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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第十章~奥州へ帰ろう~
  第四十九話

 小田原を離れ、人目に付かない旧街道を辿って奥州を目指す。
この道は風魔の指示によるもので、ここなら豊臣や北条のの追撃を免れるだろうと話していた。

 あの場では見逃してもらえたものの、豊臣は追撃を出してきた気配があるとか。
どうもそれは石田の命令ではなく、待機していた三万の兵を束ねていた、得点稼ぎをしたい武将の指示らしいんだけど……
まぁ、これも何となく予想していたことだから、あえて驚くことでもない。

 で……とりあえず奥州を目指して歩いてるわけだけど……。

 「……空気が重いなぁ」

 本当、負け戦だから空気がズドンと重いわけで。この調子で奥州まで帰るのかと思うと溜息が出てくる。
まぁ、政宗様が意識不明で馬の上へ布団干しみたいな状況になってれば、そりゃ元気も無くなる。
これでいつものノリだったらどうなんだって話だけどもさぁ……てか、何で政宗様は布団干しにされてるんだろ。
あんな運び方されてたら苦しいだろうに。それは突っ込んで良いのかしら。

 一万の兵に対して残った兵は三千、つまり七千もの兵が石田一人に殺されたわけだ。
一万くらい一人で十分、そう言った言葉が現実になって私も驚くしかない。
そういうのも相俟って、余計に空気が重い。
しかも豊臣の追撃に怯えて兵達が動揺しているから、尚のこと空気が重くなる。

 ……いつもは小十郎がこの状況を諌めて、政宗様が士気を上げるんだけど……。

 ちらりと私の隣を歩く小十郎を見る。何処か俯きがちに歩く小十郎の表情は冴えない。
表には出さないけれど、この子もまた豊臣の追撃に怯えている。

 こういう状況でもなければ頭でも叩いて喝を入れるところではあるんだけども。

 「……後で姉上に報告して、叱ってもらうか」

 ぽろっと零した言葉に小十郎がびくりと身体を震わせた。私を見て、本気で怯えた顔を見せるから救われない。

 「アンタね……そろそろ姉上に慣れなさいよ。もう三十年一緒にいるんだから」

 「三十年一緒にいるからこそ、恐ろしいのです!
大姉上に睨まれただけで、金縛りに遭ったように身動きが取れなくなるのですから」

 ……おいおい、竜の右目。しっかりしてくれよ……。

 頭が痛くなってこめかみを押さえて溜息を吐く。
どんだけ姉が怖いんだ、この子は。つか、涙目になって力説すんなよ、情けなくなるからさぁ……。

 木に止まっていた烏が一斉に飛び立つ。その音を兵達が悲鳴を上げながら怯えた目で見ていた。
小十郎も何処かそれを怯えた目で見ている。

 「……政宗様」

 普段なら絶対に兵の前では見せない不安げな表情のまま、振り向いて政宗様を見る。
私は小十郎の頭を撫でて、大丈夫だ、と言う。気休めにしかならないけど、言わないよりはマシだろう。

 「右目が二つ揃ってる今なら、誰が来ても負けない。政宗様を守りきれる。……でしょ?」

 「……はい」

 それでも表情は晴れない。不安そうな表情を残したままだ。

 無理も無い、か……でも、あんまりこのままだと良くないな。

 この調子でいけば、この先に当たる松永との戦いに響くような気がする。軍神との戦いでもだ。
こちらの兵は三千、これを出来ればなるべく減らさずにいきたい。
全員生かして帰す、というのは無理だということは分かっているけど。

 ふわりと私達の目の前に風魔が現れる。

 「どうしたの、風魔」

 「『この先に兵が待ち構えている』」

 その報告に、私は眉をひそめた。読唇術の心得がある小十郎もまた眉をひそめている。

 「それは、とよ」

 小十郎の口を咄嗟に塞いで、何処の兵かと訪ねた。
迂闊に豊臣とか言うな、ただでさえ怯えてるってのに音にして聞いたら収集付かなくなるっての。
それが豊臣の兵で無かったとしてもだ。

 「『豊臣の軍勢ではない。……そちらの右目には縁の深い者が率いる軍だ』」

 小十郎と縁が深い……ってことは、やっぱり松永か。
まぁ、ここは小十郎のストーリーで見た覚えがあるしね。
ストーリーは二回クリアしたから第一衣装と第二衣装の両方で見てます。あの冒頭のシーン。

 「風魔、薬草を調達出来る? 三千人分は無理があると思うから、出来る限り。
最低でも政宗様と小十郎の分くらいは」

 「『了解した』」

 黒い羽を残して消えた風魔を見送って、私は一つ溜息を吐く。

 一旦、ここらで立ち止まって手当てをしておいた方が良いかもしれない。
応急処置くらいは政宗様にしてるけど、他の連中はほとんどそのまんまだし。
小十郎だって特にこれと言って何かをしてるわけでもない。

 「一度ここで止まって手当てをしよう」

 「しかし、それでは」

 「おそらく豊臣は追って来ないと思う」

 根拠は無いんだけど、今の段階で豊臣が追って来てないってことは、少し落ち着いて手当てをしても大丈夫だと思うわけだ。
まぁ、追って来るって描写が無かったからっていうのもあるんだけどもさ、
多分、私達が何処に消えたのか豊臣側はまだ把握出来ていない。
いや、ひょっとしたら先の展開的にそれどころの状況じゃないのかもしれない。

