いて兵を率いて行ってくれた。

 さて……対慶次戦。小十郎でプレイした時はそこまで強いって印象は無かったけども……

 「上杉に仕官したんだ。利家さんもまつさんも、定職に着いてくれて喜んでるよ」

 「うっ……それを言われると心苦しいけど……、まぁ、じっとしてるよりもこうやって働いてた方が気が紛れてさ」

 大体の事情は分かってる。慶次は秀吉と友達だったって設定だから、秀吉が死んで落ち込んでるってのが今の状況。
まぁ、分かってるとはいえ、この世の終わりみたいに暗い目をして言われるとさぁ……何か戦う気がそがれちゃう。
どういう意図があって軍神がここに連れてきたのかは分からないけども、これも策の内なのかもしれないわね。
だって、軍神と呼ばれた人間が無意味なことをするとは思えないもの。

 「アンタ、そんな目をして戦場に出てくると……命落とすよ?」

 先手必勝とばかりに、のっけから重力の力を全開にして慶次を思いきり門に叩き付けてやった。
刀を使うわけでもなく、ただ私がやったのは慶次に向かって手を翳しただけだから、
重力の力を持っていることを知らない慶次には苦しい展開だった。
とはいえ、これで簡単に倒されるほど慶次も弱くない。悔しいけどね。

 「……っ! 分かってるさ……でも、じっとしてると壁の染みまで怖くなってきてさ。
……それでも、こうやって動いてる方が幾分かは気が紛れるんだ。……本当に、大事な友達だったから」

 「その友達の後を追ってアンタも死ぬの? 自殺幇助はしたくないんだけどね」

 「俺はまだ死ぬつもりはないよ」

 圧力がかかっているってのに、慶次はそれをものともせずに私目掛けて突っ込んでくる。
刀を構えて防御の姿勢をとれば、重力でかなり威力は殺されてるけど重い一撃を食らってしまった。

 これは……難易度婆娑羅? いやいや、あくまでここはゲームの世界だけど、私が体感してるのは現実(リアル)だから。

 手加減してるとこっちがやられるか。でも、この状況で刀を交えたくは無いなぁ……。
甘いって言われるのは承知だけど、倒しても後味は悪そうだもん。本当に。

 「……引きなよ、慶次。ここがアンタの散り場所じゃないでしょ?
諸々の覚悟を決めてこの場に立っているってんなら、私も全力で相手するよ。
けど、今のアンタはそうじゃない。覚悟も何も決まらないのなら剣を交える価値が無いわ。
……正直、無駄に人の死を見たくないのよ」

 ここまで自軍の兵の死を数多く見てきた。皆、最期に私に告白して死んでくもんだから、見送るのも疲れてきてる。

 「だったらどうして、小夜さんは戦場に立つんだい? ここに立てば否応なしに人の死を見る。
自分だって命の危険に晒される……独眼竜の為かい?」

 政宗様の為だけなら、きっとここまでやらないよ。だって、小十郎みたいに政宗様に心酔してるわけじゃないもん。
それに、そういうのは私の役目じゃないと思ってるから。

 「……政宗様の為じゃない。これは、私の覚悟なのよ。
小十郎は政宗様を背を守るのが役目、私は小十郎が出来ないことをするのが役目なの。
……私は戦場に出てきた奥州の連中全てを家に帰す義務がある。彼らにも家族がいて、惚れた女がいる。
些細な幸せかもしれないけど、それを出来る限り壊したくはないのよ。……甘いと分かっているけど、守る為なら命を張るわ」

 最も、奥州から逃げ出した私が言える言葉じゃないけれども。
でも、守りたいのは嘘じゃない。政宗様は小十郎が守ればいい。
小十郎は政宗様が守ってくれるから心配はしない。けど、他の連中は私が守らないと。
男が守りきれるのはせいぜい一つきりなら、女の私はそれ以上のものを守らなきゃ。

 「……強いな、小夜さんは」

 大刀を納めた慶次に、私も構えを解く。勿論、いつ攻撃されてもいいように隙は見せてないけどね。

 「俺は駄目だな。迷って悩んで……こうやって今も身動きがとれずにいるんだ。
家康も秀吉も、どっちも友達だからさぁ、倒した家康のことも憎めなくて……うん、気持ちの整理がつかないんだ」

 「こんな身も心も凍るところに留まってるからそんなこと考えるのよ。
少し散歩でもしてきたら? 得意でしょ、散歩は。
頭で考えたって結論は出ないよ、そういうのは……だったら、心の赴くままに行動した方がずっと結論は早く出ると思うけどね」

 「心の赴くまま……か。そうだな、こうやって思い悩むのは俺らしくねぇよな。
ありがとう、小夜さん。話せて良かった」

 随分と表情も晴れて穏やかな顔になった。でも、憂いの色は残ってる。
まぁ、この程度で晴れるほど底の浅い悩みじゃないのは分かるよ。だって、慶次が暗い顔するなんてありえないもん。

 でも、下手に戻られてまた出撃されても手間だしなぁ……それに、勝手に戻って軍神に叱られるってのも可哀想だし。

 「慶次、私が適当に送ってあげるよ!」

 「へ? ちょ、ちょっと!」

 重力の力で浮かせて、モブ同様に力任せに遥か彼方に飛ばしてみる。
間抜けな悲鳴が辺りに響き渡ったけど、慶次はプレイヤーキャラだし死ぬことはないでしょ。
それに風の婆娑羅者だから自分でコントロール出来る……って信じてる。

 あー、いい仕事したなぁ~。きっと慶次に感謝されちゃうね。今度会ったら手数料取ることにしよう。

 無駄に感じる爽快感を全開にして、さっさと陣を落として山頂を目指すことにした。

 小十郎、苦戦してないと良いんだけどなぁ~……。 
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