 「それに」

 私は小十郎の腹を軽く叩いてやる。
きつく腹を押さえて膝を突きそうになった小十郎を支えてやり、また溜息を吐いた。

 こんな状態で戦えるわけがない。きちんと処置をしないと、破傷風にでもなったら大変だ。
ま、小十郎は多分大丈夫なんだろうけどもさ、他の連中はモブだからそういうわけにもいかないだろうし。

 「皆、一旦止まって手当てをしよう。政宗様もきちんと手当てがしたい」

 そんなことを伝えると、全軍が立ち止まってその場に腰を下ろした。
精神的には言うまでもないけど、体力的にも皆限界なんだ。一度休ませないと、松永軍とぶつかったら全滅する。

 とりあえず道具がほとんど何もないから、陣幕やら旗やらを裂いて手当ての布に当てた。
小十郎はそれを咎めてきたが、今はまともに取り合っている状況でもない。

 「その羽織裂いて、手当て用の布にされたい?」

 政宗様から賜ったという黒龍の次くらいに大事な羽織、それを引き合いに出してやれば、素直に引き下がってくれた。
まぁ、あんな革製の羽織なんか裂いて手当て用の布にしようとは思わないけどね。

 手当てをしてやっている奴らは誰も彼もが重傷で、軽症や無傷って人間は殆どいなかった。
怪我をしていないのは本陣の守りを任されていて石田の攻撃を免れた連中ばかりで、
今はその人間を中心的に動かして見張りや手当てをさせている。
使える人間が少な過ぎる分、重労働にはなっているとは思うが、事態が事態だ。頑張ってもらうしかない。

 で、肝心の怪我人はというと。

 「景継様、痛ぇっすよ~」

 こんな泣き言を言ってくる連中はまだいい。それだけの元気があるってことだから、そこまで私も心配はしていない。
ただ問題は、こんな泣き言も言えないほどの重傷者の方なのよね。
この街道に入ってからも、何人もの兵があの戦で負った怪我が原因で死んでいった。
流石に死んでしまった彼らを共に連れて行ってやるわけにもいかず、かといってその辺に放置すればこの道を通った証明にもなってしまう。
だから已む無く風魔に処理を任せたけど、一体どうなったのかは分からないし、それを聞く気にもなれない。

 「かげ、つぐ……さま……」

 兵の一人の手当てに回ったところで、息も絶え絶えに名を呼ばれた。

 「大丈夫?」

 「へへっ……突っ走るなって、言われてたのに……突っ走って、このザマっすよ……情けないでしょ……?」

 無理して笑うこの兵も、多分もうこの辺りで命を落とす。
止血はしていたけれど出血がなかなか止まらなくて、ようやく今になって血が止まった。
……これは止血が効いたんじゃなくて、流す血が無くなったってことなんだと思う。

 「最期に、一個だけ……お願い、聞いてもらっても……いいっすか?」

 「……ヤラせろってのは無し。胸揉ませろとか、そういうのも聞かないぞ」

 言わないっすよ、なんて力無く笑っている様が痛々しい。

 「だ、抱いてもらって……いいっすか……? 景継様……母ちゃんみたいな、いい匂いが、するから……」

 母ちゃん、ね。それはそれでとても複雑な心境なんだけど……まぁ……それくらいなら、いいかな。

 言われた通りにしっかりと胸に抱いてやる。
母親が子供にするように髪を撫でてやれば、兵はとても満足したような顔をしていた。
うっかりそんな表情を見ていて涙を零しそうになったけれど、今はまだ泣くわけにはいかない。

 「俺……景継様を、ずっと……」

 「……うん、ありがとう。今まで良く頑張ってくれた」

 景継様に褒められた、そう言って兵は本当に安らかな顔をしていた。

 「少し、休んでも……いいっすか? 起きたら……また、働きますから……」

 「ああ。……ゆっくり休め」

 そっと触れるだけの口付けを兵にする。兵は嬉しそうに笑って、目を閉じた。

 「……おやすみ」

 「お休みなさい……」

 ぱた、と手が落ちて兵は本当に安らかな顔をして旅立っていった。
本当に零れそうになる涙を、唇を噛んで堪える。

 ……泣くな、まだ泣いちゃ駄目だ。私まで泣いたらどうしようもなくなるほどに士気が落ちる。

 きつく拳を握って、この兵も薬草を持って来た風魔に託した。
きちんと弔ってやりたいが、如何せんこの状況だ。奥州の地で弔ってやれないことを許してもらいたい。

 「……姉上」

 気遣うような小十郎の手を払って、私は他の兵達の手当てに回った。



 しばらくはこんな状況が続く。持つだろうか、私の心が。

 ……いや、持たせなきゃ。彼らの為にも。そして、政宗様や小十郎の為にも。

 溢れそうになる悲しみを、私はそっと自分の心の奥底にしまいこんで、ただ目を逸らす。悲鳴を上げている自分の心には気付かないふりをした。 
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